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C.C.P  作者: 151A
異能の民
133/178

エピソード132 いつでも会える


「物資が底をついている」

 そう物憂げに呟いて激しい戦闘を続けているアラタは夕暮れに赤く染まる大地を眺めながらどうするべきかと思案している。ノルテと共に首領の決定事項を告げに自治区へと戻るために挨拶に行ったスイは腹心のニチヤに零しているのを聞き、なにか手伝えることは無いかと声をかけた。

 驚いた様に目を見開いたニチヤは長く伸ばした黒い前髪で右の顔を覆い隠している。その部分が暴発した銃による傷痕で醜く残っているからだが、左半分が柔和ともいえる優しげな顔をしていて彼の損なわれたものが惜しまれるくらいだ。

 自治区の男たちの殆どが血気盛んな熱血漢であり、それを顕すかのように容姿も雰囲気もやんちゃさが目に余る。

 だがニチヤは物静かで柔らかな風貌であり、自分の意見や主張を押し通そうとする若者が多い中で中立な立場で物事を判断して人々の声を聞きとれる自治区において稀有な存在であった。

 だからこそアラタはニチヤを傍に置き、迷った時には相談をすることもあるのだ。

「お前は自治区に帰ってオレの言葉を伝え、最後まで見届ける仕事があるだろう」

 呆れた声音で告げられた言葉に「ちゃんと伝えるし、見届けるけど」と反論した。

「武器も食べる物も無かったら、アラタたちは戦えないだろ」

「それは、なんとかする」

 心配するなと跳ね除けられたが、朝方から夕昏までの僅かな時間だけでアラタたちは三度異能の民との戦いを行った。それはきっとこれから訪れる夜の間も休むことなく続くのだ。

 少ない滞在だったが消費される銃弾や怪我人の手当てに使われる薬、爆薬、食料、車を動かすためのガソリンなどの量は半端ないのは解った。

 ギリギリの人数で戦っているアラタたちの中から物資を調達する為に割ける人間はない。

 その手伝いをスイが担えればと思ったのだ。

「――今の自分には戦いに参加できないから、それぐらいしかできることが無い。だからやらせて」

 痺れた感覚が付き纏う右手首を左手でぎゅっと掴んでスイはもどかしい気持ちを籠めて懇願する。

 できれば共に戦いたい。

 戦場を駆けて砂まみれになりながら、護りたいものを護るために戦いたかった。


 でもできないから。


「お願いだ」

 折れたのはアラタの方だった。それだけ困っており、物資の補充が今は最優先であると誰もが解っていたからだ。

「…………じゃあ、クラルスに行って頼んでみてくれ」

 最近立った新しい頭首がどんな人物であるかは解らないが、頼んで無理ならば別の方法を考えるから無茶はするなよと諭されてスイは大きく頷いた。

 心の中で絶対に協力を捥ぎ取って来ると呟いてノルテの待つ車へと向かい乗り込んで、まずは自治区へと戻ることにした。

 帰り道は無口なノルテと悪路による乗り心地の悪い車内は妙な静けさに満ちていて落ち着かないが、車酔いするかもしれないと意識が向くよりも別のことに思考が働いていて気付けばあっという間に自治区へと辿り着いていた。

