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C.C.P  作者: 151A
異能の民
151/178

エピソード150 彼に平凡を


 果たして人は音という感覚と情報を奪われた状態でどれほどの動きができるのだろうか。

 生まれた時から静寂の中で生活をしてきた者ならばいざ知らず、突然無音という世界に放り出された者はあまりの静けさに不安と心許なさを感じるだろう。

 恐れずに立ち向かい戦える者がいるとは思えない。

 “奪いし者”という名で呼ばれた過去の祈祷師はあらゆる力をもって人々を翻弄し、王を操ってマラキア国を滅ぼさんとしていた。

 ヴァイオリンを奏でることで父の寵を受け、城の奥深くまで入り込んで来たヒカリもまたかのトラクレヴォのように総統を意のままに操っているのだとしたらこの国が辿る末路が見えているような気がする。

 この国を正式に訪問したトルベジーノだが、アオイ率いる革命軍に兵や物資を全面的に協力支援している立場から総統への面会は手酷く断られた。それ以上に激しく叱責され、本来の目的であった外務大臣との会談すら拒絶されるに至った。

 体面上として事務官が対応し、その際に技術支援や資金援助などの申し出をしたがなにか裏があるのではないかと勘繰られ、では友好な関係を再び結びたいのならば革命軍への支援を止めろと強く求められたそうだ。

 スィール国側から戦争を仕掛けておきながら、友好な関係を欲するとはどの面下げて言えるのか。

 あまりにも厚顔無恥すぎる事務官の発言にアオイは怒りすら覚えながらトルベジーノに謝罪した。

 ただ彼が感じた所によると以前はもう少し話や道理の分かる男だった事務官が、話しの途中で上の空になったり、トルベジーノとの会話が噛み合わなくなったりと精神的に不安定になっているようだという情報は危惧するに値する。

 あのヴァイオリニストが音を操り情報を左右しているのだとしたら、事務官の不自然な様子も納得がいくような気がした。

 アオイの謀反でカルディアの街が騒々しくなり、多忙を極めて疲れ切っているという可能性も否定はできないが、ずっと前からマラキア国の善意が正しく我が国に伝わらなくなっていたことの裏付けとしては通る。

 アオイがスィール国を立て直す前にやらねばならないのは、父を討つことよりもヒカリを止めることなのかもしれない。

「だが、それが難しい……」

 遠く離れた場所にいたアオイにはあの日戦場に鳴り響いていたというヴァイオリンの調べは聞こえなかった。

 突然音を奪われ一気に兵たちが冷静さを失い、混乱がアオイの所まで打ち寄せてくるまでに数分程かかり、まるで静かな水面に一滴の水滴が落ちた時の輪が少しずつ広がって行くかのような伝わり方をしたのを目の前で見せられて戦慄を覚えた。

 なにか異常なことが起きているのだと肌を粟立たせて凍りつくしかなかった。

 何故シオにだけ不調が現れたのか解らないが、きっと鋭敏すぎる感覚と神経が原因だろう。

 人よりも優れたセンサーを持っているが故に不具合をもたらす。

 持たざる者として生きてきたはずのシオが、誰もが持ち得ない感度の良い五感と勘を持っているという皮肉。

 その力で彼はこれまで数々の死線を生き抜き、アオイと護衛隊を救ってくれた。

 国に今まで彼ら持たぬ者は虐げ搾取され、用無しであると扱われていた。そんなシオの力に頼り縋ろうとするのは虫が良すぎるだろう。

 それに随分とシオには助けられてきたのだ。

 これ以上は無理な願いや頼みなどできないと思っていた。

「……生きて帰りたいから戦っているのだと言っていたのに」

 トルベジーノと共に訪ねたその日の夜にシオがアオイの部屋の扉を叩いた。ヒナタに招き入れられ、執務机の前へと揺るぎ無い足取りで近づき開口一番「欲しいものがある」と不機嫌そうな顔で要求してきた。

