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C.C.P  作者: 151A
異能の民
142/178

エピソード141 命の光を燃やそう


 整備された道路など無い首領自治区の大地は砂漠の部分と硬く乾燥した部分に分かれ、どんなに運転が上手い者が操縦したとしても車はかなり揺れる。

 だから今ハンドルを握っているゲンの運転技術がどちらかはよく解らないが、真っ暗ななにも無い場所をヘッドライトが切り取りながら全速力で西へと向かっていた。

 運転席で鍵を回してエンジンをかけながら「無駄口叩いてたら舌噛み切るからなっ」と忠告した意味がよく解る。大きく跳ね上がりながら地面へと叩きつけられる状況が続き、アゲハは痛む首を竦め必死で座席に身を沈めていることしかできなかった。


 なんとか無事に二十八人を調査団へと預けた後、親しげに近づいてきた医療スタッフの女性がゲンにそっと手渡したのは貴重な薬が大量に詰まった袋と高価な治療道具が収まった銀色の小型のアタッシュケースだった。

「必ずスイの手は動くようになるよ」

 予言めいた口調にゲンが苦りきった顔でそっぽを向く。

 女性は喉を鳴らして楽しそうに笑うとむさ苦しい自治区の医者の肩を力強く叩いた。

「貴方が彼女の主治医なんだから責任持って治療に当たるのよ」

「ったく、俺の患者はスイだけじゃねえんだがな」

 頭を掻いて文句を言うゲンを女性は優しく見つめて「また三カ月後には来るから、それまでに技術を磨いて沢山の患者を救う医者になってちょうだいね」期待しているんだからと暫しの別れを告げる言葉に適当な相槌のような返事を返す。

 ゲンは照れ臭いのだ。

 仏頂面でそれを隠しながら女性に「行くんならさっさと行け」と掌を振って追い払うような仕草をする。

「まったく。最後までそんなんじゃ女にモテないわよ」

 さすがに苦笑いをして女性は「じゃあね」と手を振って準備が済んだトラックへと乗り込んだ。

「いいの?ゲンさん。もっと気の利いたこと言ってあげないと女性は簡単に他の男の元に行っちゃうわよ?」

「うっせえよ!あいつとはそんなんじゃねえんだ。それに、」

 続くはずだった言葉はゲンの胸の中に収められて聞くことはできなかったが、発車したトラックがゆっくりと港へと向かって行くのを見つめる目に揺れる諦念にも似た陰りにアゲハは小さく嘆息する。

 ゲンのような男が相手では先進国の女性には不釣り合いであると思っているのか。

 それともこの国での寿命の短さでは彼女と共に生きられる時間が限られていると諦めているのか。

 どちらにせよ住む世界が違うせいで互いに好意を抱いていたとしても、深く結ばれることができないとはなんとままならないことだろう。

「誰にでも幸せになれる権利はあるのにね……」

 ぽつりと呟いた言葉にゲンがちらりと鋭い視線を向けてくる。

「お前はどうなんだ」

 肝心な部分を濁された質問は捉え方次第で答えが変わるだろう。ズバリ聞かなかったのは彼なりの思いやりか、それとも聞きづらかっただけか。

「私は、欠陥品なのよ。誰も愛せなかったし、きっとこれからも」

「……だからそんな喋りかたしてんのか」

 呆れたような言葉にアゲハは小さく微笑む。

「小さい頃から僕とか俺とか言うことに抵抗を感じてたから、きっと生まれた時からそういう性分なんだと思うわ。家にいる間は男として振る舞わなきゃならなかったから我慢してたけど、家を飛び出してからは自然とこの喋り方をしていたし、これが楽だったから」

 きっとこれが自然な自分らしい喋り方なのだろうと思う。

 気色悪がられたり、男色家なのだと誤解されることも多かったが、ホタルと再会した後でも直そうとは思わなかった。

「そうやって自分を護って来たんだろうよ」

 別に恥じることは無いと思いの外優しくゲンが受け入れてくれ、その上肯定までしてくれた。

 誰かに自分の性分を認めてもらおうと思ってはいなかったので驚き、普通ならば嫌悪感を抱くはずのことをゲンは何気ないことのように軽く扱って。

「なんだよ?色恋が全てじゃねえだろうが。生きていく上で子孫を残していくためには必要かもしれんが、俺は別にそれを強要したりするつもりはない。したい奴はすればいいし、その気がない奴は別のやりたいことをすりゃいいんだ」

