プロローグ
読み方は聖ゴリラです。
ゴリラ。
霊長類ヒト目ゴリラ族。Gorilla。
個人的に、俺は着の身着のまま素手の状態で放り出された時、ライオンよりシャチより何よりもゴリラと戦えと言われるのが一番怖い。実際の戦闘力どうこうは詳しくは知らないが、なんかもう嬲り殺されるビジョンしか見えないのだ。あの真っ黒な…ともすれば純粋な子猫のような目をそのままに、ぶん殴られて引きちぎられてぐしゃぐしゃにされそう。
誤解の無いように言うが、現実のゴリラとはしかしそう凶暴な生き物では無い。むしろ温厚だ。ゴリラは優しく、自分から攻撃してくる事なんて滅多に無い。
ストレスに弱くてよく下痢になるし、野生のゴリラはセロリとかアザミとかの野菜や果物が主食だ。雑食だし肉も食べられるには食べられるんだろうがまず食べない。
ゴリラは基本、争いを好まない繊細で草食を主とした動物なのだ。
長々と、という程は語っていないが、ゴリラゴリラうるせぇな結局お前は何が言いたいんだよ、とそろそろ思われそうなので結論を言おう。
俺はこのようにゴリラにそこそこ詳しい程度には、どちらかと言うとゴリラが好きな方の人間だったと思う。
話は変わるが、俺の身になんとつい数分前、異世界に記憶持ったまま転生するなんて奇跡が起こった。
こうなればもうおあつらえ向きな前提要素から察するに、きっと今から俺の壮大なる物語が始まり、剣と魔法を駆使したチートでハーレムな毎日が始まると思うじゃん?期待するじゃん?当然じゃん?
少なくとも俺…前世での名前は郷津ハルオな俺という存在は、そう思った。目覚めて最初に目に飛び込んできた見るからに異世界剥き出しな青と赤の目に痛い木々に囲まれた森林の中で、安直に夢想した。
前世での暮らしに大きな不満は無かったし、交通事故でのありきたりかつ唐突な死によって震えるような後悔ややり残しに魂が引き裂かれるような想いも特にしていない。けど、剣と魔法とチートとハーレム。軽い気持ちで憧れちゃうよね?
――これから俺の、夢と希望に溢れた異世界ライフが始まるのだ。
と自分の背後にモノローグを流しながら横になった態勢から身体を起こし、自分の下半身を見下ろした瞬間ピシリと固まり、丁度近くにあった水たまりで恐る恐る自分の顔を映した俺は悟った。
「ウホ…ホ…(凄く…ゴリラです…)」
こうして俺の夢と希望は異世界転生から僅か一分で潰えたのである。世知辛い。