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C.C.P  作者: 151A
異能の民
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エピソード137 無音

 たった五人で門を突破しようなどと無謀ではあるが、本隊にはマラキア国の装甲車が配備されており正門をあっさりと超え二の門へと突入しているはずだ。その証拠に壁に反響する低く重い音が夜空に吸い込まれていく音が聞こえてくる。

 西門では同盟者と協力者たちが果敢に戦っているだろう。

 そしてアオイもこの戦場に出ている。


 負けられない。


 ここで終わらせるのだと最後の戦いに命をかけているのだ。

「どけぇえ!!」

 ジグザグに走りながら多くの銃口が狙いをつける中を進む。同時に弾を放つが金属の楯に阻まれてたいした効果を発揮することができなかった。

 相手は身を隠す場所からの攻撃で明らかにこちらが不利だ。

 シオはポケットから手榴弾を掴み出し、安全ピンを引き抜いて放り投げる。地響きと火薬と爆風が唸りを上げて、兵たちの視界を遮った。

 煙をぬって一発の弾がシオの頬を掠めて行く。

 そして更にヘルメットを避けて右の耳に当たり聴力を奪った。

「――――くっ!」

 熱い痛みとぼたぼたと肩に落ちてくる血の感触に恐怖よりも気持ち悪さが先に立つ。聞こえ辛くなった右耳のせいで方向感覚が鈍る。舌打ちしてシオは乱暴に掌で血を拭うが指先に触れた感覚で耳の端が千切れて無くなっているのが解った。

 耳自体がどうにかなって聞こえにくいわけでは無く、穴に血が流れ込んだせいで音が拾えないだけのようだ。

 仕方がないが左の耳だけでやり過ごすしかない。

 門には戦車や車が配置されていたが、五人の侵入者を撃退するには過ぎたる兵力だった。結局は銃による戦いをするしかなく、警護兵たちは頻りに銃弾の雨を降らせてくる。

 上からの攻撃は近づけば近づくほど狙いにくくなるので、シオはとにかく門へと向かいクイナもヤトゥも果敢に進撃した。プノエーとサロスは戦車や車の置いてある方を目指して進んでいる。

 何度も何度も熟考した少尉の作戦案は三の門を突破して本隊と合流するまでが一番の難所だった。

 最初は門の近くでの攻撃に従事しシルク中将の先陣隊が三の門を撃破するまで時間稼ぎをする方法を模索していたが、それでは先回りして敵地へと入り込んだ自分たちの当初の任務内容と比べて明らかに劣る。

 期待されていた程の成果を出せずに終わるのは多少なりとも自尊心が許さない。

 しかも奇妙な音がするから城には進入できないという個人的感情を通してしまった罪悪感もシオにはあった。

 できるだけ本隊の進軍の助けになるような仕事をしたいと述べれば、プノエーは明らかに狼狽えて逡巡し「危険だから」と尻込みをした。だがサロスがシオの意見に賛同し、クイナもヤトゥもここまで来たのだからと頷いてくれた。

「じゃあ死ぬ気でやれよ」

 そう言い置いて少尉が出した答えは「三の門を抉じ開ける」だった。

 そのかわり絶対に死ぬな、と命じられてシオたちは今この戦場にいる。

 なにがなんでも門へと辿り着き、固く閉ざされたその扉を開け放つことだけを目指してただひたすらに突き進む。

 幾つもの弾が流れ、その内の何発かは勢いを削ぐだけの威力を持っていた。だが痛む足を動かして前進し、血の流れる腕を振り回して小銃を撃ちまくる。止まったら負けだと言い聞かせて必死で走り続けた。

 そして近づいてきた巨大な門はまるで押し潰さんばかりの迫力でシオを見下ろしている。

「負けて、」

 たまるかと雑草のようなしぶとさでシオは傍に居た警護兵二人に銃弾を浴びせた。沢山の気配と向けられる銃口の多さに辟易しながらも、心地良い昂揚感に包まれて周囲の敵兵を撃ち倒していく。

 足元の石畳を流れて行く血の川に時折足を取られながらも駆け抜けた。

 飛びついた門扉はぴったりと閉じられており、軽く押した所でびくともしない。大きな門を人力で開閉するわけがないと思い至り、シオは視線を動かして右側に小さな詰所のような建物があるのに気付く。