 確かに以前見舞った際に必要なものや欲しいものがあればなんでも言って欲しいと伝えてはいたが、怪我人がわざわざ自分の足を使ってこなくても伝言を頼めばよかっただろう。

 夜に来たのは明日まで待てないからで、直ぐ用意できるものならいいがと内心ハラハラしながら「なにを望む?」と促した。

「耳栓と、」

 なんでもいいから音が聞こえなくなるような道具が欲しい――。

 奇妙な要求にヒナタと視線を交わし、見ているだけでほっと安心できるような笑顔で護衛隊長がシオに語りかけた。

「同室の鼾や寝言が煩くて夜眠れないのか?それならば部屋を変えることもできるし、本人にそれとなく注意もできるが」

「……鼾や寝言は本人の意思とは無関係だろ。注意して治まるならそれは嫌がらせの為にわざとやっているとしか思えない」

 ヒナタの予想は見当はずれな言葉だったらしく、眉を寄せて怪訝そうにしながらも律儀に矛盾点を指摘してくる。

 違うのかと目を丸くし、腕を組んで他の可能性を検討し始めたヒナタを苦笑いしてアオイは見つめた。

「もしかして、音を奪われた時の対策のつもりか?」

 昼間話した内容を思えばそれ以外に耳栓や音を聞こえなくする道具を欲しがる理由は見当たらなかった。

「おれ以外が戦えばいいとか、無責任すぎた。聞こえなくても問題なく動けるように特訓する」

「シオ……」

 彼は自分の発言を恥じて反省するだけでなく、自らが可能性を模索し行動しようとしているのだ。

 きっとあの後ずっと悩んで、考えていたのだろう。

 そして他人任せにするのではなく、シオ自身が戦う決意をしたのか。


 一体その強さはどこから来るのだろう。


「言っとくが効果があるとは思えないただの思い付きで、特訓した所で動けるようになるかはわからないからな!お前が他にいい方法を見つけてくれるまでの時間稼ぎだ」

 だからさっさといい案を思いつけ!と叱咤されてアオイは小さく微笑んだ。

「もう頼らないようにしなければと思っていたのに」

「ふざけんな。おれはこの国を支配している偉そうなだけの奴らとは違う。無責任に戦う術も知らない人間を戦場へと送り込むような奴と同じになりたくないだけだ」

 アオイのためにするのではないから勘違いするなと横を向くシオは嘘や強がりを言っている訳では無い。

 紛れも無い本心。

 彼は常々この国を「糞みたいな国」と評して、己の欲望と安全を満たせれば下々のことなど歯牙にもかけない軍部と総統に対して強い反発と恨みを抱いている。

 責任を取ろうとしない偉そうな人間のように、危険や困難を他人に押し付けることが我慢ならないのだ。


 おれがやる。


 シオは直ぐに準備しろよと強く言い置いて、挨拶も無く出て行った。彼の思いやりと勇気を尊重し、ヒナタに命じて期待に添えるようなものを探し出し次の日の朝一番で届けさせた。

 その日からシオの耳には耳栓と大きなヘッドフォンがつけられ、外界の音に頼らない生活を始めたのだ。

 銃弾が掠めて負傷した右耳の傷がヘッドフォンで圧迫されることで化膿し、治りが悪くなるどころか悪化するとヤトゥが止めても本人が言うことを聞かないと嘆いていたが、結局はやりたいようにさせるしかないとプノエーとサロスに説得されて渋々了承した。

 シオは二日もしない間に聞こえないことに慣れ、元々鋭かった五感の内聴覚を失ったことで視覚や嗅覚、触覚などが徐々に鋭敏になってきているらしい。

 視野が広がり、人が動くことで風が変化することを肌や匂いで感じ、単語くらいならば唇の動きで判断できる。

 人よりも高い能力に加え順応性の高さもあるだろう。

 ただこの特訓が生かされることがなければいいとアオイは祈るような気持ちで願っている。


 他に良い方法を。


 そしてトルベジーノが母国でなんらかの情報を見出してくれれば――。


「これ以上は、」


 豊かさとは無縁で生きてきたシオには新しい国で平凡という名の幸せを味わって欲しいから。


 危険な場所へと向かわせたくない。


 個人に対して特別な思い入れをすることは上に立つ者としてよくないことだと解っている。

 だからこうしてそっと心の中で祈るしかできない。


 彼に平凡を。


 全ての国民に平和と安寧を――。


 そのための戦いなのだと戒めて、アオイは少しでも有利に運べるようにと目の前の雑事に集中した。


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