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C.C.P  作者: 151A
異能の民
140/178

エピソード139 仲間と共に


 暗闇に沈む拠点にはぽつりぽつりと薪が燃えており、遠目にはまるで怪しげな火の球のように見えた。

 月と星明りのみが辺りを柔らかく照らし、うっすらとテントの形が地面に影を落としている。見張りとして立っている男が二人、近づいて来る自治区の車に手を振って誘導してくれた。

「ご苦労だったな、ノルテ」

 それからスイもと労われ少し照れ臭く、だが役に立てたのだという誇らしさに胸を張る。荷台に詰め込まれた物資を確認して直ぐに降ろし作業を始めるが、彼ら二人以外に人影が無いことに気付いてスイは視線を彷徨わせた。

「今戦闘中だ」

「また?」

 風に乗って微かに銃声が聞こえるが昼間と違って激しい戦いでは無いのか、それとも離れた場所で戦っているのか、耳を澄ませなければ戦闘が行われているとは解らない。

「いつものことだがな」

 軽い口調で返されたが、男の顔には疲れが見えていた。長く戦いの場に身を置くということは常に死を意識せざるを得ないのだ。

 肉体的だけでは無く、精神的にも辛いだろう。

「早く、終わればいいのに……」

 心の底からそう願う。

 彼らも自治区へと帰り、家族の待つ家へと戻りたいはずだ。命の遣り取りという殺伐とした場所から解放され、温もりに包まれ安心して眠ってもらいたい。

「でも、これであいつらを岬へと追い帰せるだろうさ」

「違いねえ」

 笑った男たちは持てるだけの荷を抱えて拠点の中央へと向かって歩き出す。スイも左手で食料の入った袋を下げてついて行く。勿論ノルテは若手なので重い荷を運ばされるが、文句は言わずにせっせと往復する。

 強風が時折海側から吹きつけ、べたつく塩分を含んだ生臭い風が通り抜けて行く。周りには緩やかな起伏のある荒れ果てた大地ばかりだが、海が近いのだと思わせる臭いを嗅いで兄を思った。

 タキは港で荷の積み下ろしの仕事をしていたから、帰って来た時には汗と混じりあった海の匂いがしていた。煙草の香りも相まって独特の匂いがしたが、それは不快なものでは無かった。

 いつも清潔な匂いがしていたホタルやアゲハは住む世界が違うのだと言われているようで近づきがたい感じがしたが、タキが纏う海と体臭と煙草の匂いは生々しく働く男を意識させる。

 ダウンタウン育ちのせいか清潔さとはかけ離れた生活をしていたから、ホタルやアゲハに呆れられないかと常に気にしていたのはスイだけでは無かった。

 タキも隣人には気を使っていたから。

 二番目の兄だけは我関せず好きなようにしていたが、兄妹の中で一番潔癖なのは意外にもシオで少ない手持ちの服を几帳面に着まわして洗濯をまめにしていたなと久しぶりに何気ない日常を思い出して胸が切なくなる。

 タキの居場所を知ることができたことにより心が疼いているのだ。


 会いたいと。


 それでも今は心を律する。

 どういう経緯で反乱軍クラルスの頭首となったのか気になるが、それは再会した後でゆっくりと聞けばいいのだ。

 そして聞くだけでなく、自分のことも聞いて欲しい。

 腹違いの兄のことを。

 自治区プリムスの人たちや町のことを。

 時には驚き、危ない目にあったことに眉を顰めながらもきっと最期は目を細めて「頑張ったな」と言ってくれるはずだから。

「……なに?」

 ふと足を止めてスイは西を見る。ざわついた空気と悲鳴に似た怒号が聞こえた気がして暗闇の中の地平線へと目を凝らす。なんだろうかと耳と目に神経を集中させると撃ち合っている音と火花が遠くに見えた。

 影が忙しなく動きながら攻防を繰り広げているのを尻目に、一塊の影が足早にこちらへと向かってくる。


 人が前後に並んでなにかを運んでいる――?


 胸騒ぎを打ち消しながらスイはぐるぐると回る思考を落ち着かせようと努力する。運ばれているのは誰だと逸る気持ちが脚を動かした。

 走り出したスイを振り返り、そしてその先に怪我人が運ばれてきていることに気付いた男二人も後を追ってくる足音が聞こえる。

 小走りで拠点に引き上げてくる人影はすぐに顔形が解るようになる。そして乾いた大地に点々と黒い染みを残しているのが彼らに腕と脚を抱えられた男であるということも。

「――――アラタ!?」

 スイの背後で「そんな」と狼狽えた声が続き、息を飲む音が嫌に響いた。

 だがそんなことどうでもいい。

「アラタ!!アラタ!?」

 閉じられた睫毛が作る陰影と苦しげに寄せられた眉間の皺。男っぽい作りの唇は痛みを堪えているかのように引き結ばれていた。意識が朦朧としているようで、呼びかけても反応は無い。

