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C.C.P  作者: 151A
異能の民
159/178

エピソード158 私はついている

 アオイ率いる革命軍は上級住民の住む高級住宅街にある護衛隊隊長ヒナタの実家と、総統の住まう城に近い軍上層部の住居が多いシルク中将の屋敷に兵力を分けて滞在していた。

 ゲームが始まったことで突然自由を手に入れたヒビキは、取り敢えず標的である金の瞳の青年を探すことから始めることにした。

 革命軍にいるのならば護衛隊長の実家か、シルク中将の屋敷にいるのは間違いない。

 だが青年の素性が解らねばどちらにいるのか見当をつけることも難しかった。

 総統の息子である革命軍の最高指導者アオイは護衛隊長の実家に身を置き、護衛隊とマラキア国と戦うために集められた無戸籍者たちが大半だ。勿論元陸軍兵士たちもその守護を担ってはいるが、マラキア国からの補助隊も介入し統一感の無い部隊を結成している。

 シルク中将の屋敷には忠実なる部下である元陸軍兵士と生き残った同盟者や協力者たちが身を寄せて、次なる手を打つために反国の意思を持つ者たちを募っていた。

 青年が陸軍兵士であったり、カルディアの有力者である革命派ならば中将の屋敷の方にいるだろう。だがヒカリがどのような思惑でその青年を殺して欲しいと頼んできたのか解らない以上ヒビキには動きようがなかった。

 悩んだ挙句荒っぽい軍人がひしめく中将の屋敷よりも、統一感は無いがアオイや護衛隊の目がある護衛隊長の屋敷の方が居心地が良かろうと太陽の照りつける道路を歩いてカルディアの北東部分に広がる高級住宅街へと向かう。

 黒のノースリーブの膝丈ワンピースを着て、白い帽子を被った姿で歩くヒビキを誰も気には止めない。太陽が中天にある時間帯に誰も好き好んで出歩こうとは思わないだろう。ただでさえ国軍と革命軍が睨み合っている不安定な情勢の中ではみなが屋敷に引きこもっている。

 人気のない道を歩いているヒビキはかなり浮いているが、誰も見咎める者がいないのだから逆に清々しい気分がした。

 薄らと汗をかきながら漸く見えてきた護衛隊長の屋敷は、オレンジ色に近い茶色の壁に緑の屋根の落ち着いた中に可愛らしさが見える建物だった。敷地を囲む壁と同色の塀の上に金属の飾りがついており、そこに這う蔦の濃い緑を目で追いながら進んでいくと門へと到着する前に小銃を持った兵に止められた。

「どちらへ行かれるのか?」

 日に焼けた顔には警戒心を剥き出しにしており、たかが十四歳の小娘だとしても簡単には通さないと態度で示している。

「人を、探しているのですけれど……こちらに、いらっしゃると聞いて」

「人探し?」

 唾の大きい白い帽子の端を右手で掴んで上げて「はい」と邪気のない声で返答する。その時に僅かに口角を上げて微笑んでみせるのを忘れない。

 丸い柔らかな頬を持ち上げれば母譲りと言われている穏やかな表情が更に威力を増して、邪な感情などなにひとつないように相手に見えるのをヒビキは経験上学んでいる。

「申し遅れました。私中央参謀部副参謀ナノリの末娘ヒビキと申します」

「――ナノリ殿の、」

 会釈し素性を明かすと喉を引きつらせて兵士が狼狽する。下端の警備担当の兵士には対応できないような大物の名前に邪険に追い払うことなどできなくなったことを心の中でほくそ笑みながら更に言葉を重ねる。

「実はアオイ様にお願いしたいことがあって……家を抜け出してきたのです」

 大きな瞳を瞬かせて潤んだ瞳で男を見上げると、ぎょっとしたように身を仰け反らせて視線を反らす。

「アオイ様は、」

 ここにはいないと言われればヒビキは今日の所は引き下がろうと思っていた。突然連絡も無しに訪ねて来て、主に面会させろと主張するのは常識はずれである。

 幾らヒビキが参謀部に所属しているナノリの娘であろうと、総統の御子息であるアオイの方が身分が上だ。

革命軍として国と争っていたとしても、その差は歴然である。

「お忙しいのは解っております。でも、ぜひお会いしたくて」

 一応会いたいのだという意志が伝わるようにと胸の前で両手を組んで懇願した。実際に会いたいのも、探しているのもアオイではないが、革命軍にいる金の瞳の青年を探すためにはなんとしても中へと入り込まなければならない。

