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C.C.P  作者: 151A
異能の民
132/178

エピソード131 あるべき場所に

 アジトにはごく少数の兵たちと戦力として数えられない子供ばかりが沢山いた。孤児としての生活が長い彼らは騒いだり、じゃれ合ったりしない。夜が訪れればそれぞれが与えられた部屋へと引き上げ眠りにつくか、仲の良い者同士で部屋へと集まり静かに過ごす。

 子供らしさの欠片も無い彼らは妙に物わかりが良い。

 大人や他人の顔色を窺い、賢しげに行動する。

 だが多くの気配が建物内部にありながら、騒々しさとは無縁のこのアジトはまるで刑務所の中のように息が詰まる。

 ハゼは仲間を連れてフォルティアの連中と第七区の解放へと出かけていた。そしてタキもアジトに残った仲間に気付かれぬよう後のことをアキラに任せて単身出撃して行った。

 廊下の窓がカタカタと揺れ、予期せぬことが起こったことを報せる。

 嘆息してやはり止めるべきだったのかと悔いるが、ここの所アジトを護るために動けず戦いの場へと出られなかったタキが仲間だけを危険な目に合せていることに倦み始めていたことは解っていた。

 おとなしく引っ込んでいろと言われても、これ以上はきっと聞き入れることは無かっただろう。

「……都合の悪い風が吹いた」

 タキが母なる彼女へと反逆の意思を明確にした今、信用して任せられていたアジトの守護を誠実に全うする必要はない。

 居心地が良かったわけでは無かったが、長く世話になったアジトの廊下をアキラは奇妙な感慨を持って歩き、辿り着いた入口で見張りの男に何食わぬ顔で挨拶をしてから外へと出た。

 重い扉が背後で閉まり鍵が下ろされる音を聞きながら、こんこんと湧く噴水の横を通り過ぎようとして歩を止める。路地から小さな人影と青年らしい身体つきの影が現れて、アキラに気付くと驚いて身構えた。

「……妙な二人連れが迷い込んだな」

 またしても予想だにしていなかった闖入者に、いよいよもって番狂わせが起きていることを自覚する。

 本来ならばもっと早くに報せが来るはずだが、アジトの周りに潜ませている見張りからも連絡が無く、更にいえば味方である風すら近くに不確定要素が潜んでいることを教えてくれなかったのだ。


 こんなことは初めてだ。


 見張りに関しては夜分遅くの時間帯で集中力が途切れ、居眠りをしていた可能性はあるだろう。

 だが風がアキラに不利になるような情報を伝えないということは今までに経験が無かった。


 何故だ――?


 自覚は無いがタキのことがあまりにも衝撃的すぎて、神経が散漫になっていたのか。

 それとも風が気紛れを起こしてアキラを試しているのか。


 どちらでも構わないが小さな影がゆっくりと歩み寄って来て、薄暗がりの中で実体を持ち始めたので沈鬱な表情で迎えた。

「ここが、クラルスのアジトで間違いないですか?」

 小さな顔を包む茶色の髪を揺らしながら見上げてくる金の瞳にアキラは「ああ」とだけ答える。華奢ともいえる身体つきの少女は少し不安げに右腕を庇うように左手で擦りながら良かったと呟いた。

「なんの用だ」

 要件を問えば後ろからやって来た青年が、自分たちは首領自治区の人間で戦うための物資が足りずに困っているから協力を求めに来たと説明する。

「……異能の民とか」

 まさか武器を融通して欲しいと頼んでいる相手がその異能の民であるとは思っていないだろう。

 あまりにも滑稽な事態に小さく笑うと少女が眉根を寄せて怪訝そうな顔をした。大きな瞳がアキラの顔をしげしげと眺めてくるので、お返しにこちらも負けじと見てやると鼻白んで目を反らす。

