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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
120/178

エピソード119 解り合えぬ人間

「ほらよ!」

 まるで遊びの延長のような楽しげな声を上げて、ハゼが振り抜いた腕の先から放物線を描いて手榴弾が飛んで行く。青空を背に小さな黒い影となって次々と小さな爆弾が施設の内側へと投げ込まれる。

 大地と空気を振動させて爆炎が上がり、黒い煙が幾つも風に流れていた。

 戦いの場には不似合いな子供たちの姿が手榴弾を抱えて走り回り、壁の外から誰が一番多く投げ入れることができるかと競争をしている。

 襲撃は始まったばかりで、軍の兵士もまだ浮ついていて冷静な対処ができていないようだ。見張りの兵士たちは手榴弾が容赦なく雨のように降ってくるので、銃を撃ち返す前に爆風で飛ばされたり、瓦礫の下敷きになって身動きができないようになっている。

 クラルスには十分な武器がない。

 あるのは百丁程の小銃と心許ない弾倉が少し。銃があっても弾が無いのでは単なる飾りにしかならない。脅しぐらいしか使えない銃など戦闘では何の役にも立たないのだ。

 小さな弾を量産するよりも、手榴弾や簡単な爆弾を作る方が時間もかからない。

 今回の目的は食糧と武器調達にある。

 軍の施設を落とすことを託されているわけでは無いので、単細胞のハゼでも頭首の命令を全うすることはできるだろう。


 そもそも自分で提案しているのだから達成できねばおかしなことだが。


 ものの数分も経たぬうちに施設の壁が黒く焼け崩れ、そこから小銃を持った男たちがハゼに誘導されて入って行く。

 アキラもその後を気が乗らないままに続き、瓦礫の山を越えて中へと入った。そこには黒いアスファルトが広がり、軍の車が整然と並んでいたのだろうが横倒しになったり、炎に包まれていたりなど散々な有様になっている。

 丈夫なはずの軍の車体がぐにゃりと変形しており、それを見ただけで爆発の激しさを物語っていた。

「……ここが、軍の施設」

 カメラを首から下げた男はロータスに所属しており、今回の襲撃先が軍の施設だと聞いて同行を願い出てきた。

 眼鏡とファインダー越しに美しく整えられている施設の環境を覗きながら、シャッターを押して映し出すものに価値があるのかはアキラには解らない。

 彼らは真実を追う者であると明言し活動しているが、なにが本当の真実かどうかなど判断できぬのに。

 人は信じたいほうの情報を信じ、しばしば都合の良いように真実は捻じ曲げられていく。

 そんな不確かなものに縋ろうという心理が理解できない。

「限られた土地しか残されていないのに、不必要なくらいの施設を国は軍に使用させているのか」

 悔しそうに呟くその横顔は憤慨しているようだが、その手に武器を持たずカメラを手にしているのだから酷く偽善的に見える。

 その点素直に腹を立て力で脅威に抗おうとするハゼの方が解りやすく、また受け入れやすくもあった。

「できれば中も見たいが……難しいだろうな」

「死にたければ、御自由に」

 自分でも冷酷な言い方だと思ったが、別に親しくせねばならないという縛りがあるわけでもないのだから構わないだろう。

 男は眉を寄せて不機嫌さを見せながら振り返り「情報は生きて持ち帰るからこそ価値がある。死んではその情報の意味が変わってしまうんだ」と切々と語り始めたが、長くなりそうなので無視してハゼたちが向かった方へと歩き出す。

