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C.C.P  作者: 151A
反乱軍 ~Clarus~
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エピソード87 決着

流血シーンがあります。

ご注意ください。


 鐘が打ち鳴らされる音が響いてツクシは浅い眠りの中にいたベッドから飛び起きた。就寝中になにがあっても直ぐに対応できるように軍服のまま休んでいたので、枕元に置いておいた拳銃をホルスターごと掴んで身に着けながら部屋から駆け出る。

 三回打って二拍置き、また三回鳴らされるのは敵襲を意味していた。それもただの敵では無い。特別美味しい獲物が姿を見せたことを報せる鐘の音だった。

「漸くお出ましか。頭首タスク」

 薄らと微笑んでツクシは上唇を舌でぺろりと舐める。

 あの金の瞳の少女を取り逃がしてしまった日からずっと腐っていたが、やっと胸躍る場面へと遭遇できそうだ。

 頭首を誘い出そうと街に火を放ったり、家に隠れていた無戸籍者の子供をわざと残虐な方法で殺してみたりしたが動くのはいつでも反乱軍の下っ端ばかり。

 焦らされ過ぎて途中で飽き、暫くおとなしく寝床に引っ込んでいたら向こうが動いた。

「頭首はどこにいる!」

 元々街灯の少ない第八区では夜間の送電を止めなくとも街は暗く沈んでいた。討伐隊員が小銃を手に警戒しながら辺りを窺っているが、タスクの強さを目の当たりにすれば殆どの兵は戦意を喪失するに違いない。

 討伐隊に集められた者たちはどこの部隊でも優秀かつ勇敢に戦う戦士であると認められた男たちだ。

 だがどんなに勇ましい兵士でも、銃を脅威だと思わない相手を前にどうやって戦えばいいのか解らず戸惑い恐怖する。

 一応情報として陸軍基地を曲刀のみで落としたのだと知り得てはいても、実際目の前でタスクと向き合えばその異常さを受け入れることなどできないだろう。

「どこから来る!」

 ツクシの問いに答えられる者など誰もいなかった。彼らもまた反乱軍頭首を見失い、必死になって探しているのだから。

 住宅が密集し少し開けた場所へ向かって玄関口が集中している真ん中に立ち、ぐるりと見渡すと建物の死角が多く身を潜められる物影はいくらでもあった。

 鐘の音は何時の間にか止んでおり、頭首の襲撃を報せた兵の首がまだ繋がっているのかどうかは怪しいが、目視できる距離に幾つか転がっている黒い服を着た無残な躯があるので、恐らくは物言わぬ塊となっているに違いない。

「単独か?」

「……は、はい」

 緊張で掠れた声を出した男は小銃を持つ腕ががたがたと震えていた。

「見たか?」

「は、い。恐ろしく、強くて」

「想像より速いだろう?」

 返事よりも雄弁にその深い頷きは物語る。

 圧倒的な戦闘力を有しておきながら身を隠して隙を狙うなどタスクらしくない。基地を落とした時のように全面突破をしてくればいいのに、それをしないのは勿体つけているからだろう。

「……いい加減に出てきたらどうだ?」

 時間稼ぎなど意味も無く、時間の無駄にしかならない。

 戦うことを楽しんでいるタスクにはこの瞬間すらも有意義な物なのかもしれないが、こちらには退屈でしかないのだ。

 そんな遊びに付き合ってやる義理は無い。


 さっさと終わらせて、あの憎き金の目の男を殺すまで。


「遊びの時間はもう終わりだ!」

 張り上げた声は家々の壁に反響し、星の瞬く空へと吸い込まれていく。身を切るような寒風が建物の間を吹き抜けて行った。

 言い終わった後には耳が痛くなるような静けさが残り、小銃を持ち直す微かな音さえ大きく聞こえた。

「この間の借りを返す。出てこい!」

「…………借りね」

 くつくつと笑いながら生成りのゆったりとした衣服に身を包んだ男がツクシの右手側の暗がりからふらりと現れる。返り血を浴びて着けている鳥の面が赤く染まっており、抜身の曲刀には血糊がてらてらと光っていた。

 プラチナブロンドの髪は無造作に後ろへ撫でつけられているが、タスクが曲刀の血を振い落そうと動いただけで前髪が解れて面にかかる。小さな穴から覗く翡翠色の瞳が炯々と輝いているのが解り、ツクシの闘志も否応なく燃え上がった。

