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C.C.P  作者: 151A
異能の民
156/178

エピソード155 逡巡は一瞬

 家族にでは無く外へと愛情を求めるようになればきっとキョウは満たされ、幸せになれると思っていた。

 実際に彼女を欲している男たちは多く、頑なで冷たい態度すら彼らには堪らないものであるらしい。軽蔑の色を浮かべて見つめられることも、辛辣な拒絶の言葉でさえも男を煽情していく。

 冷静沈着で常に変わらぬ表情が、自分の前だけは違う表情を見せてくれたとしたら――それだけで心は弾み幸福に包まれるだろう。

「どこで、間違えた――」

 飛び出して行ったキョウを直ぐに追いかけたはずが華奢な後ろ姿を見失い、リョウは焦りを抱えて暗闇に沈む通りを駆ける。

 胸が苦しくて、息がうまくできない。

 どんなに待っても信頼が愛情へと変わる素振りも空気も無かったことに軽い失望を覚え、このまま保安部にいるよりも兄であるホタルの元へと行った方が互いの為だとキョウを義勇隊へと売り渡した。

 彼らが乱暴を働かないかだけが心配で、影からじっと見守っていたが自分たちの指揮官である男の妹に不埒なことを仕出かす程愚かでは無かった。そのまま連れて行かれるキョウを見送り、保安部と合流し適当に戦って済ませた。

 もう二度と会うことは無いだろうと安堵する傍ら、心が虚ろになったかのように寂しさを訴える。

 裏切られたことを強く恨んでいるキョウを説得することは難しいだろうが、異能の民について知らされれば彼女とて得体の知れぬ男のいる保安部へと戻ろうとは思わないはず。

 今まで心を許して信頼していた男がスィール国だけでなく世界すら手に入れようと画策していたと知り、兄に裏切られて傷ついたように美しく青い瞳を揺らして動揺すればいいと仄暗い思いを胸に秘めて。

 いっそのこと嫌悪されたかった。

 悪者と罵られて責められたかった。


 そうでなければキョウと敵として戦うなどできないから――。


 偉大なるマザー・メディアを信奉し、その願いを叶えるためこの命を捧げることに些かの迷いも無い。

 彼女に命じられれば仲間を殺すことも、死ぬことも厭わない。


 だが、キョウと戦うことだけはできない。


 それだけは。

 従えない。


 憎しみに燃える瞳で射ぬかれて、激情のまま引き金を引かれたのならリョウは抵抗もせずにその思いを受け止めるだろう。

 実ることの無い独り善がりな想いだと諦めていたのに、何故か保安部へと戻って来たキョウの瞳には慕い求めるような色があり激しく狼狽した。今までになく思いつめたような表情で、震えながら縋るように見つめられては認めざるを得ない。


 彼女の中の信頼が何故か愛へと変わりかけている――。


 「色んな話をされたのでは?」と探りをかけるとさっと青くなり言及を避ける所を見るとリョウが素性の怪しい人間であると聞かされているのは間違いない。

 それでもキョウはここへ戻って来た。


 リョウの元へ。


 湧き上がってくる喜びと激しい後悔が同時に鬩ぎあうという不可思議な現象を味わい、結局は歓喜よりも虚しさが勝った。

 キョウがなにひとつ問わなかったということは、異能の民であるリョウでは無く保安部の下級将校であるリョウを選んだのだ。

 本来の自分では無く、偽りの姿の方を愛したのだと知ることで深く傷つき、彼女が望むとおり今までと変わらぬ態度を取ることにした。それが余所余所しくなってしまうのは仕方がないだろう。


 正体がばれている以上とんだ茶番なのだから。


「どこに――」

 総裁と参謀長の命を受けた保安部の上層部から、義勇隊と革命軍を含む連合軍との戦闘を中止すると言い渡され、普通ならば死なずに済むことや戦わなくてもいいのだと安堵し歓喜するはずがキョウは表情を硬くして拒んだ。