 そのためには何度でも通ってみせると心で息巻いて、それを微塵も窺わせること無く涙の一筋でも流して男の気を引く。

「解りました。一応アオイ様にはお伝えしておきます。ですが、今日の所は」

 お引き取り下さいと促されヒビキは素直に首肯する。

「父には内緒で来ているのです。どうか家の方には使いを向かわせたりしないでくださいませね?私、また明日来ますから」

 実家に連絡が入れば面倒なことになる。

 父はなんとしてでもヒビキを捕まえて家に閉じ込めようとするだろう。そうなればヒカリとのゲームが終わってしまう。

 全てを忘れる機会が完全に失われる――それだけは、回避しなければ。

「アオイ様がお会いしてくださるまで毎日伺いますから」

 どうか家には報せたりしないでくれと頼み込むと、ヒビキの必死さが伝わったのか兵士は「ご実家の方には連絡しません」と約束してくれた。

「ありがとうございます。それではまた、明日」

 ほっとしてヒビキが微笑むと兵は照れたように笑い「また、明日」と頷く。

 別に貴方に会いに来るわけじゃないんだけれど、と心の内で呟いて深く一礼して来た道を戻り始めた。


 迂闊過ぎただろうか。


 簡単に素性を明かしてしまったことを今更ながら後悔し、アオイたちが手を回してナノリに直接接触しないかと不安になる。

 革命軍と総統派である父が繋がりを持とうとするならば、それなりの時間と手段が必要になるだろう。

 時間的猶予は少ないだろうが、二、三日くらいは自由が利くはず。

 その間に青年を見つけられなければまた別の方法を探さなければならない。だが警戒されて中々近づけなくなるだろうし、父がヒビキを探し出そうと動き出せばゲームの続行は難しくなる。

 ヒビキが失踪していることをアオイたちは知らないが、きっと協力者や同盟者の一部の者たちに耳には入っているだろう。

 彼らからヒビキの情報が伝わり、明日にはそのことを尋ねられるかもしれない。

「なにか言訳を考えなくては……」

 住宅街の端にある小道に入り込み、その先にある石造りの小屋へと近づく。鍵のかかった鉄の扉は錆びついていて、その前に立つには五段ほどの階段を下らなければならない。スカート部分の合せに作られたポケットに右手を入れてそこから青銅の鍵を取り出してノブ下の穴へと差し込んだ。

 一応誰も見ていないことを確認してヒビキは扉を開けると隙間からするりと身を滑らせて地下道へと進入した。

 石でできた階段を壁伝いに闇の中へと降りて行くと異臭が漂う空間へと出る。床に手を滑らせて置いていた荷物を掴むと鞄の口を開けて懐中電灯を取り出して点灯させた。

 鞄を斜め掛けにしてほっと息を吐くと吐き気がするほどの匂いに顔を顰めて、荷物を置いていた方向へと歩き出す。途中で壁にペンで書いた目印を確認しながら進めば三十分ほどで地下道から城の離れに近い場所に上がる階段へと辿り着ける。

 監禁されていた部屋にしか帰る所がないことに不満はあるが、衣食住に困らないのだから有難いと思うしかない。

 まだゲームは始まったばかりだ。

 きっとヒビキが青年を見つけ出せず、ヒカリの願いを叶えられなかったとしても言い出した本人にはなんの損失も無いのだろう。

 退屈凌ぎにゲームを持ちかけ、それが上手く行っても行かなくてもヒカリは困らないのだと思うと酷く悔しい。

「……絶対に、勝ってやる」

 この手で金の瞳を持つ青年を殺して見せると誓って、ヒビキは可能性の欠片を拾い集めて明日へと備えることにした。




 再び護衛隊隊長の家を訪れた翌日、昨日の兵と共に並んでヒビキを待っていたのは赤茶色の巻毛と愛嬌のある丸く青い瞳をした男だった。着ている制服が護衛隊のものだったので身構えながらも深々と頭を下げて挨拶をする。

「私は護衛隊副隊長のウツギと申します。アオイ様から丁重に持て成すようにと言付かっております」

「それでは、会ってくださるのですか?」

 期待を込めた瞳を向けるがウツギは少々困ったように笑って目尻に皺を刻む。「どうぞこちらへ」と質問には答えぬままヒビキを門の方へと連れて行き、警護を任されている者たちに声を親しげにかけながらその先へと進んで行く。

