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C.C.P  作者: 151A
異能の民
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エピソード146 あるべき姿

 元々第二区を任せていた若き将校アルブムは清廉潔白さが服を着ているのではないかと噂され、時にはその真っ直ぐさで陰口を叩かれていた男だった。

 ホタルより二つほど上でそう変わらない歳だが、落ち着いた物言いと態度からそれ以上は離れているような感覚に陥る。

 反乱軍討伐隊が国から離脱し、本来討つべき敵と手を組むと申し渡した時に一番激しく抵抗しそうだと思っていたのがアルブムだった。

 彼を説得したのはホタルでは無い。

 セクス中尉が何度も足を運んで根気強く話して、新しい国の在り方に共感してもらえるまでとても苦労しているのを見ていたホタルにはアルブムがこうして隣に立っていてくれるだけでも感涙物だった。

「保安部は第五区のある西側の壁内にあります。我々連合軍に落とされては困ると躍起になっておりますから……流石に一筋縄ではいかないようです」

 第二区の外れからゲートまでは徒歩で一時間ほどだが、ホタルたちはその丁度中間地点の第五区寄りで保安部と戦っていた。

 保安部はなんとかして連合軍の進軍を止めようと必死で、第一区を取り戻すよりも重要であると優先しているようだ。

 ホタルたち義勇隊は保安部が第五区へと入り込むのを防ぐのが役目であり、必然として激しい戦いを繰り広げることになる。

 できれば投降してくれないかと切に願っているが、彼らの頑なな意思は変わらずに死を厭わぬ覚悟で猛攻撃を仕掛けてくるのだった。

「……妹君のことが気になりますか?」

 不意にアルブムが窺うような口調で問うてきたので、表情に出ていたかと慌てて顔を引き締めて「いや、……そうだな」と首肯した。

 ここで否定しても冷酷な人間だと思われるだろうと本心を口にする。実の妹を心配するのは当然で、敵として戦うことを選んだとしてもやはり割り切れないものは確かにあるのだ。

「もっと時間を割いて妹と話せていたら、こうして戦わなくても済んだかもしれないのに」

「……仕方ありません。我々は軍人ですからこういう事態も想定し、ある程度の覚悟はしています」

 だから妹君も、と途中で切られた言葉の先をホタルは目を伏せて受け止めた。

 キョウは兄の裏切りを想定してはいなかっただろうし、また敵として戦うことを予め覚悟していたわけでは無いだろう。

 アルブムの言うように軍人全てが感情を制御して、事務的に処理をすることなどできない。

例え命令であろうとも従えぬことだってあるはずだ。

「きっと恨まれているだろうから、戦場で顔を合わせたら間違いなく撃ち殺される」

「そのような激しい女性には見えませんでしたが」

 僅かに眉を寄せて記憶を辿るような仕草をしたアルブムに苦笑し、改めてキョウは軍では有名人だったのだと嘆息した。

 軍に所属する者の人数はカルディアだけで軽く十万人に上る。それだけ軍国主義国家として軍事に重きを置いて雇用をしているということで、多くの部署に振り分けられた先でも何千人という人間がいるのだ。

 同じ部署の人間ならばいざ知らず、余所の部署に所属するひとりの人間の顔と名前を一致して記憶するにはそれなりの理由がある。


 中央参謀部副参謀ナノリの娘。


 たったそれだけでキョウの名前と顔は部署を超えて知れ渡り、好奇の眼差しを向けられやっかみの的にされる。

 討伐隊に来る前アルブムは軍本部に勤めており、本部よりも保安部の支部のある壁の内部に詰めていることの多いキョウと顔を会わせることなど皆無といっていいだろう。


 それでも知られている。


 常に人々の視線を感じ、行動や仕事結果を監視されているのは辛いだろう。

 そんな中でキョウは二年も働いているのだ。

「できれば今からでも妹を引き抜ければと思っているが……難しいだろうな」

 苦労をかけてきた妹を救いだすには父の呪縛から解放するしか方法は無い。だがホタルとは違いずっと屋敷にいたキョウは父親の影から逃げることは難しいはずだ。

 他の生き方など想像もしたことがないのだから。

「ホタル様、アルブム様。ゲートより新たな部隊が出動してきました!」

「第一第二は交戦中だったな?それでは第三第四を急ぎ招集。北上して迎え撃つ」

 飛び込んできた伝令に慣れた様子で命令を飛ばし、アルブムが胸に手を当ててホタルに礼を示して颯爽と出て行こうとする。

「アルブム、私も行く」

 呼びかけて引き止めると怪訝そうな顔をして「ですが」と珍しく口籠った。

 危険であると同行を拒もうと思ったのだろうが、流石に不敬に当たるかと思い直したのか。それともセクスのように銃の下手なホタルを足手纏いであると直截に言うのはまずいと思ったのか。

 苦笑して「大丈夫だ。戦場に出た方が妹と会える可能性は高いだろう」と期待を込めて口にすれば、少々呆れたような表情を浮かべて「承知しました」と身を引いてホタルのために道を開けた。

「それに、私だけが安全な場所にいるのはおかしい」

「ホタル様は軍人ではありませんから……戦場に在ることを我々は望んではおりません」

「正直気を遣うし、面倒なお荷物にしかならないと思っているんだろう?」

 陰で揶揄されていることをホタルは知っている。

 突然の反撃に面食らったアルブムは顔を横向けてコホンと咳払いをした。

「私には優秀な見本が周りに沢山いてくれているから、軍人の誇りや在るべき姿を常日頃から学ばせてもらっている。訓練を受けているわけではないから、銃器の扱いは覚束ないがこれでも練習はしている」

