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C.C.P  作者: 151A
異能の民
135/178

エピソード134 奇妙な音

 首の後ろにチリチリとした刺激が走り、視線を感じているような心地がする。振り返ってみても誰もおらず、視界が利く範囲で見渡しても人影すら見つけられなかった。

 シオは居心地の悪さと同時に気味の悪さに身震いする。

「……どうした?」

 押し殺した声で前を歩いているクイナが聞いてくるが、説明のつかないものをどうやって言葉にしたらいいのか解らずにそっと首を振った。

「……きっと、気のせいだ」

 そう自分に言い聞かせるように呟き、壁や物影に隠れながら進む最後尾を務めた。先頭はプノエー少尉。次にヤトゥ、サロス准尉と続きクイナ、シオとなる。

 高い城壁は城を中心にぐるりと囲み正門は南向きにあり、西門は軍本部へと繋がる大きな道路へと繋がっていた。東に門は無く、北には錆びついた上に石で塞がれた小さな門扉があるばかり。

 城を攻め落とすには真正面から突っ込むか、背後を軍に襲われるのを覚悟して西門から攻め込むかに限られる。

 どちらを選ぶかと問われれば殆どの人間が正門から突入することを選ぶだろう。

 だが正門を突破しても次は二の門があり、更に三の門と容易に突き進むことは難しい。確実に兵力を削がれ、足止めを食っている内に後ろから挟み撃ちをかけられる。

 城攻めとはそんなに簡単じゃないのだとつくづく思い知る。

 こうして地下道を通って城内へと入り、多くの警護兵の目を盗みながら早く目的の場所へと心が逸るが中々先へと進めないもどかしさに神経が焼け切れそうだ。

 鼓動が早鐘を打ち、血液が流れる音さえも聞こえるようで気持ちが悪い。


 きっと、緊張しているのだ。


 そわそわと落ち着かない項にそっと左手を当てて、シオは細く息を吐き出した。夕日が海に沈み、空が紫と藍の混ざった色へと変化し始めている。完全には暗くはないが、視界が利くかと問われれば判断が別れるくらいの明るさ。

 この時刻が一番見えにくい。

 それを狙って地下道でじっと待機して調節した。

 余程のへまを踏まない限りは発見されることは無いだろう。


 もう少し行けば例の使われなくなった離れが見えてくるし、その建物の影へと入れれば安全だ――。


「な、――んだ?」

 音と言うには不確かで、音と認識できるだけの形を得てはいない。だが空気を震わせて伝わってくるそれを“音”と表現するしか言い表すことができなかった。

 細く甲高いとだけ認知でき、そして神経を逆撫でするような不愉快さと頭の中を掻き乱すような不快感がシオを襲う。

 耳を塞いでみたが掌で覆うぐらいでは侵入を拒むことはできない。次第に歩は止み奥歯を噛み締めて前屈みになった。

 痛みや苦しみはないのに、胃の腑がひっくり返るような気分の悪さに血の気が下がる。

「どうした、なにか異変を感じたのか?」

 肩を抱かれて壁際へと身を寄せられる。頭上から聞こえる声は前を歩いていたクイナのものでは無くサロスの物だった。

 シオは「いやな、感じがする」とだけ答え、サロスの腕の下から警護兵が小銃を手に歩き去って行くのが見えてぎゅっと唇を引き結んだ。

 “音”に気を取られすぎて警護兵が近づいているのを気付けなかったことにぞっとする。直ぐ前にいたはずのクイナの気配も感じられないということは、随分先に進んでしまっているということだ。

 後をついて来ていないシオに気付いてサロスが戻って来てくれたから警護兵に覚られずに済んだが、あのままでは見つかった挙句に捕えられて仲間を窮地に追いやっていたかもしれない。

「……悪い」

 素直に謝罪すれば「珍しいな」とサロスが苦笑いする。

 生死を分ける失敗を犯す可能性もあったことなのだから誰でも謝るだろうと睨み上げるが、眉間に力を入れると脳裏に閃光が走って眩暈がした。

「おい、大丈夫なのか?どっか具合でも悪いんじゃないか?」

 顔色が悪いと心配気なサロスの声がどこか遠くから聞こえるかのようだ。

 シオは額に掌を当てて込み上げてくる吐き気を堪えるのに必死で返答することができない。


 なにが、起きている?


 自分の身体の変化について行けず途方に暮れながら、突然の不調に引きずられるように意識が内側へと向いて行く。目を閉じて浅い呼吸を繰り返していると、あやふやな形だった“音”に強弱があることが解ってくる。

 高くなったり低くなったりしながら、小刻みに弾んだり嫌にゆっくりと伸びることもあった。


 まるで、下手くそな鼻唄を聞いているかのような――。


「…………音楽?」


 なのか?


 そう思って聞けば旋律を奏でているかのように聞こえる。音として捉えている訳では無いのに、明確な意思を持ってそれは上がったり下がったりを伸びやかに、そして軽やかに演奏していた。

 ただ心地いいものでは無い。

 正常な思考を保つことが困難になるような胸を騒がせる音楽だった。

「音楽?そんなもの聞こえないけどな……」

 怪訝そうな顔をしながら耳を澄ませるサロスを薄目を開けて確認するが、やはり聞こえていないらしい。

 シオにしか聞こえていないのか。

「危険か?」

「…………解らない」

 この“音”が不具合を与えているのは今の所シオにだけだ。聞こえない者には影響がないのか、それとも聞こえないから自覚の無い間に蝕まれるのか。

 判断しにくい。

 “音”の正体も、それがもたらすものも解らないことが多すぎた。

「ただ、いやな感じがするのは確かだ……」

 こんな所一分一秒でも早く離れたい。

 ここに比べれば異臭漂う地下道の方が百倍マシだ。

「う~ん……どうするか」

 顎に手を添えてサロスは思案する。

 作戦を続行するか、断念するかを決めかねているようだ。

 シオにも危険だから止めようと進言できるだけの根拠があるわけでは無いので判断に困る。ただ漠然と調子が悪い。

 神経が散漫になっているのが解る。

 これでは確実にみんなの足を引っ張るだろう。

「とりあえず少尉と合流して判断を仰ごう。行けるか?」

 確認されシオは頷く。

 壁から身を起こし、ふらつく足に意識して力を入れて前へと出す。どんどん気温が下がって行くにつれ、シオの体温も奪われて冷え切っていく。

 前を行くサロスが何度も気遣わしげに振り返り、随分と心配をかけてしまっているのだと苦く思う。

 ただこんなことは初めてで、シオは小刻みに震える指を握り込んだ。


 どうか、少尉が撤退を選択してくれますように――。


 そう無意識に願っていることに気付いて愕然とする。

 怯えているのだと意識した途端恐怖が心を支配した。

 隣国との戦場で戦っていた時ですらこれほど竦んだことは無かったのに。


 何故だ?


 尻尾を巻いて一目散に逃げ出したいと思ってはいても、仲間を置いてはいけずに思い止まる。


「いやだ」

 子供のように嫌悪と拒絶を端的に表す言葉を口にするが、それを聞き遂げたサロスが困ったように微笑んだ。

「それは俺じゃなく少尉に言ってやれ」

 そうすればきっとプノエーが対応策を考えてくれるだろうからと励まされ、シオはガクガクと顎を上下に動かして進みたがらない脚を必死で動かしてサロスを追った。


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