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C.C.P  作者: 151A
異能の民
163/178

エピソード162 道


 城への呼び出しは総統の署名が入った正式な召喚状を持った高級将校によってもたらされた。

 前もって連絡があった訳でも無く突然訪れた黒塗りの車から降りてきた高級将校は慇懃な態度でホタルに面会を乞い、会えば更に感情の読めない無表情で今すぐの登城を勧告された。

 あまりの性急さに違和感と疑問を抱き二の足を踏んでいると、この機会を逸すれば交渉権を失うと静かに脅され渋々了承した。

 条件の内のいくつかをこちら側が受け入れられるものへと変更できれば、総統の名の元に自治を認めてもらうというのは悲願でもある。だが果たしてそれが本当に正しいことなのかと胸の内に問えば、それを手放しで喜べない自分がいるのもまた事実。

 できればアオイが父であるカグラを討ち、革命を成し遂げ総統となった暁に自治を認めてもらいたいという思いが強い。

 ホタルが新たな国の姿を求めた初めのきっかけはアオイの謀反であり、そのことがタキにも希望を与えたのだから。

 現総統に認めてもらう自治の姿とアオイによって認知される自治の姿では大きく意味合いも変わってくる。

 カグラの許しで自治という形を取るということは、現総統を支持するということになるのだから。

 こちらの考えや意志など関係ない。

「しかし今は同じスィール国の民同士で戦っている場合ではない……」

 本当の敵は他におり、異能の民だけでなく、慢性的な食糧難、資金や物資の不足、貧困など様々な経済的社会的問題が待ち構えている。

 争っているばかりでは暮らしはままならず、そして国という形を崩壊させていくばかりだ。

 綺麗ごとばかりでは物事が上手くいかないことを理解できる程にはホタルも色々な経験を通して学んできた。

 セクスの運転する車で総統の住む城へと向かいながら、それぞれが思い描く国の未来像が少しでも一致できるようにするにはどうすればいいのかと悩む。

久しぶりにゲートを潜った先に広がるカルディア地区の街並みが以前と比べて色褪せて見えたのは、ホタルの心情の変化によるものなのか、それとも父と子がいがみ合いその正義を貫こうとして激しく戦っているからなのか。

「恐いな……」

 正直な感想と共に弱音を吐くとセクスがミラー越しに後部座席のホタルを窺ってくる。なにか言いたげな視線に苦笑いを浮かべて「生来僕は弱い人間なんだ。知ってるだろう?」だから他に誰も聞いていない時くらい愚痴を零させて欲しい。

「…………人は誰しも弱いものです。だからこそ少しでも強く見せるような言動をし、そして強くなろうと努力する。己の弱さを認めぬ者は真の強さを手に入れられない……と私は思っています」

 誰よりも自分に厳しく高潔であろうとするセクスも、自身の弱さを受け入れ強くなろうと努めてきたのだろう。そうすることで彼が真の強さを持てたのなら、ホタルも弱い自分を受容し、律して鍛えればその境地へと立つことができるだろうか。

「遥か遠い道程だな」

 嘆息と共に吐き出された諦めのような言葉に、忠実で誠実な男は目尻に皺を刻んで何故か微笑んだ。

「陸軍基地で貴方がハモンにこの国の未来と御自分の命を賭けると発言した時の勇ましさを知っている私としては、それほど遠いとは思えませんが」

「あの時は、夢中で……。あの方法以外思いつかなかったから」

「あれが最善の道だったでしょう」

 即座に肯定されたことによってホタルの心は軽くなる。あの場でハモンを殺さずに生かしておいたことを後悔する日がくるかもしれないと怯え、また消極的な方法を取ったホタルのことをセクスが呆れて失望してはいないかと恐れていたから。

「問題はあの時タキたちが望んだことをどれだけ叶えられるか。国から離れて自治区としての道を歩み始めれば、色々な問題や事情で諦めなくてはならないことは多く出てくるだろう。それよりは」

「自治としての独立では無く、国の保護の元での存続を求めると?」

「……その方が容易いこともあるだろうなと」

 今のままの隷属では無く共存が望ましいが、総統はそれを由とはしないだろう。

 面倒な足を引っ張るだけの荷物ならば簡単に斬り捨てようとするはず。

「所詮カルディアに住む人々も幸せとは無縁の生活をしているから」

 貧しいその日暮らしをしている統制地区の人たちが、妬み羨んでいるカルディアの暮らしも厳しい統治者と法により幸福を実感できないのならば、同じような生活を約束された所で充足感は満たされないだろう。

