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C.C.P  作者: 151A
異能の民
146/178

エピソード145 新たな敵との遭遇


 歓楽街である第六区と研究所が多く集まる第五区の境には元々明確な区切りは作られていない。それは統制地区全てにおいて言えることで、目に見える形としての境は無いが書類上や便宜上必要であるとして国が線引きしているに過ぎない。

 住民たちには自分たちがどの区に属するか、今どの区にいるのかと即座に判断するくらいには浸透しており、この地で生きている者たちには見えなくとも漠然とした境が確かに存在していた。

「忌々しい」

 吐き捨てるように呟いたのは反乱軍討伐隊時に第五区を任されていたフルゴルで、柔らかな面差しの学者然とした容姿とは裏腹に気性が荒いのだとタキは共に戦場に立つことで思い知っている。

 年の頃は三十前半だろう。

 軍服に包まれた身体は細く、手足もひょろ長い。

 好戦的な性格というよりは気が短いのだと思う。

 その割に討伐隊に入るより前には、離れた場所からじっくりと標的をスコープ越しに狙う根気強さが必要な陸軍の狙撃手として活躍していたそうだ。

 フルゴルの狙撃の腕は確かなものなのだろうが第六区には背の高いビルなど無く、第六区と第五区の間に築かれている武骨なコンクリートの塊を前に彼が舌打ちしたくなる気持ちも解る。

「やることがいちいち雑な海軍の阿呆どもめ。消波ブロックなんぞを陸に持ち込むとは無粋極まりない行為だろうがっ」

「……海に纏わるものという部分では海軍らしいともいえます」

 副官は生真面目そうな顔で上官の雑言を受け止めて返答するが、面白味のない言葉に眉を跳ね上げてギリリと歯軋りをするフルゴルの様子を知ってか知らずか。

「丈夫さと防御力では当座を凌ぐ方法としては手軽且つ有益かと」

「貴様!口答えするとは生意気な!そこになおれ!打ち据えてくれる!!」

「はて?私はフルゴル様に口答えなどした覚えは毛頭ないのですが」

 怒鳴り散らされても不可思議そうに首を傾げる部下にフルゴルは顔を真っ赤にして地団駄を踏む。

 そんな姿は少々子供っぽい。

 苦笑いすれば「貴様……なにを笑っている」と矛先がこちらを向いて来るので慌てて口元を掌で覆って隠した。

「フルゴル様。この方は若者ですがクラルスの頭首でいらっしゃいます。必要以上に噛みついては切れ味鋭い曲刀でその首、斬り落とされてしまいますよ」

 間に入って宥めようとしているのだろうが、副官の言葉はフルゴルの神経を逆撫でするばかりで逆効果である。

「貴様!私がみすみす首を斬り落とされる愚鈍であるというのか!?」

「そうは言ってはおりません。噛みついているという自覚がおありなのは感心しますが」

「愚弄しおって!貴様は普段から生意気が過ぎるぞ!!」

 血管が切れるのではないかと心配するくらいにフルゴルは常に副官に踊らされている。

 意外と神経が細かいからこうして時折ガス抜きが必要なんですとフルゴルが席を外している時に打ち明けられた真相を知るタキとしては笑いを堪えるのに必死なのだが、部下に良いようにおちょくられていると思っているフルゴルの身になってみるとたまったものではないだろう。

「しかしあの消波ブロック厄介ですね」

「……ああ」

 しみじみと副官が目の前のコンクリートの塊を見つめて呟くので、タキも同意して頷いた。

 海軍は夜毎消波ブロックを積み上げて、バリケードの幅を広げている。連合軍が第五区へと入るためには消波ブロックを登って進まねばならず、そうなるとむぼうびな姿を敵に晒すことになりあっという間に蜂の巣にされてしまう。