 随分妙な顔をしていたのだろう。

 ゲンが不思議そうに首を傾げて自論を語る。先程の女性との別れの様子を思い返して、彼がやりたいことは女性を引き止めることではなく、この自治区の住民の病や怪我と向き合っていくことなのだと理解した。


 こうやって幾つもの気持ちに折り合いをつけ、どうにもならない現実に多くを諦めて行くのだ。


 そうせざるを得なかった自治区プリムスの住民たちの境遇と、それでも前を向いて生きていく強さにアゲハは感銘を受け同時に心を痛める。

 もっと沢山の可能性があれば、彼らの幸せの形も変わっていたかもしれない。

 あれもこれもと欲張ることのできない暮らしの中で、たったひとつの夢しか持てないことは不運な気がする。


 そして彼らはみな純粋で一途だ。


「お前も幸せになっていいんじゃねえのか?」

 なんに遠慮をしてるのか知らねえが、とゲンは苦い顔をする。それにふふっと笑って返して「今はまだ、考えられないけど」いつかはそれを望む日が来るかもしれない。

 それまではこのまま。

 アゲハがやらねばならないことに取り組むのみ。

「これからどうすんだ?」

 そろそろセリたちが逃げたことがバレて町は騒々しくなるだろう。ゲンがこれからのことを聞いてきたので「スイちゃんを迎えに」と答える。

 共に戦うと言っておきながら今まで自分のやりたいことを優先してきたが、これからはスイに付き合って自治区プリムスの行く末を見届けたいと思う。

 彼女は今第八区ダウンタウンで物資を調達している頃だ。

 その後でアラタのいる戦場へと向かうだろうから、そこへと行けば間違いなく会えるだろう。

「……しょうがねえなあ。連れてってやるか」

「いいの?」

「だって、お前。自治区の人間じゃねえお前が迷わずに辿り着ける訳ねえだろうが」

 舐めてんのかと舌打ちされてアゲハは笑う。

 人相は悪い癖にとんだお人好しだ。

「ありがとう。ゲンさん」

「ちっ。乗りかかった船だ、最後まで面倒見てやるさ」

 足早に自治区の車がある場所へと向かうゲンの後ろをついて行きながら心の中で深く感謝をする。


 部外者であるアゲハの面倒を見てくれる素直では無いゲンの力を借りてスイの元へと向かい、悪路を進んでいるが正確な位置を知ることはできない。

 ちゃんと西を目指しているのか、そして今どこを走っているのかアゲハには、全く解らなかった。

 これでは舐められていると罵られても仕方がない。

 日が暮れれば灯りなど無く明確な道すらないのだから、この闇の中を土地勘も方向感覚も無いアゲハが闇雲に進んだ所で永遠に目的地へ辿り着くことはできなかっただろう。

 目印も無いのに正確に進めることが凄いのだと認めて、後は車がアラタのいる場所まで連れて行ってくれるのを待つしかない。

 結構な時間車に乗り揺られている気がするが、沈黙が支配する車内とちっとも変化の無い景色も相まって時間の感覚すら怪しくなっている。

「おっと!」

 ゲンが驚いたように目を剥いてハンドルを急に左に切った。乱暴な運転にアゲハはシートベルトに押さえつけられ軽い眩暈を覚える。

 込み上げてくる嘔吐感を堪えて硬く目を瞑った。

「大丈夫か?もう少しで着くから、我慢しろよ」

 頼むから車の中で嘔吐はしてくれるなと懇願されて、ならばもう少し丁寧な運転をして欲しいと毒づくがそれを口にはできない。

「フルスロットルだ!!」

 何故か楽しげに声を上げて更に加速したゲンの行動に正直殴りつけたい衝動に駆られる。ハンドルを握ると豹変するタイプなのかと戦々恐々とするが、もう少しで目的地だという彼の発言を信じて我慢するしかなかった。