「やはり手足を斬り落としても意味は無い。頭を取り変えなくては」

 一番望ましいのはやはり総統の交代である。

 アオイの力になり革命の手助けが少しでもできればと思うが、本拠地が統制地区にあり簡単にゲートを超えられない以上兵を率いて参戦することは難しい。

「……自治の条件を全て飲み、総統の名の元に隊を率いて戦場に参じるか」

「そして機を見て裏切り国軍へ刃を向けますか?そんなことをすれば我々がいない統制地区に再び保安部や軍が流れ込み退路を断たれるでしょう。ただでさえゲートを封鎖されてしまえば戻ることもできなくなる」

 一気に形勢逆転の一手を打てるほどの奇策もなければ秘策も無い。一か八かの危険な賭けになるのは目に見えていた。

「そもそもこの誘いすら危ういのです」

 厳しい口調にホタルは解っていると首肯する。

 心も警備の面でも準備ができぬままの急かされるような登城はまず間違いなく罠だろう。三つの城門を潜って車を降りた途端に捕えられたとしてもおかしくは無いのだ。

 危険を回避する為に多くの兵を伴ってくることも、戦うことに優れた者を連れて来ることも許されず、ただセクスと二人で城へと上がる不安は否めない。

「僕になにかあってもタキがいる」

 だからこそ内心で恐怖に震え上がっていても、交渉の余地が残されているのならば召喚に応じようと思ったのだ。

「我々はホタル様だからこそ従っているのです。クラルスの頭首に膝を着くことはありません。勿論反乱軍の方たちも同じ考えでしょう」

 ご自分の命を軽く思わないで欲しい、と強調した後セクスは前を走る高級将校の乗った上等の黒塗りの車が一の門へと進んで行くのを認めて運転に集中する。

 もうこれ以上口出しするつもりはないとその横顔が告げていた。

 言いたいことは言ったので、今後どんな状況に陥ったとしても彼は文句のひとつも零さずについて来てくれる。

 セクスにはいつも損な役回りを押し付けてばかりで申し訳ないと思っていた。

 頼りないホタルを支えて教育しながら根回しをして、ハモンと相対する時もたった二人で乗り込み、そしてまた城へと二人で向かっている。

「閣下の傍に居る異能の民とは一体どんな人物なのだろうか」

 実際に能力者として出会ったことのあるのはタキとシモンだけだ。どんな能力を持っているのか解らずに遭遇してしまうことはとても怖い。

 交渉の席に座るのは総統ではないだろう。

 総裁であるコガネか、はたまた参謀長のラットか。

 どちらにせよ難敵である。

「できれば出て来て欲しくないものだ」

 窓の外を流れる景色を眺めて呟いた言葉は、ガラスを白く曇らせたあとでゆっくりと時間をかけて消えていく。

 車は静かに二の門、三の門を通過して城の入り口近くの噴水前で停車した。

 漆黒の軍服を着た近衛兵が隙のない動作で進み出てドアを開けると芳しい花の香りが鼻を擽る。白い敷石の上に足を下ろして外へと出ると黒い石造りの武骨な城を彩る美しい花々が咲いていたが、あまりのちぐはぐさに居心地の悪さばかりが先に立つ。

 権威の象徴たる豊かな水を吐き出している大きな噴水も、白々とした優美さと豪奢さで城との異相さに浮いて見えた。

 衿元と袖の折り返しだけが真紅色をしている近衛兵は、鮮やかな色の袖口から白い手袋を覗かせて両開きの扉へと促す。

 表玄関である扉へと至る階段は十段程で、その端にずらりと並んでいるのは近衛兵では無くモスグリーンのワンピースを着た使用人達だった。目を伏せてホタルとセクスが通り過ぎるのをじっと待っている。

 エンジン音を響かせて高級車が去っていくのに気付いて階段の最上段から視線を向ければ、本来ならば迎えに来たあの慇懃な将校が最後まで面倒見るのが筋なのだが、どこにも姿の無い所を見ると車に乗ってどこかへと行ってしまったらしい。

 無責任だと呆れているとセクスが注意を喚起するように眼光を強めて名を呼んだ。

「ようこそいらっしゃいました。偉大なる総統閣下の城へ。元反乱軍討伐隊隊長で今は連合軍義勇隊の隊長ホタル殿」

 流れるような言葉と美しい余韻を残す声にホタルは慌てて入口の方へと顔を向けなおす。そこから見える城内部の壁も床も天井も全て黒い石であることに妙な不安を煽られる。日の高い時間だと言うのに明かりのついた玄関ホール奥の廊下は闇に沈んでいるかのように真っ暗だ。

