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これまでのあらすじ。異世界転生したと思ったらゴリラだったので大人しく森で暮らす事にした俺だったが、森に来たイケメン騎士に土下座で懇願されたので人助けの為天使の収監所とやらに行く事にした。
人助けのメンバーは俺ことゴリラとイケメン騎士のダニエル君と、そしてかわいいうさぎさんだ!
そう!俺のこの世界での無機物じゃない唯一のお友達であるうさぎさんが付いて来てくれるんだ!嬉しい!
俺はスキップしたくなるような上機嫌で背景に空想のお花を散らしながら歩いていた。
手には俺のソウルフレンド松明もどき、傍らには俺の一番の仲良しで世界一かわいいうさぎさん。気持ち的にもう何でも出来そう。空も飛べそう。アイキャンフライ!空飛ぶゴリラ教!
俺がせっかくいい気分だと言うのに空の機嫌が悪そうだったので、昨日と同様に松明もどきを使い、ついでに「暗雲よ去れ!クモモクサーラバ!」と適当な呪文を唱えて軽率に雲を散らしてやった。もちろんせっかくの呪文は全部ウホに変換されてしまっていたが。
てか、天候操れるとか俺わりとチート…じゃないね、そうだね。全部松明もどきさんのお力だもんね。
「流石は聖獣様…」
というわけで俺はちゃんと自覚あるし天狗になってないから、ダニエル君はさも俺が神通力を発揮したみたいな顔で讃えるのやめてください。松明もどきが無いと俺はただの一般ゴリラです。
ダニエル君のせいでむしろ居心地悪くなった俺は、うさぎさんを片腕で抱き上げもう片手でもふもふする事で癒され回復した。うさぎさんは触るだけで仲間を回復させる特殊能力持ちなのかもしれない。ココさんには特殊能力あるとか何とかダニエル君が言っていたのであり得ない話ではない。
ちなみにうさぎさんを片腕で抱いていると、二足歩行と言うよりは補助で腕二本も使いやや四足歩行で歩いている身としては三足歩行になってちょっと歩き辛いんだが、うさぎさんのかわいさの前ではそんな事は些細な問題だ。
「聖獣様、天使の収監所について私の考えた作戦をお話ししてよろしいですか?」
お花畑でちょうちょさん追い掛けてるみたいな俺の思考にいい加減釘を刺すように、ダニエル君が端正なお顔をキリッと引き締め真面目なお話をするムードを作った。俺のキリッとした顔とは訳が違う。
これは恐らくどうせココさんもダニエル君を好きで、ココさんを俺が助けたらゴリラなんて置き去りでダニエル君とココさんの熱いハグからのベーゼからのプロポーズの流れになるのでは?イケメンで性格良いダニエル君はどうせ勝ち組。ゴリラ知ってる。
しかしそれはそうと…作戦、とな?
確か、ゴリラはせいじゅうさまでとっても偉いから平和的に解決出来るという話では無かったのか?正面から話し合いして万事解決じゃないの?
「まず施設には、事前に入手しておきましたこの裏口の鍵を使い侵入します」
ダニエル君が腰に巻いていたポーチ(たぶんもっと格好良い名称)から鍵を取り出し、俺に見せる。
裏口からこっそりって明らかにこの時点で正攻法じゃないよ、どういう事?
「そこから事前に調べております警備の少ないルートを通り、一気にココが監禁されている牢まで行きます。このルートの地図がこれです」
ダニエル君がまたまたポーチから用意良くも綺麗な字で書き込まれた地図を取り出し、俺に手渡す。ただし文字は日本語ではなくよくわからないアラビア語とかそんな感じに見えるものだったが。
それでも建物の形状はわかるし、進むルートは赤で線を引かれているので充分理解出来る。細かい事はダニエル君に任せよう。
「とはいえ、ココの場所に行くまでの間に警備兵や研究員に一人も会わないのは無論不可能です。ココの牢までの道は厳重で…私の計算ではどうやろうと最低でも五人は会わざるを得ません。そこで、人と会った場合我々は声を出される前に一人残らず気絶もしくは殺害をする必要があります」
…ん?