「ここでお前を殺し、反乱軍を潰す」

「執念深い男だな。あんたは」

 面白がるように笑いながら、ふらりふらりと上体を左右に揺らしながら歩いてくる。

 執念深いと評されてツクシは思わず唇を歪めて笑う。確かにクラウドを殺したあの金の瞳の男に対しても自分では驚くほどの執着をしているとは思っていた。

 そして同様にあの男を捕える邪魔したタスクにも強い嫌悪と敗北感を抱いている。

 執拗なほど二人に拘っていた。

「オレとしてもここで決着を着けることに異論はない」

 器用にくるくると剣を回しながら立ち止まり、男は仮面の向こうで満面の笑みを浮かべたようだった。

「この前のように簡単に斬れると思うなよ」

「それはどうかな?」

 刃を縦に持った右手を肩の高さに上げて後ろへと引く。左手は軽く開いてツクシの胸辺りを狙ったかのように空中に固定された。

 肩幅以上に左足を前にして広げ、ぐっと腰を落とす。

 普通ならばそんな体勢から素早い動きなどできない。ましてや弾丸を避けるなど以ての外だ。

 だがそれを成し遂げてしまうのがこの男の恐ろしい所だ。

 高い運動能力と反射神経、そして生まれ持った天性の戦闘能力の成せる業。


 残念だがツクシにはどれも持ち合わせていない。

 あるのは訓練で何度も反復し身に着けた経験と感覚のみ。


「銃に頼っているようじゃオレは殺れない」

 哄笑が響き、なんの前触れも無く刃が空気を切り裂いた。風圧が前髪を揺らしてその下の双眸へと飛び込んでくる。

 思わず目を瞑りそうになり眉間に力を入れてやり過ごし、ツクシは白い残像を残して飛び込んでくる男の気配から逃れるために大きく飛び退いた。隊員たちが慌ててツクシに道を譲り、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ惑う。

 引っ込んでいてくれた方が動きやすいので、とばっちりを受けない所へさっさと逃げ込んでくれと思いながら舌打ちした。

 ホルスターから銃を抜いて撃鉄を起こす。向き合って睨み合うと、むず痒い痛みだけしか感じられなくなった腕と腹部の傷が嫌でも思い起こされた。

 不愉快な傷も痕も消すことなどできないが、反乱軍頭首を討ち取ることができれば名誉の負傷として記憶の上塗りはできる。

「いいね……その顔」

 自分が今どんな顔をしているのか鏡が無ければ見ることはできないが、口振りからあまり誉められた表情をしていないだろう。

「お前が作り上げた反乱軍がどんな末路を辿るか見せられないのが残念だ」

「オレの反乱軍クラルスは簡単には倒れないさ」

「……当のお前が不在では難しいだろう」

「案外そうでもないかもしれん」

 ツクシの憐れみの言葉を男が楽しげに否定する。

 そのあまりの軽快さにこちらが拍子抜けするほどだったが、タスクの余裕は空元気でも演技でもないようだ。

「もしや、次の候補がいるとでも……?」

 不満を抱いてはいても行動を起こせるほどの勇気も頭脳も持ち合わせていなかった住民たちを、その強さで希望を持たせて国に牙を剥くまでに奮い立たせることができたのはタスクに人を惹きつける魅力があったからだ。

 それほどの能力と資質を持った人間などおいそれとはいないはず。

 そう考えているからハモン参謀は頭首を討てば反乱軍は求心力を失い止まると言い切ったのだ。

「まさか、」

「あんたが誰を思い浮かべたかは知らんが、恐らくオレと同じ男だろうな」

 簡単に頭首の座は譲るつもりはないがな、と続けて男は重心を低くして曲刀を正面で構えた。

「そうか……あの男が」

 ならばここで潰さねばなるまい。

 現頭首も、次期頭首も。

 クラウドを死に追いやった男が反乱軍の頭として立つなど許し難い。あの忌々しい金の瞳の男を屠って初めてツクシの溜飲は下がるのだから。

「……どちらも撃ち殺してやる」

「殺れるもんなら――」


 殺ってみろよ。


 挑発に逸ったツクシの指が狙いを定める前に引き金を引く。仮面の男は地を這うような姿勢で弾の軌道の下を駆け抜け、抉るような一撃で胴を薙いでくる。舌打ちし素早く持っていた銃の柄を剣の腹に打ち下ろして勢いを殺し、タスクの左手側へと回り込む。

