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第二十一話 守山で(中)

 織田秀俊らと別れて、坂を上った。

 あれっ、と秀孝は不思議に思い、いくらか駆け足になった。

 普請方の河野氏吉らのいるはずの陣屋予定地はがらんとして、ひとがいない。


「挨拶してから村を回ろうかと思ったら、いないね、藤三さんたち?」

「材木が足りず、よそへ出払っているとか?」

「……それにしては、一人もいないのが気になりますが」


 秀孝、坂井孫平次、藤浪秀鑑が言う。

 秀孝が首を傾げ、想像を言った。


「また、一緒に村を見たくて、先回りしてるのかも?」


 藤浪秀鑑はまだ思案していたが、坂井孫平次はそうかも知れませんと頷いた。

 とにかく、村へ行こう、ということになった。

 すると、途中で待ち伏せに会った。


 しかし、ようすが変である。坂道をふさぐ面々は鎧兜で完全武装していた。殺気立っている。

 にわかに、秀孝の近習・小姓衆が前へ出て、にらみ合いの形勢になった。


「誰だてめえら~ッ!」

「喜六郎秀孝の一行かァッ!?」

「……答える義理があるかッ!? こちらは誰かと問うているッ! 答えるのがスジであろうッ!?」


 小姓の牧清十郎秀盈まきせいじゅうろうひでみつが問い、相手が訊き返した。藤浪秀鑑が最後にメンチを切って、一喝した。

 突然、相手の指揮官らしいひとが呵々大笑して、言った。


「見れば分かるぞ。その愛らしい顔立ち、娘っ子のようなやつが喜六郎秀孝であろう!」

「なに? え、なにっ??」


 秀孝が戸惑い、相手の指揮官が、この期に及んでなにを申すか、とばかりの嘲弄の笑いを浮かべて言った。


「織田は奸賊である! おおやけをわたくしして尾張国の政事をかえりみない! 討たれるべくして討たれるのだ! ものども、押し包めぇ~ッ!」


 すさまじい勢いで相手方が突貫を開始した。理非もなにもあったものではなく、おそらくは大義名分の類いだろうが、秀孝らは対応を迫られた。


 されば歴戦の秀孝衆は持ち場を固め、得物を抜いて身構えた。

 こういう時、まず身体が反応する。そして、心身の恐れを振り払うべく、雄叫びを上げる。

 両者がぶつかる。その時、横合いの林から三々五々、雑兵が飛び出てきた。


 新手かどうかは見まがわない。雑兵たちはあっという間に敵兵の横腹に食らいついたからだ。

 不意の奇襲である。さしもの敵も崩れかけていた。


「……殿ォッ!」

「! ――行っくよ~っ!!」


 藤浪秀鑑が秀孝を呼び、日頃の修練の成果、秀孝は戦場の呼吸をピタリと言い当てた。

 一丸となって敵へ突撃する。

 一番槍は自他の認める牧秀盈。


 崩れた敵のただなかにあって、指揮を執る騎馬武者の馬を突き倒した。

 地面を転げた敵将。複数で打ちかかる。もみ合いへし合いは瞬時。

 秀孝勢の足軽が敵将の首を挙げる。流れるような手さばきであった。


「敵将ォ!」

「討ち取ったりィ~ッ!」


