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C.C.P  作者: 151A
異能の民
154/178

エピソード153 秘めた想い



「……攻撃中止!?」

 一体どういうことなのか。

 あれほど保安部の上層部は喧しいほど海軍基地と水力発電所を絶対に落とされてはならないと吠え捲っていた癖に。

 反乱軍と裏切り者たちを全て掃討せよと命じていた同じ口から出されたものとは思えない。

「総裁と参謀長からの御指示だそうです」

 どこかほっとした顔で告げるリョウを睨み上げて苛立ちに任せて「今更退くなど受け入れられない!どれほどの命が犠牲になったと思っているの!?」と怒鳴り散らした。部下は制帽の唾を俯けて面を伏せると嘆息しつつキョウの怒りを受け止める。

「……よかったではありませんか。兄上様とこれで戦わずに済みますよ」

「そういう問題じゃないっていってるの!大体私はホタルと戦うことを微塵も恐れたりしてはいない。あの大罪人をこの手で討ち取るまでは、私の気持ちは治まらないんだから」

 二人の間に一陣の風が吹き、乱れて縺れた銀の髪を巻き上げた。キョウが捕虜として捕まり無事に解放された後からリョウは少々余所余所しい。

 ホタルから聞いた“異能の民”という存在を疑いも無く信じることはできないが、最近の彼の態度を見ていると疑わしい点は幾つか見受けられることも事実だった。

 灰色がかった青い瞳がキョウを正面から見ることは少なくなり、時折背後から感じる視線はどこか寄る辺の無い子供のような揺らぎを感じる。

 そもそも戦場で捕虜になった時、直ぐ傍らにいたはずのリョウがいつの間にか姿を消し周囲にいたはずの仲間も忽然といなくなっていた。孤立していることに気付いたキョウは焦り、仲間の影を追って暗闇を駆けた。

 交戦している音を手掛かりに進んでいると、路地の奥からリョウの声が聞こえた気がして名を呼びながらそこへと入り込んだ。


 そこを襲われた。


 背後から銃把で後頭部を殴られて強かに地面に転倒し、その手から銃が零れて奥の暗がりへと滑って行く。それを掴もうと伸ばした右手を乱暴に捕えられ、背中に膝を肩に左手を当てられ動きを止められる。

 後頭部の痛みと容赦のない強さで押さえつけられる屈辱に震えながらキョウが叫んだのは束縛からの解放を望むものではなく「さっさと殺せ!」だった。

 多くの兵が死んで逝くのを見ていたキョウは、いずれ自分の身にもその瞬間が訪れることを漠然と受け止めていた。誰もが死にたくて命を散らしているわけでは無いことを知っていながら、ここで命乞いをするなど誇りが許さない。

 潔く死にたいと望んだキョウの顎を後ろから不躾な手が掴んで上げさせられた。

「間違いない。報告通り副参謀の娘だ」

 驚いている裏切り者の顔を睨み上げて顎にかけられた武骨な指から逃れようと身を捩るが、戦闘訓練を積んできている男の拘束は硬くそう簡単に緩みそうも無い。

 不快感で鳥肌が立つ。

 男の身体の重みも体温も、呼吸するたびに首筋に息がかかるほど近い距離も全て気持ちが悪い。

「――早く!殺しなさい!!」

 懇願というよりも命令めいた言葉に男たちは気圧されたように息を飲む。眉間に力を籠めてギリギリと眼光を鋭くすると困ったように顔を見合わせて「殺しちゃ、まずかろう」と結論づけ、右手と左手を後ろ手に交差され縛られた。

 それから腕を引かれて立たされ、男たちの部隊を率いる者の元へと連れて行かれ捕虜となった。

 通常捕虜の扱いは酷いものだと聞いている。

 特にそれが女であれば尚更だ。

 だが丁重に扱われ、邪なことをなにひとつされなかったのはひとえに副参謀ナノリの娘であったからだろう。

 もしくはホタルの妹であったからか。

 結局最後まで父と兄の名によって護られ、振り回されるのだ。

 更に移動を強いられて辿り着いたのは粗末な空きビルの五階だった。廊下の奥にある小さな部屋に入ると椅子に座らされ、背もたれと共に新たに拘束され直される。

 そこで再開した兄は口惜しいほど今までのように清らかさを保ち、初めは妹の荒んだ姿に驚いたような顔をしていたが、直ぐにキョウを懐柔しようと優しい眼差しで包み込んできた。

 父と妹を捨てて、国に反逆する兄の方がまるで正義であるかのような穢れの無い空気を纏っているのだから悔しいやら、情けないやらでキョウの心はぐちゃぐちゃになっていく。

 必死な思いで戦っているキョウとは違い、ホタルからは余裕すら感じられて嫉妬の炎がじりじりと燃え上がった。

 だからホタルの希望を打ち砕いて夢など愚かで叶うことのない儚いものなのだと思い知らせてやりたいと意地悪な心でアオイの敗退を伝えた。狼狽え、己の間違いに気づいて許しを乞えばいい――そう思ったのに。