 腰のホルスターに収まっている拳銃はお飾りでは無い。

「それでは、引き金を引く時には躊躇わずにお引きください。例え相手が大切な妹君だとしても」

 約束しろと言われてホタルは顎を引いて「解っている」と返答した。

 銃を抜いた時は相手を殺すつもりで向けねばならない。


 解ってはいる。


 できるかどうかは別だが。


 甘いことばかりを言っていては成すべきことは成せないと理解はしている。それでも覚悟ができていないホタルはやはり臆病者だ。

 その点タキはすごい。

 他者を思いやれる心優しい男なのに、強い信念の元曲刀を手に戦場を駆け抜ける勇ましさも持っているのだから。

 戦い斬り伏せた者たちの無念も恐怖も全て引き受けて、タキは多くの人の幸せを叶えるために己の感情を一時的に締め出すことができるのだ。


 辛いだろうに。


 苦しいだろうに。


 だからこそ友人の姿はホタルに勇気を与えるのだ。

 彼が戦うのは彼自身のためでは無く他者のために献身的に身を捧げているから。

「諦めない……」

 きっとそれが肝心なのだと思う。

 ホタルは顔を上げて真っ直ぐ前を見る。

 少しでも毅然と強く見えるように虚勢を張って。






 保安部の形振り構わぬ銃撃戦はまるで死にたいのかと言わんばかりに特攻をかけてくる。銃を乱射しながら突撃してくるその気迫あふれる作戦に、冷静に撃ち返し道路に新しい屍を築く所は義勇隊の兵士たちは優秀な軍人であるのだろう。

 さすがに苦りきった表情をしてはいるものの、発砲する時には躊躇せずに淡々と引き金を引いていた。

 こんな無謀な作戦を実行するような愚かな者たちの集まりでは無かったはずだが、日を追うごとに追い詰められ厳しくなっていく戦況に焦りが出るのか、作戦とは名ばかりの戦い方をするようになっている。

 それがまた胸を痛ませ、どうか負けを認めてはくれないかと思わずにはいられない。

 保安部だけで統制地区を元通りに掌握するのは不可能である。特に国内の情報が全て集まる保安部には情報分析やそれに基づく作戦や情報統制を得意としている部署であるがために、現在カルディアで行われているだろう総統の子息の謀反に対しての対抗処置を優先しているはずだ。

 末端組織である実動部隊には有益な情報など与えられず、また高級将校たちや技術者は全ての能力を統制地区では無くカルディアへと注いでいる。

 最早まともな組織として働いているとは思えない。

 捨て駒として時間稼ぎに使われているのだと彼らにも解っているはずだ。

 それでも上層部から統制地区の奪還を命じられ、電力供給を担っている第五区海軍基地と水力発電所を護れと唾を飛ばして葉っぱをかけられれば応じなければならない。

 アルブムが言うように軍人であることの覚悟と命令は絶対であると刻み込まれた訓練の賜物なのだろう。


 ちっとも理解できないが。


「もう少しまともな思考を持っていると思っていたんだが」

 縦割り社会の脆さが露見したとも言えた。

 命令に慣れきった兵たちは現場で状況によって自分で考え柔軟に動くことが苦手である。組織で一番多くを占めているのは実動部隊であり、彼らを上手く操り命令を与える者たちは僅か一握り。その一握りが重要視しているのは統制地区奪還では無く、カルディアの防衛。

 命令はあってないようなもの。

 戦っている現状を知ろうとしないのだから、総じて無理な命令を押し通そうとするだろう。

 キョウはそんな愚かな命令に従うような人間でないと信じたいが、彼女もまた保安部に属する軍人である。命じられれば他の者たち同様に作戦を遂行しようとするだろう。

「ホタル様」

 足早に近づいてきたアルブムが眼前へと立ち敬礼をして口を開いたが、言葉にする前に逡巡したかなにも言わずに閉じられる。

 じっと澄んだ瞳がホタルを見つめているがそれ以上の動きをしない。

「どうした?」

 名を呼んで促すとそっと嘆息してアルブムは恭しく頭を垂れた。

「第一部隊が保安部の生き残りを捕虜として捕えたと連絡がありました」

「……捕虜?」

 第一部隊は第五区の境で保安部と戦闘をしていた部隊だ。そちらでの戦いは終息したのか、珍しく命を拾い捕らわれた人間がいたらしい。

「恐らくホタル様の妹君であるかと」

「――キョウが、」

 捕虜。

 足元が揺らぐような衝撃にホタルは息を止めた。

 戦場に出ながら生きていてくれたことを感謝するのが正直な思いで、それ以上に屈辱的なことだとキョウが憤っているだろうと想像し落ち込む。

「戦場にて妹君との再会を望んでおられたようなので、一応報告をと思いまして」

 面を上げぬまま報告するのは表情を読まれまいとしてなのか。

 アルブムの声音からはなんの感情も伝わってこないが、発言する前に迷っていたことからも今ホタルがこの場を離れることは望ましくないと思っていることは解る。

 戦力にはならないが、一応隊を率いて戦場へと赴いている立場であることを忘れてはならないと自分の気持ちに折り合いをつけ、アルブムの肩をぽんっと叩いた。

 先ずは目の前のことに集中できなければその先を考える資格は無いのだとセクスに釘を刺されている。

「報告確かに聞き遂げた。だが、今は目の前の敵を打つことが優先だ」

 戦況は?と問えば漸く顔を上げてその真っ直ぐな目を向けてきた。

「恐らく、小一時間もかからずに鎮圧できるかと」

「ならば集中してことにかかれ」

「はっ」

 短く返事をしてアルブムは颯爽と兵たちの元へと向かう。

 どうやら失望されるに済んだようだとほっと胸を撫で下ろして、ホタルも戦場の傍まで歩み寄り兵たちと寄り添い共に戦っている気分だけは感じられるようにとその場に立った。


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