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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
127/178

エピソード126 新たなる賭けの始まり

「――何故?」

 ここにと続けられた言葉は音を持たずにホタルの口の中で消えたようだ。タキとて同様に「何故ここに」とホタルに問いたい。

 彼が身に纏っている制服は黒く、討伐隊を顕す徽章が入っていた。まさにクラルスの敵であると標す出で立ちで、それでもこちらを見つめるコバルトブルーの瞳には今までと変わらない慈しみと親しみが存在している。

 違う場所で戦うと言っていたホタルの戦場が反乱軍討伐隊の中であったことを薄らと感じ取り、普通の大学生であった彼の苦労を思えば自分の迷いや苦痛などたいしたことでもないような気さえした。

 研究に没頭しアゲハと穏やかな日々を送っていたホタルからは想像できないような変貌ぶりだ。

 その手に銃を持っていることすら驚きで、細く白い指が誰かの命を奪うようなものを持つということが信じられずにタキは目を反らした。

 ホタルの横には第六区で助けたセクスが立ち、あの瀕死の重傷からもう回復したのかと驚愕する。

 そして入口を阻んでいた黒いドレスの女が纏う死の香りに反射的に斬りつけてしまったが、右肩から左脇まで走った傷口がしゅうしゅうと音を立てて黒い煙と共に消えていくのを見て、彼女が能力者で間違いないと得心した。

「なんなの!?」

 目を見開いて声を荒げる女の顔は綺麗だが、ただそれだけで人間的魅力も温かみも無い。同じく部屋の中央辺りに立っている冷たい双眸の男にも冷酷さばかりが際立っており、惹かれる物はなにひとつ無かった。

「――お前らの目的はなんだ?」

 斬った所で女は死なないと解り、タキは再び曲刀を振いながら問い詰める。

 女は悲鳴を上げながらも一歩も引かずに白刃を受け止めた。その都度煙を上げて塞がって行く傷口は赤い血を一滴も流すことはない。

 アキラの能力も凄まじい能力だが、この女の力は余計に人間離れをしている。

 メディアと名乗った彼女が無から有を生み出すことはできないと教えてくれた。それは未熟なタキにだけ当てはまることでないだろう。

 アキラの力が風を操ることで発揮されるように、この女の力にも必ず源があるはず。

「言え。お前らの目的を」

 知ってどうするのかと心の中の己が呟く。

 求めるものが違うのだと解っている癖に答えを求めてどうするのだと迷う。

 その二つを斬り伏せるように曲刀で払うと、再び女が苦しみながら黒い瘴気を漂わせる。

「――――知ってどうするの?」

 タキの葛藤を声にして発されると心が揺れ、呼吸が乱れた。動きも鈍り、攻撃も単調になる。ただ振り回されるだけの刃を避けることなど簡単だ。

 女はひらりと間合いから外れると、微笑を張り付けて再度「何故聞くの?」と問うた。

「新たな国の脅威となるなら、」

「戦うの?」


 違う。

 彼女とは戦いたくない――。


 だが。


 障害となるのなら。


「その必要があるだろう」

 アキラと初めて顔を会せた時に反逆の意思を問われた。まだなにも知らず小さな幸せと平穏さえあれば他にはなにもいらなかったあの時は無いと答えたが、弟妹と離ればなれになり戦いの中へと身を投じた今は避けては通れぬ道だと思える。

 共に行くことはできない。

 タキが選ぶのは異能の民になる道では無く、知り合った多くの人たちと築き上げる新しい国へと至る道。


 決別だ。


 ずるずると引き延ばした決断をする時。


「ならば教えてあげる。親愛なるメディア様の意思の元この国を征服し、更に世界全てを掌握して海へと還りし時、この世界は完全にメディア様のものとなるのよ」

「世界が彼女のものに……」

 彼女が欲するのはスィール国だけに飽き足らず、全ての世界をも手に入れようと言うのか。

「そこに住める権利を与えられるのは一部の選ばれし者だけ。能力を授かった者でさえ選ばれないこともあると仰るから、みんな必死なのよ」

 ならばアキラも選ばれし者になろうと懸命に彼女のために動いているのだろう。

 一部の者しか住めない世界など受け入れることなど出来ない。

 どうやって選別されるのだ?