 門を潜ると広がっている美しい庭園を眺めながら屋敷の玄関へと向かうが、意外にも容易に中へと入ることが許されて拍子抜けする。

 副参謀ナノリの娘だとヒビキが言っているだけで、本物の娘であるかどうかを保障してくれるものをなにひとつ持っていなかった。写真入りの学生証は実家にしかなく、身分を証明するには指紋を使って国の登記簿照合をする他ない。

 普通ならそれを真っ先に行い確認するのだろうが、兵をひとりと副隊長だけで自称ナノリの娘のヒビキを疑いもせずに奥へと誘うとは。

 どれだけ甘いのか。

 好都合だったがあまりにも緩い警備にアオイの身を案じてしまう。

「アオイ様がお会いするまで毎日いらっしゃると窺ったので、それでは大変だろうと」

 こちらにお席を用意させていただきました、と示されたのは庇のついたテラス席だった。手入れの行き届いた庭を楽しむために屋敷の玄関横に白い手摺のついた板張りが迫り出している。

 中央に据えられた丸いテーブルの上に広げられた白いクロスは綺麗な薔薇の刺繍で縁どられ、美しいドレープを作っていた。そして一脚だけ座り心地の良い椅子が置かれており「どうぞ」と恭しくウツギの手が差し出され、ヒビキは戸惑いながらもそこへと腰を下ろす。

「あの、」

「直ぐに冷たい飲み物を用意させますので、お待ちください」

「ちょ……私はお茶をしにきたわけでは」

「解っております」

 神妙に頷いた後で眉尻を下げ「アオイ様はお忙しい方です」やんわりと諭すように言われてヒビキは唇を噛んだ。

「いつお時間が取れるかお約束することができないのです」

「……待っていれば、いつかお会いできる?」

 ウツギは残念ながら「お約束はできないので」と会えるとも会えないとも答えない。ただここで待つことは許されているようで、これ以上我儘を言えばつまみ出されるかもしれないと思い直して渋々了承した。

 もしかしたら探している青年の情報が手に入るかもしれない。

 運が良ければこの近くを通りかかるかもしれないではないか――。

「申し訳ありません。ウツギ様もお忙しいのでしょう?」

 護衛隊の副隊長ともなれば色んな雑多な仕事も多いに違いない。それなのにヒビキの相手を命じられて心中では面倒がっているだろう。

 放っておいても大丈夫なのでお仕事に戻ってくださいませ、と勧めても「案外副隊長という立場はやることがなくて退屈しているのです」と笑顔で躱されてしまった。

「隊長がアオイ様の傍につき、優秀な隊員が指示する前に察して動いてくれますので必然的に私は仕事にあぶれてしまうのです」

「そんなはずは」

「ヒビキ様のお相手を『お前が一番暇なんだから』と隊長に仕事を与えてもらい正直助かりましたよ。さあ、アイスティーの準備ができたようです」

 明るく笑いウツギは屋敷の侍女が運んできたグラスに入った紅茶をヒビキの前に丁寧に置いた。

水滴のついたグラスの中で琥珀色の液体が涼しげに揺れている。

 いただきます、とストローを差して二度かき混ぜてから唇に加えると甘い花のような匂いがした。

 雨でも降るのか今日は蒸し暑く、じっとしているだけでも汗が噴き出てくる。そんな中でいくら庇があるとはいえ、外に長時間いるのは辛い。

 ちらりと視線を横に立つウツギへと向けると「どうかしましたか?」目を眇めて笑顔で問われてしまう。

「あの、暑くはありませんか?」

「……そうですね、今日は特に湿気が多くて過ごしにくいですが」

「でしたら、中へ入って」

「汗はかいた方が身体に良いといいますし」

「……はあ」

 結局追い払うことができずにヒビキは目を伏せて甘い香りの紅茶を飲んだ。時折無難な日常会話を交わしながら一時間ほど経過した頃、自分だけが座っていることに罪悪感を抱き始めてそわそわと視線を動かす。