 伸ばした腕ひとつ分しか離れていない近距離から躊躇なく発砲するが、有り得ない反射神経で反応しほんの少しの体重移動で身を翻して男は難なく躱した。

「……化け物じみているな」

 単純な驚きと感想にタスクは笑う。

「異能の民やあの女に比べりゃオレなんか可愛いもんだ」

「異能の民?」

「知らねえのか?」

 今度は男の方が驚く番だったらしい。

 聞き覚えの無い言葉を繰り返しただけだが、困惑気味にタスクは視線を反らした。

「なんだ、その異能の民というのは」

 知らないことが信じられないというその態度が妙に気に障った。

 思わず詰問口調になったツクシに、敵対しているはずの反乱軍頭首が頭を掻いて首を捻りながらも教えてくれる。

「マザー・メディアという女が率いる異能の民は奇妙な技を使う。人間業とは思えない能力で、それこそ化け物と言っていいような奴らだ。穢れし大地をマザー・メディアに捧げ新たな世界の始まりを望む。ひとりの女を教祖に掲げた、いわば宗教だな」

「……宗教」

 マザー・メディアという名も異能の民という言葉も初めて耳にした。宗教という響きは怪しげで、掴み所のないまやかしのようにも思える。存在すらも不確かなものに対する警戒を抱くことは難しい。

 目に見えない悪霊を恐れよと言われても実感が湧かないのと同じだ。

 そんなものをタスクが信じているということが受け入れがたい。


 銃も恐れず無類の強さを誇るようなこの男が?


「遭遇せずにすんだ幸運を喜べ。あいつらはこの国のどこにでも出没する――もしかしたら、知らずに出会ってるかもしれないがな」

「どこにでも?」

「そんなに気になるなら、調べてみりゃいい。ま、オレを倒して生き残れりゃの話だが」

 お喋りはここまでだと切り上げて男は地を蹴って真上に軽く跳び上がる。

 今更互いに交流を深める必要など無いのに言葉を重ねるのは無駄だ。深呼吸をして銃を持つ手を構えてツクシは引き金をギリギリまで引き絞る。

 勝負は一瞬。

 殺るか殺られるか。

「これが、最期だ」

 動かないはずの鳥の顔の面がまるで笑ったかのように見えた。突き出た嘴が大きくぶれたと思った時には死角へと移動している。視線でタスクを追い、次の動きを予測して銃口を向け思い切って引く。

 乾いた音が響き、そして銃弾が当たる硬い衝撃音が確かに聞こえた。


 殺ったか――?


 確認する前に空気を擦るような音と光が視界を斜めに横切って行く。突然胸が膨れ上がったかのように感じられ、次に破裂したかのように赤い液体が噴出した。

 足元になにかが勢いよく滴り落ちる感覚だけが鋭敏に感じられツクシは呆然と立ち尽くす。


 血――?


 目の前が赤く染まって行くことを酷く冷静に受け止めて自分が斬られたのだと理解した。

 身体が前方に傾ぎ、そのままなす術も無く地面に倒れ込む。乾いた地面にツクシの赤い血潮がどんどん吸い込まれていく。

「っぐは、――」

 息ができずにツクシは口を開けたが、そこからは大量の血液が吐き出されただけだった。健気にも懸命に鼓動を打つ心臓が徐々に弱くなっていくことに、少なからず恐怖を覚えて身震いをする。

 ずっと追いかけてきた背中を見失った心細さを特定の人間を恨むことで誤魔化して、仇を討とうとしてみたところで所詮は敵わない相手だったのだろう。

「さ、む……」

 冷えた大地が血だけでなく体温をも奪っていくのか酷く寒い。

 視界が暗くなり、段々と世界が狭まってくる。一条の光さえも射さない闇の中へと落ちるのかと覚悟を決めてツクシはふっと短い息を洩らした。

 重く冷えて行く体から力が抜け、不意に軽くなる。

 浮遊感を味わいながら全ての輪郭が曖昧になって行く。


 クラウド様――?


 過去の記憶だろう。

 変わらず凛とした背中がすぐ目の前を歩いている。見慣れた紺色軍服は保安部の物で、ついて来るツクシを鬱陶しそうに思っているのが解るその懐かしい後ろ姿に呼びかける。


 クラウド様――。


 呼びかけるとほんの少しだけ肩が動いて、言葉は無くとも耳を傾けてくれているのだという安心感に更に言葉を継ぐ。


 貴方の無念を晴らすことができず申し訳ありませんでした。


 そうするとクラウドはゆっくりとこちらに顔を向けて、その険しい顔を困ったように顰めて。


 ――ばかだな。


 と小さく微笑んだ。

 その声と表情でクラウドがそんなことを望んでなどいなかったのだと気づいたが、起こしてしまったことはもう変えることなど出来ない。

 それに薄々気づいてはいたのだ。


 それでも、仇を取りたかった。


 ――ばかだな。


 優しい声と笑顔で悲しそうに呟くクラウドに「はい」と返事して、今度は見失うまいと先を歩く上官の背を穏やかな気持ちで追うのだった。


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