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C.C.P  作者: 151A
異能の民
169/178

エピソード168 どこまでも一緒に

 東の空が白々と明けて夜間に冷えていた空気が少しずつ温度を増していく。夜の間に二度の戦闘を繰り返してもやはり戦況は芳しくなく、負傷者が数名出てゲンの所へと運ばれて行った。

 自治区か港へと運ばなくてはならないほどの重症者では無いので治療が済めばすぐに戦線に復帰するだろう。

「アゲハ、こっちはもうない」

 連射式の銃を使っていた男は血走った目を向けて掌をずいっと差し出してきた。極度の緊張状態と興奮状態が長く続いているせいで呼吸が荒く、顔色も悪いが目だけは炯々と光っており刃向えばなにをされるか解ったものではないとひやりとさせられる。

 それでもアゲハは自分の装備を改めて探すまでも無く首を振って補充の弾倉を手渡すことを拒んだ。

「ノルテが戻るまでは最初に与えたもので全部よ。余分な弾は無いと言っていたはず」

「ふざけるな!本当はあるのに、渡したくないだけだろ!?自分だけが弾を独占して生き残るためにおれに渡さないつもりだろうが!!」

 一向に求めているものを与えてもらえない掌で、アゲハの右腕を乱暴に掴んで引き下がる男の顔は死を恐れている訳でも、本気で非難しているわけでもない。

 ただ戦場に在りながら戦う術を失ったことで、仲間のために活躍できないことに憤りを顕しているのだ。

 チラリと正面へ視線を向けるとスイは鉄骨や砂で作った塹壕やバリケードに身を潜めて銃口を固定し、器用に右手を使わずに敵を撃っている。反動で小さな体が転ばないように足先を引っかけて、身体全体でその場に留まり戦っていた。

 その傍にはニチヤの姿が在り、銃撃しながらも周りの状況へ目を配り戦況の把握に努めている。

 彼は有能だ。

 冷静さを失わずに混戦の中で敵味方の判別を瞬時にしてのけ、敵ならば容赦なく撃ち殺し、味方ならば援護射撃をする。

 普通なら自分のことだけで手一杯になる戦場においても、ニチヤは守りの薄い場所や傷を負った者がいればそこへと走り穴を埋めることができた。離れた場所で戦っていて見えているはずもないのに、アゲハに武器や装備の補充をしてやって欲しいと頼むことができるほど仲間の性格や戦い方を熟知していた。