 また大きな力で篩にかけられて落とされるのか、残されるのかと一喜一憂しなければならないとは、どこまで運命とは過酷なのだろう。


 そんなもの御免だ。


 そんな人生を選ぶ決心をしたアキラたち異能の民の気がしれない。


 覚悟していたことだが、彼女の求める世界を許容することはできなかった。世界がそれを望んだとしても、タキは抗う道を選ぼう。

「彼女に伝えてくれ。俺は貴女の敵となると」

「……いいの?」

「待て!行かせるか!!」

 耳を聾する発砲音と女の背中から胸を抜けて飛び出してきた銃弾が赤い花を散らす。黒い霧のような煙は徐々に力を失い弱まって行くが、それでも開いた穴を覆って隠そうと蠢く。

「に、いさん」

 膝を着き、女は苦悶に顔を歪めた。

 男が足早に歩を詰めて、女の腕を取ると捻り上げて金属の手錠をかける。身じろいで逃れようとするが、酷薄な笑みを浮かべた男は女を床に突き飛ばし「捕えるために死すら受け入れたんだ。そう簡単に逃がすわけがあるまい」と囁いた。

「本当に、兄さんは勝手だわ……昔からずっと」

 女の目尻に浮かんだ涙を見てタキは刀身を返して男へと突き付け、同時に男の背後からホタルが銃口を後頭部に当てる。

「……ハモン、命を救ってもらいながらこの仕打ちは最低だとは思わないのか?」

「おや、妹の涙にほだされでもしましたか?貴方は先程私を撃ち殺そうとしたではないですか。それは青臭い夢や理想や希望と呼ばれる、身勝手な思い込みによる愚行です。それと妹を捕えることのどこに違いがあるとでも?そもそも私は自分の命を賭けました。その勝負に勝ったのですから相応の報酬を得ることは当然です」

 精一杯の嫌悪を籠めたホタルの詰りすら男は涼しい顔で反論し、床に横臥する女の手首に嵌った手錠を足先で踏みつけた。

「ハモン!」

 声を荒げて銃口を強く押し付けるホタルの顔は怒りで紅潮している。横に控えていたセクスが進み出て「貴方の弁論は聞いていて虫唾が走ります」と嘆息した。

「シモンさん、選んでください。この男を生かして貴女が捕らわれるのと、この男を殺して貴女を逃がすのと」

 どちらがいいですか、と問われ女はぐっと唇を噛む。

「貴女が危険を冒してまで、兄であるこの男の命を救いに来たことは解っています。ですが私たちはハモンに生きていてもらっては困り、貴女も捕らわれたままになるのは嫌でしょう?」

「どっちも、いや」

「……困りましたね」

 拒絶の意思を口にする女からホタルへと視線をやり、どうするかをセクスが問う。

 兄が死ぬのもいやで、囚われたままもいやだというのだからどうしようもない。タキはホタルが答えを出すのを待つことにした。

「……それでは、私もその賭けに参加させてもらう」

「賭け……?」

 さっき男が口にした命を賭けて妹を捕えようとしたことに対してのものではないだろう。なんのことかタキには解らないが、ホタルは理解しているようだった。

 柔らかな風貌の友人は首肯して「この兄妹はどちらが先にこの国を手に入れるか、というような賭けをしているらしい」と手短かに説明する。

 異能の民の能力者である妹と、軍の人間である兄がそれぞれ違う方法でこの国を我が物にしようとしているのか。

 女はメディアのために。

 それでは男はなんのために賭けをしているのか。

 己の能力を示すためか、それとも妹への執着か――どちらにせよ、理由などどうでもいい。

 その兄妹の賭けにホタルが参加するとはどういう意味なのだろうか。

 疑問を口にする前に彼は兄妹に顔を向けて提案をする。

「私が討伐隊の指揮権を全て引き受けこの統制地区を理想の姿にするのが先か、ハモンがカルディアに戻りアオイ様の謀反と閣下の傍近くにある邪魔者を排除し軍国主義の機能を取り戻すのが先か、シモンさんがこの国全てを手に入れるのが先か勝負しよう」