 見張りに立っていた男たちが車から降りるノルテに「どうだった?」とアラタの意向を尋ねる。

 彼らはセリたちの処遇にほとほと困り果てていたようで、漸く戻ってきて下されるだろう裁決を心待ちにしていたようだ。

「全員射殺だ」

「――――やっぱり、か」

 告げられた内容は予想していたのだろう。暗く翳った顔で唸る様に呟かれた声にスイの胸がざわついた。

 裏切り者は誰であろうと赦さないと激しく激昂したアラタは、きっとその中に自分の妻がいたことで尚更厳しい処罰を与えざるを得なかったはずだ。

 言い訳も言い分も聞かずに斬り捨てることしかできなかったアラタの心情を思えばスイの心は穏やかではいられない。


 きっと生きていて欲しいはずなのに。


 それでもセリはこうなることを重々知っていて尚、押えきれぬ渇望と欲求を満たさんが為に自治区の人間を、アラタを裏切ったのだ。

 死は覚悟の上だろう。

 真実を知り残されたアラタが苦しみ、後悔し、悲しんでも彼女は子を望んで夫の無事を願った――。

 酷く歪で醜いが、セリは自分の弱さと嫉妬を断罪してもらいたかったのだ。


 アラタに。


「実行は少し待って欲しい。刑の執行を見届けるとアラタに約束してる。でも今から第八区ダウンタウンに行って、物資の協力を反乱軍クラルスに頼みに行かなきゃならない」

 ノルテと男が銃殺のための段取りをし始めたのを聞き、スイは間に割って入って交互に彼らの顔を見る。

 困惑したのはノルテで「第八区ダウンタウンには明日でもいいだろう?」と先に嫌な仕事を片付けるべきだと主張した。だがスイは睨むように目に力を籠めて首を振る。

「だめだ。明日にしたら昼までアラタたちはもたない」

「でも――」

「なんなら裏切り者を打ち殺す弾すら勿体無いくらいだ。それをアラタたちの所へ今すぐ持って行く?」

「馬鹿言うな。そんなことしたらここをどうやって護るんだ!?」

 男が泡を食って怒鳴り返してくるのを冷ややかに見つめ、スイも負けじと声を張り上げた。

「だから言ってるだろ!無駄な弾なんかないって。セリたちを殺すためには二十八発の弾がいるんだよ?それがどれだけ貴重な弾なのか、解ってるわけ?」

「ぐっ」

 言葉に詰まった男の顔を勝ち誇ったように睨み上げて「決まりだね?」と確認する。ノルテも流石に嫌とは言えず、再び車へと乗り込む。

 助手席に座り、気だるげにエンジンがかかった車はゆっくりと第八区を目指して動き始めた。






 最初は断られたものの結局は協力を取り付けることができてほっとしたが、スイは運ばれていく物資を見ながら釈然としない思いを抱えていた。

 死人のように顔色が悪い癖に紫の瞳ばかりが生気を帯びたちぐはぐな印象を与える男が反乱軍クラルスの頭首だとはどうしても思えない。

 確かに彼がアジトの中にいる男たちに命じ、物資が準備されて多くの人出を借りながら車を停めている場所まで運んでもらっている。

 それだけの権限があるということは頭首なのだろうが、あの男からはアラタのように人を率いる力や覇気や覚悟を感じられなかったことがずっとスイの胸に引っ掛かっていた。

「どうした?スイ」

「…………解らない」

 自らも荷物を抱えているノルテが浮かない顔をしているスイを気遣って声をかけてくれる。

 問われても返す答えも言葉も自分の中には無い。だからただ首を振り、もやもやとした気持ちを持て余しながら第八区を進んだ。

 アジトまでの道は簡単に覚えることなどできない程入り組んでおり、日を改めて記憶を頼りに同じ道を辿ることは不可能だった。たった一度の訪問ぐらいで記憶できるほどの場所ならば、保安部や討伐隊に直ぐに突入されてしまうだろう。

 どうせ二度と近づくことはできない場所だ。

 スイが覚える必要はない。

 ノルテでさえも何度か訪れたことがある癖に、幾度も道を間違いながら漸くあそこへと辿り着いたのだから。

 来た時とは違う道を通って路地を出ると、首領自治区と第八区を仕切るバリケードが見えてきた。そこは下の方が捲れ上がって子供が通れるぐらいの穴が開いている。スイはそこから入ったが、ノルテは通り抜けることはできず傷だらけになりながら有刺鉄線を乗り越えて第八区へと進入した。

「車を持ってくる」

 一旦荷を置いてノルテがバリケードを登って自治区側へと降りて走って行く。車を回してくる間にクラルスのメンバーが穴の隙間から入る分はそこを通して運び入れる。大きなものについてはバリケードの上に器用に乗った男を経由して、ダウンタウン側から抱え上げる者と自治区側から受け取る側へと受け渡した。

 スイはぼんやりとそれを眺めているしかできず、右掌を揉みながら終わるのを待つ。

「あんた、珍しい目をしてんな」

 声をかけてきたのは少年で、くるくるとよく動く瞳をした明るく人懐っこい顔をしていた。

「目……これ、色のこと?」

 タキもシオも同じ色の瞳だったから見慣れていて、他人から指摘されるまでこの色が珍しいのだという自覚はない。

「そうそう。おれたちの頭首も同じ色だからさ。なんか親近感湧くっつうか」

 破顔する少年の言葉にスイは驚愕する。

 さっきの男の目の色は金では無く、くすんだ紫だったはずだ。

 そう告げるとなにを言ってんだと顔を顰めて首を傾げられた。さっきスイとノルテに物資を渡してやれと命じたのは頭首では無く、アキラという男だと教えられる。

「じゃあ、クラルスの頭首は――?」

 名前を問えば「タキだよ」と返ってくる。

 その懐かしい名前にスイは目を潤ませて震える喉を懸命に動かした。

「タキが、頭首――?」

「知り合い?」

 聞き返されて首肯する。

 知り合いどころか兄であると伝えたかったがノルテの運転する車が来て少年は慌てて積み込み作業へと走って行く。

 あそこにタキがいたのか。

 振り返った先にある細い路地に今すぐに駆け込んで、迷路の先にあるアジトへと戻りたい。近くに兄がいたのに、会えなかったことが悔やまれる。

 だが次々と荷台積まれる物資を見て思い直す。

 今は兄との再会を優先するよりも、アラタの元へ戦うための武器を届けるのが先である。


 いつでも会える。


 タキの居場所が解っていれば会おうと思えばいつだって。


 だから今は成さねばならないことをするのだ。

「待っていて……」

 胸を張りスイも戦っていたのだと言えるだけの功績を遺したその時こそ会おう。

「スイ!行くぞ!」

 ノルテの呼ぶ声に返事をして隙間を擦り抜ける。自治区の風は砂が混じっていてざらついているが、寒いのに太陽の匂いがした。

 ドアを開けて飛び乗るとクラルスのメンバーに手を振って出発する。

 ひとつひとつこうして道を切り開いて行けば、きっと望む未来を手に入れられるのだと実感できた気がしてスイの心が少しだけ救われた気がした。


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