「ん?なんだ?」

 怪訝そうな声に何事かと目を開けると、車のものだと解る二対の灯りが南へと猛スピードで走って行く。随分と小さいのでその車が自治区のものなのかどうか判別がつかない。

「南に向かってんな……。行き先はボルデか?」

 なんかあったのかもしれんと機嫌の悪そうな声を出してゲンはライトの先に浮かび上がった丸いテントにすれすれまで近づいて停車した。

 中に誰かいたならいきなりライトで照らされた上に、地面をじゃりじゃりと踏みしめる音が迫ってくることに驚いて飛び出してきただろう。

 だが幸いなことに誰もいなかったようで、車から降りたアゲハは静まり返った拠点の様子に不安な物を感じた。

「見張りの当番の奴はなにしてんだ……」

 ずかずかと奥の方へと歩いて行っていたゲンが途中で立ち止まり、不意にしゃがみ込んだ。後ろから覗き込むと、地面に黒い染みをつけた物に指先で触れてから鼻先に近づけて匂いを嗅ぐ。

「血だな……。誰か怪我したらしい。さっきの車は自治区プリムスのだろう」

「……一足遅かったみたいね」

 医者であるゲンがもう少し早く到着していれば治療ができただろうに。コルム国の女性から沢山の薬と医療道具を譲ってもらった後だから、車で港へと運ぶにしろその前に出来ることはなにかしらあったはずだ。

「手遅れにならなきゃいいがな」

 南へと向かった車を追うように視線が動く。

 立ち上がったゲンは先を急ぎ、アゲハもおとなしくそれに続いた。

「おい、見張りはどうした!」

 一番端まで行きついたのかテントは途切れ、近くにあった焚火の傍に佇んでいる男たちを見つけてゲンが怒鳴る。

 びくりと肩を跳ね上げて男二人があわあわと「ゲン!?どうしてここに」と目を白黒させた。

「誰が怪我したんだ?重症か?」

「それが……」

 右の男が蒼白な顔で俯き、左の男は何故かアゲハを見て顔を強張らせ逃げ腰になる。その様子に不穏なものを感じて鼓動が跳ね上がった。

「アラタが、」

 俯いている男が出した名前に衝撃を受けつつゲンは残りの距離を詰めて男の肩を乱暴に掴んだ。

「怪我したのはアラタなのか!?」

「……そうだ」

「なんってこった……!」

 それじゃあ戦場は大混乱だろうとゲンが正面の闇へと目を凝らすが、そこにはなにも見つけられなかった。

 アゲハは左側の男に視線を注ぎ「スイちゃんは、もう来ましたか?」とできるだけゆっくりと問う。そうしなければ上手く言葉を紡げなかったし、そうすることで自分の気持ちを鎮める効果もあった。

