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C.C.P  作者: 151A
反乱軍 ~Clarus~
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エピソード90 救出


 第一区は大手企業と様々な技術者が集まり、新しい物が生み出される場所である。技術者がその知識と心血を注いで汚染されていない安全な食物を作り出すための施設である人工栽培所プラントハウスや、水に変わる飲料水を開発するなど暮らしに密着した物が次々と商品化されていた。

 だがその商売相手の殆どは統制地区の人間では無く、カルディア地区の富裕層であり、ここ第一区は壁のこちら側にありながら貧しい者のために存在してはいない。

 大手企業はカルディアからの援助や融資金で成り立っており、統制地区の人々の安い労働力を使って無尽蔵な利益を手にしている。

 しかも理不尽なことにここ第一区で は“五人以上で一箇所に集まることを禁じる”という法律さえも適応対象外とされており、通常通りの業務を運営しており日夜忙しげに稼働していた。

 安い賃金であるとは言ってもこの第一区で働く者たちは統制地区の中では高給取りであり、綺麗なマンションで暮らし、第三区のデパートで上等の衣服を揃えて肉などを腹いっぱいに食べている恵まれた人種たちだ。

 治安維持隊の下級兵士として国のために働く統制地区の若者たちよりも彼らはいい生活をしていると聞く。


 どこにでも貧富の差はある。


 そうやって優劣をつけなければ人は不安なのだろう。


 常に底辺の中で生きてきたタキは少しでも現状が良くなったらそれだけで幸福感を得ることができるが、普通の人間はそれでは満足できないのだ。

 誰よりもいい生活がしたいという強欲さは心を虚ろに、貧しくしていくのだと本人は自らの醜悪さには気付けない。

 もし革命が成ったとして、その後この国や街がどう変化していくのか。

 それを考えると不安になる。

 今はひとつの同じ目標を見つめ戦うことで団結をしているが、反乱軍はタスクが言ったように様々な想いや理由を胸に目的は違えども目指す場所が同じであるから共に力を合わせて戦っている。

 小さな反乱分子たちや反国主義者たちを吸収し、または手を組んで反乱軍クラルスはできていた。

 願いは同じでも目的は一緒では無いのだ。


 それが一番の懸念材料だろう。


 タキが案じる部分では無いのかもしれない。

 考えすぎだと言われたのに、またこうして悪い点を拾い上げては勝手に不安になっている。


「大丈夫だ……。タスクがバラバラな人間を束ねて行ってくれる」

 集中しなければ。

 今は戦いの最中なのだから。

 余計なことは頭の中から追い出して目の前のことに命をかけなければ。

 第一区を任されているのは陸軍に長く籍を置いていたウヌスという男で、経験ある部下に慕われた人徳者であるらしい。

 それほどこの街を護らねばならないと討伐隊は考えているらしく、他の区に比べて送り込まれている兵の数も多かった。

 だが大事な企業や開発に関わる工場などが多いため、派手な市街戦を嫌がる傾向もあることからこちらに分があるとも考えることができる。

「大変だ!壁際に追い込まれた奴らが討伐隊に囲まれてるらしい!」

 息を弾ませながら駆け込んできたのは陽動部隊との連絡係としてついて行かせた少年だった。彼は孤児院を潰され住む場所も友達も失った第八区の子供たちと同じ境遇であり、また恨みや憎しみを募らせ反乱軍へと参加することでそれを解消しようとしている。

 まだ幼さの残る顔をした少年を戦争という恐ろしい場所へと連れて来ることにタキは深い悲しみと迷いを感じるが、彼らは自分自身の強い意思で戦場へと身を投じることを選ぶのだ。

 それを頭ごなしに駄目だということはできず、またタスクが許可していることに否をとなえることなどできなかった。

 陽動隊は第一区反乱軍討伐隊が規制線を張っている人工栽培所プラントハウスと武器工場がある東側に攻撃を仕掛け交戦した後で折を見て撤退し、討伐隊の目を引きつけながら街の中央を逃げて第三区へと戻る予定だった。

