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C.C.P  作者: 151A
異能の民
150/178

エピソード149 奪う者

「いってえ!止めろ!死ぬ!」

「なら大人しく寝ていろ」

 寝台の上で悶え苦しむシオを茶色の瞳が冷たく見下ろして、鳩尾の下にある傷口を力任せに鷲掴みしていた手を引っ込めた。

「クソ、親衛隊がなんだ……そんなに偉いのかっ」

「親衛隊では無く護衛隊だ。何度も言わせるな」

 舌打ちまで聞こえそうなほどの口振りに、息を荒げながらシオは護衛隊所属のカタクを睨み上げる。実際にはアオイの護衛隊という精鋭部隊にいる時点で偉いのだが、階級や身分制度など無縁であり、下らないと思っているシオにはただのいけ好かない男にしか見えない。

 城攻めに敗れてから既に一週間が過ぎようとしていた。

 シオはその半数意識を手放した状態で消化し、残りの半数を寝台の中に押し込められて過ごした。

 いい加減退屈を持て余し、身体が鈍ることを恐れて部屋を抜け出した所を廊下でこの男に発見され無理矢理寝台に連れ戻されたのだ。

 もう大丈夫だと訴える本人の言葉を無表情で聞き遂げると徐に腕を伸ばして手加減無しに傷口を抉られた。

 これでは悪化してもおかしくは無い。

 身体をくの字に曲げて痛みを堪えていると悲鳴を聞きつけたか、カタクに首根っこを掴まれて廊下を逆走させられている所を見ていた奴に呼ばれたのか、ヤトゥとサロスが部屋に飛んできた。

「お手間をおかけして申し訳ありません。カタク様どうか後は私共にお任せください」

 まるで揉み手でもしそうな勢いでサロスが歩み寄り、へこへこと頭を下げてドアへと誘導しようとする。

だがカタクは動こうとせずに立てた親指でシオを指差すと処置が生温いと指摘した。

「傷が治るまで寝台に縛り付けておけ。そうでもしないとまたふらふらと部屋を抜け出しかねない」

「だから!もう大丈夫だって言ってんだろうが!」

「――――ほう。あれほど『死ぬ!止めろ!』と言っていた癖にまだ反省せんとは」

 半眼で腕を突き出してくる男の剣呑さにシオはぐっと息を詰まらせた。その間にヤトゥがさっと入り込んで「それでは傷の具合を診ましょうか」と笑顔で服の裾を捲り上げてくる。

 半身を起して包帯の巻かれた腹部を見ると、カタクに掴まれたせいか血が滲んでいた。

 ヤトゥの僅かに寄せられた眉の下でいつもは温和な瞳が苛立ちを含んで細められる。

「お言葉ですがカタク様。どうか怪我人の傷口を開くような無体な真似はしないで頂きたい。見せしめとして協力者も同盟者も総統に処分され、今や生き残った兵は全て貴重なものなのではないのですか?」

「そんなことは十分理解している。だからこそ大人しく寝ていろと忠告したまで」

 平然と悪気なく言い放つカタクは椅子を引っ張り出して腰を下ろし、部屋を出て行くどころか長居するつもりのようでシオは拒否反応で身を震わせた。

「止めろ、お前がいると治るもんも治らなくなりそうだ」

「俺とて居座りたくもない、が」

 忌々しげに入口の方を振り返り「アオイ様がお前を訪問する予定だから逃げられては困る」と理由を述べた。

 それならばそう言ってくれればいいものを。

 口で言わずに実力行使を行ったカタクに対する怒りは中々治まらず、ヤトゥが包帯を取り患部を覆っているガーゼと布を退け、縫合部分を念入りに確認している手つきをじっと眺めてやり過ごした。