 男はごくりと喉を鳴らして唾液を飲むと震える声で「……来た」とだけ返す。

 ならば何処にいるのだと目をテントの並ぶ場所へと向けるが、そのどれにも人の気配は無い。

 そもそもこの場にいるのならば目の前の男がアゲハを見て動揺はしまい。

 二代前の首領と同じ金の瞳を持つスイが逃げ込んだ後、捕えられ首領の元へと引き出された風変わりな男が彼女と知り合いだったと知らぬ者はいないのだから。

「おいどういうことだ?スイは何処にいるんだ!?アラタについて行ったんじゃないのか?」

「おれたちのせいじゃない!スイが、自分でアラタの仕事を代わりにするって言ったんだ!!」

「――――スイちゃんが、代わり?」

 アラタの仕事を代わるということは首領を継ぐということか。


 なんという無茶だろう。


 目の前が暗くなる。

 不自由な右手でなにができるというのか。


「アラタが戻って来るまでの代理だと」

 怯えきった男は弁解するように何度もスイ自身が言い出したことだと繰り返した。

「…………ああ、」

 降ってきそうな星空を見上げてアゲハは必死で逃げ出そうとする意識を現実へと引き戻す。

 いかにもスイがやりそうなことだ。

 彼女はもう統制地区の人間では無く、首領自治区プリムスの人間なのだと諦める。

 自分で言い出したことならばアゲハが幾ら止めた所で意思を曲げたりはしないだろう。


 そもそも。


 アゲハはスイを連れ戻しに来たわけでも、放っておけば無茶なことをするスイを止めに来たわけでもない。


 一緒に戦うためにここへと来たのだから。


 今スイは戦場でアラタの代わりに戦っている。


 それならばアゲハがやることは決まっていた。


「銃を貸して」

 手を出して促すと男は持っていた小銃を押し付けるようにして渡し、弾倉の入った袋を差し出してくる。

「おい、どうすんだ?」

「決まってるでしょ。スイちゃんの所へ行くのよ」

 ふわりと微笑んでアゲハは袋を背負って一歩踏み出す。引き止めようとするゲンの手を振り切って駆け出すと、闇は驚くほど優しく包み込んできた。

 大地は硬く、頬を撫でる風の中に海の香りを感じる。全力で走ったことなど今までないから加減が解らない。

 ただ足を前に出して急かされるように逆の足を出す。


 身体が軽い。


 乱れた呼吸音が頭蓋骨に響いていたが、やがて喧騒のような荒ぶる戦いの気配と音が近づいて来る。


 硝煙弾雨。


 激しい打ち合いと闇の中でも解るほど白く煙が漂っており、その中に身を置くと神経が妙に高揚する。

 きっとそうでなければ殺し合いなどできないのだ。

 アゲハは闇に慣れてきた目を凝らしてスイを探す。

 これほど喧しく銃声が鳴り響いていれば名を呼んだ所で聞こえる訳がない。そして小さなスイの姿をこの中から見つけることは難しいことだった。

「――――くっ」

 突然目の前に現れた人影を確認もせずに銃口を向けて発砲する。こんな状況で敵か味方かどうやって判断すればいいのかアゲハには解らない。

 倒れ伏した相手を一瞥し異能の民であることにほっと安堵しながら先へと突き進んだ。

 途中でプリムスの男を捕まえてスイの所在を尋ねればもっと奥だと教えてくれた。

「首領がいるのは常に最前線」

 そう告げられ急がねばと銃弾の中、身を屈めて駆けて行く。

 敵も味方も入り乱れ混戦となっている場所の最奥で、小さな少女が左手で銃を放ち反動に耐えられずに大きく仰け反る姿を見つけた。

「――スイちゃん」

 傍には多くのプリムスの人間が固まっており、共に戦いながら懸命に戦場に立つ少女を支えてくれている。

「恐れるな!!」

 まるで自分に言い聞かせるかのように放たれたスイの声は騒音の中でもよく通り、仲間たちを強く鼓舞していた。

 諦めちゃだめだと金の瞳は鮮やかに闇の中で光り輝く。

「スイちゃん――!!」

 思わず叫んだアゲハの声が届くわけがない。

 それなのにスイはピクリと反応してこちらを向いた。


 アゲハ――?


 唇が動いてアゲハの名を呼んだのが解る。

 驚いたように目を見開いた少女はあどけないのに、その瞳に宿る強烈な魂の輝きは歴戦の戦士のようでもあった。


 ああ、凄い。


 あまりにも眩しくて背中に震えが走った。

 彼女の気高き魂はアゲハの枯れた魂までも揺さぶるのか。


 弾が飛び交っていることすら忘れて無心でスイの元へと走る。突撃してきたアゲハを敵だと思ったか周りの男たちが銃を向けてくるが、それを素早く制してスイがアゲハの前へと進み出た。

「アゲハ、どうして……」

 困惑して見上げている少女の頬についている汚れを見つけ、そっと親指の腹で拭う。それから微笑みかけて「約束を果たしにきたわ」と小銃を掲げて見せた。

「一緒に戦うって約束したでしょ?」

 遅くなってごめんなさいねと囁けば、気丈に振る舞っていたスイが一瞬だけ普通の少女へと戻り目を潤ませた。

 だがここが戦場であると直ぐに思いだし瞬きで涙を消すとスイは「力強い」と歓迎してくれる。

「さあ、敵を岬へ追い戻すよ!」

 スイの声に応じる声が低く木霊する。

 顎を上げて前を見つめるスイの隣に立ちアゲハも同じ景色を見たいと願う。

 それが叶うかどうかはアゲハの努力次第。


 これからだ。


 鮮やかに命の光を燃やそう。

 彼女の傍で。


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