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C.C.P  作者: 151A
反乱軍 ~Clarus~
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エピソード75 地下鉄に住む医者


 黒い制服に銀糸の縫い取りがしてあるのは反乱軍討伐隊の者である証し。そして誰もがテロリストや反逆者に対してだけでなくその街の住人にも情け容赦がなかった。どこまでも追い詰めて仕留めようとする獣のような貪欲な眼をした男たちで、タキが肩に担いでいる男もまた同じ人種であるはずだ。


 だが、この第六区の人間である若い女が涙して“死なないで”と縋り乞い願うだけの物が討伐隊の軍人との間にあるということが不思議であり、又そこに希望がある気がした。

 タキは泣きながら後をついて来る女をちらりと振り返り、柔らかな金茶の髪が緩い曲線を描いて額や頬にかかるのを見てそっと嘆息する。涙に濡れた瞳も、ふっくらとした赤い唇も、華奢な身体つきながらつく所にはついている魅力的な肉も全てが男を惑わせるものだ。

 きっとこの軍人と深い男女の関係にでもあったのだろう。

 それこそ不可思議なことだが。


 第六区討伐隊を率いている将校のセクスは堅物として知られている。自他共に厳しく、小さな失敗でも赦さず叱責して懲罰を与えると聞く。捕えたテロリストを拷問にかけ、情報を得られなければ残虐な方法で死に至らしめるらしく、討伐隊員からもテロリストからも恐れられている男だった。

 そんなセクスが統制地区の歓楽街で男を誘っているような女に靡くとはとても思えない。

 それどころか虫の息で倒れている身体に縋って死ぬなと統制地区の女に懇願されているなど驚愕物だ。

 情けを知らぬはずの男が国を忌んでいる統制地区の女に慕われるなど、一体二人の間になにがあったのか。


 恐れられたセクスもまた人間であり、そして男であったということか。


「どこへ行くの?」

 不安げな声にどこか警戒を含んだ物が混じっている。背後からかけられる女の問いに「医者の所だ」とだけ答えてタキは地下鉄の階段を下りた。

 電力配給の時間をとうに過ぎ、電車の止まった駅の構内はしんと静まり返っている。

 無人の改札を乗り越えた先は真っ暗で、その空間に目が慣れるまでは少々不便だが慎重に歩を進めて行くしかない

 それでも何度も辿った道を身体は覚えている。

 ホームの先へと向かっている靴先がこれ以上は転落の恐れがあり危険であると報せる僅かな線の盛り上がりを探り当て、そこからは足を滑らせて縁がどこにあるのか調べた。

「線路に降りる。危険だからついて来なくても良い」

 返答は解っていたが一応確認し、念を押すために発言すると女が「冗談じゃないわ!」と憤慨する気配がした。

 その頃には視界も闇に慣れてぼんやりとだが女の顔も、物の輪郭も見えてきはじめており、線路に降りる時に手を貸せるくらいにはなっていたので危険は無いだろうとタキは首肯する。

 肩に担いだ男の腹と胸から出血した物が肩と背中にじっとりと染み込んできていた。止血処理もせずにここまで運んできたので最早手遅れかもしれないが、なにもしないよりはこの女の気も済むだろう。

 相手は弟を北の戦地へと送り込んだカルディアの人間であり、協力しているアポファシスやクラルスの仲間を大勢殺した男でもある。

 本来ならば見捨てて討伐隊の頭を討ち取ったと喜んでいい所なのだろうが、人の命を奪って勝ち得た勝利や平和を、諸手を上げて歓喜することはタキにはできなかった。

 敵にもその死を悼む者がおり、生きて欲しいと願う者や家族がいるのだと目の前で見せられてはなおのことだ。

 縁に手を当てて滑り降りるとホームの高さは線路の上からタキの胸のあたりにある。人よりも背が高い方のタキですら深いと感じるのだから、女には恐怖すら感じる高さに違いない。

 手を差しだすと強気な態度を一瞬見せたが、上から見ると下の方は暗く全く見えないだろう。渋々タキの手を取って男を担いでいない方の肩をもう片方で掴んで軽やかに下りてきた。

「……急ごう」

 促して南東へと向かう線路の横を行く。錆びた鉄の線路の脇はセメントで固められ人がひとり歩けるほどの余裕は十分にある。一応は国が管理している地下鉄道は毎年予算を削られており、線路や車体のメンテナンスは最低限のことしかできないでいた。