「後ろを向いて」

 促されて足を引き寄せ背中を向けるとそこにも傷口があり、突き抜けて行った鳩尾側の出口よりも、入り口となった背部の方が焼けたように爛れ傷口も大きかった。

 とはいえシオにはその部分は見えないので、ヤトゥに説明された受け売りなのだが。

 奇跡的なことに腎臓や肝臓や胃などの重要な臓器には損傷が無く、大腸だけが穴を開けて血を流しており適切な処置を受けたお陰でまだこうして生きていることができている。

 食事をすると腹が痛むのでできれば回避したいのだが、無言の圧力が押し寄せてくるので固形が少なく水分が多い汁物を優先して口にするようにはしていた。

「弾が貫通するなんてよっぽどのことだ。これに懲りたら防弾ベストを嫌がらずに着用するんだな」

 サロスの軽口にシオは渋面で応じる。

 あんなに重い物を着ていては自由に動けない。戦場に出る時の装備はただでさえ多く重いのだ。無駄なものは省いて、少しでも身軽になりたいと思っているのはシオだけなのか。

「死にたくなければ言うとおりにしろ」

 まるで脅迫のように押し付けてくるカタクには無視することで対応する。すると燃え上がるような怒りを乗せた空気をこちらへと向けてくるので、勘弁してくれと嘆息した。

 そんなにシオが嫌いなら関わらなければいいのだ。


 それを。


 常に見張っているかのようにシオの動向を視線で追い、なにかにつけて口喧しく指図してくる。

 アオイからの信は篤いので、もしかしたら頼まれているのかもしれないが余計な御世話だと言ってやりたい。

 そんなに心配されるほど無茶なことをしているつもりも、考えているわけでもない。

 きっとシオが脅威となるものや音、気配に敏感であるという特性を知っているカタクがいち早く気づけるようにと目を光らせているだけに過ぎないだろう。

「…………息が詰まる」

「苦しいですか?強く巻きすぎたかもしれませんね」

 包帯を巻きつけていたヤトゥが呟きを聞きとがめ、巻きなおそうとするのを慌てて止める。違うのだと言い訳した所でまたカタクが難癖つけてくるかもしれないので、少し苦しいくらいが丁度いいとだけ伝えた。

「所でアオイ様はなにをしにこちらへ?見舞い、というわけではないのでしょう?」

「見舞いなら何度でもしている。アオイ様は心優しい御方だから、お前を特別扱いしているわけでは無い。そこの所は弁えて置け!」

 何故か怒鳴られてシオは左頬を引き攣らせる。

 こっちから見舞いに来て欲しいと頼んだわけではないのだから、カタクに文句を言われる筋合いはない。

 だが「怪我の具合はどうだ?なにか必要なもの、欲しいものがあれば遠慮なく言って欲しい」と気遣ってくれるアオイの優しさには感謝しているので黙って頷いて見せた。

 弁えるもなにも、住む世界が違うことなどいやというほど知っている。

 特別に思われているのはシオでは無く、過敏である五感と動物的ともいえる勘だけだ。

 重宝されているのは感じるし、そのお陰で何度も危険を回避できたことも自信となっている。

「マラキア国のトルベジーノ議員がカルディアに正式訪問されている。そのついでにアオイ様を訪ねて来てくださった。敗北した戦いで我々を襲った不可思議なことについて詳しく知りたいと申されて」

「成程。音を奪われる前から異常な音を感じていたシオに話を聞きたいということですか」

「……そういうことだ」

 察しが良くそつがないサロスは直ぐにアオイの訪問の理由に思い至ったようだった。ヤトゥが包帯を巻き終えて立ち上がり「シオは怪我人ですので、長時間の滞在や無理はさせないでください」と釘をさす。

「心配ならついていればいい」

「そうしたいのはやまやまですが、生憎私もそう暇ではありませんので」

 治療道具の入った大きな鞄を担いで示し、先の戦闘で負傷した多くの兵の治療をしている医療従事者たちは毎日忙しく走り回っている。軽傷である者は少なく、殆どが重度の傷を負っていた。

「アオイ様も多忙だ。長居はすまい」

「そう願います。それでは」

 失礼しますと頭を下げてヤトゥが退出し、サロスとカタクだけが残る。

 シオは寝台の上に座り、あの音がなんだったのかと考えてみるが答えが出るとは思えず、推測すらたてられないことに焦りが増す。

 混乱の元凶となった“音”を作り出していたのはまず間違いなく、三の門の上で楽器を奏でていた男だという確信があった。

あの楽器が特定の“音”を奪うことができるように開発された特殊なものなのか、それとも楽器を弾いていた男がなんらかの特別な技能を持っているのかでは意味合いも対抗手段も変わってくるだろう。