 ただ手をこまねいていてはブロックが何重にも広がるばかり。

 さてどうするかと悩んでいた所でいつものフルゴルと副官のガス抜きが始まったのだ。

「ホタルから貴重な研究施設が多いから、できるだけ派手な戦闘はしないで欲しいと言われているが、」

 難しいかもしれない。

 海軍基地を落とすのにあまり時間をかけたくは無かった。

 生活が安定してきた統制地区の住民たちは戦闘に倦んでいて、未だに国と戦っている連合軍に対して冷ややかな目を向け始めているのだ。


 彼らには俺たちが戦う本当の目的や最終地点が見えていない。


 現状が満たされているのならばこれ以上の戦いなど必要ないと声を上げ始めるのも時間の問題だろう。

 長引いてもいいことはなにひとつない。

 しかも敵は国だけではないのだ。


 異能の民――。


 どれほどの数の能力者がいるのか、そしてどんな能力を持っているのか。

 解らないことばかりで、こんなことになるのならばもっとアキラから情報を聞き出しておくべきだったと自分の至らなさにため息が出る。

「どうした?」

 ぞんざいな態度だがその目には少しだけ案ずるような色があった。

 フルゴルの訝しげな顔にタキは微苦笑し「いや。色々悩んだ所で策など浮かばないなと呆れていただけだ」と返す。

「そうですね。フルゴル様もかちかちの頭をしていらっしゃるので、良策など浮かばないでしょうし」

 副官から半分能無しの烙印を押されて「貴様!」と再び気炎を上げるが、さらりと無視されて渋々舌打ちする。

「……地下鉄道の線路を使って移動して五区へ侵入するしかないか」

 ぽつりと宣言すると副官が顎を擦って「正面からぶつかるよりも迂回路を探しますか」と唸った。

「あいつらもそこまで無能では無い。地下の線路を使用し敵が進軍することも想定済みだろう」

「それでも、消波ブロックを超えるよりは楽に行けるはずだ」

「……まあな」

 かつては国を護る同胞として軍という組織の中にあった海軍がそれくらいの予想はしているだろうとフルゴルがタキの軽率さを指摘する。

 だがそれ以外に方法があるかと言われれば彼もお手上げのようだ。

「駅から出たら入り口を消波ブロックで封鎖されているという可能性も無きにしも非ずですが」

「――――有り得るな。しかしこのままでは第五区の周りを全てブロックで囲み、籠城されかねん」

「それこそ愚かですね。海軍基地にそれほどの備蓄があるとは思えませんが」

「ブロックで囲めば陸からは簡単に入ってこられないからな。補給は完全に断たれる」

「だが海からの出入りは自由」

「今のカルディアに海軍基地への補給ができるとは思えんが、貴重な電力を作る施設もあるからな」

 連合軍が原子力発電所を押えている以上、カルディアの消費電力を賄っているのは現在第五区にある水力発電所だけである。

 カルディアの中に少しの危険も持ちこみたくないと壁の外に発電施設をそのまま放置していたのは彼らの失策であった。総統の住居を今のカルディアへと移し、中央都市の機能を全て移設した際に電力施設も新たに作るべきだった。

 だが彼らは国民が反抗するなどと思っていなかったのだろう。

 だからこそ今まさに苦肉の策を取ってまで水力発電所を護らねばならなくなっているのだ。

「地下鉄を使っての侵入はクラルスが引き受ける。義勇隊はこの場に留まり海軍への攻撃を今まで通りして欲しい」

「……爆弾を放り投げるくらいしかできん攻撃などなにも面白くないがな」

 フルゴルは不満そうな顔をして箱の中に詰まった爆薬を見つめる。

 ただ副官だけは敬礼をして「了解いたしました」と几帳面に応じた。

「進入が上手く行ったらブロックに護られて油断している奴らを攻める方と基地へと進む方の二手に分かれる。その時は乗り越えて次の攻撃に移って欲しい」

「上手く行かなかったらどうすると?」

「その時は玉砕覚悟で前面突破しかないだろう」

 そうならないように武運を祈るとフルゴルが手を振ってさっさと自軍の元へと下るのを副官は「すみません」と頭を掻いて謝罪し後を急いで追って行くのを見送って、タキもまた仲間の元へと戻った。






 結局は地下鉄の線路を使って侵入する者と第二区と接しているまだブロックで囲まれていない部分に攻撃を仕掛けて侵入する者とに分けることにした。

 線路を行く者たちにはフォルティアのヴァダが仲間を連れて参加し、地上から第五区へと入る者たちはタキが先導する。

 確実に待ち伏せされているだろう線路から侵入する方には無理はするなと伝え、形勢不利ならばすぐに退くようにと命じていた。

 無駄死にをこれ以上増やすわけにはいかない。


 できるならば多くの賛同者たちに新しい国の姿を見て欲しいから。


 タキは仮面を着けて曲刀を抜き放ち、先陣を切って戦場を駆ける。踏み込むと同時に刃を揮えば、親方から返してもらったカーキ色のモッズコートに返り血が飛ぶ。相手が倒れ伏す姿を確認する暇も惜しんで次の一歩で敵の背後を取り更に一打ち。