 そのため線路は錆び、石を積み上げた上にセメントを塗り込んだトンネルは不十分な補修しかされていないのが現状だ。

 今まで大きな事故は無いが、これからもそうだとは言えない。

 地下鉄が無ければ庶民は自分の足を使って移動しなければならなくなり、そんな不便な生活を強いられることに多くの国民が納得はしないだろう。

「まだなの?」

 焦りと訝りが投げかけられてタキは「もう着く」と答え、非常用の連絡機が備えられている壁の傍にある窪みへと身を屈めて入り込んだ。身体の大きなタキには窮屈で、しかも肩に鍛えられた鋼の筋肉を着けた軍人を担いでいる。

 身動きの取れない狭さの奥を右足で二度蹴りつけると、二度目が終わって直ぐに温かな空気がこちら側へと流れてきた。

 同時にオレンジ色の灯りが奥から漏れ、タキは入口が開けられたことを確認すると男の膝裏をしっかりと抱えて少し傾斜になっているその隙間に身体を滑り込ませる。


「ちょっと、またあんたなの!?」

 足裏が石床を捕えた所で腰を落として着地すると呆れたような女の声が聞こえてきた。癖の無い黒い髪を後ろでひとつに結び、切れ長の円らな瞳を精一杯丸くして白い前掛けを着けた姿は医者というよりも料理人のように見える。

 だがリラはどんなに手遅れの患者でも最後まで手を尽くそうと知恵を絞り、また命に寄り添い諦めない強さを秘めていた。

 彼女は無戸籍者であり、無免許医ではあるがどの医者よりも真摯に命と向き合う医者だった。

「好い加減にして!毎日毎日、飽きもせずに怪我人ばっかり連れてきて!ただでさえ寿命が短い人生なのに、これじゃ過労死するじゃないの!」

 轟々と炎が燃える竈の前で文句を言いながらも、その視線はタキにでは無く連れてきたセクスの方へと向けられている。

「今度はなに?どうして敵の軍服を着た男を連れてきたのか――聞きたい所だけど、今はいいわ」

 中央に置かれた台を顎で指して、リラが手を洗いながら「ソキウス!患者よ!」と奥にいるのだろう助手を声高に呼ぶ。言われた通りに台の上に横たえて、まだ息をしている男を見てタキはほっと安堵する。

 この部屋は竈で温められた空気が通る配管が壁に這っており凍りつくような夜の寒さとは無縁で、逆に熱いぐらいだった。配管の先は線路内を通り第六区の路地裏へと流れ、そしてその横に換気ダクトが並び、地下鉄用の換気ダクトへと繋がっている。

 無許可でここに住みついているが、第六区の駅職員が急病や怪我をした際にはリラに泣きついて来るらしいので黙認されているというのが正しいだろう。

「急患ですか!?」

 ドアが無い入口から慌てて飛び出してきた青年はリラの助手であるソキウス。気の弱そうな風貌をしているが、これでも優秀な男で患者の様子を見ながら的確な処置の手助けをする。

 息の合った二人の治療で助かった者は多い。

「こんな所に、医者がいるなんてびっくりね……」

 滑り降りてきた先にあった部屋を見渡しながら女が目を瞬かせて感想を述べる。それを聞きながらリラが鼻を鳴らしてセクスの傍に立つ。

「こんな所で悪かったわね。これでも快適な私の城なの。文句は受け付けない」

「文句なんかないけど……。本当に大丈夫なの?」

 疑っている女にリラが柳眉を逆立てた。

「どういう意味?信じられないなら他を当たってくれても構わない。怪我人を見つけるたびにここへと連れてくるマメな男がいるせいで、こっちはくたくただからそうしてもらえると助かるんだけどね」

「リラ、そう言わずに診てくれ」

 頼むからとリラを宥め、そして所在無げに立っている女にそれ以上はなにも言わないでくれと頭を振って黙らせる。

「また、派手にやられてますね……」

 鋏を手にてきぱきと服を脱がせ始めたソキウスが眉を寄せて呟く。腹部と胸部、肩と首、出血している場所と程度を確認しながらリラの顔も厳しくなっていった。

「全く。毎回瀕死の人間ばかり連れてきて、こっちの体力が持たないってのに」

「リラの腕を信用してくるから俺はここへ連れて来るんだ」


 だから今回もきっと。


 最後の言葉は言わずとも彼女には伝わっている。

 不敵な笑みを浮かべて、リラは意識の混濁している男の腕に注射針を刺した。

「さあ、始めるわよ」

 麻酔が全身に回り効くまでの時間が待てない時は大抵の患者の意識は朦朧としている。それ幸いと鋭く小さな刃を持つ器具を手に開始を告げて、彼女はまた今日も人の命を救うべく全力を注ぐのだった。


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