 戦闘時に暴発した銃により顔の半分に酷い傷痕が残っているが、無事な方の顔立ちは優しげでなかなかの男前である。

 強さと頭の良さに加え、容姿と周りに配慮でき他人を思いやれるニチヤは男のアゲハから見ても完璧で頼りがいがあった。

「アゲハ!聞いてんのか!?無視してんじゃねえよ!!」

 右腕を強く揺さぶられて我に返り、男の顔を見るとまるで泣いているかのように眉尻を下げて唇を戦慄かせている。

「頼むから、」

 怒声の後に続く懇願は悲痛な響きを乗せていて、アゲハは目を閉じて深いため息を吐く。持っていた小銃を放ると男は右腕を掴んでいた両手を慌てて開いてそれを受け止めた。

 空いた右手を鞄に突っ込んで自分の分の弾倉を二つ手渡せば、嬉々としてズボンのポケットに突っ込むと礼もそこそこに走り去っていく。

 そんなもんかと苦笑いして、それでも後悔はしていない。

 軽くなった鞄と抱えるものの無くなった両腕でスイの横へと戻ると、金の瞳は敵の動きを追いながらも頬を緩めてくすりと笑われた。

「……なあに?」

「別に?自分の銃と弾を全部譲ってやるなんて随分と余裕だなと思っただけだよ」

「本当にねー……」

 弾の行き交う場所で空手のままのアゲハにはなにもできることはない。

 我ながら呆れたものだと思うが、渡さなければあのまま腕を取られたまま身動きが取れないままだっただろう。

 その方が危険だし、時間の無駄だ。

「ノルテがそろそろ戻って来るだろうから、それまでの辛抱だしね」

「傍を離れずに居てくれたら、アゲハひとりくらい護れるから。大丈夫」

 顔色ひとつ変えずにスイはそう言い放ち、丁度弾切れした銃を引いて下ろし深く身を屈めてから空の弾倉を取り出して素早く弾倉を補填する。

 それを左手だけでやり遂げるのだから毎度見るたびに感心させられる。

 手つきはもう手練れの戦士のようで、その小さく細い指が大胆な中に感受性の強さを感じさせる芸術作品を作り出していたとは思えない。

 こんな少女に銃を持たせて血なまぐさい場所に立たせることを、なにも知らない者が見れば止めない周囲の大人たちを手厳しく非難するだろう。

 アゲハもできることならばスイを安全な場所に連れて行きたいと思っている。

 でも。

 スイはその力強い魂の輝きで人々を惹きつけ、真摯な眼差しで未来を見つめているのだ。

 存在そのものが人々に勇気を与え、希望を抱かせる。

 きっと周りが放ってはおかない。

 そしてスイもその気持ちに応えるから。

「それは頼もしいわね」

 素直な感想を口にしたのに、スイは何故か口角を下げて不満そうな顔をする。

 ニチヤがスイを挟んだ向こう側から横目で二人の様子を見ているが、神経と銃口はバリケードの先へと向けられていた。

「アゲハはずるい」

「狡い?」

 さっきの発言に狡いと批判されるような箇所がどこかにあっただろうかと思い返すが、熟考し再考しても申し訳ないがアゲハに非があるとは思えない。

「……アゲハはいつだって余裕たっぷりで」

「余裕なんて、」

 いつも無い。

 どんどん強く眩しくなっていくスイを傍で見ていると、自分がいかに器の小さな弱い人間かを目の当たりにさせられて焦ってしまう。

「少しくらい持たせてくれたっていいのに。一緒に戦うって言いながら、いつも護ってくれてて……全然面白くない」

 膨れっ面のスイを見下ろしてアゲハは小さく微笑んだ。

 なにもかもが小柄な作りの少女はそうしていると本当に幼い子供のように見える。仲間たちに檄を飛ばす凛々しい姿からはほど遠い、素に近い態度はアゲハの心の中の一番柔らかい場所を温かく灯し、そして同時に微かな痛みを残すように引っ掻いた。

 満たされているような、それでいてふわふわと落ち着かないような不安定さにアゲハの心はざわめく。

「スイちゃんの隣で、同じ景色が見られればそれで満足なの。それ以上を望んではいない」

 今のスイは首領代理としての役割があり、個人として特定の誰かに独占されることはあってはならないのだ。

 自治区プリムスの人たちのために存在するスイに、これ以上なにを持たせるというのか。

 もう十分すぎるほどの重荷や責任を負っているというのに。

「逆に私の方がスイちゃんの負担を肩代わりさせてもらいたいぐらいなのに」

「――――だめだ!アゲハには全然伝わらない」

「余裕があるのではなく、彼は別次元で物事を見ているんでしょう」

 信じられないと目を丸くして頭を振ったスイの嘆きをニチヤが慰めるように声をかけた。アゲハだけが取り残されたように会話について行けない。

 深いため息を吐いてスイは「この話はまた今度にしよう」と銃口を上げて敵と向き合う。

「だから絶対に、死んじゃだめだからね!」

 こちらを見もせずに声を張り上げて念を押してくる。

 首を傾げながら「傍にいればスイちゃんが護ってくれるんでしょう?」と問うと、スイは悔しそうな表情で頷き、ニチヤが一瞬目を瞠った後でやれやれと顎を左右に振った。

「本当に、面白くない」

 不貞腐れて呟くスイの顔も、直ぐに首領代理の顔に変わる。

 荒涼とした大地を挟んで向かい合っているプリムスと異能の民は、バリケードに身を潜めて突撃してくる敵を迎え撃つ者と果敢に敵陣へと斬り込む者とが入り乱れる。一回の戦闘は長くて一時間から二時間ほどで、その後は小康状態へと縺れ込み一時間ほどの小休憩があった。

 暗黙の了解のようにその間の攻撃は行われず、人の集中力や体力には限界があるのはお互い様なのだと最初の頃は驚いたものだ。

 命を奪い合う骨肉の争いの中にも最低限の規則や守るべき約束事があり、最初から約定を結んでいるわけでもないのに、互いがそれをなんとなく理解して戦場の規律に則って戦闘が行われているのは案外不思議である。

 混乱と恐怖に陥れるような脅威である兵器の投入がない、原始的ともいえる銃撃戦だからこそ可能なのかもしれない。


 そこに倫理的な感情が生まれるのは。


 化学兵器のような敵味方も容赦なく死に至らしめるようなものが相手では善なる部分ともいえる倫理や正義など入り込む余地はどこにもないのだ。

 残された銃弾を数えながらの戦闘は、太陽の光りが大地に降り注ぎその姿を見せた所で唐突に翳りを見せ始めた。

 アゲハは空を見上げて眉根を寄せる。

 空気は乾いているのに空に鈍色の雲が発生し始めていた。

「……雨?」

 北も南の空も快晴と言える程に青い空が見えているのに、西側から押し流されるように東側へと帯状の雨雲がまるで生きているかのように広がって来ている。

「降られたら厄介だ」

 スイの声には焦りが見える。

 雨が降れば乾いた大地に水はぐんぐんと吸い込まれ、ぬかるんだ地面に足を取られて動きが鈍くなる。さらさらと流れるような砂漠を歩くのは得意だが、自治区の人間は雨を含んだ土が絡み付くような場所を進むのは苦手なのだ。

