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C.C.P  作者: 151A
異能の民
129/178

エピソード128 地下道を行く

 暗くじめじめした地下道は黴臭い上に下水の匂いで鼻が曲がりそうだ。数十年前に使用を止めたせいで水が腐り、更に底に溜まったヘドロが異臭を放っている。

 こんな所長居したいとは思わないが、作戦上仕方がないと諦める。それでもこの作戦に指名した張本人であるサロスの後頭部を睨みつけるのだけは止めるつもりはない。

「…………シオ。そんなに睨まれたら禿げる。頼むから止めてくれないかな?」

 あまりにも熱視線を送りすぎたか、後頭部を左手で押えて振り返るとサロス准尉が泣きそうな表情で懇願してきた。憐れっぽい様子にほだされてはならない。この男は平気で人の良心に訴えかけて、自由に操る技術を巧みに使うのだから。

「いっそのこと禿げちまえ!」

「そんなことになったら沢山の女性が嘆き悲しんでしまう」

 肩を竦めて嘯くが、それが決して嘘では無いことは承知していた。彼の凛とした雰囲気と精悍な顔つきは女性うけする。そして飾らないあっけらかんとした性格と口調で同性からの支持も受けているのだ。

 しかも統制地区で暮らしていた無戸籍者からも人気があるのだから呆れてしまう。

 垣根を簡単に超えて誰とでも親しくなれる図々しさには感心する。

「勝手に言ってろ」

 舌打ちした音が地下道に大きく響く。

 楽しげに笑うサロスの声とそれにつられたようにクイナとヤトゥの忍び笑いも聞こえた。ただひとりプノエー少尉だけが物憂げな表情で先を急いでいる。

「お前たちはお気楽でいいよなー……」

 わいわいと騒がしい人間を引き連れて行軍の指揮を執らねばならない重責に押し潰されている彼は常に貧乏くじを引かされる役目であるようだ。

 聞くところによるとクイナとヤトゥから薬が欲しいと頼まれて断りきれなかったお人よしのプノエーは、そこを通りがかった参謀のエラトマにマラキアの国境のディセントラの町の奇襲を命じられたという不運な男だった。

 今回も例にもれずアオイから是非にと乞われて作戦の指揮を任されたのだ。

 ディセントラの町で住民を殺すのではなく人質にとって危機を切り抜けたという、不運だけでなく機転の利く男だからこそ命じられたのだが。

 しかし気の弱そうな風貌のプノエーは胃の辺りを抑えてはため息を吐く仕草が定着しており、シオはそんな彼を見るたびに寿命が縮んでいるのではないかと心配になる。

「この作戦が上手く行けば昇進するって噂じゃないですか。少尉」

 声を弾ませてサロスがニヤニヤと背中を指で突く。

 そういうサロス准尉こそ昇進が決まっている。彼も口だけでなく結果を残す男だ。

「オレは昇進よりも人の背中に隠れてひっそりと人生を送りたいのに……」

「ああ、それは無理、無理!少尉は平凡な容姿ですが、平凡な人生を送れるほど恵まれてはいませんから」

「どういう意味だよ、それ」

「平凡とはそれだけで恵まれているということだと、シオがアオイ様に教えて下さった有難い言葉です」

「なっ!!」

 自分が偉そうに語ったことが他人の口から聞かされることほど恥ずかしいことは無い。かっと頭に血を上らせてシオは前方にいるサロスの肩を掴んで激しく揺さぶった。

「お前、本当に禿げろ!!」

「なんだよ。照れるなって」

「煩い!!」

 呪った所で禿げないのならば、と実力行使に移ろうとした所で慌てたクイナに後ろから羽交い絞めにされて残念なことに止められる。

「そう気落ちしなくてもこの作戦は上手く行きますって。なんたって驚異の聴力と気配に敏感なシオが参加してるんですから」

 暗くなっているプノエーを励ましてサロスは爽やかな笑顔を浮かべた。少尉が縋る様な瞳を向けて来て、居心地が悪くなったシオは目を反らす。

 期待されてもたいした働きはできないかもしれないのだと呟けば、それでも宜しく頼むよと乞われると全身が痒くなって「クソッ!」と叫んだ。

 出て来る前にアオイにも頭を下げられ無事を祈られた。

 本当に調子の崩れるような連中ばかりで、カルディアだとか統制地区だとかに拘っているのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

「今どの辺ですか?」

 ヤトゥが問うと先頭を歩き地図を見ていたプノエーが立ち止まり小さなライトで現在地を確かめる。みんなでそれを囲んで覗き込むと丁度総統の住まう城の城壁の東端。

 目的地はもう少し先の薬草園だ。

 広い城内で唯一人が寄りつかない場所としてアオイが挙げたのはその場所だった。北に位置して暗い上に使われなくなった離れと物置に囲まれた寂しい中庭にある薬草園は、昔は多くの草花を栽培していたが今では手つかずの荒れ放題になっている。

 サンルームの硝子は曇り、放置された薬草が野放図に増え続け足の踏み場も無いのだと言っていた。


 隠れるのにはうってつけの場所。


「一番危険な任務を押し付けてしまうようで気が引けるのだが」

 そう言ってアオイは今回の作戦のために集められた人間を眺めて深く嘆息した。線の細い総統の息子はそれでも幾分凛々しい顔立ちへと変貌し、時折見せる気丈さで兵を率いる大将としての自覚が芽生えている。