 戦闘中暢気に会話をするだけでも気が緩んでいるように思えるが、写真を撮ることに夢中になることは命の危険を顧みない行為に感じる。

 その反面生きて帰らねば勝ちを失い、意味が変わるのだと言うのだから訳が分からない。


 所詮生きる世界が違うのだろう。


 どんなに言葉を重ねても解り合えぬ人間はいる。

 特にアキラは顕著だった。

 仲間からも異質な存在として扱われている自覚があり、マザー・メディアという偉大なる女性を崇めているという共感だけで繋がっている部分はある。

 盲目的に彼女を尊び、跪いて慈悲を乞うことがなによりも心地良く、それ以外を望むことが馬鹿馬鹿しくなるのだ。そんな人間たちが集まっているのだから嫉妬と羨望が嵐のように渦巻き、誰が一番彼女の気を引けるかと躍起になって手柄を立てようと駆けまわる。


 それこそ無様に。


 だが彼女の意に添わぬことはせず、ただ一心に悲願を成就せんがために動くという部分にのみ共通点と利害が一致している。

 強固に。

 アキラたちは集団では無く、ただ唯一の個であると思っている。だからこそ単独で動き、その場の状況で柔軟に対応できるのだ。

 それだけの力を彼女から贈られ、思いに報いるために身も心も捧げる。

「おっと、来やがった!」

 車の影に身を潜めてハゼが犬歯を覗かせて笑う。建物から銃を構えた兵たちが走り出て来て一斉射撃を始める。火力に物を言わせて押え込もうとしているのだろうが無駄だ。

 風を引き寄せてその軌道を惑わせてやれば、どれもまともな効果を発揮することはできないだろう。だが全ての弾を反らせてしまえば疑念を抱く者がいるかもしれず、そのさじ加減が難しい。


 今日は面倒な余所者もいる――。


 タキの望みは食糧と武器の確保とハゼが無事に生きて帰って来ること。それ以上の仕事はするまいと決めてアキラはハゼの少し後ろに控えて弾が空を切る音を聞いていた。

「こっちはそんな無駄弾ねえからな……これでも、喰らってろ!」

 安全ピンを引き抜いて立ち上がり、ハゼが哄笑を上げながら手榴弾を放る。地面に転がり、衝撃を受けて弾けるとアスファルトを捲り上がらせて轟音を響かせた。ハゼに倣い多くの男たちが爆弾を投げて行く。

 その隙にハゼは身を屈めて駐車場の端から道を横断し、その先の建物の影へと移動する。アキラも遅れずに着き、何故かその後ろにカメラを押さえてロータスの男も続いた。

 数名が銃弾の飛ぶ中を追いかけてきて、二名ほどが着弾して転倒する。呻き声と悲鳴が混じり合った声を聞きながら歩は止めずに先へと進む。

 くの字に曲がった建物を回り込んで行くと広大な大地が現れた。白茶けた大地に緑の葉が生い茂る草地が点在し、丘や盛り土がされた不自然に隆起した場所もある。横に細長い建物もあり、演習をしていたのか兵たちが敵襲と聞き隊列を組んでこちらへと向かってきていた。

「アキラ!車を回してこい!」

「断る」

 勢い込んで指名されたがアキラが車を盗んでここまで戻ってくる間に襲われては、ハゼたちはひとたまりも無い。物言わぬ肉片となり果てて任務失敗で帰還することになるのは目に見えている。

 車を移動させるくらいは他の人間でもできることだ。

 アキラがする必要も無い。

「お前!」

 苛立ちながらも行っても無駄だと判断したか、ハゼは近くにいた男に命じて急がせる。

 どうやらこのくの字型になっている建物が倉庫のようで、銃で鍵を壊し蹴り開けられた扉の向こうには箱詰めになった銃火器が収められていた。

 雪崩込み物色しているハゼたちの背に「食糧が優先だとタキが言っていただろう」少しばかりの嫌味を籠めて問えば「武器が無けりゃこの先は難しいからな」と渋面で解っていると応じる。

 やれやれと入口の扉の影に身を隠しながら外を窺えば、カメラを構えて無防備に佇むあの男がいた。広大な敷地の半分以上を占める演習場を写真として残そうと無我夢中で写しているので、近づいて来る兵たちの姿を視認できずにいるのか。

