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C.C.P  作者: 151A
異能の民
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エピソード167 知らずにいたから

 二股に分かれた道を前に悩んだものの、行く先の解らない人間を追うのなら結局はどちらを選んでも変わりがないと適当に右手の道を選んだ。

 シオが頼まれて副参謀部ナノリの娘と会っているのは知っていたが、アオイになにをさせられていたのか詳しくは知らされていない。命を救われたことだけでなく、人には無い才能を見出されたことで無理な頼みごとをされることが多いが、ただの一般人を珍重するのはよくないとプノエーは思う。

 しかもシオは一般人よりも扱いは下である無戸籍者で、しかも第八区ダウンタウン出身だ。

 陸軍の兵士たちからはそんな素性の男をアオイが特別扱いをすることに嫌悪感や不信感を抱く者もいる。

 カルディアに住む者たちには統制地区の人間よりは豊かな暮らしと、国に護られているという優越感のみが己の価値であると思っている所があるのだ。そうでなければ下級住民の人間たちは明確な格差社会の中で面目を保つことができない。

 誇りを傷つけられることを嫌う彼らは、シオが類い稀なる鋭敏な五感を使って活躍するたびに危機感を感じては恨みがましい視線を送る。

 確かにシオの能力は優れており、プノエー自身も戦場では頼りにしているくらいだ。

 だが彼は訓練された兵士では無く、軍の規律や縦社会についての知識も無い。礼儀も弁えていないダウンタウンの掃き溜めから出てきたゴミのような存在であると、口さがない連中は陰口を叩く。

 実際にシオに聞こえるように言う者もいたが、サロスが間に入り、プノエーがシオを宥めてなんとか丸く収めていたが、これ以上続くようでは直に抑えが利かなくなるだろう。

 シオは悪い人間ではないが、あまりにも正直すぎる所と口が悪いのが災いしている。

 あとはいつも不満そうな顔をしている点も問題だ。

「……少しは愛想よくしてくれれば、こんなことには」

 ならなかったのにと続く言葉を胸の内で愚痴りながら、プノエーは大きなため息を吐く。隣で駆け足をしながらシオの姿を探しているヤトゥが困り顔で笑い「胃薬が必要ですか?」と尋ねてくる。

 最近はこの遣り取りを頻繁に繰り返しているが、胃が痛むのも慢性化していて薬を飲んだ所で鋭い痛みから鈍い痛みへと変わるだけなので意味がない。

「いいや。必要ない」

「少尉は落ち着いたらきちんと検査してもらって治療をすることをお勧めしますよ」

「…………いつになることやら」

 高級住宅街を西へと向かいながら見えてくる巨大な黒い城に圧力を感じるのは、前回潜入した時の緊迫感と敗北感が根底にあるからだろうか。

 あの時奪われたのは聴力だけでは無い。

 本当ならば本隊が突入して勝利をもぎ取れたはずの戦闘が、たったひとりの男の介入で不意にされたばかりか、これまでの自信も希望も簡単に打ち砕かれてしまった。

 実際に敗北を味わった後の兵たちの士気は著しく低下した。

 そして作戦が不発に終わったのは、核になる部分を任されていたプノエーたちのせいであると責められたのだ。

 勿論アオイはそんなことはしない。

 重症を負ったシオを労い、無事に帰って来てくれたことを喜んでくれた。そしてトラクレヴォなる男の情報を持ち帰って来てくれたことも感謝してくれたのだ。

 陸軍出身の特に下級住民の人間たちはダウンタウン出身の無戸籍者たちを信用し、頼りすぎたからだと僻み根性丸出しで叩いてくる。

 信用に信頼で応えないような人間たちにはそれなりの罰則が必要ではないかと護衛隊長に進言した者もいるらしいので彼らの鬱屈はよっぽどだ。

 医療技術を持っているヤトゥは彼らの治療にも手を貸して恩を売っていたし、クイナは大きな体と怪力を使って荷の運搬や資材の修理などの手伝いをして意外と友好的な関係を作っていたが、シオは簡単に心を許さない部分がある。

 カルディアと統制地区の人間を差別しないようにはなっていたが、自分からは親しく言葉を交そうとはしなかった。

 勿論カルディアの下級住民全てがシオに反感を持っていたわけでは無い。戦場で彼の能力に助けられた人間や、照れ隠しの反動で仏頂面になるのだと知っている者たちは好意的な意見を持っている者もいる。

 だがそれはごく少数で、何故か階級が上の人間に可愛がられるシオに対抗意識や嫉妬心を燃やす人間の方が多い。

 少しくらいはシオも打ち解けてくれていれば余計な軋轢は無かったのだ。

 屋敷の警備についている者たちの殆どが陸軍の下級住民の兵たちで、上の許可なく勝手に離れることを規則違反であると知っていながら敢えて止めずに出て行かせたのは、シオが叱責され処分されればいいと思われたからだろう。

 それでもシオからの伝言をプノエーの元へと届けてくれたのは、善意からなのか、それとも知らぬ間に自分も彼らに嫌われており困らせてやろうと思われたのかは解らない。

「そういえばこの面子はエラトマ参謀にディセントラの町を落とせと言われた時の人間ばかりだな……」

 無戸籍者たちへの戦闘訓練をしていた時に警備兵からの連絡が来たので、その場にいた人間を適当に集めてシオの捜索へと飛び出したが、よくよく見れば馴染の深い顔ぶればかりだった。

