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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
125/178

エピソード124 死の香り



 原子力発電所では監視カメラでの警戒のみのようで、見回りをする衛兵にも会わずに拍子抜けするくらい簡単に隣接する基地へと辿り着くことができた。

 やはり海からの侵入を想定していないのは問題だと思いながら、こうして楽に近づけたのだから今は感謝するしかない。

 発電所と基地を繋ぐ場所は厳重な警備が敷かれ、目が眩むほどの灯りが侵入者を阻もうとしているかのようだった。

 見える範囲で兵の数は二十名ほど。

 内側と外側に分かれて配置されている。


 そろそろ始まっただろうか。


 予定では親方たち組合連合は反乱軍討伐隊への攻撃を始めたはずだが、基地を守る兵たちの様子は通常と変わらないように見える。クラルスと討伐隊が交戦した所で劣戦にならねば軍は基地から動かないのだろう。

 タキから見れば討伐隊も保安部も治安維持隊も同じ軍という一括りに感じるが、彼らには所属や職務など細かく分けられており、目の前で戦闘を始めたとしても関知しないのだから少々薄情な気がする。

 それでも起こり得る危険は最小限に抑えておいた方が良い。

 何処にいても安全ではないのだと、軍に示しておくいい機会だ。

「アジトを守るだけが頭首の仕事じゃない」

 相変わらず仮面越しの視界は狭く見づらいが、吸いついて来るような感触は既に顔の一部であるかのようだ。

 左手で鞘を握り、曲刀を抜き放ち短く息を吹き出して地を蹴った。濡れた衣服が身体に張り付くが、動きを妨げるほどではない。

 突如現れたタキの姿に一瞬惚けて、ややあって兵たちは銃を放つ。十分警戒をしていたはずなのに、対応が遅れたのはやはり海側から襲撃してくる者などいないという先入観があったからか。


 もしくは異形のような姿をしたタキに飲まれたのか。


 茶色の髪を張り付かせ、仮面に開く小さな穴の奥から炯々と輝く金の瞳をした巨躯の男がずぶ濡れでいきなり襲いかかってくれば驚愕するだろう。

 銃弾に怯みもせず踏み込むと同時に横一線に薙ぎ払えば、赤い血潮が吹き上げてぱっと視界を染める。仮面の上を伝い流れて、頬をまるで涙のように一筋落ちて行く温かな液体はぬるりとしていて金臭い。

 視界を狭められているせいか、いつもより五感が研ぎ澄まされ、見えていないはずの場所でさえ敏感に気配を感じる。ゆっくりと回転して突き進む弾道すら見えるようで、タキは続く一閃を避けながら叩き込む。

「くそっ。化け物か!?」

 恐怖は伝染する。

 二十人ほどの兵士たちは曲刀ひとつで次々と薙ぎ倒して進んでくる姿に畏怖を感じているのだ。

 弾を避け、鈍く輝く曲刀を一揮いするごとに兵の数が減って行く。

「反乱軍の頭首は死んだはず――!!」


 タスクの再来かと思われているのか。


 残念ながら彼ほど流麗な動きをすることも、意表を突いた攻撃をすることもできない。ただ有り余る膂力と長い手足を最大限に用いて無我夢中で戦うだけの武骨なタキの型は、他者の目を奪うようなタスクの戦い方とはほど遠い。


 あの圧倒的なまでの強さ。


 そして美しさと鮮烈さ。


 あれはタスクでなければできないもの。


「俺は俺以外の者になるつもりはない――!」

 ソキウスがそのままでいて欲しいと願い、ホタルが他人のために動ける自分に自信を持てと諭してくれた。

 自分自身のために戦うことが、クラルス全員のためになるのだから気負わずに突き進めと叱咤してくれたタスクの言葉が蘇る。


 全ての人が幸せを実感できる国を作るとミヤマに約束したから。


 確かな手応えと徐々に身体が温まることによって速度が増していく。返り血も、弾む呼吸も、喧しく鳴り響く鼓動も全て思考を鈍らせていった。

 視界に入れるたびに消えていく兵の命を奪っていることを実感する暇も無く、断末魔の悲鳴が遠くから聞こえているようだ。現実とは思えない光景をただ映像として捉えつつ、凶刃を揮うことのできる自分は既に人では無い。