なんか今このイケメン、さらっととんでもない事言いませんでした?
「そこで問題となるのが…聖獣様、血を見るのはあまり好まれませんよね?出来るだけ血を出さないよう処理するよう尽力致しますが…聖獣様はやはりご不快でしょうか?」
ダニエル君が、本気で困ったような顔で至って真面目に俺の顔色を窺う。
…そこじゃねぇ!!
血が出るか出ないかじゃなくて!血が出たら不快とかそういうちっちゃい話じゃなくて!
戦場に放り込まれて生きる為に人殺しせざるを得ないのとは訳が違うんだよ!俺はあくまで人助けに来たのであって、目の前で人殺しが行われる覚悟なんて出来てるはずねぇだろうが…!!
俺はうさぎさんをもふもふもふもふする事によりダニエル君サイコパス疑惑からそっと意識を逸らし、ダニエル君の目を見て首を縦に振った。
これだとただ血を出さなきゃいいと思われそうだが、それでも大丈夫大丈夫オールオッケーだよ!とばかりに首を横に振るよりは良いだろう。
俺の反応にダニエル君の顔が曇り、代案でも考える為か黙り込んだ。
ダニエル君が捻り出す代案がさらに凶悪なものだったら困るので、俺は少々後先を考えない所はあるもののサイコパス要素は無さそうな、俺の腕の中でおとなしくしてるうさぎさんに相談してみる事にした。
「ウホウホホウッホ、ウホォ?(相手を殺さずに瞬時に気絶させる方法を今ダニエル君と考えてるんだけど、何か良い案無いかなぁ?)」
我ながらいきなり聞くにはあまりにも物騒な質問だった。
うさぎさんはちょこっと首を傾げた後、前足を伸ばし恐らく俺の握る松明もどきを指し示した。俺も首を傾げた。
理解していない俺にうさぎさんは、右の前足をぶんぶん振る動作と自分の頭を両前足でぽんぽん叩く動作を繰り返した。
…何?世界一かわいいよ??
「ウ、ホ、ウホホ?(えっとえっと、松明もどきで頭ぶん殴って撲殺?)
うさぎさんがぷるぷる首を振る。でっすよねぇ!殺さない方法はって聞いてんのに前提が瓦解しちゃうもんね?!
俺の頭の悪さにうさぎさんは呆れる事もなく、今度は右の前足をぶんぶん振る動作の次に、両前足を合わせ前にぴゅっぴゅっと勢いよく動かした。それからまた自分の頭を両前足でぽんぽん叩く。
「……ウホ?(……ビーム?)」
「キ!」
頷くうさぎさん。やった、正解したぞ!
ああ成る程、松明もどきはそういや光線を出して雲を散らし天気を強制的に晴れに出来るんだもんな!それを人の頭に撃った場合、うさぎさんを信じるならたぶんその人を殺さず気絶させられるのか!
…凄ぇな、松明もどき!伝説の武器みたいじゃねぇか!何でゴリラに松明代わりになんて使われてんだよ、お前?!