「クイナがいませんが、直ぐに追いついて来るでしょう」

「最近は陸軍の兵といるより、お前たちと一緒にいる方が多いな。そういえば」

「嫌ですか?」

 おっとりとした顔立ちのヤトゥが眉尻を下げて不安そうに聞いてくる。

 統制地区の人間を良く知らなかった頃は学校にも通っていないような知能の低い者たちとまともな会話が成り立つとは思っていなかった。

 擦れ違う彼らはみな暗い顔をして不満そうに口を曲げているばかりで、むっつりと黙り込んでいた。粗末な衣服を着て、不潔な彼らを勝手に野蛮で下等な人種だと思っていたのだから恥じ入るばかりだ。

「嫌なら一緒にいない」

 学が無いことも貧困も彼らのせいではないのに、そんなことにも思い至れない自分の浅はかさを日々思い知っている。

「気負わずに話せて楽しいからな。それに知らないことを知ることができて嬉しいんだよ」

 彼らと話しているとプノエーが見てきた世界は狭く偏っていたのだといつも驚かされる。知識は無くても現状が改善されない原因を知っていて、カルディアの人間よりも政についての興味が深い。

 抑制された生活の中でも楽しみを見つけ、苦しい暮らしをいかに快適に過ごせるかを工夫する柔軟さは目を見張るものもあった。

 彼らから学ばされるものは多い。

 金が無くてもできることはあるのだと知るのはプノエーにとって価値観を変えるだけの大きな出来事だった。

 知れば知るほど彼らを尊敬する思いが湧き、話すたびに壁が無くなって行くのを感じた。

「あれがあるからきっと境は無くならないんだろうな」

 カルディアと統制地区を隔てる壁が文字通り互いの心の壁となっている。

「知らなかったから、知ろうとしなかったからお前らを戦場へと平気で連れて来れたんだろうな」

 戦い方も銃の扱いも知らない人間に無理矢理隣国と戦えと命じるのだから。

 壁が無ければもう少し思いやれる心があったかもしれないのに。

「お互いに知る機会が無かったのが悪かったんでしょう。私も少尉たちのような人間がカルディアにいるとは思っていなかったですし」

 ふと視線を壁へと向けてヤトゥは走っていた脚を緩めて立ち止まる。二十年前まではそこに壁は無かった。壁が建設されたのは総統が今のカルディアへと拠点を移動した時だ。

 その頃はまだ今ほどの確執は無かっただろう。

 十年ほど前には統制地区の子供たちも優秀であると認められれば学校へ通えていた位なのだから。

「同じ国の人間で、話せば解り合えることができるのだと少し考えれば解ることだったのに……。私たちは遠回りをして漸く互いに向き合える余裕が出たのでしょうね」

「そうかもしれないな」

 漸くという重い響きにプノエーは胸が苦しくなる。

 もっと早くにそうなっていれば違っただろうにと思う反面、こうしてヤトゥと感慨深く話すことも無かったのだと思えばこれで満足な気もした。

「あれがなくなれば」

 カルディアと統制地区の関係の象徴のような壁を無くしてしまえば、劇的に変わるような気がする。

「それは私たちの仕事では無いでしょう」

「……確かに」

 ヤトゥのいうようにそれはしがない軍人や持たざる者の代表にどうこうできる代物では無い。

 できるのは圧倒的な権限を持つ者の役目。

「アオイ様に期待するしかないな」

 くすりと微笑んでヤトゥは「そうですね」と頷く。

「少尉!」

「……どうした?見つかったか?」

 一番先頭を駆けて探していた足の速い男が青い顔で戻ってくる。泡を食ったような様子に嫌な予感を抱きながらもシオを見つけたのかと聞いたが、彼は大きく頭を振って「やばい、やばい」と繰り返した。

「ちょっと、落ち着いて下さい」

 背中を押えてヤトゥがゆっくりと声をかけると「そんな、のんびりしてる場合じゃ」ないのだとプノエーの袖を引いた。

「なにかあったのか?」

「……なにかもなにも!国軍の奴らが、」

「国軍!?」

 男は来た道を振り返ってぶるりと震える。

 この先に国軍がいるのだとしたら分かれ道まで戻って、左側の道を選び直して進むか一旦屋敷へと引き返さなければならない。

 どれほどの人数が投入されているかによる。

 そして目的も。

「少尉!大変だ!」

「今度はなんだ!?」

 迷っている間に今度は最後尾にいた男たちが色を失って集まってくる。武器を構えて怯えた顔を見てプノエーは問題が起きているのを感じた。

「後ろから、敵が」

「後ろ!?そんなわけが」

 屋敷の周りと後方は革命軍に制圧されており、国軍が入り込める隙など無いはずだ。後ろから敵が来るなどありえない。

 だが男たちは半泣きの状態で「でも、攻撃されたんだ!」と訴えてくる。

「一体、どういう……?」

 問題は敵に挟み撃ちにされているということだ。

 この道は一本道で逃げ場は無い。

 両側に建つ屋敷に助けを求めたくても壁は高く、門までは遠い。

「少尉」

 ヤトゥの声は焦りに逸る心を引き止め、上滑りしていく思考を円滑に回せるだけの余裕を与えてくれた。

「前も後ろも塞がれた。こっちはシオの捜索のために出てきただけでたいした武器も持ってない……でも」

 周りにいる顔を見回すと三十名いる人間たちはみな、あの無茶な作戦を生き延びた者たちばかりだった。

 エラトマの無謀な作戦を共に実行した仲間。

「オレたちならきっと、今度も生き延びられるはずだ。絶対に諦めるな」

 呼びかければ力強く頷いてくれる彼らにプノエーは苦笑いを浮かべた。

 相変わらず胃は痛むが、困難が絆を深くしてくれる。

 攻撃が始まるまで少しの猶予があるだろう。

 大きく息を吸い込んで、プノエーは覚悟を決めた。


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