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C.C.P  作者: 151A
異能の民
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エピソード133 笑顔の裏で

 久しぶりに戻った自治区は何故だか騒々しく、人々の顔には戸惑いと不安による恐怖のような表情が浮かんでいた。港のあるボルデの街からここまで車で移動したが、それは首領自治区の保持する車では無くコルム国のトラックだったので詳しい状況や情報が解らない。

 自治区の車で戻って来たのならば運転する男から聞かされていただろう。

 三ヶ月に一度この地を訪れるコルム国の調査団は手に入れた情報を一旦持ち帰り、母国で詳しい検査や検証を行って報告書や論文を作成する日が近づいていた。

 随分と世話になった船を降りる際に自治区の調査団を引き上げるためのトラックについでだから乗って行けよと誘われるがまま乗ったことを後悔する。

 ただごとではない街の様子にアゲハは足早にスイとセリが待つ家へと戻った。

「ただいま――」

 玄関の扉を開けて入った土間にもその奥の部屋にも人気は無く、いつも温かな火が燃える竈が消え、常に漂っている薬草茶の匂いも無かった。

 日が暮れて薄闇に包まれている、しんと静まり冷え切った家が無人であることは見れば解る。

 ただ外出しているといった雰囲気でもなく、この家に誰かが帰って来ることがあるのかと思わせるだけの空虚さがあった。

 家具も残されているので、竈にさえ火があれば生活感を醸し出すはずなのに、忽然と人の気配が失われた場所は物悲しくアゲハを不安にさせる。

「一体、なにが――」

 戸惑い玄関で佇んでいると背後から「おう、帰ったか」とぶっきら棒な声が聞こえた。振り返らずとも声の主がむさ苦しい風体の医師であることは解る。

「一足遅かったな」

 仏頂面でアゲハの横に並び首領の家である部屋を見渡してゲンは忌々しげに舌打ちした。

「遅かったって……私がいない間になにがあったんですか?」

「…………異能の民がこの街を襲撃した」

「襲撃!?それじゃ、スイちゃんとセリさんは――」

 頭に過った最悪の考えを打ち消して欲しくて縋るように隣りを見ると、片頬を歪ませてゲンが「スイは無事だ」と返答する。

 スイが無事だと聞いて安堵した後に、ではセリはどうなのだと青くなった。

「まさか――」

「お前が考えているよりよっぽど悪い。セリは、」

 異能の民だったんだと告げられ目の前が暗くなる。

 スイの友人だと言う怪しげな男を家に上げて親切にしてくれた上に、身体に良いんだからと薬草茶を毎日淹れてくれた素朴で温かい彼女が異能の民だと誰も疑ったりはしない。

 アラタとの惚気話や近所の女性との井戸端会議に花を咲かせ、世話になるだけでは申し訳ないからと家事を手伝うアゲハに「助かるわ」と微笑むセリの顔が脳裏を過る。自治区の人たちと親しげに会話し、ボルデの街から運ばれる商品の管理をしていたのもセリで。

 彼女は街の人々に信頼され、愛されていたのに。

「そんな、」

 自治区を包む不安や困惑の原因に触れて、アゲハもまた驚愕と酷い混乱の中に陥る。

 首領の妻であるセリが異能の民であるという衝撃的な情報はこの地の住民では無いアゲハですらこれほど動揺させるのだ。

 住民たちの不信感はそれの比では無いだろう。

「スイちゃんは――」

 セリの裏切りを目の当たりにして彼女は深く傷ついたはずだ。

 まるで実の姉を慕うようにスイはセリを頼り、懐いていたから。

「あいつは今忙しく動き回ってるぜ」

「どこに、」

 早く無事な姿を確認したいと所在を尋ねれば、驚いたことに今朝方アラタへ報告をするために戦場へと向かい、夕方一度戻ってきてすぐに第八区の反乱軍クラルスへ物資の協力を取り付けに出て行ったと教えられた。