 今更という言葉も、多くの者が犠牲になったのだからという理由も解る。

 だがそこまで保安部の人間たちに思い入れなど無かったはずのキョウが空々しいほどの言訳を口にしてまで戦いを続けたいと強固な姿勢を貫くのは理解ができない。

「キョウ――、頼む」


 手の届かぬ所に行かないで欲しい。


 あの時も目を離した隙にキョウは姿を消して危険なクラルスの頭首と接触を計った。通りを走り、目につく路地全てを覗き込み、小さな物影まで見て回る一秒一秒が短いようで永遠のように長く感じたのを今でも覚えている。

 なにかあったらと嫌な想像をしては怯え、実際には聞こえていない悲鳴さえ聞こえた気がして恐怖に震えた。

 傍に居てくれればどんな脅威からも護れる自信はあったが、遠く離れた場所にいるキョウを護れるほど能力は万能では無い。

 不安と失う恐さに我を忘れて、漸く見つけたキョウが地面に倒れているのを見た途端に沸点を超え相手が何者かも確かめずに怒りにまかせて力を揮った。後先考えられるほど冷静では無かったことを反省はしても後悔はしていない。

 一瞬でも迷っていれば自分はタスクに反撃され大きな代償を払うことになっていただろう。

 それほどあの男は凄まじかった。

 能力持ちをただの人間が害するなど本当ならば考えられないのだから。

 そんな男だからこそ計画の中心にタスクを据え、利用しようとアキラをつけた。

 リョウの仕事は保安部に集まる情報や動きを把握することと、カルディアも統制地区も怪しまれずに動ける利点を活かしあちこちに潜んでいる異能の民との連絡係を担っていた。そして副参謀ナノリの娘の下につき腹心の部下ハモンと両方を監視する役割もあったが、殆どおまけのようなものである。

 連合軍の本拠地となっている大学のある第二区と第五区へと向かう道を前に迷い、リョウは勘だけで五区を選びさらに加速した。


 何故追いつけない?


 何故見つけられないんだ――。


 焦りだけが身体を支配してリョウは只管に足を動かし進み続けた。視線と神経だけは周囲に向けて。

「キョウ――!!」

 視界の端に捕えた銀の輝きを追って顔を向けた先で、キョウは両手で拳銃を構えて真っ直ぐに銃口を相手に向けていた。

 なにやら会話をしているようだが距離がありすぎて聞こえない。

 肩幅に開かれたすらりとした脚と頼りないほど細い腰から背中にかけての筋肉が緊張で強張っているのでさえも見えるのに。

「やめろ、なにを考えて」

 向かい合った相手の顔を確認してリョウは絶望した。

 血で染まり、裾を焦がしたモッズコートが夜風に翻る。腰に下げられた曲刀と端正な顔立ちの中で一際目立つ金色の瞳。伸ばしっぱなしの茶色の髪が風に靡いて隠しその表情を窺うことはできなかった。

「タキ」

 親愛なるマザー・メディアが最初に贈り物をした男の名を呟くと背筋に冷や汗が流れて行く。

 友人の妹であるキョウを攻撃はしないだろうという打算はあったが、さすがに銃口を向けられ撃たれれば反撃しないかどうかまでは解らない。


 どうする――?


 逡巡は一瞬。

 リョウは残り十数歩を埋めて引き金を引こうと動いたキョウの指ごと後ろから掴んだ。目の前で大切な女が傷つけられるぐらいならば後先考えずに行動したい。

 幸いなことにタキはマザー・メディアに敵になると宣言している。その相手に手加減をする必要など無いのだから。

「――――例え、嫌われようとも」

 深く息を吸い触れたキョウの指の柔らかさを感じながら手の中の拳銃に意識を集中する。冷たい金属の塊が熱を持ち次第に形を変えていく。銃口がぐいぐいと細く伸びて行き薄く鋭利な片刃になり、銃把部分がまるで生きているかのように蠢き刃と一直線になる場所まで移動する。

「――――なっ、」

 キョウがまざまざと姿を変えていく拳銃の姿に喉の奥で悲鳴を上げた。身体を硬くし恐怖で引き攣らせているだろう顔を見らずに済んで良かったと安堵しながら、変化を終えた武器を奪うようにしてキョウから離れる。