 おそらく後者――。


 理由など無い。

 ただそう感じたというだけのいつも通りの勘頼みだ。


 あの“音”と男が城にいる限りきっと勝てない。


「シオ、入ってもいいか?」

 ノックの後に続いたアオイの声にはっと顔を上げてドアを見る。カタクが立ち上がり入口を開け、流れるような動作でアオイとトルベジーノ議員を部屋に招き入れた。

「ああこの前よりも顔色が良いようだ」

「……もう大丈夫だって言ってんだけど、親切な誰かが大人しくしてないと寝台に縛り付けるって脅してくる」

 柔らかく微笑みアオイは寝台の傍まで近づくと「カタクは口喧しいから」とその誰かを振り返る。

「悪気は全く無いのだ。気を悪くしたのなら私が謝ろう」

「アオイ様!あれほど簡単に謝罪や礼を言うものではないと何度も申し上げているのに、」

 そっと頭を下げたアオイを見て眦を上げて厳しい声でカタク名を呼び、軽はずみな行為はするなと注意した。

「…………ほら、言った通りだろう?」

「確かに口喧しいな。あんたはアオイ様にまでそうなのか」

 まさか護衛対象であり仕えるべき相手にも声を荒げて叱り飛ばすとは。同じ部屋にマラキア国の議員がいるというのに、その行き過ぎともいえる行動に呆れてシオはじっとりとカタクを睨んだ。

「お前が余計なことを言うからだ」

「なんでおれが、」

 悪いのか、納得できない。

 途中で言葉を飲み込んだのはサロスがそれくらいにしておけと視線で制したからだ。頬を膨らませて横を向くと、その先にいたマラキアの国民議会の議員と目が合った。

 黒いジャケットにマラキア国の徽章をつけた男は柔らかな面立ちをしており、その反面意思の強そうな瞳と唇をしているが、そう感じさせないように笑顔を浮かべているのだと気づいた途端シオは相手が油断のならない人間であると覚る。

「初めまして。私はマラキア国国民議会議員トルベジーノと申します。貴方がアオイ様を叱咤した、勇敢な青年ですか」

「叱咤って……おれがアオイ様に言ったことは全部、統制地区に住む奴らの代弁でしかない。それを勇敢とか大層な言葉で誉められたら、逆に馬鹿にされてるようで不愉快になる」

「こら、シオ。……申し訳ありません。口が悪くて」

 泡を食ったサロスが注意し、代わりに頭を下げて謝罪する。態度も口も悪い部下を任された可哀相な上司の姿を眺めて口を歪めた。

 いつもならプノエーが胃を押えながら青白い顔で対応するのだが、この場にはサロスしかいないので彼がシオの不敬の責を負わねばならない。

「いいえ。正直なことはいいことですよ」

 微笑みを崩さぬままトルベジーノは用意された椅子に腰かけ、アオイもまた椅子に座った。

「早速だが、シオ。先日の戦闘時に聞いた奇妙な音について教えてもらえないか?どんな音だったのか。そしてどんなものを感じたのか」

「どんなって……」

 上手く説明できる自信がない。

 それでも必死であの時のことを思い返しながら言葉を探す。

「……音が聞こえる前に視線のようなものを感じて、周りを確認してもそれらしき人影も気配も無かったから気のせいだと思ってそのまま進んだ。目的地近くまで来た頃に突然聞こえ始めて。いや、聞こえたというより感じたのか?細く甲高くて、耳を塞いでも消えない。痛みは無いのに気分が悪くなって、血が下がる。頭の中を掻き乱されているようで、なにも考えられなくなった」

 歩くことも、敵を警戒することもできなくなっていた。

 サロスが戻って来たのにも気づかなかったぐらいだ。

「少しずつ音に強弱があることが解って、まるで音楽のように高くなったり、低くなったりしてた。その時点ではサロス准尉にも聞こえてなかったよな?」

「私にはなにも」

 首を振ってシオの言葉を肯定し「いやな感じがすると言われたので、少尉の判断を仰ぎました」と続けた。

「プノエー少尉は当初城内部へと進入し攻撃するという作戦を変更して三の門への攻撃に切り替えたのだったな?」

「そうです。城から離れれば音は聞こえなくなり不調は取り除かれるとシオ本人が断言したので、少尉は総統の首を獲ることよりも速やかに本隊の進軍ができるようにと作戦を変更しました」