「悪いが、協力はできない」

 タキならば惜しげも無く武器でも食糧でも差し出しただろうが、生憎と今はこの場にいない。

「そんな、折角来たのに……せめて頭首に会わせて、」

「今ここを任されているのはオレだ」

 最後まで言わせずに言葉を被せると、少女がはっとした顔をして口を噤む。青年が「じゃあ、あんたが今の頭首なのか」と勝手に勘違いをする。

 それを肯定も否定もせずに「協力はしない」と再び断ると二人の落胆の色が濃くなった。


 タキが不在の時に訪ねて来たのが運のつき。


 心の中で意地悪く微笑み、アキラは面では冷たく「解ったのならばさっさと帰れ」と追い立てた。

 「行こう」と諦めて促す青年の腕を押し退けて、少女は振り返るとキッと睨みつけてくる。瞳が強く輝き、激しい憤りから頬が紅潮していた。

「なんで?理由を聞かなきゃ帰れない!」

「おい、スイ……」

 青年が名を呼んで頭首の決定に抗議する少女を止めようとするが、「引っ込んでろ!」と怒鳴り返されて怖気づく。

「教えて、理由を」

 ずいっと距離を詰めて少女は強い視線を注いでくる。

 聞くまでは帰らないと全身で表現し迫ってくる姿は幼い容姿をしているが、度胸の据わった一端の大人のような貫禄があった。


 勿体無い。


 女でなければ優秀なリーダーとして認められていただろうに。

 タキより余程その素質を秘めている。

 感情が豊かで人を惹きつける魅力があり、勇ましさと確たる自我を持った輝く魂の持ち主。拒絶されても引かず諦めない精神は、困難な場面になればなるほど力強くそれを打ち砕く契機となるだろう。

「……こちらも国と戦っている。余分な武器や食料は無い。無料奉仕で協力する人間などこの第八区にはいないだろう」

 解ったかと窺えば、右頬を歪めて嫌悪を顕にする。

 少女とて第八区出身の人間だ。慈善めいた行動を好んで行う者がいないことなど身を持って知っているはずだ。

「アラタが、前の頭首は話の解る奴だったって言ってた。銃も弾丸も食料も車も頼めば用意してくれて……。それが今の頭首がこんな損得だけ考える嫌な奴だなんて」

 がっかりだと続けた少女の詰る言葉は本当の頭首であるタキに聞かせてやりたい。きっと全力で否定して、少女の頼みのままに物資はおろか自治区へと足を踏み入れ一気に岬へと攻撃を仕掛けてくるだろう。


 決着をつけに。


 決別を決断したタキとはいずれ戦わなくてはならない。


 ここで追い帰しても、戦いが続く以上武器は必要である。そして自治区の人間が泣きつく相手はクラルスしかなく、その時に少女とタキが出会う可能性は高い。


 ならば。


「いいだろう。その代わり二度は無い。特にお前」

 指を突き付けると少女が顔を顰めるが、協力を取り付けられたことを思いだし渋々頷く。

「今後このアジトに近づいたら命は無いと思え。いいな」

「…………解った」

 了承した少女と青年を待たせてアキラは再びアジトへと戻る。

 兄妹の再会を邪魔するくらいの細やかな意趣返しくらいは赦されるだろう。

 扉番に事情を説明し準備をさせている間に廊下を辿って奥へと向かった。手土産くらいは持って行かねば流石に合わせる顔が無い。

 厄介な荷物の少女がいる部屋の前に立ち、アキラは鍵の掛けられた把手を握り突風を送って簡単に解錠する。

 開けられた扉の先に寝台に起き上がり、絶望に染まった顔をした少女を認め「カルディアへ連れて行ってやる」と手を差しだした。だが少女は嫌だと首を振り、逃げ場を求めて視線を彷徨わせる。同意の元連れ出すことは不可能であると判断し風を掌に集めて凝縮させ、投げつけるかのように勢いよく放り出すと少女は胸部を圧迫され後ろへ仰け反る。

 ぐったりと倒れ込んだのを確認して足早に近づき肩に担ぎ上げて部屋を出た。

「あるべき場所に帰るだけだ」

 なんの問題も無い。

 カルディアに戻った所で幸福であるかはまた別だが。

 利用されるだけの存在であることを呪えばいい。

「それだけの価値があることもまた悲劇」

 二度と戻らぬアジトを後にし、アキラは風を操り軽やかに街を抜けた。


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