「退けろ!応急処置が先だ!」

 駆け寄ろうとしたスイは怒声を浴びて竦みあがるが、大人しく道を開けて拠点へと戻る男たちと共に来た道を引き返した。

 アラタが落とした血痕を男たちが踏みつけて大地へと刻みつけるのを見つめながら震える喉に力を入れて涙を我慢した。

「戦況は?みんなは?」

 見張りの男に端的に問われて殺気立っている男が「ニチヤが代わりにどやしつけて、なんとか逃げ出さずに時間稼ぎしている状況だ」と吐き捨て一番近くのテント脇に燃えている焚火の傍へとアラタを下ろした。

 その際低く呻いたが、目蓋は硬く閉ざされたままぐったりと地面に横たわっている。

「……アラタ?ねえ、アラタ。なにしてんだよ。こんなとこで倒れてる場合じゃないだろ?」


 目を開けてよ。


 頭元に膝を着きスイは苦痛に歪む顔を見下ろして、汗でへばりついている赤茶の髪を除けて懇願する。

 男たちは服を脱がせて傷の具合を診ているが、誰もが絶望的な表情をしていた。彼らはみな普通の住民であり、治療と言っても原始的な応急処置ができるのみだ。

 戦えぬ人間は全て車で自治区へと戻されるのはそのため。

 軽く浅い傷はそのまま放置され、例え軽傷ではなくても戦えるのであれば痛みを紛らせるための強い薬を使用する。


 アラタの傷はそのどちらでもない。


 明らかに重症であり、命の危険があった。

 戻らぬ意識も、止まらない血も訪れる最悪の状況を予感させる。

「アラタ!起きてよ!!目を、開けて……」

 零れた涙がアラタの顔に落ちるが、どんどん色を失っていく首領の姿は戦う男たちの戦意を失わせていく。

 胸の傷口に布を当てて、強く縛りつけただけの処置だけを施して男たちが項垂れた。

「だめだ……」

 これではアラタたちが必死で護ってきた自治区プリムスも住民たちもみな抵抗できずに諦めてしまうだろう。

 支えを失い希望を抱けずに、岬から押し寄せる異能の民という波に蹂躙され呑み込まれ消えてしまうなんて。


 そんなの。


「いやだ、我慢できない――」

 スイにも流れている自治区プリムスの血がそんなことを赦さない。

 諦めたくないと強く揺さぶられ、ぐいと涙を拭う。

「ノルテ!」

 鋭く名前を呼ぶとびくりと肩を跳ね上げておずおずとこちらを見る。その小心さに苛立ちながら車をここまで持ってくるようにと指示した。

「なにするんだよ……?」

 疑問は当然だろうがスイはさっさと行けと叫んだ。ノルテが何度も頷いて走り出したのを見届けた後で再びアラタに呼びかける。

「アラタ、聞こえる?」

 睫毛が震えたように見えたが、やはりそれ以上反応は無かった。

 でも聞こえていると信じて。

「アラタは今まで随分頑張ったから少しだけ休ませてあげるよ。その間、代わりに首領の仕事を引き受けるから、」


 必ず戻ってきて――。


 約束だよ。


「う……、す……い、……だ」

 呻き声がなにかを伝えようとしているかのように漏れたが、肯定なのか否定なのか解らない。スイは笑みを刻んで「なるべく早く戻って来て」と返し、戸惑い顔の男たちへと視線を上げる。

「この金の目に免じて首領代理として名乗ることを許して欲しい」

「いや、でも」

「頼りないかもしれないけど、アラタが戻って来るまでだから」

 言葉を濁す男の目を見つめて再度頼めば「首領代理とはいえ、首領を名乗る以上は戦場に出なきゃならないぞ?」と確認される。

 右腕に注がれる彼らの不安は勿論スイの中にもあった。


 それでもやると決めたから。


「できることはなんでもやる。戦場には今すぐ行くし」

 すっくと立ち上がると追いかけるように彼らの顔も上がる。強い風が吹いてスイは目を細めて戦場へと向けた。

 アラタを失い戦場にいる仲間は不安と恐怖の渦中にあるだろう。

 負けを意識して、そして死を覚悟している。

「……失わせたりしない」

 彼らにも、アラタにも。

「ノルテにアラタを港へと運ばせて。あそこにはコルム国の船が入っているし、船には医療設備がある。それにここからだと自治区より近いから」

「解った」

 首肯した男が「これを持って行け」と差し出したのは小さな単発銃だった。できるだけ反動が小さく片手でも扱いやすいものをと思ってのことらしい。

 それを受けとり、初めて握った銃の重さに胸の奥がひやりと凍える。

「恐れるな――」

 おまじないのように何度も繰り返してきたその言葉はいつだってスイを奮い立たせてくれた。


 できることをするだけ。


 多くは望まない。

 ただ仲間と共に戦場に立ち、戦うのみ。


「行ってくる」

 後を頼んでスイは砂を蹴り上げて闇の中へと駆けて行った。


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