 そこに開閉させる機械があるに違いない。

「……そこか」

 門の向こうでも激しい戦闘が行われているのが聞こえる。すぐそこまで仲間が来ているのだと思うと心強い。


 この三の門を開ければ合流できる。


 そうすれば危険は格段に小さくなるのだと胸が弾んだ。


「――――ぐっ、う、あ!」

 またしても唐突に聞こえた謎の“音”にシオは左耳を押えてふらついた。今度はあやふやな形では無く、伸びやかな美しい調べとして響き渡っている。戦場に流れる雅な音楽はあまりにも不似合いで、多くの警護兵たちも怪訝そうな表情で音の出所を探していた。

 空気を震わせてどこか物悲しいようなその音色は、丁度頭上から降り注ぐかのように聞こえている。

「……う、え?」

 二歩後退して見上げると門の隔壁に若い男が立っているのが見えた。灯りを弾いて輝く金色こんじきの髪、顎の下に挟んで奏でる楽器の指先を見つめる伏し目がちな碧色の瞳。美麗な顔立ちは目を疑うほどで、背筋がぞっとするほどだ。

 人ならざる美しさとはこういうものをいうのではないのか。

 見る者を動揺させるような美というものは畏怖すら抱かせるのだとシオは震えた。

「きもちが、わるい――」

 神経を焼き切りそうな不愉快な音も、そして男の容姿も。

 シオは逃れたい一心で歩を交わして小さな建物を目指して移動した。その間ずっと聞こえている音楽が与える沈鬱な抑揚に引きずられて、昂ぶっていた気持ちが落ち込んで行くのを感じていた。

 周りを気にする余裕も、仲間がどうしたかも考えられずにシオは必死で耳を塞いで歩き続ける。

 一度は治まっていた警護兵の攻撃が再び開始されたのも気付けずにいた。

「シオ――!!」

 名を呼ばれたのだと理解した時には背中に勢いよくなにかがぶつかり、鳩尾の少し下から突き抜けて行った。

 痛みよりやはり驚きの方が先立ち、じわじわと濡れて上着の色が変わっていくのを見下ろして漸く撃たれたのだと自覚して目を瞬かせた。シオの現状をまるであざ笑うかのように男が悲痛な音階を刻んで奏でていく。

 再び門を見上げると男は微かな笑みを浮かべており、何故かこちらを見つめていた。

「う、ぐっ」

 込み上げてきた熱い塊をシオは堪らず吐き出して、よろめいた拍子に足を滑らせて派手に転んだ。

銃を手に近づいてきた警護兵が三人。どこか虚ろな瞳でシオを眺め、ゆっくりと銃口を向けてきた。


 死ぬのか。


 ここで。


 こんなところで。


 目尻から零れた涙はたったの一粒。

 悲しくはない。

 ただ悔しいだけだ。

 タキと共に戦えなかったことが、スイに謝れなかったことが、アオイの作る新しい国を見ることができなかったことが、全てが終わってクイナやヤトゥと思い出話を語れないことが、サロスとプノエーの期待に応えられなかったことが、サンにもう一度会って色んなことを話せないことが。


 やり残した全てが。


 終わりを覚悟したが諦めきれずにシオは血反吐を吐きながら半身を起こして引き金を引いた。狙いは甘いが気勢を削ぐことができ、男たちは鼻白んで後退する。

 そこを背後からヤトゥが襲撃して、警護兵たちは呻き声を上げながら倒れ伏す。

「大丈夫ですか?」

 駆けつけてくれたヤトゥはそう問いかけながらも腕を引いて立つようにと促してくる。いつまでもじっとしていては的になるだけだ。笑っていうことを聞かない膝に右手を添えてなんとか立ち上がると、撃たれた箇所が引き攣れたように痛んだ。

「門を、開けねぇと」

「そうです。三の門さえ開けば」

 助かると力づけてくれるヤトゥに首肯して「絶対に、生きて帰ってやる」と歩き出す。

 まだなにも満足のいく結果も答えも出していないのに、こんな所で死んで堪るかと萎えそうになる心を奮い立たせた。

 ヤトゥが支えてくれている腕を振り払い、自分の力で先へと進む。

 耳からと腹からの出血で凍えるように寒かったが、痛みのお陰でなんとか意識を保っていられた。

 頭を締め付けるような音楽と気分を悪くさせる楽器の音色は鳴りやまず気が狂いそうだったが、得体の知れない形の無い音として聞こえていた時よりはまだましな気がした。

 あの男がなんのつもりで楽器を手に戦場で音楽を演奏しているのか解らないが、まともな思考の人間ではないのだろう。

 ヤトゥの援護で漸く辿り着いた建物には三名の警護兵がおり、二人がかりで銃撃すればあっという間に動かぬ躯となる。内部に入り込み扉を閉めると気が抜けてずるずると床に座り込んでしまう。