 牧秀盈とその同輩が叫ぶ。敵兵が動揺し、一人が逃げると全体が逃げ散っていく。

 不意のことで混乱しているのは秀孝勢も同じ。興奮した味方が敵を追おうとした。

 が、林から出てきた連中の指揮官が手を振って制した。


「おおい、待て! 追うなァ~! ケガするぞォ~ッ!!」

「河野藤三さん!」


 現れたのは、月代の汗が光る、ハチガネと胴丸姿の河野氏吉であった。

 秀孝を視認するや、ドッと疲れたような表情をした。慌てて駆け寄られ、身体の無事を確認し、ホッと河野氏吉はため息をついた。


「喜六殿。ご無事であられたか! いやあ、よかった~! なんかあったら殿に殺され……いや、そういう場合じゃなかったな、うん」

「藤三さん、これはどういう……? それに、あのひとたちは?」

「いや、分かります。お気持ちは分かります。されど、いまはあなたの足軽衆との合流を優先してください。現状はうちのもんが調べてますから」


 つまり、河野氏吉もなにがなんだか分からないようだった。

 収まらないのは秀孝大事の藤浪秀鑑である。睨みつけるように詰問した。


「……見込みでよろしい。現状の情報を頂きたい!」


 河野氏吉は呆れた目で藤浪秀鑑を見て、ふと相手の年齢の少なさ(藤浪秀鑑は数えの二十歳であった)に気づいたようで、月代をかいた。


「謀反じゃねえかなあ」


 言われてみれば、そうとしか言えない。


「謀反――」


 坂井孫平次が青ざめた顔をした。

 河野氏吉は林道のほうを示し、秀孝の背中を押しやった。氏吉は首だけひねって孫平次に忠告した。


「もどりたいなら止めないけど、たぶん城のほうは城のほうで変事があると思うぜ。お葬式代もかかるんだから、親は哀しませるんじゃないよ」


 言われて、坂井孫平次は微妙な表情になった。秀孝の近習・小姓衆のなかには空を見上げて指折り数えるものもある。そういえば、自分の葬式代っていくらだろう、と不思議がっているのだ。


「おおい、早く来いよ!」


 死にたいのかよ、という口調で河野氏吉は叫んだ。さても珍妙な性格の御仁だが、歴戦のもののふなのは確かなようだ。


「……しっかりなされている、あの御仁」


 藤浪秀鑑は自分の狼狽を恥じるように吐き捨て、河野氏吉と秀孝を追った。こうなれば、あとのものは続くしかない。


 秀孝の足軽衆――すなわち、秀孝勢の仮の陣屋は林道の先の寒村におかれていた。

 足軽大将の井伊刑部大輔直元いいぎょうぶのたいふなおもとが急造の柵を建てる指揮をしていた。秀孝の姿を認めると、歓喜の声とともに駆け寄られる。


「殿! 河野藤三殿の急報を受け、足軽衆とともに、無事のご帰還をお待ちしておりました!」

「ご心配をおかけしました――」


 秀孝が律義にぺこりと頭を下げ、なんの、と井伊直元が手で制し、こう言った。


次郎法師じろうほうし井伊直虎いいなおとら)も、聴けば、きっと無事を喜びましょう」


 婚約者の名前を出された時、秀孝は現実を取り戻したような顔つきをした。蜂須賀墨はちすかすみのことも、当然、思い出される。しっかりしよう。不思議と、そういう気持ちになった。