 銃声と怒号と悲鳴が鳴りやまぬうちに最前列が、波が引くかのようにさっと後退しタキはそれを追って深く入り込んだ。まるで待っていたかのように後列が出てきて周りを取り囲む。

「撃て!!」

 勝利を確信した声で号令が轟き一斉に銃口が火を噴く。咄嗟に地面に身体を投げ出して転がり、アスファルトを穿つ重い音と衝撃を感じながら近くの兵の足元まで辿り着くとそのくるぶしの上目掛けて横一線断ち切った。

 頬骨から上半分しか隠せない仮面から剥き出しの部分に温い血飛沫がかかり、タキはその感触と匂いに神経が高揚するのを確かに感じる。

 素早く身を起こしながら勢いの止まらないタキに恐れをなして団子状に固まった敵の懐へ前屈みで突っ込み動くもの全てを斬り伏せた。

 相手が人間ならば能力を使わずとも戦えるまでには成長したと思う。

 だが前へと進む度に死体の山を築き、命を奪っているという感覚が鈍ってきている気はした。

 タスクの命令のまま動いていたあの頃は戦うことを心からいやだと思っていたはずなのに、今では平然と曲刀を振り精神が昂ぶっていく心地良さに酔っているような部分もあった。


 いくら目的のためとはいえ、そこまで堕ちたか――。


 自嘲の思いで心の内に呟けば、まるで反射のように敵の制服を視認した途端に身体が動いた。


 自分で望んだことだ。


 鬼にでも悪魔でもなると。


 ホタルは優しすぎる。

 無慈悲に命を奪うことはできない。

 光満ちる場所が似合う男にむごたらしい戦場は不似合である。


 全てが終わった時にカルディアと統制地区を結ぶ者としてホタルには立ってもらわねばならない。

 表舞台に立つにはホタルのような美しさと清さが必要である。

 タキは影からそれを支えるのが役目。


「そのために――邪魔者は斬る」


 できる者が担えばいい。

 親方が言うように“適材適所”なのだ。

「タキ!どうする!?」

 海軍が撤退を始め、仲間が判断を仰いでくる。タキは方々の体で逃げて行く敵兵の様子を眺め、三分の二の人員を地下鉄の駅へと向かわせた。残りの三分の一を率いてタキは敵を追う。

「十人一組になって敵を追え!それぞれが離れすぎないように注意しろ!!」

「了解!!」

 逃げて行く敵を深追いしては逆に手痛い反撃に合う場合がある。気を引き締めて対応せねば全滅も有り得た。

 第五区の研究施設はどれも大きく、高い塀で囲まれていた。アスファルトは罅割れているが、道路の幅は広く横断するにはかなりの距離がある。総統が統制地区に住んでいた頃はこの立派な道路は手入れされて多くの車が走っていたのだろう。

 今は見る影無く、白い月が冷たく見下ろしているばかりだ。

 初めて足を踏み入れる第五区は無機質で飾り気のない建物が広い敷地に建っていて、人気のないことも相まってまるで廃墟のようだった。

 ホタルが戦闘で貴重な研究所が壊されないかと懸念していたが、これだけ道路が広く建物自体が塀で囲まれているので、海軍が研究施設に逃げ込まない限りは杞憂に終わりそうだ。

 研究所はセキュリティーも厳重なようで、固く門扉を閉ざして静かに訪問を拒んでいる。

 目の前を走っていた兵士に追いすがり袈裟懸けに斬りつけ、更に先を行く男を追っていくと鼻に海の匂いが入り込んできた。匂いだけでなく角を曲がった道路の先に堤防と黒く凪いだ海が見えてタキは思わず息を飲んだ。

 下弦の月の青白い光が海を弱く照らし、微かに波打つ海水面に陰影をつけている。堤防の向こうには黒くごつごつとした岩場が広がり、その岩肌にちゃぷちゃぷと弱い波が寄せては返していく。