ともかく動物コンビで良い案が出たので、ダニエル君の肩をちょいちょいと叩いて注目を集めた後、片手で自分の胸をぽふぽふと叩き親指を立てた。俺に任せろの意だ。
「…聖獣様にお任せしてもよろしいという事ですか?」
その通り。俺は頷き胸を張った。せいじゅうさまに全てを任せるがいい。正確には俺より松明もどきが頑張るんだけど。
「わかりました。聖獣様にそうして頂ければ心強い事この上無いです」
いやその、そこまでは持ち上げてもらわなくても…あんまりヨイショされ過ぎると逆に不安になっちゃう見た目と反して小心者なゴリラなですので、もうちょっと控えめの方が…。
俺はそわそわしてしまったのでうさぎさんをもふもふした。これマジ精神安定剤だわ。
「ではココを見つけ出した後ですが…聖獣様は私が話を振った時にココを助ける意思をなるべく周囲に伝えようとする姿勢を取ってくだされば、後は私とココで説得します」
急に良識的な奴に戻ったダニエル君が、前のココさんとの正直くっそ長かった説明と比べかなり簡潔だった説明を締めた。簡単に言えば頭脳面は全部自分とココさんが引き受けるからゴリラは頷いていてくれと。なんて簡単なお仕事なんだ。
俺がするのは松明もどきでビームを撃つのと頷く事だけか。たぶんこれで俺が居る意味は虎の威を借る狐のように、俺のバックにはせいじゅうさまが居るんだというのが大事なんだろう。
ココさんの所に行くまでに正面から説得が出来ないのは、ココさんをそっと隠されて居ないもんは出せないと駄々こねられたら困るからかもなぁ。わかんないけど。
「ウホ、ウホウホッホ(うさぎさん、今から行く所ちょっと危ないと思うけど人に向けて火吐いたりしちゃダメだからね)」
「キー」
素直に頷くうさぎさんは本当に良い子だ。
「それにしてもキラーラビットをこうも容易く手懐けるとは…」
俺は目を剥いてダニエル君の方を見た。これが漫画だったらいきなり俺の絵柄がリアルになっている所だ。
…きらぁらびっと?そのキラーは、マダムキラーみたいなゴリラのハートを狙い撃ちみたいな意味?
じゃ、ないよな。流石にわかります。
ふーん、うさぎさん殺人兎な種類なのか。でも俺、うさぎさんのそんな怖い所見てないし、確かに火とか水とか吐ける時点でポテンシャルの高さは感じるけど、そんなうさぎさんは俺の腕の中でおとなしくしている。
強い事は悪じゃない。俺はうさぎさんが優しい子だと思ってるし、別に誰に何と呼ばれていようが友達であり続ける。俺はうさぎさんを手懐けてるんじゃなくて仲良くしているんだ。
と説明したいが言葉が伝わらないので俺は手懐けてるわけじゃねぇよの意を込めて軽くダニエル君の頭を小突いた。
ダニエル君は頭を抱え蹲った。いくらゴリラパワーだと言ってもそんなに強く叩いてねぇよ。貧弱な奴だな。それでもイケメンだから許されるんだろ、知ってる。
「な、何か気に障る事を言ってしまいましたか…?」
「ウホウホ(いや。ただもしダニエル君がうさぎさんに偏見持ってるとしたら速やかにドブに捨てるように)」
俺はダニエル君の頭を優しく撫でながら諭した。ちちんぷいぷい、偏見よ消え去ーれ。
余計に怯えているような顔をされた。何故だ。言葉が通じない弊害か。
そうこう話しながら歩いているうちに、長閑な平原だった風景から人の手が加えられていると一目でわかる道路が見え、さらに段々と街灯やら何か書いてある看板やら、文明を感じる人間の居る世界の景色っぽさが増して来た。
しかし…何だろう。違和感が無くて違和感がある。
我ながらとんでもなく矛盾した事を思っている自覚はあるが、でもそのままの意味だった。
俺は濃い日々のわりに未だ異世界生活三日目な訳なんだが、その三日間を過ごして来た森は木肌が原色の赤と青という景色から、初っ端から見事に異世界を俺に感じさせた。
だが、何だこの景色は。たまに木があったと思えば木肌は茶色。道端の草や花も普通の色。人工物も全て普通。さっきから全くおかしな箇所が無い。異世界の空気感ゼロだ。ちょっと田舎の方の日本の風景と変わらないぞ。
こんな風景ばかり見ていたら、此処が異世界だという事を忘れそうだ。
そう俺が奇妙な感覚に囚われた瞬間、目の前の空間が歪んだ。
それは俺が立ちくらみを起こしただとか泣きそうになっただとかそういう自分の異常などでは決して無く、現象として、空間がひしゃげたのだ。
その証拠に俺だけじゃなくダニエル君もうさぎさんも身体を強張らせ、警戒の態勢を取った。
ひしゃげた空間から現れたそれに、俺はああ確かに此処は異世界だと実感した。
何の前触れも無く現れた全身黒く目だけが金に光る大きなコウモリのようなそれは、俺がイメージする悪魔にそっくりだった。
てか、悪魔だと思う。