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C.C.P  作者: 151A
異能の民
149/178

エピソード148 警告と真実

 多くの躯を一箇所に集めて身元を改め、犠牲となった兵たちの名簿が作られていく。中には親しくしていた者や知人であった者の亡骸を前に唇を引き結び俯く男たちの姿が見られてなんとも言えない苦い思いが胸に広がった。

 戦いが残していく爪痕は目に見えるものだけでなく、その殆どが記憶や心に刻まれ、死していった者たちの慟哭や思い残した事柄が生き残り彼らを手にかけた者たちの精神を蝕んで行くのだ。

 正義や理念を掲げても決して救われない気持ちがある。

 銃を手に必死で戦っている間はまだいいのだ。

 戦いを終えて人心地着いた時にふと過るおぞましい光景や、自分が撃ち殺した相手を思い出して良心を苛み苦しめる。

 武器を手に戦うよりもっと他の平和的な方法で結果を出されば問題は無いのだが、人権すら奪われた者たちには意思を示す方など無いのが現状だった。


 カルディアに住んでいる者たちでさえ発言する権利は無く、迂闊なことを口にすれば即座に捕えられて厳しい法で裁かれるのだから。


 結局は総統という独裁者による執政は歪であり、理不尽且つ不合理なものなのだ。

 ただひとりに権力が集まることが原因であって、きっと軍国主義が悪いわけでは無い。


 それは解る。


 今こうして沢山の軍人や兵たちと共にいることで伝わってくるのは、個人に罪は無く、集団としての組織の在り方に真の罪はあるということ。

 そしてこう在れと命じ、実行させた軍上層部と国の主たる総統こそが裁かれなければならないのだ。


 勿論裁くのはホタルでは無い。


 虐げられてきた民の意思でなければならず、そして父の横暴を赦せぬ息子であらねばならないだろう。

 それこそが理想のような気がした。


 新たな国が始まるための儀式。


「ホタル様、こちらにいらっしゃいましたか」

 作業をぼんやりと見守っていたホタルを見つけ、アルブムが硬い表情で声をかけてきた。忙しいアルブムと違い、なにもできない手持無沙汰なホタルはこうして部下の仕事を眺めているぐらいしかやることがないのだ。

「ここは冷えます。どうか中へ」

 促されたが寒さを感じていなかったホタルは曖昧に返事をする。おびただしい数の死者の姿で埋まった広場を胸に刻みつけることで戦いの虚しさを確認し、これほどの犠牲をだしたのだから夢で終わらせず、実現させねばならないと奮い立たせた。

「……妹君が部屋でお待ちです」

「――キョウが、」

 小声で伝えられたのは外聞が良くないからだろう。

 生きて捕えられた保安部の人間が義勇隊を率いるホタルの妹であると知られれば、少なからず反発や疑念を持ち不満が出る恐れがある。

 別に保安部を全滅させろと命令してはいないが、彼らは最後まで抵抗し進んで命を散らしていっている印象が強い。

 特にキョウは保安部だけでなく軍では有名人で、知らぬ者などいない。

 戦場で発見された折に撃ち殺すよりも捕えた方が良いのではと多くの者が思うに違いなかった。


 例え本人が死にたがっていたとしても、無理矢理生かされるだろう――。


 ホタルに妹の戦死を伝えるよりはと。


「直ぐに行く」

 折角与えられた機会を不意にするなど愚かなことだ。

 今更言葉を連ねた所でキョウの気持ちを軽くすることも、ホタルたちが成そうとしていることを理解してくれるとは思えない。

 それでも努力はするべきで、心からの謝罪を示すべきだ。

「こちらです」

 アルブムが歩く後ろについて広場を抜け、近くの空きビルの入口を潜った。一階エントランスで負傷した兵たちが治療を受けている間を縫って奥の階段へと向かい無言で上る。

 三階部分まで上がってくると階下のざわめきは消え、代わりに各階に立っている見張りの兵が呼吸する微かな音と気配だけが感じられた。

「期待はされぬ方が宜しいかと」

 見張りの兵に視線を投げて目礼し五階フロアへと入った頃、アルブムは重々しい声でそう告げた。

「……覚悟はしている」

 キョウと会って話をすれば、できるだけのことはしたのだと自己満足を得られる。例え拒まれ、罵られようとも結果的に裏切ってしまったことを謝罪すれば罪の意識が少しは和らぐから。


