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C.C.P  作者: 151A
反乱軍 ~Clarus~
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エピソード83 真実と協力

 商業区であり学生街として名高い第三区も沢山の法令に縛られて、活気も人通りも絶えている街並みは物寂しい。

 九階建てのビルに入りタキは受付に立っている若い女性の元へと歩み寄る。ショートヘアーの溌剌とした雰囲気の受付嬢は「ご用件は?」と笑顔の奥で訪問者を警戒して訝っているのがなんとなく感じられた。

 それは別に裏があるわけでは無く、治安維持隊や保安部の他に第三区討伐隊が入り込んできて面倒なことになっているからだ。

 彼らは常に監視され、少しの疑いでも執拗に探られるという日々を暮らしている。

 初めて見る顔の訪問者に警戒心を抱くことは普通だろう。

「……蓮の花はどこへ行けば手に入るのか、教えて欲しい」

「蓮の花……?」

 女はきょとんとした顔で首を捻り、少々お待ちくださいと奥の扉へと向かう。その間にも妙なことを言っているタキのことを不審げに振り返りながら、細く開けた扉の向こうに誰かいるのか事情を説明している。

「申し訳ありません」

 ショートヘアーの女と代わって出てきたのは年配の落ち着いた女性だった。すまなそうな顔をしてタキの前まで来ると苦笑いを浮かべる。

「お売りすることはできませんが、九階の展望室に蓮の花の展示をしております。宜しければエレベーターをご利用になり展望室の花をご覧になることはできますが……」

 如何なさいますか?と問われて小さく首肯すると女は花が咲いたように微笑んで、受付からわざわざ出てきてタキをエレベーターまで案内する。

 扉の影がからショートヘアーの女がまだ警戒心剥き出しでこちらを見ていたが、エレベーターのある場所へ向かうために角を曲がると訝るような視線は途絶切れた。

「展望室にある花は紛い物の蓮の花ですが、きっとご満足いただけると思いますよ」

「……御親切に、ありがとうございます」

「いいえ。あの花を見ていると真理や真実といったものが、どれだけ尊い物か考えさせられるのです。だから、つい私は仕事の合間に展望室へと上がってしまうんですよね」

 貴方もきっと同じ気持ちになれるはず、下りてきたエレベーターの入り口が開いて乗り込んだタキへ女は期待に満ちた表情を向けた。その瞳に屈せぬ正義の光を見た気がして背筋が震える。

 直ぐに扉が閉まりタキは九階のボタンを押そうとして、その場所が既に点灯していることに気付いた。


 女もタキもそのボタンに触れていないはずなのに――。


 他の場所はひとつも点灯していない。触れて押さねば灯りが灯らない仕組みのはずだが、タキの訪れを心待ちにしているかのようにエレベーターが音も無く上昇して行く。狭い箱の中で黙って目的地へと着くのを待っている時間はそわそわと落ち着かない気分になる。

 唐突に上昇が止まり、ゆっくりと扉が左右へと開く。

 黒い床が広がる先に天井までの大きなガラスが嵌められ、昼間の容赦の無い太陽の照りつける陽射しが溢れていた。

 むっとするような暑さを感じながら、真っ青な空と白い雲が目の前に迫る窓へと近づく。


 不思議な光景だ。


 第三区と居住区である第四区は背の高いビルが多く建ち並んでいる。タキたちが住んでいたアパートも十階建てで最上階に住んでいたが、ベランダから見る景色はどこかの家のベランダやビルの壁ばかり。

 こんな風に遮る物が無い高みから空と地上を眺めることなど初めてだった。

「九階なのに……」

 タキたちのアパートよりも高さはないのに、見える景色がこれほど違うのかと感心して窓越しの熱い光を受け止める。改めて地上を見れば通りを歩く人間の少なさと、街を我が物顔で歩き回る保安部や維持隊の制服を着た人間の多さに驚かされた。

 光り射さぬ路地の奥へと入って行く住民たちは後ろ暗いことでもあるのだろう。何度も後ろを振り返り、確認してから暗がりへと進んで行く。

 展望室は南西の方向を向いているようで、タキたちの住んでいた第四区の低所得者用のアパートが白い光の向こうに見えていた。


 スイは――。


 熱を持ったガラスに手を当ててタキはそっと心の中で妹の顔を思い出す。迎えに行くよりもあそこでホタルやアゲハと共に暮らしている方が安全だ。彼らはきっとスイを励まし、慰めてくれる。


 だから大丈夫だ。


 やらねばならないことを優先せねば。


 迅速に革命を成す。

 それが一番の近道なのだから。


 再び兄妹で暮らすために、タキは戦うのだ。


「蓮の花を御所望では無かったのかな?」

 広くがらんどうな空間に笑い含みの声が響いて、思考の海を泳いでいた意識を浮上させる。そっと肩越しに振り返ればエレベーターの横にある通路に男が立っていた。

 つり上がった糸目を更に細め、口角を上げて笑っている。抜け目のない狐のような風貌の男は黒い床を滑るように真ん中まで進み軽く会釈をした。

「私はナギ。貴方は?」

「俺は、タキ」

「はじめまして、タキ。蓮の花を御所望では無いのなら、貴方はなにをお求めかな?」

 ナギは胸に右掌を当てて顔を覗き込むように身体を前傾姿勢にする。不自然な体勢にも拘らず、ぴたりとそのまま動きを止めて返答を待つ。

「……真実と協力を」

 なにが正解かは解らない。

 ただロータスに協力を求めろとアキラに言われ、そしてタスクから与えられたロータスという者の情報は“真実を追いかける”ということのみ。

「………………成程」

 薄らと微笑んでナギはこちらへとタキを通路の奥へと誘う。汗が出るほど暑い窓の傍から離れて薄暗い通路へと足を踏み入れると、空調が効いているのかひんやりとしていて寒いくらいだった。