 対峙したクラルスの現頭首はリョウの手にした鋼の剣を一瞥し、僅かに眉を寄せたが彼もまた迷いを即座に打ち消してコートのポケットから水の入ったボトルを取り出し迎え撃つ姿勢を見せた。

 以前は能力を使うことに消極的だったタキの変化に驚く。

「随分と腹が座って来たみたいだな」

「…………つい最近こっぴどくやられたからな。形振りなど構っていられなくなった」

「ミヅキか、」

 第五区で炎を操る能力者のミヅキとやりあったと聞いてはいたが、それが切っ掛けで能力使用に前向きになったのだとしたら逆効果だったかもしれない。

 タキは元々の素質があり、身体的にも恵まれている。

 それに加えて能力を躊躇いなく自由に操れるようになれば、その強さは能力者の中でも抜きんでたものになるだろう。

「お前の心にも火を点けたんだとしたら厄介だ。ちゃんと責任持って始末してくれていれば良かったものを」

 勿論止めをさそうとしたらしいが、義勇隊の凄腕狙撃手に邪魔されたらしい。気配を覚れないほど遠くからの攻撃に、流石のミヅキも対応が遅れた。

 油断だろう。

 能力持ちには往々にしてあった。

 誰にも害されることは無いと驕れるだけの比類なき能力は、時に油断を招き大きな失態を晒すことになる。能力者が命を落とす時の殆どが呆気なく、そして無様な気の緩みからだ。

「おれなんかじゃ物足りないだろ?」

 能力者の中でも特に念入りに鍛錬を行ってきたわけでもない部類のリョウは、忠誠心や信仰心を疑われることも多い。

そんな男に能力を何故与えたのかと贈り物を授けられなかった者たちは抗議していたが、リョウの中にマザー・メディアに対する愛も尊ぶ心も彼らに負けないほどあることは他でもない自分自身が解っている。


 それでいいのだ。


 本心を曝け出して見っとも無く騒ぐことが苦手なリョウは、幼い頃から軽口やからかいの言葉ではぐらかしてきた。そうやって上手く立ち回って来たし、虫が好かない相手でも適当に話を合わせて付き合える。

 多くの人に好かれて可愛がってもらったが、のらりくらりと自分の気持ちや意思をはっきりと口にしないリョウを信用できないと評価する人間も同じくらいいた。

 全ての人間に愛されることも、逆に全ての人間に嫌われることもない。

 好かれようと頑張る必要など無いし、嫌われまいと努力することもまた無意味だ。

 そんな風に妙に達観して内面は可愛げのない人間へと成長したリョウを一瞬でマザー・メディアは見抜いた。慈愛に満ちた表情で微笑みそれでいいと許しを与え、「全てを切り裂く我が刃となれ」と望まれて能力を贈られた。

 その瞬間全ての者に愛されるべき存在が目の前にいるのだと感慨深く心を震わせ、そして同時にそんな彼女を受け入れられず糾弾する人間がこの世界には多くいるのだと思うと悲しくなった。


 世界は解放を望んでいるのに、そこに住まう人々はそれを拒む。


「――――理解できぬ愚か者には死を以て退場してもらう」

「望む物が違えば解り合うことは難しい……」

 重々しく呟いてタキはボトルの蓋を開けて掌を濡らし、そのまま右手首、腕、肩まで十分に湿らせた後で空のボトルを投げ捨てた。

 色の変わった右袖からぽたぽたと滴を垂らしながら息を止めてゆっくりと力を具現化していく。

「決着をつけようか」

 タキにとっては前頭首タスクの仇討ができる絶好のチャンスだ。

 そしてリョウにとっては愛した女との決別を迫られる時。

「……おれは貴女が思っているような男じゃない。これで解っただろう?」

 決して知ろうとはしなかったリョウの本性を見せつけて肩越しに振り返ると、キョウはその目に恐怖を浮かべていた。

 なにか言葉を発しようとしているようだが喉と唇が震えていて上手く紡げないようだ。

「貴女をずっと欺いていた悪い人間だ。だから二度と」

 心を許してはいけないと囁いて、驚愕に見開かれる瞳から目を反らしタキと向き合った。

「さあ、始めよう」



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