「どうかしましたか?」

 先程から何度もヒビキを気遣うように口にされる言葉に大きく頷いて見せた。

「座っているのに疲れてしまいました。許されるのでしたらお庭を散策させていただいてもよろしいでしょうか?」

「成程。丁度私も立っているのに飽きて来た所です。折角ですので隊長の母上ご自慢の庭を私がご案内させていただきます」

 そそくさと立ち上がり先に立って歩き始めたウツギの後を追ってテラスから庭へと降りる。ふかふかとした芝の感触と歩くたびに匂いたつ青く爽やかな匂いにヒビキは心が解れていくのを感じた。

 愛情を持って作られている素晴らしい庭園だが、大量の水や肥料などたくさんの金もつぎ込まれている。

 こうやって手をかけ、目をかけ、心をかけ、金をかけて育まねば綺麗なものを維持することはできないのだ。それでもそれを愛でることで癒されるものも確かにあるのだと、植物や自然からもたらされる恩恵を受けてヒビキは大きく深呼吸した。

「昔ヒナ――いや、隊長とよくあの池で泳いで叱られたものです」

 名前で呼びかけて途中で言い換えたウツギを見上げると、彼は右頬を人差し指で掻いて苦笑いする。

「隊長とは幼馴染でして。いつも悪戯して回っては一緒に怒られるという幼少期を共に過ごしたので、職務的に上下関係ができてもなかなか抜けずに」

「そうなのですね……羨ましい」

 指差された先にあった池には小さな魚が泳いでおり、時折鳥が滑空しては嘴に銀色に輝くものを銜えては飛び去って行く。

 かつてそこで泳いでいたという少年も今ではこんなに立派な大人へと成長している。退屈な少女とのやり取りを笑顔でこなし、一時間も暑い中飲み物も採らずに立ちっぱなしで仕事をこなす程に。

 ヒビキには幼馴染という存在がいない。

 厳格で冷酷な父はカルディアの上級住民の中でも付き合いにくいと思われており、学校では仲良くしてくれている友達でも家まで遊びに来るような子はいなかった。きっと粗相があっては困ると親に止められ、そして友人たちもそれを振り切ってまでヒビキと交流を深めようと思っていなかったのだ。

 仕方がないと寂しく思いながらも、ヒビキは父と兄姉の仲を取り持つことで忙しかったからずっとその寂しさを埋められずに生きてきた。

「家族ぐるみで付き合うような相手はいませんでしたから」

 温い風が水面を撫でて波紋を広げていくのを眺め、もう少し傍へ寄ろうとヒビキが近づいた時、足早に反対側の池の辺を歩いてくるほっそりとした青年の姿を見つけた。

 茶色の長い前髪が地面を見ているのか伏せられた睫毛の先で揺れ、頬の柔らかな線と華奢に見える首筋があまりにも綺麗で目を奪われる。白いTシャツにカーキ色のズボンを穿いた気楽な服とは真逆に青年の雰囲気は尖っていて近寄り難い。

 だがどんどんこちらへと向かってくる青年はこちらに気が付いていないのだろう。地面だけを見て黙々と進んでくる。

「ああ、ちょっと失礼します」

 ウツギが初めて笑みを消して傍を離れることを詫び、青年の元へと歩いて行く。どうやら他の人間をヒビキに近づけたくないのだろう。それが解る程にウツギの足運びは少々乱暴だった。

 遠ざけたければ声をかければいいのに――そう思いながら硬い表情を浮かべているウツギの横顔を見つめ、次いで再び青年へと向けた瞳を丸くした。

「金の――」

 慌てて口元を押えてヒビキは言葉を飲み込む。

 ウツギが十分に近づく前に顔を上げた青年の耳に大きなヘッドホンがつけられている。くっきりとした二重と長い睫毛に縁どられた金色に輝く瞳が開くと、下手な少女より可愛らしい顔をしていることに気付く。

 ヒビキが女であることを恥じてしまいそうな顔立ちを、奇妙に歪めてウツギと相対し二言三言会話をした後はくるりと背を向けて去って行ってしまう。

「いた」

 まさかこんなにも簡単に見つけられるなんて。


 私はついている。


 後はどうやって彼を殺すかだが、それについては後でゆっくりと考えよう。

「ウツギ様、私そろそろ」

 今日はもうチャンスはこないだろうと諦めて、戻って来たウツギに暇を告げる。どこかほっとしたように頷いて「お席は準備しているので、いつでもいらっしゃって下さい」と社交辞令を述べる副隊長に図々しく「それでは、また明日」と答えてヒビキは微笑んだ。


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