 圧倒的に不利になる。

「どうしますか?代理」

「どうするって……雨が本格的になる前に、あいつらを少しでも減らさないと」

「了解」

 スイの決断を聞いてニチヤは直ぐに少し離れた場所で戦っている両隣の男たちに合図を送る。進めと指示された彼らは塹壕から抜け出して、多くの敵味方の血を吸い込んで黒く染まっている空間へ足を踏み入れた。

 即座に味方の援護射撃が彼らを押し上げる。

 スイも必死で引き金を引いていた。

 一瞬一瞬を懸命に生きている姿をアゲハはしっかりと目に焼き付けて、何度も繰り返される戦争という大きな過ちを犯してしまう人間の愚かさと、護りたいとひたむきに願う強い思いに胸が詰まる。

 今はただ生きたいと護るのだと純粋な気持ちで戦い、人の命を奪うことはできるだろう。だが全てが終わり、現実が追いついて来た時に自分の行ってきた行為を正当化することは難しい。

 その時になって後悔し、苦しむことになるのだと解っていても、譲れないものがある限り脅かそうとする者がいれば戦わざるを得ないのだ。

 誰もがみな人の命を奪うことが罪深いものであると知っている。

「――――なに?あれ、」

 怪訝そうな声にアゲハは目を瞬いてスイを窺う。彼女は僅かに唇を開いて大きな瞳を見開いている。その視線は真っ直ぐに前へと向けられ、それを追ってアゲハの瞳が戦場に立つひとりの女の姿を捉えた。

「女の、人……?」

 武器を持たずに黒い衣装を纏った細身の女の姿は戦場では激しく目立つ。

 この距離では顔かたちは見えないが、艶やかな黒髪が色の白さを際立たせて、緩みの無いしなやかな身体の線から若い女だと解る。

 目の前に現れた女が素手であることに自治区の男たちは発砲すべきか悩んでいるようだった。悠然と歩き距離を縮める女に銃口を向けながらも互いに牽制しあって動けない。

 無手の女に銃弾を撃ち込めるほどプリムスの男たちは無慈悲では無かった。

「――――まずい」

 ニチヤがはっと顔を強張らせて立ち上がり、バリケードに足をかけて乗り越えていく。途端に敵側からの銃撃が激しくニチヤを襲う。仲間がそれに対抗すべく弾を撃ちこむが、敵の銃口はしつこくニチヤを追った。

 仕方なく走ることを諦め大地に身を伏せて前方の味方になにやら叫んでいるが、耳が割れるような音で良く聞こえない。

「なにが――」

 女が手を伸ばして近くの男に触れた瞬間、ぐにゃりと脚から力が抜けて脱力しきった身体が地面に倒れた。驚愕に満ちた表情で男たちは後退り、なにごとか言ったようだった。

 ひとりが発砲したのを合図に、彼らは銃を乱射し始める。

「そ、んな」

 確実に女の胸を、額を、脚を、肩を、腹を銃弾が脅かしたはずなのに、血の一滴も流さずに歩を止めずに目前の敵の集団の中へと突っ込んで行く。

 両手を広げ、次々と男たちをその指先で捕えて。

「あれが、異能力か」

 興奮したように呟いたスイが、金の瞳をきらりと光らせてゆっくりと腰を上げる。

 戦いたいとうずうずしているのが解り、アゲハは咄嗟に右腕を掴んで引き止めた。そしてその右手が自由に動かないことを教えるように軽く揺さぶって。

「スイちゃんがいなくちゃプリムスは終わるのよ?」

「そんなことない、アラタがいる」

 無事にボルデの街に辿り着き、命を取り留めたアラタだったが直ぐに戦場へと戻れる状態では無い。未だに深い眠りの中に漂っており、時折目は覚ますものの喋ることもままならないらしい。

「アラタが生きてる。希望は消えない」

 本物の首領が生きている限りプリムスは終わらないとスイは固く信じている。

ちらりと女を見れば血の気が引いて行くのを感じる。得体の知れない者と向き合おうとする強さをアゲハは持つことはできないらしい。

 それすら簡単にスイは受け入れ、必要ならば戦うのだと立ち上がろうとする。

「スイちゃんが行くのなら私も行く」

「ちょっと待って、アゲハ!?武器も持たずに、どうやって」

「どうやってって……スイちゃんが言ったのよ?傍を離れなければ護ってくれるって。私だって死にたくないしね」

 怪しげな人間と戦う勇気は持てなくても、スイと共に行くことはできる。

 命の炎を燃やすのだと誓った彼女の傍に。

「それは、」

「行くの?行かないの?」

「う……」

 顔を歪めてスイは迷い、そして決断する。

「アゲハ。絶対に離れないで、」

 傍にいて。

 どこか甘い言葉にアゲハはにこりと微笑む。

「勿論。どこまでも一緒よ」

 スイの腕を取ったまま、バリケードを越えてなにもない広い場所へと出る。

 自由なような、不安なような不思議な心持にアゲハは微かな高揚感を胸に弾丸の中を駆けた。


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