「戦場と反乱軍の所に――」

 頭痛がするような内容にアゲハは深いため息を吐き出す。そんな危険な場所にスイは右手が不自由な身で出かけて行ったのか。

 目を離すとすぐにこれだと嘆いた所で仕方がない。

 じっとしていられる性分ならば、アパートでタキとシオの帰りを待っていられた。それができないからこそ、こうして首領自治区へと流れ付いたのだから。

「……スイちゃんらしいというか」

 苦笑いするとゲンが鼻を鳴らして「あいつなりに、もがいてんだろうよ」と擁護するような発言をした。

「スイは間違いなく先代の血を継いでる。ここで生まれ育ったわけでもねえのに自治区の住民のことを真剣に考え、みんなが首領としか扱わない生身のアラタの感情を思いやれるんだからな」

 ゲンの言う通りかもしれない。

 統制地区で暮らしていた時のスイは身の置き所に困っているような節が見えた。親しい友人を作ろうとはせず、ただ兄であるタキやシオと隣人であるホタルとアゲハだけに笑顔を向けて。

 学校ではカルディアの人間ばかりだから居心地も悪く、余計にその疎外感から本来の居場所を見つけられなかったのかもしれない。

 首領自治区での暮らしを見ているとスイは自然な姿で住民と接して、親しげに言葉を交わしていた。ここには平屋建ての建物しかなく、周りには広大な砂漠が広がり圧迫感がないことも無駄な力を抜いてのんびりとできるのかもしれない。

 解放されたかのようにスイが自由に過ごしているのを見てきたが、住民にも受け入れられ自身も馴染んでいる姿はまるで昔から住んでいたのではないかと思える程でもあった。

「セリたち裏切り者はみな銃殺される。それを見届ける役まで引き受けるんだから、あいつはどこまで頑張るんだか……」

 見てらんねえよとゲンが首を振り、アゲハは眉を寄せて唇を噛んだ。

 そこまでする必要があるのかと思いつつ、スイならば泣きながらも最後まで付き合うだろうと納得する。

 隣人として付き合っていた頃は彼女の顔にはいつも笑顔があり、明るい振る舞いでその場を和ませてくれていた。それがスイなりの気を使ったうえでの行動であると気づかされたのは、口喧嘩してシオが飛び出して行ったくらいのこと。

 笑顔以外の表情や感情を必死で心の中に閉じ込めていたのだろうと、後悔と悲しみに暮れるスイの顔を見て漸く覚ったのだからアゲハも随分と鈍い。

 それからタキも姿を消して更に沈んで塞ぎ込む少女の姿は見ていて辛く、弱く逃げ腰だったアゲハが表面的な言葉をいくら重ねた所で彼女に届くことは無かったのだ。

 スイの感受性は普通の人間よりも強い。

 それは絵を描くという芸術家に必要なものであり、没頭することで磨かれてきた感性は更に鋭く光り輝く。

 彼女には上辺だけの言葉や偽りの感情も直ぐにばれてしまうのだ。

 覚悟を決めて、本心で向き合わなければ。

「……セリさんは元々あちら側の人間だったんですか?」

「いや」

 首を再度振りゲンが顛末を手短に説明してくれる。セリとアラタには子供を作る機能が無いこと。そしてそのことを知らない自治区の人間たちは次代の首領を望み、自覚がないままにセリを追い込んで行ったのだと。

 女としての幸せを手に入れながらも、首領の妻として最大の務めを果たせないことに苦しみ己を責めて諦められずにいたセリに異能の民が囁いた。


 奇跡の力に縋れば不可能など無いと。


 敵にちらつかされた餌に迷いながらも喰い付いてしまったのは罪だろうか。戦場で一番危険な場所で戦う夫の安全すら約束されれば藁にもすがる思いになるのは人情としては理解できる。


 だが自治区の人間を殺したのは赦せない――。


 ゲンの瞳がぎらりと光り、多くの女や子供の命が失われたことに怒りを燃やす。

 抵抗できない人間を選んで襲った異能の民は二十八名。セリと同じく元々は自治区の人間で甘言に惑わされて裏切っただけの弱い人間たちだった。

 そのほとんどが自治区を思い首領の決断に否を唱えたことのある人間たちらしい。アラタを慕いながらも、そのやり方に反論した。彼らは戦いでは無く対話で決着をつけたいと思っており、却下されたが隠れて異能の民との接触を図った。