 全ては自分のため。


 妹のためなどでは決してないのだ。

 保身に走る身勝手な自分のため。


 廊下の一番奥にある扉の前にはアルブムの副官が立ち、上官の姿を捉えて即座に敬礼する。通常ならば捕虜の見張りなど副官の仕事では無い。

 中にいるのがホタルの妹であり、中央参謀部副参謀ナノリの娘のキョウだからこそ信頼に足る者を立たせているのだ。

「武器は取り上げているので危険は無いかと思いますが、兄妹水入らずという訳にはいきませんので私も立ち会うことどうかご容赦を」

「妹に罵倒される情けない姿を見られるなんて億劫だが……よろしく頼む」

 万が一のことを考えての配慮である。

 ホタルが首肯して了承すると、アルブムは気の乗らない様子を隠しもせずにノックをせずに扉を開けた。

「――――キョウ、」

 椅子に座りこちらを鋭い眼差しで睨み上げてきた妹の顔はまるで知らない女のようだった。

 後ろ手にされ背凭れと共に拘束されている姿は悲嘆に暮れるどころか怯えすらも無く、純粋な嫌悪と怒りだけがキョウを激しく昂ぶらせている。

 美しい銀の髪は元々纏め上げられていたのだろう。項から一本の三つ編みとなり、右肩から胸元へと落ちている。乱れた後れ毛と、色を無くした肌は汚れ戦場にいたのだと確かに教えてくれていた。

 いつもはタイトなスカートを身に着けているが、今は細身のズボンを穿いている。

「なにしに来たの」

 妹の冷ややかな声も初めて耳にし、ホタルは近くへと行こうと動かしかけた足をその場に留めた。

「話をしたいと思って」

「今更?国を反乱軍に売った人間と話すことなどなにもない」

「キョウには無くても僕にはある」

 拒絶に怯まずなんとか食い下がるとキョウは鼻を鳴らして笑う。

「国の転覆を目論む逆賊がなにを語るというの?興味は無いけれど他にすることは無いようだから付き合ってあげる」

「キョウは軍にいながらこの国の危険性や民の不満を感じ、広がる格差や汚染に危機感を抱かなかったのか?」

「いいえ。特には」

 あんなに美しく輝いていたコバルトブルーの瞳は翳りを帯び、剣呑な色を宿してホタルを見据える。

「全ての国民が満たされ、格差の無い社会などどの国を探しても見つけることなどできはしない。軍国主義を危ういというけれど、無知で短絡的な国民が道を外れぬように導くには多少の厳しさと力は必要なのだと何故解らないの?法は規範であり国の指針でもある。それを正しく理解できない民の方が悪い」

「何事にも限度があるだろう。総統やカルディアの人々は統制地区の人たちを単なる奴隷としか見ていない。権利を奪い、圧政で苦しめ、最低限の保障すらせずに見限って」

 国では無く国民の方に非はあると妹は述べ、それに異論を持つホタルは必死に国の落ち度を語るがそれは途中で切り返される。

「人は欲望を満たすことに飢えている。一度満たされれば新たな欲を満たすために愚かにも不相応なことすら夢想して」

「不相応な夢想なんかじゃない。人々の希望であり、得難い夢だ。アオイ様も立ち上がり、多くの賛同者を得ている。決して無謀でも不可能でもないんだ。だから、キョウ」

 どうか解って欲しいと希望を持って名を呼ぶが、逆に憐れみの目を向けられた。

「そうか、貴方は知らないのね。カルディアからの情報は全てゲートを超えて流れてこないから。可哀相に」

「……なにが、」

 言いたいのだと震える声で問えば、キョウは酷薄な笑みを浮かべて応じる。

「先日革命軍が城へ全軍を突撃させる起死回生の一手を打ったけれど、敢え無く惨敗したのよ。敗走した革命軍に協力していた者たちは全て捕えられ公開処刑された。首が城壁の上に晒され並ぶ様は圧巻だったという話よ。司法大臣の御子息も加担していたらしく、責を問われレッジェ殿もその列に並べられたから、謀反に協力しようと動いていた者たちの抑止力になったでしょう」


 アオイ様が大敗した――?


「それ以後革命軍の動きは鈍い。総統に刃向うなど愚かなこと……」

 所詮叶わぬ夢なのだと憐憫に満ちた眼差しで諭すようにキョウは囁く。

「兄であることに免じて、私を解放し武器を捨て投降すれば命ぐらいは助けてあげてもいい」

「キョウ、それは」

 この状況で言い放つような内容では無い。

 追い込まれているのはホタルたちでは無く、保安部の方なのだから。


 そんなことすら解らなくなるほどに、キョウは周りが見えなくなっているのか。


 背後でアルブムが嘆息するのが聞こえ、ホタルの中で諦念の思いがゆっくりと広がって行くのを感じる。

 妹は盲目的になっており、信じたいものしか受け入れられないようだ。

「いくら話しをしても平行線で交わることは無いのか」

「始めに言ったはずよ。私には話すことなどなにもないと」

 口を歪めて笑う姿は醜く、そんな風に妹を追い込んでしまった己を責めた。

「解いてやれ」

「……ホタル様、」

 異論があるアルブムを振り返り、ホタルは強い視線でそれを制す。

 このままキョウをここに閉じ込めていてはこちらが危ないのだ。

「異能の民という存在を知っているか?」

 これは両者に向かっての問いかけだが、キョウもアルブムもなにを言い出したのかと訝しげな顔をしている。

「首領自治区の西に突き出た岬に住む恐ろしき者をそう呼ぶ。マザー・メディアという女を崇め、この国だけでなく世界を手に入れ征服しようと目論む赦されざる敵だ。異能の民こそが真の敵であり、僕らの共通の敵でもある」

