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C.C.P  作者: 151A
異能の民
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エピソード163 一歩


「ノルテ、行ける?」

 端的な問いに無言で頷いた青年は身を翻して夜の闇へと消えていく。その後ろ姿を見えなくなるまで見送ってスイは隣に立つ黒髪の男へと顔を向けた。

「これで反乱軍に物資の援助を頼むのも三回目だ。これ以上は難しいと思う」

「そうですね……。二週間という短期間で快く二度も手を貸してくれたことの方が異例のことかと」

 焼け爛れた痕の残る右頬が引き攣れたように動き、左側の優しげな顔と共に笑みを刻む。それは苦りきったものだったが、温厚そうな人柄を顕している顔立ちに乗せられれば心が和むような微笑みになる。

 十三代目首領アラタの腹心の部下であり、首領自治区の戦闘員から絶大な信頼を受けているニチヤは、兄の代理としてたつスイを変わらず支えてくれていた。

「同じように激しい戦闘をしているはずのあちら側はどうやって武器や食料を調達しているのかしら?岬にある彼らの領土はそんなに豊かな資源や施設があるのか、興味があるわね」

 自分たちに残された武器弾薬と食料についての帳簿を眺めながらアゲハが熱っぽい視線を西の先にある異能の民の住む岬へ向ける。

 元々自治区の人間は大雑把な性格の者が多い。そのため誰がどれくらいの弾倉を持ち、どんな銃を使っているのか気にも留めない者ばかりだった。戦場に出ればありったけの弾を撃ちまくり、直ぐに空にしてしまう現状を打破する為に野営地の管理の杜撰さを見かねたアゲハが自主的に帳簿をつけ始めた。

 戦いの場において常に傍に居てくれるアゲハの存在は心強く、意外に冷静に仲間たちの戦い方や特徴を観察していることに驚かされる。

 それぞれにあった武器を手渡し、ニチヤと共に彼らと戦法について語り合う姿は立派な戦士のようでもあり、また子供たちに勉強を教えていた時の先生のような顔をしていた。

 今まで首領の強さに頼りきりで闇雲に突撃ばかりを繰り返し、連携した戦闘を苦手としていた彼らだったが徐々に慣れ、随分と死傷者を減らすことができている。あれから野営地に留まっているゲンが「退屈すぎて腕が鈍る」と文句を言うほどだからすごい進歩だ。

 それでも確実に弾薬は減り、腹が減っては戦えないので食料も無くなっていく。

 その度に反乱軍へ泣きついているが、彼らがそれを拒んだことは一度も無かった。

 タキが頭首として率いている反乱軍が敵であった反乱軍討伐隊と手を組み連合軍と名を変えて活躍していると聞くたびに自分も負けられないと奮起する。

 いつか胸を張って再会し、そしてこのプリムスへ連れてきたい。

 そのためには目の前の敵を打ち払い、岬へと押し戻して首領自治区に平和を取り戻さなくてはならないのだ。

「実際の所はどうなの?異能の民はどうやって武器や食料を補充しているの?まさか怪しげな力で無尽蔵に作り出せるとかいわないよね?」

 異能の民と長く戦って来ているニチヤに問いを向けると、やはり柔らかな笑みを湛えて「どうでしょうかね」と言葉を濁らせた。

「流石に武器を作り出すことは難しいかと。食料についてはマザー・メディアがあの地へと根付いた時から、あの地には緑が芽吹き清き水が湧き出始めたと聞くので自分たちで耕し育てているのでしょう」

 羨ましい限りですと嘆息する首領の右腕は荒れ果てた大地を切なく見つめた。

 この地も彼らに譲り渡せばその恩恵にあずかれるのではないかと詮無いことを考えてしまいそうになる。スイでもそうなのだからこの地で生まれ育ってきた者なら尚更だろう。

 それでも抗い戦っているのはこの地を他者に明け渡したくは無いからだ。

 恵みを齎さない汚染された土地でも、この場所こそが故郷でかけがえのない大切な場所なのだ。

「食料はいいとして、それじゃあ武器はどこから仕入れているのかしら?カルディアから?それとも統制地区から?」

「恐らくはカルディアの軍から。あいつらは軍や政の分野に多く入り込んでいると聞くので、彼らが動いて運び込んでいるのだと思いますよ」

「それじゃあ国からの支援を受けているようなものじゃない。長引けばこっちの方が断然不利だわ」

「ただでさえ異能力っていう差があるのに」

 舌打ちしてスイは西の海を睨む。

「ですが最近はその異能力者が戦闘に参加していません。俺たちが戦っているのはみんな普通の人間ばかりで」

 そこが気にかかるのだと腕組みをして考え込むニチヤから、今まで戦ったことのある異能力者の情報は聞いたことがある。

 十五年前に突如現れたマザー・メディアは首領自治区の一部だった岬に住む者たちをその怪しげな力を使って熱心な信者へと変えた。最初は岬の住民たちはこの世の者とも思えない美貌の持ち主であるマザー・メディアを引き連れてその当時十一代首領であったディナトの元を訪れた。