 そしてその中から優雅な所作で歩いてきた若い男は緩く輝く金茶の髪をさらりと靡かせて礼の姿勢を取ると、どこか悪戯っぽい青い瞳を瞬かせて微笑んだ。

 上品なダークグレーのジャケットと揃いのズボンを穿いて、司法組織に属する小さな徽章をつけていた。良く磨かれた茶色の革靴を履き、スーツを纏った姿はホタルの知る友人の姿とはかけ離れていて狼狽する。

「驚き過ぎて言葉も無いとはこのことかな」

 吐息が漏れるような笑い声に、ホタルは困惑しながらも一歩を踏み出して敷居を跨いだ。その瞬間に温度が一度も二度も下がったかのような寒気を感じて身震いする。

「――――ミヅキ、どうして」

「どうして、か」

 視線でついて来るようにと示しながら背中を向けて歩き出した大学の同級生を追ってホタルは誘われるまま進んで行く。

 明かりが点いていた玄関ホールも光源を落としてあるのか薄暗く、外の明るさに慣れていた目は一瞬視界を奪われてしまう。何度も瞬きを繰り返し、漸く取り戻した視力は更に暗い廊下へと入ったことで直ぐにまた役に立たなくなってしまった。

 腕を伸ばせば届く距離にいるミヅキの姿が辛うじて見えるくらいの薄闇の中で、傍に居るセクスが神経を尖らせて警戒しているのが解る。

「やっとここまで辿り着いてくれたね。正直待ちくたびれたよ」

 普通の言葉もミヅキの口を通して出てくると華やかに聞こえるから不思議だ。こんなに不自然なほど暗い廊下を歩いていてもそれは変わらない。だが否応なく違和感を突き付けられ、緊迫感が徐々に高まってくる。

 息苦しいくらいの緊張感に指先は冷たいのに掌は汗ばんでいるという現象をズボンの腿の部分で拭いながら必死で解消しようと努力した。

「真の勇気ある者へと上り詰めた君とここで再会できる日を私がどれ程待ちわびていたか。きっと君は解らないだろう」

「……そんなこと解るわけがない」

 総統に呼び出された城で出迎えたのが大学の友人だったことがどれほどホタルに動揺を与えたか。想像もしていなかったことを理解しろと言われてもできる訳がない。

 ましてや待っていたと切なく告白されても胸がときめくわけもなかった。

「あきらかに誘き出すための餌に釣られて、のこのこと城へとやって来る君はやっぱり善たる清さの持ち主だったな」

 どれほど歩いたのか解らないがミヅキは歩みを止めてこちらへと身体ごと振り返る。

 長い睫毛が影を落とした青い瞳にはまるで夜空の星のように白い小さな光が輝いていた。昔と変わらない瞳と表情で華やいだ笑みを浮かべているミヅキはそっとジャケットのポケットに手を入れてなにかを取り出した。

「ミヅキ――?」

「私はね、不可能なことを夢見るのが好きなんだ。だから君が取り組んでいた水を浄化する研究が成功するのを心の底から応援していたし望んでいたんだよ」

 取り出したものを掌で転がしながら、ミヅキは残念そうに呟く。

「君の研究が実を結び水の浄化が叶っていれば、こうして敵として顔を会わせることはなかったのに」

 物憂げな顔で転がしていたものをぎゅっと握りしめてため息を吐くと、友人だった男はなにかを吹っ切ろうとするかのように顔の高さまで腕を上げた。

 瞠目した彫の深い顔は暗い中で見るとまるで亡霊か良くできた彫像のように見える。

「…………さあ、不可能を可能にして見せておくれ。ホタル」

「――――なっ!?」

「ホタル様、御下がりください!!」

 ミヅキが腕を振り下ろしたと共に手の中にあった小さなものから炎が上がる。それと同時に後ろから腕を引かれてセクスの背に庇われた。

「異能の、力?」

 信じられないことに暗闇を赤々と照らす炎は生きているかのように蠢いて複数の火の球を空中へと作り出していく。

「おや?君の大切な友人からなにも聞いていないのか?それはそれで面白くないな」

 ミヅキの言っている友人がタキであることなど直ぐに解る。

 確かに炎を操る能力者と戦ったことは聞いていたが、詳しい容姿を聞いたとしてもホタルの知るミヅキがその能力者であると気づくことはできないだろう。

「華麗なる戦いの幕を開けようか」



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