 河野氏吉が、やれやれ、とばかりに庭先の切り株に腰を降ろし、手をひらひらさせながら言った。


「とにかく、うちのもんの情報を待ってください。刑部殿の物見(偵察隊)も出ていましょうが、情報がなきゃ動きようがありません」

「……なぜ、河野殿は伏兵の存在に気づかれたのですか?」

「たまたま……いや、安房守殿の徳かな。近隣の百姓がね、変な動き方をしているご家中のものがいるから、気をつけなさいよ、と報せてくれたんですよ」

「……なるほど。信用、いや、安房守殿への期待――なのでしょうか。奇貨を拾ったと思うべきでしょうか」


 ともあれ、場は緩急の緩の時らしい。秀孝は、井伊直元が銭を出して借り受けたらしい屋敷の縁側に座って、足をぶらぶらさせた。


 この辺りは焼き畑で農業をやっている。いや、軒先の獣皮や、広場で乾燥させている材木を見るに、森林資源で生計を立てているのだろう。

 ――この村に適した作物はなんだろう。ううん。道の整備をしたほうが嬉しいのかな? 秀孝は、そうやって時間を潰した。


 昼ごろまでに、情報が集まってきた。

 良い情報はあまりない。おおむね、悪い情報が多い。


「……やはり裏切っていたか――」


 藤浪秀鑑が苦々しげに言った。

 角田新五の手引きで、守山城へ岩崎いわさき城の福島くしま氏、藤島ふじしま城の丹羽右近氏勝にわうこんうじかつが入ったという。


 福島・丹羽の両氏は昨今、今川氏との通謀の疑いがあった国衆である。裏面になにがあったか、推測することは容易であった。

 なお、丹羽氏勝は、信長の近習(のちの重臣)の丹羽長秀にわながひでの家とは別系統である。


「いつから裏切っていたのか……」


 井伊直元が難しい顔であごに手をあて、河野氏吉が適当なことを吹いた。


「知りませんが、どうせ何年も前からでしょうな。両属を選ぶ国衆は多いんです。で、きっかけがあればパッと裏切る」

「……河野殿はお詳しいようで」


 藤浪秀鑑がジト目で言った。河野氏吉がイヤな顔をする。身を乗り出すようにして言った。


「おい、わしを疑っておるのか」

「……いいえ、性分です」

「同じことだろう。いいか、若いの? ああいう両属はそれなりの国衆がするんだ。国境のな。わしんとこは国境じゃないし、小さいから忠義一筋だ。信用しろ」

「ぶしつけだなあ、このおっさん……――」


 牧秀盈が率直な感想をもらした。

 ともあれ、みんなで協議を重ね、情報の整理に徹した。

 ただ、坂井孫平次だけ、ぽつねんと座り込んでいた。


『織田安房守秀俊は角田新五の屋敷で伏兵に押し込められ、家老の何人かと連れ立って討たれたよし――』


 という情報も入ってきていたのだ。敬愛する主君を討たれた孫平次は落胆し、思いつめた表情で黙り込んでいた。

 秀孝は孫平次を心配し、チラチラと見守っていたが、河野氏吉は耳元でこうささやいた。


(いまは放っておかれませ)


 やることがあるうちは死にません、仇討ちとか。そう言われた。戦場では、とにかく年長者や経験者の言葉には従っておくものだ。第一、かける言葉も見つからない。秀孝は頷くしかなかった。


 情報が出そろった感じがした。これ以上は、待ってもダメだろう、ということになる。

 いよいよ、行動の話に移った。


「どうすればいいと思う?」


 ぶしつけといえば、秀孝もぶしつけであった。ただ、言葉に落ち着きがあった。場の大将がそうあってくれる限り、みんな不快ではない。どうすればいい? まさしく、その通りではあるのだ。

 河野氏吉が言った。


「そりゃ、喜六殿の思案次第です。まあ、つまり、殿(信長)のご意向を仰ぐか、喜六殿の裁量で決めるかです」

「兄上、じゃなかった。お殿さまに訊いてたら、遅くなるよ?」

「ごもっとも」


 河野氏吉はニッと笑った。つまり独断で動くということだ。氏吉は井伊直元のほうを見る。直元が視線を受け、言った。


「ならば、殿はご自分の受け持つ責任の範囲を決めねばなりません。問題は守山です。これを守るか、捨てるか。殿は決めねばなりません」

「捨てる場合はどうなるの?」

「殿は殿のご判断に従い、あたう限りのお味方をまとめて、清洲か那古野へ退くこと。これが現場のすべてになります」


「じゃあ、守る場合は?」

「多様です」

「たよー?」


「……方法は様々に考えられます」


 藤浪秀鑑が井伊直元に頭を下げて断り、言った。


「……南隣の末盛城の勘十郎信行さまに援兵を乞い、守山城を攻めるも手。この場合、殿の帰属先が問題となりますから、あまりおススメはできません」

「あ、う~ん。最近の勘十郎の兄上は気持ちが張ってるから、忠左くんの言う通り、頼ると変なことになるかも――?」


「……さようですね。あるいは、守山城のさらなる裏切りを誘うのも手。幸い、こちらには安房守殿の覚えめでたき坂井孫平次殿がおりますれば、忠義の仇討ちを叫べば再び寝返りを図るものも出ましょう」