 鬼か。


 悪魔か。


 きっと必要悪なのだろう。

 手を汚す仕事を誰かがやらねばならないのだ。


 タキが担うことで新たな国を実現できる足がかりとなることができるのならば本望だ。

 人が思うほど自分は優しくもなければ、思いやりも無い。利己的で自分本位の考え方しかできない人間だが、そんなタキでも必要としてくれる人がいるのなら。

「――――手を貸そう」

 最後の一人が地面に倒れ、タキは大きく肩で息をする。呼吸を整えていると視線のような物を感じて顔を巡らせると、兵たちが護っていた入口を監視カメラがずっと映し出していたことに気付く。

 カメラが回って監視されているはずなのに、一向に警戒を呼び掛ける音も援護に駆けつけてくるような気配も無い。


 なんだ――?


 訝りながら長居はしない方がいいだろうと背を向けて走り出す。

 情報では毎夜三人一組の兵が巡回を頻繁にしていると聞いていたが、不思議と兵のひとりも見当たらない。大きな建物を中心に第八区側には広い演習場があり、第七区側には車両や食堂、海側に原子力発電所。タキは西側から入ったので、右手側に演習場が広がっているが、人影はおろか灯りさえ乏しく物寂しい感じがした。


 灯りが、無い?


「そんなわけが」

 演習場の方はダウンタウンに接しており、そこは重点的に警戒態勢を整えてあるはずだ。常に灯りは皓々と照らされ、近づく者を阻もうとするかのようにダウンタウンの貧しい街並みを隅々まで克明に知らしめていた。

 いつもなら等間隔に立つ照明灯の全てに電気が通っているのだが、今は見える範囲だけでも三つに一つくらいの間隔でしか灯されていない。


 あれでは侵入してくれといわんばかりだ。


 妙な胸騒ぎを覚え、タキは引きつけられるかのように演習場の方へと足を向けた。足早に進みながら、薄闇の中目を凝らす。明るいよりも中途半端に光源がある薄暗い方が視界が利きにくい。

 改めて体感しながら遠くにある演習場の境まで辿り着いた所で漸く灯りの届かぬ闇の中に人影を得る。

 それは地面に四肢を投げ出した状態で無防備に転がっていた。

 近づき意識の有無を確かめようとして、それが無駄な行為であることに直ぐに気付く。白目を剥いた兵の顔は紫色へと変色し、死亡して長時間経っているかのようにも見えたが、ここがダウンタウンならいざ知らずここは陸軍基地内部である。

 兵の死体を放置しているなど考えられない。

 ならばこの兵士が命を失ったのは数時間、あるいは数分前かもしれない。

「一体、なにが」

 狼狽しながらタキは兵の傍に跪き、近くに脅威がいないかを窺うが既にその侵入者は姿を消しているようだ。

 警戒を怠らぬまま辺りに視線をやると、そう離れていない場所にも同様の人影を複数見つけることができた。

 侵入者は複数か、それともタキのように単身なのか。

「何者だろうか……」

 そわそわと落ち着かない気持ちになりながら、このまま引くか、それとも進むかの判断をしかねていると鋭い銃声が聞こえた。

 そして間を置かずにもう一度。

「なんだ?なにが」

 起きているのか。

 銃声は建物内部からだ。

 侵入者は陸軍基地の主要部へと到達したのだろうか。

「退く、か」

 苦渋の決断をして立ち上がろうとした時、兵士に死因となる外傷がどこにも見当たらないことを発見した。

 ゾワリと寒気がしてタキは息を飲む。

 血を流さずに人を殺すことができる方法は少ないだろう。

「……毒殺?」

 異常な顔色から考えられるのはそれぐらいしかない。だが殺気立っているタキの神経がそれに否と答えている。

 禍々しい力で暴力的に奪われた魂が無念を訴えてきているような気がして震えた。

「能力を持つ者の仕業か――」

 彼女から力を授かった者たちがどれ程の人数いるのか解らないが、その可能性を否定はできない。

 ならばなにが望みで動いているのかを知るチャンスかもしれないと考え、タキは退くことを諦めて敢えて敵の懐へと飛び込む決意をする。

「危険を冒さねば情報を得ることはできない、か」

 進み始めたタキを風が行くなと阻むかのように強く吹きつけてきたが、曲刀で一打ちして切り裂き道を作る。

 漂ってくる死の香りに不吉さを感じながらも前へと歩を動かしたのだった。


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