 通路の途中に大きな蓮の葉の付け根から幾重にも重なった繊細な花びらが形作られた花が生えたなんとも可愛らしいオブジェが置かれているのが目に入る。花の中央から水が溢れて葉に流れ落ちるデザインで、丸い葉の先は少し上向きに曲がっており真ん中の花の茎の部分の方へと全ての水が集まるようになっていた。

 その水がまた花の中央から流れ落ちて葉を伝い循環する。

 涼やかな見た目と華やかさをしているが、永遠に流れ続ける水が表している物によってこの作品が与える印象は変わってくるような気がする。

 時間ならば眩暈がするような壮大さと、途方も無い長さに己の小ささに恥じ入るばかりだが、これが人の命であるならばこんなにも性急で慌ただしく一生を終えるのかと恐くなるだろう。

 先程受付の女が心理や真実がどれほど尊い物か考えさせられると言っていたな、とぼんやりと思い清らかな水が流れきらきらと輝く蓮の花と葉を眺めた。

「……お気に召したかな?」

 くすりと笑う声にタキは自分が歩を止めて見入っていたことに気付くと慌てて謝罪して足を動かす。

「いいのですよ。芸術とは人に見られることで完成し、そしてなにを感じさせ与えられたかで真価が問われるのだから」

 本望でしょう。

 ナギが呟きを残して奥へと進む。その後ろをついて行くと次第に通路は狭くなり行き止まりに辿り着く。

「真実と協力、でしたね?」

 確認されタキは首肯する。

「よろしい」

 なにもない壁にナギが両掌を押し付けると間接照明が消え、辺りが真っ暗闇へと変化した。

「真実を見極める者、括目して相待つべし――」


 ギイィイ――。


 古い扉が開くかのような蝶番の軋む音に似た響きが木霊して、一条の光が闇の中を照らす。細長い線が真っ直ぐ上から下まで走り、その前に立つナギの横顔を浮かび上がらせる。細い瞳が輝き、ちらりとタキを振り返った。

 狡猾そうな表情に見えたが、それが逆に頼もしくもある。

 胸が知らず高鳴り、興奮しているのを自覚した。


「ようこそ。真実を追う者たちの集う場所ロータスへ」

 開き切った壁の向こう側には展望室と同じ作りの部屋があった。正面は全てガラス張りで黒い床の上には太陽の光が遊んでいる。だが違うのはそこかしこにモニターや機械が置かれ、机には紙や本がたくさん乗せられていること。

 そして夜に備えて発電機があり、昼夜問わずに全てが起動していることを告げていた。

「まあ今は私しかいないんだが」

 苦笑してナギは部屋を横切って窓へと歩いて行く。その背中を追い進むと床を這いまわる幾つものケーブルに足を取られそうになる。

「あ、足元気を付けて。引っこ抜かれたら復旧が面倒だ」

 警告するのが遅い気もするが、それでも慎重に通り抜けて窓辺に立ち外を眺める。こちらは周囲のビルに阻まれて空も雲も見えない。だが第一区の一部とその奥にある人工栽培所プラントハウスと新しく建てられた工場がまるで切り取られたかのようにそこにあった。

「――――ミヤマ」

 連れて行かれた老女を思い胸が痛む。

 救わねばならぬ人物はシオだけに非ず。

「あそこでは毎日多くの人が過労死で命を失っている」

 睨んでいる先が武器工場であることを目敏く感じ取ってナギが囁く。その中にミヤマも入っているかもしれない。

 ぶるりと震えれば「今でも多くの無戸籍者があそこへと送られている」更に追い打ちをかけるように続けられた。

 その武器は北へと送られることは無い。

 北の領地拡大は総統の息子が空爆で死んでから頓挫していると聞く。つまり工場で作られる武器は軍に回り、討伐隊へと流れる。

 反乱軍と戦うために武器が作られ、またそれを奪って反乱軍が戦う。

 最早武器を作る者も誰のためになのか、使う者も又誰を殺すための武器なのか解らなくなっていた。

 武器は武器であり、武器に意思は無い。

 そして罪も無いのだろう。


 全て使う側の勝手な思いが武器に意味を持たせるのだ。


「協力を約束しよう。私たちはクラルスの頭首に恩がある」

「タスクに……?」

「この第三区を討伐隊から解放して欲しい。そして多くの罪なき人間を苦しみから解き放って欲しい」

 差し出された右手をタキは束の間見つめ、ゆっくりと己の手を重ねた。

 ぎゅっと握りしめられた手の温もりは儚さと勇ましさを感じさせる。


 望まれていることが大きすぎる――。


 それでもやらなければならない。

 急がなければ手遅れになるのだと解っているから。


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