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C.C.P  作者: 151A
反乱軍 ~Clarus~
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エピソード65 タキの目標

 暗い天井めがけてゆっくりと揺蕩(たゆた)いながら昇って行く紫煙を眺める。与えられた部屋は狭く、ベッドだけが唯一の家具だった。

 そのベッドに乗り、壁に背をつけた格好で、もうずっとこうして身動きが取れないままタキは煙草を燻らせていた。窓の無い部屋は常に薄暗く、今が朝なのか夜なのかさえも解らない。


 シオを護れなかった――。


 妹を抱き弟の手を引いて孤児院のドアを叩いたあの日、固く決意したはずの思いが心の中を駆け巡りまるで嵐の中に船を進ませているかのようにタキを責める。

 自分の命に代えても護るのだと誓ったのに、結局シオは保安部に囚われ北の地へと送られてしまった。助けようと乗り込んだ壁の中で再会した保安部の軍人と戦い、タキが押され追い詰められた瞬間アキラが爆弾を使用し仕方なく離脱した。

 本当は残ってシオを探し出し、助けたかった。それが叶わないのならば捕まり、共に北へと行ければと願ったが、それをアキラは許してはくれなかったのだ。


 そしてタスクも。


 落ち込み、戦う気力の失われたタキに無理強いして、軍との戦いに駆り出さないだけの思いやりはあるのか今は放っておかれている。部屋に引きこもっている間は誰も干渉してこないので、ただ闇雲に心を乱して苦しむことができた。

 今もシオは正気を保つことが難しい状況で自分の命をかけて戦っているのだ。誰の指図も受けないと昂然と言い放つ性格なので、命令に背いて反発しもっと酷い目にあってはいないかと気を揉みその身を案じる。

 負けん気が強いのに泣き虫なシオが、幼い頃のように泣いてはいないかと想像するだけでいてもたってもいられなくなった。

 目も手も届かない場所に連れて行かれた大切な弟が生きて戻ってこられる確率はどれくらいあるのだろうか。


 きっと限りなくゼロに近い。


「俺はこれからどうすれば」

 指の間に煙草を挟んだまま頭を抱えると、服や髪にまで染みついてしまった煙草の匂いが気になった。身体を起こしてベッドの縁から手を伸ばして、床の上に置いている灰皿に先の短くなった煙草を押し付ける。

 灰皿には山盛りになった吸殻が主張し、新たな仲間となった煙草の残骸を受け入れようとしてバラバラと床に零れ落ちた。


 こうやって振い落されて行くのか――。


 生きる者と死せる者。

 富める者と貧しい者。

 恵まれている者と持たざる者。


 残され、人生を謳歌できる者など本当に一掴みの人間しかいないのだ。

 それがこの国の縮図に見えタキは惨めな気持ちと遣る瀬無い思いの中で自分がどちらに属する人間なのかを考える。

 生か死か、富と貧困か、奪う者か奪われる者か。

 今は間違いなく全てが後者だろう。

 持てる者がみな幸せであるとは思っていない。

 実際にホタルを見ていても、なに不自由なく育ってきただろう彼にも悩みや心に抱えている傷はあり、自らの意思とは関係なく期待や思惑に翻弄されているようだった。選択肢が沢山あるはずなのに、それを好きなように選ばせてもらえないことはかなりの苦痛を伴うに違いない。


 自分の人生なのに、他人に決められているのだ。


 カルディアに住む人間もまた、総統や軍上層部、為政者たちの干渉により自由に生きることはできないのだろう。


「タキ」

 ノックも無しに扉が開かれ、するりと隙間から入り込んできたのは青白い顔のアキラだった。くっきりと浮かぶ目の下の隈と、色の悪い唇は暗い部屋の中で見るとまるで亡霊のようだ。

「そろそろ戻って来ないと永遠に海底の巨石と化してしまう」

 筒状にして手に持った雑誌をタキの膝の上に投げて肩を竦めると、アキラは苦笑いして冗談めいた言い方をする。

「……似合わないな」

「なにがだ?」

 糞真面目で持って回った言い方をするアキラが冗談を口にするなど、それがどんなに面白いことだったとしても笑えそうもない。

 ただでさえ今は笑えるような心情では無いのだから勘弁して欲しかった。

 手慰みでアキラの持ってきた雑誌を広げ、ぱらぱらと適当に捲って行く。

「引きこもっている間も事態は目まぐるしく変化している。好むと好まざるに関係なく」

 ちらりと薄紫の瞳が床に散らばった吸殻を見て眉が顰められた。そして山のようになっている灰皿の方にも視線が移され、やれやれとゆるく頭を振られる。

「タスクは約束を守ると言っていた。必ず平穏を与えると」

「――――シオが!」

 弟がいない平穏など存在しない。

 シオがいて、スイがいて、そして自分がいる。そうして初めて安寧と平穏が手に入るのだから。

 タスクが約束した平穏の形がタキの望む物と違うのならば意味は無い。

「諦めるのはまだ早い。弟君が生きている可能性があるうちにこの反乱を終えれば、互いの描く平穏の姿は限りなく近くなる」

「反乱が上手く行くと、本気で思ってるのか?」

 普通ならば国が負けるなど有り得ない話で、それを平然と可能性があると言い放つアキラの神経を疑ってしまう。

「我々の本願成就の為には助力を惜しまない。この反乱は必ず成功するだろう」

 あろうことかアキラは断言して骨の浮き出た手を差しだす。

 掌を上にして誘うように。

「俺は……行かない」

 拒絶の言葉に残念そうな表情を浮かべて指を握り込み、アキラが深く長いため息を吐く。失望と諦念が入り混じったなんとも言えない薄紫の瞳が天を仰ぐ。

「アキラと共には行かない。自分で選び、自分で歩く。俺はタスクを信じる」

 死刑執行を言い渡されたシオを救うために選ぶのは目の前の男の手ではない。タキが信頼し、忠誠を誓ったのは反乱軍クラルスを率いる頭首であるタスクだ。誰よりも強く、なに者も恐れず、自信に満ち気概にあふれた男の力強い手。

 あの手でタキの望みを叶えてくれると信じているから。

「海の底で息を潜めて死を待つよりも、信じる者の傍で戦う方を選ぼう」

 例えその道程で命尽きようとも。

 この瞬間にシオも命を燃やして懸命に生きているのだから。

 兄として恥じぬように最後まで戦おうと迷いを振り切る。でなければ今こうしてスイを放って反乱軍のアジトに身を置いている意味がない。

 スイの未来のためにも、そしてシオの命のためにも、少しでも早くタスクの革命が成されるように祈り、力を貸すことがタキのできることだ。


 すまない。


 弟妹を思えば不甲斐無い己の無力を謝罪する他なかった。こうしてバラバラになってしまって初めて見えてくる物、感じられる物は確かにある。

 胸に手を当てドックタグを掴む。

 離れていても心は繋がっている。

 互いを思い、必死で今を生きようと努力しているのが解るから。


 いずれ会える。


 それがこの世界ではなくとも、死して天へと還ることができたならば魂のゆりかごで再び相見えよう。


「まずは生きて、会う」


 それが目標だ。


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