 そして利用されたのだ。


 戦いに耐えうるだけの強さを持つ者は少ない。

 血が流れ、また己も傷つき疲弊していく中で勇ましくあれるのは信念を持った人間であっても難しいのだ。

 多くの人間が戦いに疲れ、嫌になる。

 戦わないでいい方法を探ろうと提案する人間が出てくるのも道理だ。それをアラタは許さず、多数決で黙らせる。

 大勢の人間は首領につき、少数派は従わされるのだ。

 それがこの街のやり方であり、それを五十年前からずっと続けてきた。

 今更変わらないだろう。

「数的有利な方の意見ばかりが通るのも問題ね……」

 全員一致の答えなどないのは承知している。

 小さな事象ならば可能だろうが、自治区を運営していく上での決定事項であるならば反対意見は必ず出てくるだろう。

 きっと正解は無いし、それを模索していれば物事は片付かない。

 国を動かす時には最低限の反対意見は斬り捨てるだけの厳しさが無ければならないのだと嘆息する。

 反対した者たちに対してその後どう対応し、彼らの不安を取り除けるかが大切なのだ。

 アラタはそれを疎かにした。

 だから彼らは異能の民へと身を落としたのだ。

「銃殺を言い渡されるだけのことはしているのだろうけれど、」

 情状酌量の余地はある気がする。

 だが自治区の人間は彼らを赦すことは無いだろうし、そして裏切った側の人間も二度と受け入れて貰えないことは理解しているはずだ。


 でも。


「どうにかならないの……?」

 セリもアラタも救われない。

 そして自治区こきょうを思っての行動を巧みに利用された彼らの弱さを糾弾することも辛すぎる。

「死ぬよりも生きることの方が苦しく大変なのに、彼らの罪を死で贖うことが本当に罰になると思う?」

「……解らねえよ、そんなこと」

 そっぽを向いたゲンの横顔を見つめて更に言葉を次ぐ。

「ただでさえ産まれてから死ぬまで短い時間しかないのに、その中で苦しみながら選択したことが間違いだったと解ってもやり直すことや償う機会すら与えられないなんてひどすぎる。みんな幸せになりたくて一生懸命に生きている。そのために人を追い落とすことも、奪うこともある」

 代償なく手に入るものなどない。特にこの国では顕著であり、他国では普通に享受できるものでさえ遠く手が届かないのだから。

 幸せなど他者を思いやっていては手にすることはできない。

 それを罪だと言うのなら。

「私たちを含む全ての人間が罪人よ」

 ハッと身を硬くしてゲンが息を飲む。

「たった一度の過ちでセリさんたちの人間性が損なわれるなんて悲しすぎる。彼らはみな根っからの悪人では無かったでしょう?」

 自治区のために身を粉にして働いてきたはずだ。

 住民たちが不信感に襲われているのは、それだけ彼らが信頼に足る人間だったからだろう。裏切るはずの無い人間たちが揃って牙を剥いたから恐怖を感じている。

「じゃあ一体、どうすりゃいいんだ!?アラタは銃殺を命じた!それに逆らうのは重罪だぞ!?」

「……こっそり逃がしましょう」

 アゲハの提案にゲンが眉を跳ね上げる。

「逃がすって、どこにだ?どこにも逃げる場所なんざ――」

「あるわ。丁度船も出る」

「ってまさか、おい」

 目を剥いて青くなる男の髭面を笑顔で見つめて「コルム国へ」と頷いた。

 彼らならセリたちを母国へと連れて行ってくれるだろう。だがそこで待っているものが必ずしも幸福に満ちた人生であるとは限らない。

 ただやり直すことはできるし、自治区を離れて初めて自分の過ちや罪を冷静に考えて認めることもできるだろう。その上でどう償っていくのかを苦しんで見つけることが彼らの罰でもある。

「ゲンさんも手伝ってくれるわよね?」

「――――なんで俺が」

「ここまで聞いたんだから手伝いなさいよ」

 有無を言わせずにゲンを促して歩き出す。急がなければ調査団は準備ができればさっさと出発してしまうだろう。

 逃げることを彼らが受け入れるかは解らないが、死を望むのならばそれまでだ。

 アゲハはできることをするだけ。

「スイちゃんに負けてられないものね」

 ふふふと笑ってすっかり暗くなった街の中を捕えられているという小屋を目指して移動した。


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