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C.C.P  作者: 151A
統制地区 ~Control.City~
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エピソード27 手を組む


 ツクシと上官が呼んでいた若い軍人は渋々という体で添えていた左手を外し、出血して紺色の袖を黒く染めている右腕をだらりと下げた。額から冷たかったはずの銃口が除けられたが、逆にそこにひんやりとした風が撫でて行きタキはぶるりと身体を震わせる。

「撤退だ。急げっ」

 クラウドに再度急かされ、黒い瞳をギラギラと光らせてタキを睨み上げると頬を歪めて「命拾いしたな」と怒気を込めて吐き出した。

 上官であるクラウドと同じ台詞だったが意味合いが真逆だった。タキを殺めたり傷つけなくて済んだことを安堵して口にした上官と違い、部下であるツクシはこの場で殺せずに残念だと心底怒りを燃え上がらせている。

「次に会った時には容赦なく撃ち殺してやる」

「――今ここでおれがてめぇの頭を撃ち抜いてやってもいいんだぞ?」

 兄への殺人予告に引っ込めていた銃をシオが舌打ちしてツクシの蟀谷へと押し付ける。ツクシは涼やかな目元に皺を刻んで横目でシオを流し見て「やってみろ。クラウド様は温厚な方だが、部下が殺られてむざむざと引き下がるような御人では無い」と挑発した。

 その遣り取りと引かない様子を見て嘆息を洩らしたのはタキだけでは無かった。

「ツクシ、何度も言わせるな。これ以上は命令違反として処罰しなければならなくなるぞ」

「――――っ!」

 強い口調に目を伏せてツクシは身体から力を抜く。彼の指先からぽたりぽたりと血が滴り、アスファルトに丸く小さな血痕を作る。最初の勢いは無くなったが、未だに染み出している水路からの水が洗い流してあっという間に消していった。

 腹部からと腕からの出血はけっこうな量で、早めに治療をした方がいいのは素人のタキにでも解る。

 手を伸ばしてシオの銃を持つ手首を押えて首を横に振った。一瞬反抗的な目を向けてきたが、唇の端を曲げて素直に銃を下す。

 ツクシは出血による青白い顔をしながらもきびきびとした動作でクラウドが後部座席に座っている車へと歩み寄り、左手でドアを開けると助手席に乗り込んだ。すでに温まっている車はゆっくりと発車して、窓の向こうのツクシのねっとりと絡み付くような視線は徐々に遠ざかって行く。

「…………終わった」

 色々ありすぎて疲労感が身体を重くしている。これからのことを考えなければならないが、その余力が無くいい案が浮かぶとも思えない。

 今はゆっくりと休みたいという希望を打ち消すように、タスクが「終わってはいない。これから始まる」と神妙に返す。奇怪な鳥の面を外して現れたのはやはり記憶通りの異国的な顔立ちで、乱れたプラチナブロンドを後頭部へと撫でつけている。

 先程までの好戦的な物言いと打って変わって、初めて会った時のような口調へと戻っていた。

 興奮が冷めたのか。

「“駆除”に続き“狩り”が始まった。強制労働による“搾取”が終わればあとは“死刑執行”が行われる」

「搾取、死刑執行……?」

人口栽培所プラントハウスでの就労は表向き食料用の野菜を育て収穫するのが目的だとされているが、新たに建設されている工場は食らえば命を奪う鉛の弾とそれを打ち出すための銃を量産するためのものだとロータスから報告を受けている」

「……本当なのか?どうして軍が更なる武器を手にしようとしている?俺たちのような人間を押さえつけるだけなら今でも十分なはず」

 俄かには信じられない言葉にタキは疑いの目を向ける。ただでさえ物や食料が少ないせいで物価が高く、食べるのがやっとの生活をしているというのに武器を作るための工場を建設しているとは。

 人工栽培所プラントハウスで食べるための野菜を作ると言われれば、戸籍欲しさに働く者はいるだろう。

 だが銃や弾などを作るなど、空腹を抱える者たちにとっては酷過ぎる仕事だ。

 タスクは少し悲しげな表情で翡翠の瞳を翳らす。

「真実を追いかけるロータスたちの情報に嘘偽りはない。総統と軍上層部が狙っているのは新しい土地だ。その為に武器が必要なんだ」

 “真実を追いかけるロータスたち”という箇所で何故かシオがはっと顔を上げた後、気遣うような瞳を港の方へと向けたが今はそれどころでは無い。

「新しい土地を手に入れる為に武器が必要?――まさか」

 総統とカルディアに住む者たちは汚染の広がるスィール国に未練は無い。ただの荷物としか思っていない民にも愛想を尽かしている。滅びゆく土地を捨て、新たな土地を手に入れられればそちらへと移住して行くだろう。

 以前統制地区を捨てたように。

 だが周りには持ち主のいない土地などありはしない。武器を量産しようとしているのならば他国へと侵略をするという他には考えられなかった。

「北の隣国と戦争を始めるつもりらしい」

 それでは北の山の開墾とは――。

「俺たちを戦地へと送り出すもの」

「その通りだ」

 首肯するタスクは鼻に皺を寄せて空気を出す。

 使い捨ての兵士として投入するために戸籍を持たぬ者を捕えようとしている国に慈悲も良心も無い。意思など関係なく“搾取”し“死刑執行”を言い渡す。

 なにかの罪を犯したという自覚も無いのに、罪咎を決められて「国の為に死せよ」と命じる理不尽さ。己が命だけが尊く、大事と思う傲慢さ。民を思いやれぬ国家に最早希望も期待も出来ない。

「……腐っている」

「タキ」

 嘆いたタキに優しく呼びかけタスクはあの日のように手を差しだした。その浅黒く力強い掌はやはり縋りたくなるような魅力がある。

 顔を上げれば自信に満ち気概にあふれ精力的で、さっきの戦いを見ていればどんな敵にも負けることは無いのだとタキを奮い立たせてくれた。

「オレは謂れの無い罪を被せて民を北へと送り込む国を赦さない。これからこの国は荒れるだろうが、必ずお前の欲した平穏をオレが与えてやる。だから」


 忠誠を誓え。

 決して裏切らぬ誠意を――。


 タキはぐっと喉に力を入れてシオを振り返る。弟は黙って兄を見つめ返し、まだ幼さを感じさせる頬を緊張で強張らせて決断を待っていた。


 タスクがタキに求めているのは忠誠だけでは無い。

 人の命を奪えと言っているのだ。

 それが汚い軍の人間の命だとしても、なんの躊躇も無く奪うのは彼らと変わらぬ所へ堕ちることを意味している。

「シオ、俺は」

 例え堕ちる所まで堕ちたとしても逃げ回るだけの人生など送りたくは無かった。自分たちが助かっても同じ境遇の別の誰かが武器工場で働き、北へと送られるのならば素直に良かったなどと喜べない。


 既に一人殺めている。


 奪ったことによってタキの命は狙われる物となった。

 それならば戦う道を選ぼう。


「タキの決めたことにおれは従う。スイも同じだ」

 喧嘩しているはずの妹の気持ちまで代弁してシオは深く首肯する。

 背中を押されてタキは微かに笑むとタスクの手を握った。

「オレたちクラルスは新しい仲間を歓迎する!」

 その言葉の後で水路向こうにいた反乱軍たちが「おお!」と歓声を上げた。


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