「意識を失わないように気を付けてくださいね」

 そんなシオに注意をしてからヤトゥは門の開閉を行う機械へと近づき、じっと観察して迷うことなくどこかの釦を押したようだった。

 あまりにもあっさりと押したので、当てずっぽうに押したのではないかと訝っていると外が騒然とし始めて「門が!」と叫ぶ声がした。ヤトゥはそれを確認してから機械へと銃口を向けて引き金を容赦なく引き絞る。

 火花が弾け、煙と焼ける臭いが部屋に充満した。

「行きましょう」

 足早に戻って来たヤトゥに再び腕を引かれて促され、よろよろと立ち上がると苦笑いされる。

「ボロボロですね」

「……悪いか」

「いいえ。門が開いた今、勝機は私たちにあります。後はま――――――」

「――――?」

「――――――!?」

「―――――!!」

 会話の途中でヤトゥの声が途絶え、それにどうしたのかと返したシオの声も音として形を成すことはできなかった。ヤトゥの口も、勿論シオの口も動いているのに声が出てこない。

 喉が震えているので確実に声は発されているはずなのだが、耳にその声が聞こえないような不可思議な感覚。

 突然耳が正常に機能しなくなったとしか言いようがない。

 さっきまでの外の喧騒や激しい銃撃の音も聞こえなくなっている。

 シオは慌てて扉を開けて外へと出たが、なんの音も一切聞こえなくなっていた。


 全くの無音。


 なにが起きたのかと考えるより先に視線は門の隔壁にいる男へと向かっていた。

 男の指が弦の上を移動し、弓が流麗に動いているのにその奏でる音色はシオの耳には届かない。

 不具合をもたらしていた音からの解放は有難く、更に男の目的が解らなくなった。

 だが外へと出てきたシオを見つけた警護兵たちが声を掛け合って、攻撃をし始めたことに戦慄を覚える。

 聞こえなくなっているのはシオたちの方だけで、彼らには変わらず音が聞こえるらしい。

 五感のひとつである聴力を奪われて初めて、どれだけ音という情報に頼って行動していたのかと驚かされる。

 漠然と気配を察知して動いていたと思っていたが、それも相手が動く空気の流れや小さな音や息遣いを頼りにしていたのだと気づかされた。足音も衣擦れの音さえもしない状態ではどこから狙われているのか、どっちから敵が近づいているのか全く解らない。


 危険を察知することは不可能だった。


 恐怖に駆られて銃を撃ちまくったが、すぐに弾を撃ち尽くしてしまう。急いで装填して次を撃つが、反動や間隔はあっても音が無いせいでちゃんと銃が発砲されているのかすら曖昧で不安になる。

 まるで夢の中にいるようで現実味がない。

 この世界にたったひとりでいるかのような不確かさに恐くなる。

 斜め掛けした鞄から次を装填しようとしていると、左の方から舞い上がる風圧にびくりと怯えて手元から弾倉が落ちた。慌てて身を屈めてそれを拾おうとした鼻先を掠めて車が走り抜けて行った。

 轢かれる所だったと竦みあがって後退し、鞄から新しい弾倉を探っている所で後ろから肩を叩かれ悲鳴を上げる。

 反射で銃を向けると慌てたようにその銃口を手で押えられ、掌を振って注意を喚起されて初めて相手がクイナであることに気付いた。そして指先でさっきの車を指して腕を引かれた所で運転席にサロスの姿があるのを見て脱力した。

 ヤトゥも追い付き、三人で車に乗り込むと開いた門を潜って本隊と合流すべく逃げ出した。


 三の門と二の門を繋ぐ広場で繰り広げられていた戦いは凄まじい混乱の中で革命軍は右往左往し、国軍の弾の前に命を散らしていく。

 音を奪われた革命軍は将の指示や命令を聞く術も無く、孤独な戦いを強いられて萎縮し統制を失っていた。

 なにが起こっているのか理解できぬまま、将が出した撤退命令すら彼らには届かない。

 ただ恐怖し逃げ出す者もいれば、その場に留まり無闇に銃を撃ち尽くす者もいた。

 当初は優勢であった戦況が突如として反転し、逃亡を余儀なくされた。


 勝てるはずの戦いを勝利で終えることができなかったことにみなが落胆することになる。


 完全なる敗北だった。



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