 それともカメラを通して見ると遠近感が鈍るのか。

 どちらにせよ危険だ。

「おい――」

 乾燥した空気の中で発砲すると余計に空々しく聞こえる銃声は現実感が伴わず、自分に向けられた物だと気づいた男は蒼白になり、あろうことか固まった。

 逃げるなり、地面に身を投げ出すなりすればいい物を。

「ちっ!」

 放っておいても構わなかったが、あまりにも無頓着過ぎる男を憐れと思ってしまった。アキラは扉から飛び出し撃ち抜かれる寸前の弾の軌道を僅かに動かして、男の服を掴んで引き倒す。自らも転がって砂まみれになりながら、男を引きずったまま倉庫の中へと這い戻った。

「なにやってんだ!」

 ハゼが怒鳴りながら軍の銃を手に扉に近づく。弾が抉る音が断続的に続くのを震えながら男は「すまない」と謝罪した。

「あまりにも、圧倒されて」

「死んでは意味ないと言ったのは誰だ」

「オレだ……」

 悄然と項垂れて呟く姿に反省の色を認めてアキラは首を左右に振る。

 こんな男を連れているのでは先が思いやられた。

「次にやったら、助けはしない。心に留めて置け」

「ああ……」

 まだ動揺と恐怖を張りつかせてはいるが、その目には冷静さが戻ってきているように見える。死を意識した後でさすがにまた同じ愚を犯すことは無いだろうと嘆息し、面倒な子守を任せたタキを恨む。

 銃声とは別に車のエンジン音が聞こえ、ハゼたちは手早く見繕った銃と弾倉や爆薬を抱えて入口に持ってくる。

 荒い運転をした車が目の前に横付けされ、大きな車の座席に手際よく積み込んだ。





 子供たちが歓声を上げながら広場へと出てハゼたちを迎えた。多くの食糧と武器を持って戻って来たことを喜び労って、我先にと駆け寄り荷物を運ぶ仕事を手伝う姿を眺めながらタキは目を細める。

 無事に任務を終えて帰還したハゼたちの顔は誇らしげで、出動した男たちの数名が負傷していたが誰も命を失わずに全員が戻ってきたことは喜ばしいことだった。

 アジトまで車が入らないので、途中で乗り捨てて荷物を何度も往復して運ぶ役を子供たちが担うために路地へと走って行く。

思っていた以上に戦利品を持って帰って来てくれたようでタキは諸手を上げて感謝した。

「みんなのお陰で暫くは食に不自由せずに済む。第八区ダウンタウンの人たちも感謝するだろう。勿論俺も」

「おう!感謝してくれよな。結構大変だったんだからよ」

 男たちが明るい笑いと共に応じて、タキの横を通り抜けて荷を中へと運ぶ。ハゼの周りには子供たちが集まり、武勇を聞きたがっていたのでそれ以上は近づかず一番後ろを歩いて帰ってきたアキラへと声をかけた。

「……なんだ?」

 剣呑な声と不機嫌な様子に目を丸くしてタキが「いや……」と言葉を濁すと、薄紫の瞳を半眼にして睨まれる。

「こんなに疲れたのは初めてだ。二度と御免こうむる。お守りを押し付けられるくらいならオレひとりで食糧でも武器でも調達してやる」

 余程のことがあったのだろうが、それ以上アキラはなにも言わずにアジトの中へと入って行く。その背中に安心させるべく「次は留守番をしてもらうつもりだ」と伝えると、立ち止まりどういう意味だと視線で問うてくる。

「そろそろ俺も戦場へ出る。その間をアジトの守りをアキラに任せる」

「……オレを信用していないのだろう?」

 解せないと首を捻る男に苦笑いで応えた。

 言わずとも革命が成されるまでは味方のはずだと互いが理解している。

「今は未だ、その時では無い……はず」

「その通りだ」

「なら問題ない」

 頷いてタキは背中を押して扉を潜った。


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