「できると思う?」

「……やること自体は。成功の見込みは、申し訳ありません。なに一つ確実なものはございません――」


 つまり、実行できるが決め手はない、ということであった。

 秀孝は考え込まざるをえない。

 あまり複雑な思考のできる秀孝ではないが、おおむね、考えを意訳すれば次のようなものだ。


 安全な策はもちろん守山城の放棄である。だが安全とは少々の危険性に目を瞑ることでもある。それはなあなあのうちに破滅に陥る危険性がある。


 要は、一つのものを捨てると、ずるずると多くのものまで捨てることになりかねない。


 守山城が東方防衛線の一角であり、陸路の要衝である事実がこれを裏付ける。ここの放棄はどんな波及効果を生み出すか知れたものではない(秀孝は、ここ捨てると危ないんじゃない? みたいな思考をした)。


 だが、積極策といえる守山城の奪還はバクチと大差がない。

 精神論で突撃を命じるのは将兵の人命を預かるものとして容易に決断しかねるものがある。


 なんなんとすれば、決め手が欲しい。少しでも勝率が上がる決定打――この場合、謀反人・角田新五とその協力者に対する奇襲効果の見込めるなにかがあれば、勝てる可能性はあるかも知れない(秀孝は、お星さまでも降らないと無理かなあ、みたいな思考をした)。


 だが、決め手がないのなら、優先すべきは将兵の安全である。

 そして、時間は敵の味方であり、秀孝らの敵であった。

 敵方にこちらの位置を補足される前に行動に出ねばならない、と考えるのなら……秀孝は、現状、存在しない決定打に希望を持つことは避けねばならなかった。


 秀孝は迷いながら口を開き、言った。


「……じゃあ、守山を捨――」

「見込みはございます」


 幽鬼が立ち上がったようであった。坂井孫平次が炯々と目を光らせて言っている。


「ございます。守山城を奪還する。その見込みは、ございます」

「言っとくが、捨て身はなしだぞ、お若いの?」


 河野氏吉が横やりを入れ、坂井孫平次が激したような表情をした。秀孝が怯え、周囲の面々が思い思いの反発を示すと、孫平次はやっと正気を取り戻した顔をした。

 坂井孫平次はうつむき、考えている。元々、理性的なタチなのだろう。ややあって顔を上げ、秀孝に言った。瞳に生気がもどっている。


「城に張り巡らされた塀の一部が崩れ、いまだ補修がなっておりません。もし、ここから喜六殿の足軽衆を流し込めれば、守山城の奪還はなります」

「……それは、敵方も気づいているのではないか。角田新五は家老だったのだろう?」

「気づいていると思います」


 藤浪秀鑑に問われ、坂井孫平次はここで一呼吸おいた。それから、強いまなざしで秀孝を見据え、言った


「されど、いま攻められるとは思っていない、と考えます」

「根拠は、孫平次殿? 私は井伊刑部という」

「井伊殿。ご説明はできます。でも、そのどれも納得はして頂けないと思います。推測ですから」


 井伊直元は腕を組み、唸った。たまに戦場でこういう物言いをする若者はいる。運があるものが多かった。


「自他の弱みと強みは押さえた推測だろうな?」


 河野氏吉が半笑いで問い、坂井孫平次が不思議なさわやかさで笑った。


「もちろん!」


 言われ、河野氏吉は両手を挙げた。笑っている。井伊直元は真顔で秀孝のほうを見た。

 藤浪秀鑑は坂井孫平次を見極めるような目つきをした。牧秀盈は遠くのほうを見ている。たぶん戦場の想定だろう。こちらは、議論そのものに興味がないようだった。


「喜六殿」


 坂井孫平次があらためて秀孝を見る。

 秀孝は孫平次をまじまじとながめた。妙な気力を感じる。

 なにもかも分からない。が、たぶんそれは敵方も同じ。


 思った時、すんなりと答えは出た。


「じゃあやろっか」


 守山城は取りもどす。戦乱のタネの早期鎮圧を図り、なにもかもの立て直しを考えよう……秀孝は、そう言ったのだ。

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