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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
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エピソード97 崩壊の足音


 第三区を足早に歩いていると硝子を割られた店舗から衣服や鞄などを抱えた子供が飛び出してきた。ぶつかりそうになり歩を止めて避けると、子供がびくりと身体を竦ませてタキを見上げ、叱責されないのを覚ると慌てて逃げて行く。

 その後ろ姿を見送りながら、折角手に入れた物を途中で他の人間に取り上げられなければいいがと子供の身を案じる。

 商業施設の多いこの街は略奪が横行し、それを取り締まる治安維持隊の巡回は増やされてはいるが、全ての区で人々が暴徒化している現状では行き届かないのも無理なかった。

 次々と出された理不尽な法に業を煮やした住民は空腹や憤りを向ける先を国では無く、統制地区に暮らす一部の豊かな者たちへとその代償を払ってもらうことにしたのだ。

 個人の店を襲い、そして大型店舗を襲う。

 食べ物だけでなく、使えそうな物、または売り飛ばせそうな品を探しては奪い盗んで行く。

 更に国に対抗する一番の勢力となっていた反乱軍クラルスの頭首が先の戦いの中で命を落としたことにより、ひとつの目標を目指して戦っていた反乱軍は呆気なく瓦解した。

 タスクの人柄と強さに惹かれて協力し合っていたテロリストや反国主義者たちは希望とやる気を失い、そして変わるどころか悪化してしまった現状を憂いながらもう一度立ち上がる勇気を持てずにいる。


 諦め、流されようとしていた。


 あの日解放した工場から多くの女性や子供が逃げ出し家へと帰って行ったが、戻った所でこの有様ならば日々の暮らしすら満足に過ごすことはできないだろう。

 ただでさえ酷使され、疲れ果てているはずなのに。

 絶えず襲う空腹に耐えながらまともな精神を保つことは難しい。

 ウヌスを倒してクラルスの制圧下となったはずの第一区も、直ぐに援軍を差し向けられ頭首を失って混乱していた反乱軍は戦うことすらせずに放棄して逃げ出した。今では新たな担当者が派遣されて第一区はまた厳重な軍の統括区へと戻っている。

 タスクの遺体と曲刀は仲間たちによって第八区へと運ばれたが、タキはその一行にはついて行かずに第三区へと留まった。

 目の前でタスクを殺されてしまったことと、殺害した相手を見逃してしまったことに深く責任を感じ、反乱軍クラルスへと今まで通り加わることは赦せなかったからだ。

 ロータスの元に身を寄せ次々と入ってくる情報をただ黙々と聞きながら、これからどうするのかを決められずに悶々と時間だけが過ぎて行く。

 国は今まで以上に荒れ、崩壊への道を辿っている。

 カルディアで総統の息子が挙兵したという情報が入って来たが、それを最後に中央からの連絡が一切洩れて来なくなったとナギが悔しがっていた。

 どうやらカルディア地区にロータスに情報を入れてくれていた人物が数名いたらしく、その全てと連絡が取れなくなっているらしい。反乱分子と繋がっていたことがばれて粛清されたのか、それとも彼らなりに動こうとしているが監視が厳しいのか。

 なんにせよ貴重な情報が得られなくなり、ナギたちも困っているようだった。

 第三区もまた新たな反乱軍討伐隊がやって来ており、理由も無くふらついていると声をかけられ捕えられてしまう恐れがあるので油断はできない。

 なるべく面倒事には近づかないように再び早足で歩き出した。

 ビルとビルの間に横たわる薄暗い通路の中で子供の戦利品を奪う大人の姿を見ても、無気力に座り込んで虚空を眺めている女がいても、激しい口論をしている男たちの声を聞いても目を伏せて、タキはひたすらロータスのアジトのあるビルを目指して歩き続ける。


 他者を助ける余裕など誰にも無い。


 余計な荷物など持たない方がいいから。


「君らしくも無い」

 風に乗せて届けられた声に落とした視線を上げて前を見る。少し先に蒼白の顔をした黒髪の男が立っていた。相変わらずの顔色で、薄い紫の瞳を眇めて笑うアキラはまるで亡霊のように質量を伴っていない。