 どうやら上手く誘導されたのは陽動隊の方だったらしく、中央へと向かう道を塞がれて逃げ場のない壁側へと追い込まれてしまったのだろう。

「どうする?」

 小銃を手にクラルスのメンバーたちが困惑して視線を彷徨わせた。

タキたちは既に工場へと向かって進軍を始めている。協力してくれている他の反乱勢力者たちはそれぞれ動き始め、工場で働かされている女子供の解放を目的として激しい銃撃戦が行われているのが聞こえていた。

 危険な役目を担い討伐隊に囲まれている仲間を見捨てることは裏切り行為のように感じる。理想や大儀のために殉じて死ぬことを彼らは誇らしく迎えると口では強がりを言うかもしれない。

 だが誰も死にたくはないのだ。

 本心では誰かが助けに来てくれることを願い、そして生きて帰ることを望んでいる。

「…………俺が行く」

「でも、たったひとりでなにができる?」

「そうだ、あいつらも自分たちが命を落とす覚悟はしている」

「タスクに工場の解放を命じられたのは、タキだろう!?」

 無責任だと責める声にタキは口角を持ち上げ、逆に眉尻は下げて苦笑いを刻む。

 彼らもまた死にたくは無いのだ。

 敵に囲まれた仲間を救出に行くとタキが言い出したことで、自分たちの命が危険に晒されることになるのではと怯えている。

 決して仲間を見捨ててもいいという思いから反対しているわけではない。

「俺がいなくても多くの協力者が先行してくれているし、クラルスの同志はみな勇敢な人間ばかりだろ?必ず工場を開放し、過酷な現場で働かされている人たちを救い出せる」

 タキが抜けることで大きな障害になることはないだろう。

 実際それほどの影響力は無いはずだ。

 仲間たちは第三区の討伐隊隊長を倒したタキの力を当てにはしているが、その時の戦いを他の誰も見ていないことから半信半疑でいる。強いのか、それとも偶然なのか解らないが頭首が直接工場開放を命じるほどの信頼を受けていると理解し、そこのみに縋っているような節があった。

「タスクが今第一区討伐隊隊長を追っている。頭を倒せれば戦いは治まる。それまで持ちこたえられればいいんだ。俺の力など無くても成し遂げられる」

 別動隊というよりタスクは単体でウヌスを討とうと動いている。単独で動いた方が相手に気付かれずに動きやすいのもあるが、仲間の中でタスクの速さについて行ける者がいないのが一番の理由だった。

 ひとりでも戦い慣れた兵士千人の強さを誇るような桁外れの強さを持っている男だ。

 頭首が単身で自由に行動できるなど考えられない戦法だが、それを易々とやってのけるタスクもタスクだが、それを受け入れ放っておく仲間も仲間だろう。

「神出鬼没なタスクから逃げられる者などいない。必ず作戦は成功する」

「………………もしオレたちの手に余るようなことが起きたらどうすりゃいい?」

「その時はなにも考えずに逃げていい」

 判断を下せないような状況が起こるとは思えないが、戦場ではなにが起こるかは解らない。

 もしもの時は考えるよりも自分が生き抜くことを考えて欲しいと伝えると、仲間たちはほんの少しだけ緊張を解いて渋々だがタキが抜けることを了承してくれた。

「後は頼んだ」

 返事を待たずに言い残してタキは連絡係の少年に道案内をさせながら北へと向かう。アスファルトで綺麗に舗装され、歩道には色のついた石畳を敷かれた美しい街並みが広がっている。

 まるで統制地区ではないような雰囲気に、まだ見たことの無いカルディア地区はこんな感じだろうかと憧憬の眼差しを正面の壁へと向けた。

 ここは居住区では無いのでここに住む者はおらず、どのビルも灯りが消え歩いている一般人の姿はない。

 街を走り回っているのはタキたち反乱軍とそれを討伐する軍人だけだ。

「……近いな」

 撃ち合う音が耳に届き始めタキは表情を厳しくする。少年の腕を引いて止め、ここから先はひとりで行くので戻るようにと言い含めた。

 少々不服そうだったが、彼にも自分が戦力にはならないことは自覚しているようで小さく首肯すると来た道を帰って行く。少年の背中が小さくなり闇の向こうに消えるまで見送ってからタキは銃声のする方へと走り出す。