 人と争うことを好んでするような人間でないのは知っているが、言い放ったホタルの顔には自信すら垣間見えて頼もしく映った。

 タキの知らない所でどれだけ悩み、苦しんで戦うことを選択したのだろうか。

 決意で力強く輝くコバルトブルーの瞳には有無を言わせぬだけの力があった。

「これでハモンの望みどおり、カルディアへと戻る道ができただろう?こんな場所には長居したくないと言っていたから丁度いいはず」

 男は暫し黙考し、ちらりと歯を見せて笑う。

「……いいでしょう。ではなにを元手にこの賭けに乗るんですか?」

「この国の未来と」


 僕の命だ。


 息を飲んだのはタキだけだった。

 誰もがそれほどの覚悟を持ってこの場にいるのだと突き付けられる。

「貴方の命など高が知れてはいますが、健闘をお祈り申し上げますよ。せいぜい私を喜ばせるくらいには頑張ってもらわないと」

 勝負をするのだからと退屈は御免だと含められた言葉にホタルがゆっくりと顎を上下に動かす。了承の意を示した友人は男が差し出した手錠の鍵を使って女の束縛を解いてやり、身を起こすのに手を貸してやった。

「さあ、新しい賭けの始まりだ」

「本当に尊い魂の持ち主ね……あなたは」

「……欲しいのなら、勝負に勝つしかないよ?」

 苦笑いして口にした言葉は冗談のように聞こえるが、受け取った女の顔には一切笑顔は無く渇望に満ちたぎらついた瞳をしていた。

「ならば、勝つわ。必ず手に入れる」

 手を差しだしてくる女からそっと身を引いてホタルは「僕は負けない」と首を振りタキの前へと歩いてきた。

「反乱軍クラルスの頭首。私は今より反乱軍討伐隊の全権を譲渡され名実ともに指揮官となった。私が望むのはこの国に高く聳える壁を取り払い、カルディアと国民が手を取り合い助け合いながら共に歩くことのできる新しい国だ。貴方たちと戦うことは本意では無い」

 真摯な言葉と態度で伝えられたホタルの意思。

 討伐隊の指揮官である彼が口にする思いは、隊員全ての総意ではないだろうが彼らとの戦いに終止符を打つだけの権限はあった。

 だがそれは国の意向に背く行為だ。

 ホタルはこれから国と戦うことになる。

 それでも構わないと手を差しだしてくる友人の思いに答えるべく、タキもクラルスの頭首として多くの民の声を代弁する必要があった。

「……俺たちが望むのは平和と自由と権利。そして飢えや貧しさの無い、誰もが幸せを実感できる国を。互いの義務により安心と安全が護られる法の在り方、子供たちが夢と希望を抱ける土台が欲しい。病の時には薬を手に入れられる環境と安定した仕事に就けるような基盤づくりを」