 例えアオイの謀反が破れ、連合軍が敗北して総統の統治が揺るぎ無いものになったとしても、異能の民による見えない侵略の手によってこの国は滅ぼされることになる。

 そうならないためにもカルディアと統制地区が手を取りあい、一丸となってこの脅威と戦わねばならないのだ。

「彼らの中には異能の力を持つ者がいる。僕は目の前で見た。触れるだけで命を奪い、死にかけた人間の傷をたちまち癒してしまう力を。そして他にも風や水や金属を操る者の存在も報告が上がっている」

「そのような力が本当に存在するとは――」

 信じられないのも無理がない。

 ホタルもこの目で見たからこそ信じることができるのだから。

「信じられなくても確かに彼らは存在する。そして何食わぬ顔で統制地区やカルディアに入り込み、人畜無害な顔をして傍近くで生活しているんだ」

「そんな話、私には関係ない」

「いいや。キョウにこそ関係がある」

 真っ直ぐに妹を見つめてホタルは一歩近づく。

 正面から目を合わせられたじろいだキョウに、かつての妹の顔が覗くが直ぐに打ち消されてギリリと睨まれた。

「クラルスの前頭首が命を落とした時、キョウはその場にいたはずだ。第一区で前頭首タスクと会ったはず。その時どうして助かったと思う?」

 反乱軍からすれば憎き敵である保安部の女を殺さなかったのは何故か。

 そして。

「誰が前頭首を殺害した?」

「誰がって、」

 私はなにも見ていない――知らないのだと首を振るキョウと目線を合わせるために身を屈める。

「あの時、確かに反乱軍の頭首を見つけて追いかけた。でも直ぐに壁に押し付けられて、息ができないようにされて、気を失ったから」

「キョウを救った男がいる」

「誰が、――あの時反乱軍のメンバーらしき男が間に入ってくれた。その男が?」

「違うよ。そのクラルスのメンバーは今の頭首。彼は前頭首を深く慕っていたから、殺害する理由がない。彼は目の前で尊敬する頭首を殺されたんだ」


 キョウの傍にいる男によって。


「そんな、一体誰が――」

 単身乗り込んで陸軍基地を落とすような猛者を殺害できるなど生半可な人間にはできない。戦闘時におけるタスクの隙を着くなどできず、銃すら相手にならない程の強さと速さを持っていたのだから。

「まさか、」

 キョウは蒼白な顔で特定の人間を見出したようだ。

 震える唇を噛み締めてひたすらその考えを否定しようと努力している。

「頭首を討った男はキョウを大事そうに護っていたと」

「そんな、リョウが――違うわ。彼は保安部の人間よ。そんな異能とは関係ない!」

「でも彼は金属を操る異能力を使い、無比の強さを誇っていた前頭首を簡単に死に至らしめた。異能力でなければどうやって普通の人間にあの頭首を殺めることができるか。説明できるならば僕に教えて欲しい」

「それは、それは……」

 うわごとのように繰り返される言葉の先は明確な返答へと続くことはできずに、キョウは焦ったように瞬きをする。

「彼らは目的のためには手段を選ばない。今はキョウを護ってくれていたとしても、いつ掌を返されるか解らないんだ。こんなこと僕に言われたくないだろうけれど、キョウにはこれ以上傷ついて欲しくない。だから知っていて欲しい」


 彼が危険な男であることを。


「だから解放する。キョウを護るため、救うためになにをしてくるか解らない。貴重な戦力を奪われる訳にはいかないんだ。解るな?」

 決して妹だからという理由だけでは無いとアルブムを見返す。渋々ながらも首肯したのを確認して戒めを解いた。

「どうか、キョウ。生きて幸せになって欲しい」

 それだけは本心であり、心からの願いだった。

 キョウは解放された腕を目の前に移動させ、手首を擦りながら立ち上がる。そして兄を冷たく一瞥してなにも言わずに部屋を後にする。アルブムが共に出て外の副官に説明をして戻ってきた。

「謝罪は出来なかった――」

 重いため息を洩らしてホタルはぽつりと呟く。

 できたのは警告だけ。

「だが、十分だ」

 それができただけでも良かった。

「ホタル様、異能の民とは一体」

「悪いがまだなにも掴めていないんだ」

 説明を求めてきたアルブムに申し訳なく思いながら首を振る。そして今までキョウが座っていた椅子を見下ろしてホタルは妹の傍にいる異能の民である男を思う。

「ただ、国よりも更に厄介な敵であることだけは確かだ」

 瞠目して紡いだ言葉にアルブムの気配が張り詰めた気がしたが、それに反応する気力を失いホタルはそっと脱力した。


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