 シルク中将はアオイの生存を隠したままカルディアまで戻り、隠れ蓑に下士官の制服を着せて城へ上がってそのまま総統を打つべきだと主張した。

 だが宣戦布告をせぬままマラキア国へと攻め入ったことで失った、多くの機会と兵の命の重さを悔いていたアオイは頑としてその提案を撥ねつけたのだ。

 謀反を宣言して攻め入れば失われ、流れる血も大量になるのだと言葉を連ねてもアオイが折れることは無かった。騙し討ちのような方法で総統を倒したとしても、人々の支持を得られないと逆にシルクが諭されて決着がついた。

 それまでに時間を費やすこと七日。

 そして進軍を開始してカルディア地区の外れで宣言するまでに更に三日かかった。

 激しい戦闘が起き、それでも陸軍を倒しながらカルディアを前進した。徐々に上等な屋敷が建ち並ぶ地区へと入った頃、その内の有力者たちがアオイに賛同して協力を申し出てくる者が増えてきた。

 日和見だった人間たちが動き出したことによりカルディアは完全に現総統派とアオイを支持する革命派に二分された。

 マラキア国の助力で初めは拮抗していた戦いも、こうして協力者や同盟者が増えることで勝利の兆しすら見えるまでに善戦していた。


 そこでオネストが策を打ち出したのだ。


 今は使われていない地下道を行き、城内へ兵を送り込もうと。

 まず城内で騒ぎを起こしてそちらへと気を反らしている内に本隊で城門を突破する。同盟者たちが更に西門を攻撃して突入し、協力者たちは背後を守る。

 それぞれが総統の元へと目指して進み、首をとった者にはそれ相当の褒美を取らせると約束された。

 その作戦の核となる部分を任されたのがプノエー、サロス、クイナ、ヤトゥ、シオだったのだ。


 少々無謀とも思える策だが消耗戦へと縺れこんでいる現状を打破できるのならば乗るしかない。

 マラキアの支援を受けているのでこちら側が物資に困窮することは無いが、カルディア側にどれだけの蓄えがあるのか解らないが長期化すれば間違いなく先に白旗を挙げるのは総統派の方だろう。

 それを待っても良いのだが、枯渇した国庫を潤わせるためにかかる時間と労力を思えばほんの少しでも残っている内に勝負を着けたいとアオイやシルクたちは思っているようだった。

 疲弊した国を建て直すのは生半可なものではないということだろう。

 シオにはその過程や苦労など関係ないが、この国が生まれ変わるのならば素直に興味はある。

 だからこそこうして戦うことを受け入れているのだ。

 上に立つ者のことなど知ったことでは無い。

 だがこの国の未来は無関係なことではないのだと今は解る。あんなにカルディアの人間を恨み、妬んで「いつか見ていろ」と吠えていたのに今ではこうして共に戦っているのだから解らないものだと苦笑いする。

 兄妹三人でまた穏やかな日々を送ることを夢見てシオは銃を手に戦っているのだ。

「どうしたんだ?」

 ぼさぼさ頭のクイナが凛々しい眉の下の優しげな瞳でこちらを見つめてくる。

 その横でヤトゥが微笑んで、サロスが「なんだ?なんだ?」と茶々を入れた。プノエーがなにか不穏なものでも感じたのかと青くなり、シオは堪らずにプッと吹き出す。

「なんでもねえよ。ただ、総統の首を獲るのはおれだって考えてただけだ」

 戦友と呼べるだけの人間たちに囲まれて、不本意ながら楽しいと思っている自分がいて。

 それを誤魔化すために報酬のために首を獲ると親指を立てて自分の胸を指した。

「なにが欲しいんだ?」

 問われて望みを考えていなかったことに気付く。

「なんだよ。ちゃんと考えておけよ?」

 サロスがシオの肩をぽんっと叩き「お前なら必ず総統を討てるから」と破顔し背を押してくれた。

「そん時までには考えておくさ」

「おれは趣味の釣りが好きなだけできる、余生を送れるように金でももらうか」

 腕を組んで希望を述べヤトゥに「釣果はいかほどで?」と聞かれ気まずそうに「例え釣れなくても趣味は趣味だ」と反論したクイナにはどうやら才能は無いらしいと全員が苦笑する。

「私はちゃんとした勉強を受けて、医師免許を取りたいですね」

 ヤトゥの望みは新しい国が軌道に乗れば叶えられる可能性のあるものだ。

 こうして楽しげに未来や夢を語れることが信じられずにシオは胸を熱くする。自分の将来を思い描いたことが一度も無いので、夢やこれからやってみたいことなど簡単には思いつかない。

「ゆっくり見つければいいんだ」

 大丈夫とプノエーが微笑んで人の好い相好を崩す。

 そして「行こうか」と促し再び先へと進み始める。小さなライトが照らし出す先は暗く不確かだが、その先に広がる無限の可能性に打ちのめされそうになりながらも、震えるほどの歓喜と明るい予感に支えられて前へと足を踏みだした。


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