 逆に激しく心を乱されたのはキョウの方だった。


 異能の民はこの国だけでなく世界を手に入れようと目論む許されざる敵であり、異能の力と呼ばれる治癒の力や水、風、金属を操る者たちがいる――。


 俄かには信じられない話をキョウは絵空事と笑ったが、第一区で前首領と遭遇して助かった時のことを思い出せと言われて戸惑った。

 反乱軍の頭首の強さは噂で聞いていたが、実際には見たことのないキョウにはどれほどの使い手なのか想像もつかない。

 銃より早く動けるとか、たったひとりで陸軍基地を落としたとか眉唾ものの情報しかなく、所詮噂には尾ひれがつき事実とは大きく異なるのだと高を括っていた。

あの時も尋常では無い殺気と迫力に怯み、抵抗という抵抗もできぬままあっさりと意識を失ったのだから結局頭首の強さを目の当たりにすることは出来なかった。

 しかもリョウが金属を操る力を使って頭首を殺害したと聞かされても実感は湧かない。

 ただどうやって頭首の元から逃げられたのかを聞いても「そんなことより、ちゃんと反省してください」と叱られ明確な答えを与えられなかったのは確かだった。

 あの戦闘で頭首が命を落としたと聞いた時に「まさか」とちらりと頭に過りはしたが、頭首を討ち取ったのならばリョウとて黙っているわけはないのだからと確かめもせずに疑問に蓋をしたのはキョウだ。

 結局誰の手にかかって頭首が死んだのかは解らぬまま、反乱軍は一旦勢いを失ったが新たな頭首を掲げて反乱軍討伐隊と手を組み脅威となるまでに成長した。

 あの場に居合わせた反乱軍の仲間が現頭首となっているというのだから、もしかしたら彼が頭首の座欲しさに殺害したのかもしれないではないか。


 でも私はリョウのことをなにひとつ知らない。


 こんなに傍にいるのにリョウに親しい綺麗な友人がいたこともこの目で見るまでは知らなかった。

 彼の生い立ちも、家族構成も、住所も経歴も全て。

 調べればすぐに解るものだが、それはただの情報であって生身の彼を形成する生きた記憶では無いのだ。

 異能の民であることを否定したくてもできないことに激しく取り乱して。

 きっと聞けば色んなことを教えてくれる気安さがリョウにはあるが、決してそこを踏み越えさせるだけの隙を与えることはなかった。


 だから恐かったのだ。


 彼のことを知ることが、知ろうとすることが。


 誤魔化されたり、面倒だと思われたり、拒絶されるかもしれないと思うと耐えられなかった。


 そう、嫌われたくなかったのだ――。


 それほどまでにキョウは彼を失いたくないと思っていたのだと気づいて愕然とした。誰か個人に執着したり、恋慕を覚えたことなど一度もなかったから自分の中に芽生えていた恋心をどうしていいのか解らずに持て余して。

 兄の前で無様に顔色を失うことしかできなかった。

 ホタルの一声で解放され、人の目のない裏口からビルを出て危険の無い場所まで送ってもらいキョウは保安部へと戻った。執務室のソファに座り込みなんとか気を落ち着かせていると、軽いノックの後でリョウが入って来た。

 まず戦場で傍を離れたことを詫び、その後で彼は「戻って来るとは思っていませんでした」と困ったように呟いた。

 戦いの最中で孤立して無事に帰ってこられるほど甘くは無いし、それだけの経験も技術も無いキョウでは物言わぬ屍として戻って来るくらいが関の山だろうと苦く笑う。

「兄上様の元へと行かれたのかと思っていたので」

 その発言でリョウがわざと傍を離れ、捕虜としてホタルの元へと連れて行かれるようにと画策していたのだと知る。

 そしてそれを望んでいたことも。

「――――何故!?」

「何故といわれましても、色んな話をされたのではないですか?その上でここへ戻ってくるとは流石に理解に苦しみますが」

 “色んな話”と含んだような言葉にキョウは凍りつく。


 では、やはりリョウは国や世界に仇なす者なのか――。


 明言を避けてはいるが彼の表情はどこか怯えたように見え、今までと変わらぬような口調を心がけてはいるようだがどこかぎこちなかった。

 そこを突けばきっと全てを認めて観念するだろうことは解る。帰ってこないと思っていたキョウが戻って来たことをどのように受け止めたらいいのかリョウは決めかねているのだから。

 動揺しているのはキョウだけでは無かった。

 そのことに何故かほっとして、追及する機会を敢えて手放す。


 あと少しだけ、このままで――。


 いずれは戦場で死ぬ身なのだ。

 それまでは好いた男の傍に少しだけでも長くいたいと願った。


 リョウが異能の民だろうが関係ない。


 初めての恋に胸を焦がして、短い人生を終える憐れな女になったとしても構わなかった。

 その相手が優しい仮面を被った国を滅ぼす男だったとしても。



「キョウ様御命令ですので、御退きください」

 リョウの声で現実へと連れ戻され、唇を噛む。

 ただ傍にいたいとキョウが願う青年は硬い表情で撤退命令を勧告する。例え視線を交わすことがなくとも、今までのように楽しい会話をすることがなくなっても、それでもリョウを愛しいと思う。


 生きて幸せになって欲しい――というホタルの願いが何度もキョウを迷わせる。


 生きていても幸せになれないのなら、打ち明けず胸に秘めたまま戦場で華々しく死にたいと思っていたキョウには撤退命令など到底納得できない。

「嫌なら勝手に退けばいいわ。私は、」


 死に場所を求めて戦場へと行く――。


 そしてキョウは闇へと身を投じた。


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