 まるで幻のようだが数歩進んで目の前に立つとくすりと微笑む吐息が感じられ、正真正銘本物のアキラであることは間違いなかった。

「……なにしにきた」

「それを問うのか」

 要件を問えば男は肩を竦めて嘆息する。

 アキラはタスクを殺したあの男の仲間であり、別の思惑を抱いて動いている得体の知れない男だった。

 親しげに言葉を交わす必要も、我々と共に来いという勧誘を承諾する気も無い。


 今はただ放っておいて欲しかった。


「傷ついた仲間を見捨てられずに多くの人間を救ってきた君が、強者に奪われる子供を見て見ぬふりをするとは」

「…………俺を非難するためにわざわざきたのか?」

「まさか」

 紫色の唇がゆっくりと弧を描く。

「それとも、あの男の代わりに俺に殺されてもいいと?」

「まさか」

 あの場で仇を取れなかったのはタキの失態だった。それを酷く悔やんでいるのを知っていながら近づいてきたのだから、そうされても文句は言えない。

「君は仇討ちを身代わりで由とする人間ではない。そもそもタキ、君は知り合いを殺せるほど非情にはなれないだろう?」

「……やってみないと解らない」

「やらずとも結果は見えている。あの保安部の男でさえ、壁の内部で顔を会わせた時に君は躊躇し結局は止めを刺せなかった」

 君は優しすぎる――。

 タスクを殺されてもアキラの知り合いだというあの男と戦えなかったことがタキの弱さを顕しているかのようだった。

 ぐっと拳を握り黙して堪える。

「そろそろ反乱軍クラルスに戻ってきたらどうだ」

「できない……」

 戻った所で平穏を与えてくれると約束したタスクはもういない。信じついて行こうと決めた男は一瞬目を閉じた間に奪われてしまった。

 あの時しっかり目を開けてタスクのことを見ていれば、背後に忍び寄るあの男に気付くことができただろう。


 もしかしたら救えたかもしれない。


 その可能性が否定できないからずっと心にしこりを抱えているのだ。


 そしてあの男が言ったように、タキが能力を使ってタスクと戦っていれば押されることも無く、目を瞑ることもなかっただろう。


 タスクの暴挙を止められれば――。


 何度後悔しても過去は変わらない。

 起きてしまったことを無かったことにすることはできないのだ。


「彼らの中に次の頭首にタキを推す声がある」

「――――何故!?」

 タスクを護れなかったタキが頭首になるなど有り得ないことだ。頭首のふりをしてウヌスを討ったことすら仕方が無かったこととはいえ、後ろめたい気持ちがあるというのに。

 そもそもバラバラの人間を纏め上げられるほどの力がタキにあるはずがない。

 確たる信念も無く、大義も正義も持ち合わせない自分が誰かを導けるなど買い被りも良い所だ。

「君の数々の善行を彼らは忘れてはいない」

 善行とはなんだ?

 仲間を見捨てなかったことか?

 それとも第六区討伐隊隊長セクスを助けたことか?

 第三区の討伐隊隊長トレースを討ちとったことか?

「俺はなにもしていない」

 すべきことをしただけだ。

 タスクのために。

 そして自分のために。

「折角目の前に勝利が見えていた中で頭首を失ったことは不幸な事故だ。誰かが立たねば今までの苦労が水の泡となる」

「不幸な……事故だと?」

 明らかな殺意を持って揮われた力を事故と片付けられても納得はできない。

 信じられない思いでアキラを見つめ、死の匂いを漂わせている男は平然と表情を変えずに「そうだ」と首肯する。

 ふと第八区の現状を思いだしタキは眉根を寄せて問う。

「アキラ、お前は何故ここにいる?」

「次代の頭首を迎えに」

「違うだろう?今そんなことをしている場合じゃないはずだ。陸軍基地は討伐隊に奪われ、第八区ダウンタウンでは激しい戦闘をしているんじゃないのか?アキラがいなければアジトは、」

 迷路のような路地の奥にあるアジトが簡単に見つかるとは思えないが、頭首のいないクラルスはただの烏合の衆である。中には裏切って討伐隊に情報を売る人間がいないとも限らない。

 そうなってしまえばあそこで暮らす孤児も男たちも住家を奪われるだけでなく、銃弾を浴びて命を失うことになる。

 アキラのような能力者がいるのといないのでは戦いが大きく左右されるだろう。

「落ちるぞ」

 断言し警告するがアキラはどうでもいいとでも言いたげな顔で「どのみち君が立たぬなら反乱軍クラルスに価値は無い」と言い放つ。

 アキラたちにとって反乱軍は手段のひとつに過ぎず、例え上手く行かずとも他の一手を打てばいいだけなのだ。クラルスのメンバーや、反乱に共感する人々の思いなど重要では無いのだろう。


 圧政や貧しさに苦しむ人たちのためにアキラたちは動いてなどいない。


 ただそれを利用して、自分たちの望むものを手に入れようとしているだけなのだ。


 そのことに気づきタキは全身の血が引くのを感じた。

 アキラが“我々”と呼ぶ者たちの望んでいるものとは一体何なのだ?


 彼女はなにを欲している?


 そこにタキの望むものがあるとは思えない。

 そして多くの人々が願うものも。


 決して彼らとは同じ景色を見ることはできないのだと思い知る。


 ならば。


 タキはアキラの言葉に乗せられて頭首の座を求める訳には断じていかない。

 手を組むことも、共に行くこともできない。


「悪いが、交渉決裂だ」

 思わず出た強い拒絶にアキラが僅かな懸念の表情を浮かべる。暫くタキを見つめ、意思が変わらぬことを確認すると「了解した」と頷きゆっくりと歩き出す。

 そして擦れ違い去って行く気配と共に「いつでも待っている」と残して風のように消えた。


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