 膝を折り偉大なる母である彼女を受け入れろと迫られた首領が否を唱えて拒絶を示したことからこの争いは始まったのだ。

 砂を操る者、電気を操る者、植物を操る者、動物を操る者、闇を操る者など多岐にわたって多くの能力者たちが戦場に出て来ていたらしい。

 だがそれもここ五年程前から数が減ってきているという。

「いつでも容易く落とせる自治区よりも、統制地区やカルディアの方をあいつらが本腰を入れて手に入れようとしているのかもしれません」

 アラタが聞いたら「侮られたもんだ」と鼻息荒く敵の中へと突っ込んで行きそうだ。

 そう思われているかもしれないと考えただけでスイの腸も煮えくり返りそうになっているのだから血は争えない。

「カルディアを落とせたら、自治区も統制地区も手に入れたも同然だものね」

 自治を認められてはいても所詮はスィール国の一部であることには変わりがない。国の中枢たるカルディアが異能の民のものになれば自ずと自治区も我がものに出来るだろう。

 抵抗をした所であっという間に蹴散らされ、踏み潰されてしまう。

 虫けら同然に。

「でも敵がこっちを見ていないのならチャンスだ」

 足元を見ずに進むことの愚かさを思い知らせることのできる機会を与えてもらったのだと思えば溜飲も下がる。

「勿論全部の能力者がカルディアや統制地区へと行っている訳じゃないと思うから油断できないけど」

 重要視されていない立場を利用して一矢報いてやろうと見上げた先にいる二人の男はどちらも柔らかな顔立ちをしている。戦場に立つには似つかわしくない容姿のアゲハとニチヤだが、彼らが勇敢に敵を撃ち倒せることをスイは知っていた。

「了解ボス」

「手ひどく噛みついてやりましょう、首領代理」

 冗談めいた口調で応じた二人に背中を押されてスイは右肘をぎゅっと左手で握り締める。未だに鈍い反応しか見せない右腕は不自由だが希望を捨ててはいない。

 必ず治ると信じているから。

「ノルテがダウンタウンから戻って来るまで弾薬は持つ?」

「ちょっとスイちゃん、誰に言ってるの?この野営地の武器管理をしているのはこの私よ?すっからかんになってギリギリの戦いをしなきゃならなくなる前に次の手を打つわよ」

 胸を張ったアゲハの姿は以前よりも逞しく、そしてその美しさは輪をかけて輝きを増している。この場にそれを認めてくれる女性がスイ以外にいないことが悔やまれるが、そもそもそんなことをアゲハが望んでいない。

「ニチヤ、みんなを起こして。今度はこちらから仕掛ける」

「直ぐに尻を蹴り上げて叩き起こします」

 右手指を揃えて眉の上にぴたりとつけ敬礼の真似事をすると小走りでテントへと向かって行くニチヤが比喩でも冗談でもなく、迅速に目を覚まさせるため本当に尻を蹴り上げるのを見ているだけにスイは苦笑いをするしかない。

「スイちゃん、辛くは無い?」

 心配そうに眉を寄せて目尻を下げたアゲハが問うのは、精神的なものでは無く肉体的な部分を気遣っているのだ。

 女としても未熟で、大人にもなりきれないこの身体では体力的な面から見れば不安要素ばかりだろう。それでも小さいからこそ敵の弾が当たり辛いことや身を潜めやすいなどの利点がある。

 足りない部分はアゲハやニチヤ、ノルテたち仲間が補ってくれている。

 それで十分だ。

「全然。寧ろ元気が余り過ぎてるよ」

「そう、なら大丈夫ね」

 愁眉を解きアゲハは艶やかに微笑む。

 彼が何度も肝を冷やしてスイを見守って来たか知っているが、それでも止めたり叱ったりしたことは一度も無かった。

 ただこうして寄り添い共に戦ってくれる。

「いつも、ありがとう」

 感謝の気持ちは伝えたいと思った時には口にするようになった。戦場で戦う以上誰しもが死とは無関係ではいられない。

 いつ伝えられないようになるか解らないのだから、思いは溜めずにその相手へと素直な気持ちで口にしていた方が良いのだ。

 自分の過ちを謝罪するよりは簡単で、礼を言われた方も言った方も気分がよくなるのなら億劫にならない。

「こちらこそ、いつもありがとう」

 アゲハはこうやって返してくれるが、彼には迷惑をかけるばかりで礼を言われるようなことをした覚えはないから困ってしまう。

「あのさ、」

「代理、準備できました」

 いつもは聞きそびれてしまう“こちらこそ”について詳しく問おうと口を開いた所にニチヤが笑顔で戻って来た。

 今回もまた答えを得られずにスイはモヤモヤとした気持ちを大きく深呼吸を繰り返して消化する。なんだか描きたい絵が頭の中にあるのに、それがどんなものか解らない時のもどかしさと似ていた。

 そういう時は無理して描かないのがスイのやり方だ。

 イメージを寝かして、僅かな輪郭を持って像を結び始めるまで放ったらかしにしておく。そうしないと絶対に良い絵にはならない。

 なんとかして形にしようと白い紙にペンや筆を走らせ、足掻けば足掻くほどその絵は遠退いていく。

 そっと大切に育て上げることが大事なのだ。

 だからスイは胸の奥へ沈めて温めることにした。

「――――行こう」

 恐れるなと口の中で呟いてスイは集まった仲間たちを伴って硬い大地へと一歩を踏み出した。


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