 高いビルの壁に反響して音の出所が解りにくいが、騒々しい雰囲気と気配は消すことはできない。通りを抜けた先に灰色の壁が現れ、タキは視線を東の方へと転じた。そこから目視できる場所に黒い制服を着た男たちの背中が並び、一斉に小銃を構えて銀色のシールド越しに発射しているのが見える。

 対する反乱軍クラルスの陽動隊は三十名ほどが後退しながらも身を隠す場所の無い状況で、仲間たちが凶弾を浴びて次々と倒れて行く中で恐怖に怯えながら果敢に銃を乱射していた。

 必死の抵抗もシールドに阻まれてたいした打撃を与えることはできないことに、彼らは絶望と死を覚悟してじりじりと下ることしかできないようだった。

 ぐっと拳を握りタキはゆっくりと深呼吸をする。

 背後から襲いかかれば虚を突き、統制が失われるだろう。クラルスのメンバーがそれを機に逃げるなり、反撃なりしてくれれば状況は変わる。


 落ち着け。


 逸るな。


 冷静に、行動せよ。


 己に言い聞かせてタキは力強く地を蹴った。最後尾で指示を与えていた男に狙いをつけて左足を踏み込み、腰を捻りながら右肘を後ろへと引きつける。男が気付いて振り返り目と口を丸くして無防備な顔を向けた。その中央の鼻に勢いよく拳をめり込ませると、ミシリという感触と音と共に男の身体が仰け反り壁へと弾き飛ばされる。

 ぬるりとした液体が指の間に流れたのを一瞥すると――男の鼻血だろうか、赤い物がべったりとついていた。

 拭っている暇も気にしている暇も無かった。

 突然の乱入者に討伐隊は浮足立ち、銃口を向けてくる。タスクのように銃弾の中を平然と駆けることなど出来ない。弾が発射される前に相手を倒さなければ、あっという間に蜂の巣にされてしまう。

 動いていればそうそう当たる物では無い。

 しかも至近距離で、混戦している中だ。

 足を動かして一箇所に長く留まらないように注意しながら次々と兵士を地面に沈めて行く。すれすれで掠めて行く鉛の弾に何度も慄きながら、腕だけではなく脚で蹴り飛ばし、掴んで投げ、足を払い、体当たりを喰らわせて戦った。

 動物的な感覚で力を揮い、闇雲に動き回って敵を翻弄する。


「今のうちに逃げるぞ!」

 死の間近まで追いやられていた仲間たちは声を張り上げて逃げ惑う。タキに加勢して敵を殲滅するよりも逃げることを優先したらしい。

 それでも構わない。

 できるだけ多くの仲間が生き延びてくれればいいのだ。


 彼らが逃げられるようにもっと暴れて引きつけなければ。


「なんなんだ!?素手で向かってくるなんて、」

 正気じゃない――。

 討伐隊は混乱のるつぼの中にいる。

 タキは優位に立っていることにほっとし、右手側にいた兵士の首後ろを引き掴むと強引に振り回しながら壁へと叩きつけた。骨の砕ける音が響き、ずるりと壁の表面を滑るようにして力無く座り込んだ男の姿に震え上がる討伐隊たち。

 ちゃんと狙いをつけて撃つことさえできればタキの命を奪うことは簡単なことなのに、突然背後から襲ってきた男が武器を持っていなかったことが彼らの冷静さを失わせたのだろう。

 恐怖に身を竦ませた彼らの銃はまともに狙いをつけることができない。

 ちらりと仲間がいた場所を見るとそこに立っている者はいなかった。無事に逃げ出せたらしい。

 続いて討伐隊を窺えば、五十人ほどいた数が半数以上倒れ残っている者たちも戦意を喪失しているように見えた。


 潮時か。


 タキは足も手も止めずに動き、牽制しながらそう判断した。

 仲間が逃げた方では無い方へと身を引き、すっと背を向けて駆けだす。その一瞬だけは無防備になるので神経を集中させておくことを忘れない。

 何発か追ってくるように銃が発射されたが、掠めもせずにあらぬ方へと飛んで行ったので助かったと安堵した。


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