 望みは多いがそれを黙してきちんと聞いてくれるホタルは頷きながら先を促す。

「俺たちが同じ人間であると、」

 認めて欲しい。

 カルディアに住む人間も統制地区の住民もみな同じスィール国の民だと宣言して欲しいのだ。

「それが叶うのならば、喜んで手を取り共に歩もう」

 ホタルの手を握り返した時、彼が待っていたのはこの瞬間だったのだと気づく。

 別々の場所にいながら同じ思いを抱いて戦いここへと辿り着いた道のりは、漸く実を結んだかのように見えたが、これは最終地点では無くそこへと向かう始まりの場所である。

 戦う相手がほんの少し変わっただけだ。

「互いの理念の元に一緒に戦おう」

 微笑んだ友人にタキは直ぐに首肯した。

 気付けば女の姿は無く、男は部屋にある重要な書籍と書類のみを手早く纏めると「それでは失礼します」と颯爽と部屋を出て行く。

 ホタルが言っていたようにこの地へ留まっていたのは不本意だったのだろうと、その行動の速さに納得して失笑した。

「さあ、これから始まる勝負に向けての準備を始めよう」

 意気揚々と声を上げたホタルの声を受けてセクスが一礼して部屋を退出する。直ぐに数名の兵を伴って戻ってくると、床に倒れている躯を片付け始めた。運び出されるそれらを見送りながら、この部屋に来るまでに見た兵たちの死体を思い返す。

 そしてタキが斬り伏せた二十名ほどの兵たちの姿も。

「なにを考えてるのか解るよ、タキ」

 労わるような視線と悲しみの表情に彼もまた心を痛めているのだと知る。

 今までの戦いで互いの血を多く流し、沢山の命が失われたのだ。損失と喪失は大きく、そして彼らの無念さと残された家族の思いはいかばかりか。

「だからこそ、僕たちは今までの国の在り方に否を突き付け新しい国を作らなければならないんだ。それが僕らの責任であり、唯一とれる償いの方法だよ」

「……そうだといいが」

「他にも方法があるのかもしれないけど、今はそれが最善であると僕は信じているから」

 銃をホルスターに戻す仕草が覚束ない所を見ると、どうやら実際に扱ったことは今回が初めてらしい。

 そのことにほっとしつつ、またこうして隣に立つことができたことを喜んでいるとホタルは真っ直ぐに青い瞳を向けてきた。

「タキも、彼女と同じ不思議な力を持っているんだね」

 質問では無く確認されたことで、疑惑では無く確信を持っているのだと覚る。言い逃れはできないだろうとタキは小さく頷いた。

「だが、俺は異能の民では無い」

「そんなの解ってるよ。ただ、そうだとしたら心強いなって思っただけだし」

 否定すると苦笑いしてホタルが掌をひらひらと振った。

 怪しげで異質な力を忌避するのではなく、心強いと思う彼は肝が据わっているのか、それとも純粋すぎるのか。

「……どうして、」

 今まで能力を隠してきたことを責めもせずに受け入れてくれたことと、タキが異能力を持っていると気付いたことを合わせて聞けばホタルは「どうしてって」困ったように頬を掻く。

「海を泳いで来たってことはそれだけずぶ濡れなら信じるしかないし、あの海水に浸かって無事なんて普通の人間じゃ無理だ。それに」

 言いにくそうに口を噤んだ後でタキに内緒でミヤマの孤児院に行き、そこの井戸水があまりにも綺麗で美味しかったので数値を計らせてもらったのだと白状する。

「この国で正常値を出す水なんかあるはずないのに、どれだけ驚いたか。後はこの間アジトを討伐隊が包囲した時に枯れていたはずの噴水に水が蘇ったこととか。シモンさんの能力を見ても動じなかったこととかを総合して」

 判断したのだと告げられた。

「どんな力を持っていようと、タキはタキだから僕は信じる」

 だから僕のことも信じて欲しいと懇願されタキは勿論だと微笑む。

「ホタルの命を守るためにも、この勝負負けられないな」

「本当にね……」

 肩を竦めるがその表情に悲壮さは無い。

 勝利を信じているからこそ、明るく希望に満ちていた。


 きっと道は開ける。


 新たな国は必ず生まれる。


 そう願い、求め続ければ叶えられるに違いない。


「行こう」

 どこまでも。

 未来は変えられる。


 運命も。


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