 知らず歩が止まり、タキはぼんやりと海を見つめた。

 そして闇より濃い海と黒く澄んだ夜空が混じりあう水平線と無数に散らばる星の光に魅入られたかのように立ち尽くす。

「……綺麗だ」

 無意識下で零れた言葉を聞き咎めた誰かがくすりと笑う気配がする。

 タキははっと我に返り視線を転じると、追っていた海軍が逃げて行った方向からゆっくりと歩んでくる人影に気付いて身構えた。

「誰だ……?」

 誰何すると金茶の髪を揺らして若い男がふわりと微笑んだ。そうするとくっきりとした目の縁を囲む長い睫毛に彩られた青い瞳が和らいで、怯んでしまいそうな少々華美に見える容姿の印象が良くなる。

「君はタキだね?」

 ふっくらと柔らかそうな唇が確認するかのように名を呼ぶが、そもそもタキであると解っていて声をかけているのだと解る。

 男は息を吐く様な笑い方をして「お初に御目にかかる。どうか私のことはミヅキと呼んで欲しい」と自己紹介してきた。誰何した手前この状況で親しげに呼んで欲しいと懇願してくる男の行動に呆れながらタキは警戒した方が良いのか、それとも打ち解けたらいいのか解らずに戸惑う。

「……次があれば、の話だけれどね」

「それはどういう――」

「お互いに次があれば、と言う意味だよ」

 ミヅキと名乗った男は笑みを消してオイルライターを取り出し徐に着火した。薄闇の中で燃え上がる小さな炎が風にそよいで揺れたかと思うと勢いよく火柱を上げる。

「――――能力者か!?」

「君が得意とするのは剣、だったね?それでは私もそれに倣おうか」

 白い肌を焼くほどの高さまで炎は細長く伸び、その形はミヅキが言うように剣のそれへと変化する。

 タキは冷や汗を掻きながら手にした曲刀を構えるが、能力者の揮う炎の剣を受け止められるとは到底思えなかった。

 ごくりと唾液を飲むとミヅキが不思議そうに「君は能力を使わないで戦うつもりなのかい?」見くびられたものだと嘆息する。

「私の他にも沢山の能力者と出会ったはずだよ?彼らからなにも学ぶことができなかったとは……つくづく期待はずれな男だな。君は」

 目に見えて落胆し男は軽いステップを刻んで流れるような動作で斬りつけてきた。左上段から振り下ろされた剣を受け止めると熱風が頬を炙り髪を焦がす。反った刀身を滑らせて絡めるようにしてミヅキの剣を往なせば、炎でできた刃は形を変えて擦り抜けて行く。

「勝手に期待する方が悪いだろう」

「確かに。人は都合がいいように解釈し事実を捻じ曲げ期待する。しようがないね。そういうさがなのだから」

 異能の民である男から人について語られることが酷く滑稽な気がした。そして彼らもまた能力を持ってはいるが人間という枠から外れることができないのだと安堵もする。

 一番親しくしていた能力者がアキラという風変わりな男だったことから、勝手に異能の民全てが人間味の無い者たちであると決めつけていたと反省もした。

「私たちの能力は火と水という対極の場所にあるものだ。だから純粋に興味があったんだよ。どちらが強いのか――だから、能力を使ってはくれないかい?」

「……使うか、使わないかを決めるのはあんたじゃない。俺だ」

「それでは使わざるを得ないようにするしかないということか……。いいよ。覚悟はいいかな?手加減は、なしだよ」

 囁くような甘い声にタキは身震いする。

 能力勝負となれば熟練度がものを言う。

 その一点でタキは劣り、きっとミヅキの誘いに乗って能力を使えば完膚なきまでに叩きのめされるだろうという予感がする。


 逃げたい――。


 抑えきれない敵前逃亡へ駆られる気持ちをなんとか宥めてタキは息を吐く。

 ここで逃げてもいずれは戦わねばならない相手である。それならば手合せしてどれほどの使い手であるか知ることは必要であった。


 そして自分がどれほど弱いのかと自覚することも。


「さあ、いくよ」

 楽しげなミヅキとは逆にタキの心は沈んでいく。

 だが猛烈な熱が迫りくる気配を追って、果敢に力を揮った。


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