 実際に城から離れるごとに音の呪縛からは解き放たれ、身体は楽になった。

 三の門の隔壁にあの男が現れるまでは。

「金髪の男だった……。あいつが楽器を弾き始めた途端に、また苦しめられた」

「サロス准尉も同じような不調を感じたのか?」

「いいえ。私や少尉も、特別には。ただ突然美しい調べが流れ始めたので驚きはしましたが」

「あれが、」

 美しい調べに聞こえたのか。

 唖然としているとアオイが気の毒そうな顔をして「私のいる所までは聞こえなかったが、きっと聞こえたとしてもシオのようには苦しまなかっただろう」と嘆息する。

「音が奪われた後は、不具合は無くなった」

 ただ聞こえないということがどれだけ混乱を招くのか。

 あれほどの恐慌状態に陥った人間を見たことは無い。孤独と恐怖に支配され、まるで世界から切り離されたかのように現実感を失っていた。

「やはりヴァイオリニストのヒカリが関わっていましたか」

「……そのようだ」

 トルベジーノとアオイが楽器を奏でていた男を特定して、何故か浮かない顔をしている。そのヒカリとやらが一体何者なのかと視線で問えば、総統が気に入って雇っている楽士のひとりだと説明された。

 昔は沢山の楽士を抱えていたが、今ではヒカリ以外すべて解雇され彼のヴァイオリンの音色が城中に物悲しく鳴り響いているらしい。

「私はあまり好きではないのだが、父上は何故か大層お気に入りで」

「彼は間違いなく、トラクレヴォです」

「なんだ?そのトラ、なんとかってのは」

 舌を噛みそうな聞き馴染の無い響きに聞き返すと「トラクレヴォです」と微笑して再び発音してくれた。

「私の国の言葉で“奪う者”という意味です。マラキアでは百五十年前に王を唆した悪意の祈祷師をそう呼んでいます。彼は不可思議な力を使って王を操り、マラキア国を滅ぼそうとしていました」

 北の国で実際に起きた暗い歴史はまるで子供が好む物語のようだった。トラクレヴォが自由を奪い、情報を奪い、国を奪っていく様を淡々と語られる。そして破滅へと向かって行く国を救ったのは王の従兄であるアルヒという男。王を弑し、強力な力を持っていた祈祷師までも討ち滅ぼす。

 そうしてマラキアは平穏を取り戻し、百五十年をかけて豊かさを取り戻した。

「彼の一番得意としていたのが音を操ることだったと聞いていますから、ヒカリという名の彼もまた、音を使って王を意のままに操っているのでしょう」

「どうすれば彼を排除できるのか……どうか教えてはいただけないか?」

 総統の傍にあの男がいる限り革命軍に勝利はない。

 それはアオイにも解っているのか、真摯な瞳でマラキアの議員を見つめている。

「難しいですね……。アルヒがどのような手を使ってトラクレヴォの力を打ち破ったのかまでは解っていないのです。ですが、」

 トラクレヴォは不老不死では無い――そのことはアルヒが証明している。

 方法はあるのだろうとトルベジーノが思いつめたように面を伏せたアオイを元気づけたが、その方法が解らないのでは意味は無いだろう。

「おれ以外には不調が出ないのなら、オレ以外の人間がそのヒカリって男と戦えばいいんじゃないのか?」

 男が音を操るのだとしても、その副産物のような不具合が今の所シオにしか影響がないのならば有効な気がする。

「だが音を奪われた状態で、恐れずに闘える者など殆どいないだろう」

 ゆるゆると首を振りアオイがため息と共に呟く。

 シオも音が無い世界ではまともに戦えなかったので、安易に大丈夫だとは言えなかった。

「マラキアに帰ってトラクレヴォとアルヒのことをもう少し詳しく調べてみましょう」

 なにか分かったらすぐに連絡をしますと言い終えるとトルベジーノは腰を上げ、アオイも慌てて立ち上がり「よろしくお願いします」と手を差しだした。

 固い握手が交わされるのをぼんやりと見ながら、そう簡単に見つかるようなら議員はなんらかの答えを持ってここへ来ていただろうと諦念に似た思いをシオは感じていた。


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