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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
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エピソード114 目に見える敵 目に見えぬ敵

 ホタルは反乱軍討伐隊の本部である扉を開けようとして、丁度出てこようとしていたハモンと鉢合わせした。

 参謀部の若きエリートは原子力発電所を併設した陸軍基地で第八区の反乱軍アジトを殲滅するための指揮を執って詰めていたはずだが、どうしても本部へと戻らねばならぬ用事でもあったのだろう。

 久しぶりに顔を会わせたがその冷徹無比な容貌に焦りと苛立ちがほの暗い情念を伴い更に磨き上げられ研ぎ澄まされていた。

 一呼吸の間視線をぶつけ、今までのホタルならば先に反らしていただろうが臆することなく受け止め続けることができたのは最近セクスの教えを請いながら多くの交渉ごとを下手なりにこなしてきたという自負があったからだろう。

 睨み合いになった時には目を反らした方が負ける。

 交渉は優劣が決した時に初めて動く。

 心の中ではどんなに狼狽えていても面に出さず、悠然として揺さぶれば相手の方が焦り始めることも多いと学んだ。

 絶対的存在である父と向き合うことを避け、受け止めるよりも逃げる方が簡単で楽だと身に染み付いていた習慣が、威圧的な者や父に似た者と相対する場合には防衛本能が働くのか無意識にそういった行動をとってしまっていた。

 そうすることで相手はホタルを弱者であると本能で認識し、侮り、御して優越感を得ようとする。

 戦う前からホタルは既に負けていた。

 戦い方を知らず、ただ流されていた意志薄弱な自分の姿を思い返して苦く笑う。

「ホタル様?」

 なにがおかしいのだとハモンが眉を寄せる。

 そんな仕草までもが父と似ていて、血縁関係のない二人がこんなにそっくりなのは参謀としての職を全うするのに必要な技術として代々受け継がれているのかもしれないなと冷静に観察できるまでに成長できたことを素直に喜ぶ。


 今はもう方法を知らぬ無力な自分では無い。


 そのことを自覚し、勇気を得る。

 驕ることは大きな失敗を招く事になるが、自信を持つことは悪いことでは無いのだとセクスは教えてくれた。

「久しぶりに会うなと思っただけだ」

「そうですね。最近では随分積極的になったと聞きましたが」

 私がいない間に勝手にこそこそと動き回って目障りだと口には出さずに冷たい視線がねめつけてくる。

「なにやらセクス中尉と随分と懇意になさっているようで。どういった心境の変化か窺っても宜しいですか?」

 別になにを仕出かそうと画策していても脅威になどなり得ないが、傍に居なくても情報と動向は逐一耳に入っているのだと牽制のつもりの発言にホタルはわざと神妙な顔を作って頷く。

「どうも頭首を失った混乱から反乱軍は持ち直したらしい。優秀なハモンが片を着けるために一斉攻撃を仕掛けて苦戦するくらいだからな。その前にセクス中尉に復帰してもらい第六区を落としたかったんだが、遅かったみたいだ」

「……自然の脅威を前にしては私の策でも簡単に流れを変えることなど出来ません」

「気にするな。運が悪かったとしか言いようがない」

 ホタルごときに慰められる屈辱をハモンは無表情を貫くことで耐えた。作戦の途中でまさか地響きと共に枯れ果てたはずの噴水に再び水が吹き出す珍事など滅多にあることでは無い。

 上流で川の流れを堰き止めて水量を減らしておき、敵がそこを渡ろうと進軍してきたところで堰を切って濁流を用いて押し流すという戦法もあると聞いたことはあるが、今回の件は反乱軍の策では無く自然の起こした気紛れだろう。

 そうでなければ水脈の絶えた場所に再び水を戻すなど普通の人間にはできない。

 高い技術力と知識、水脈を辿る道を知ることができれば可能かもしれないが、統制地区の人たちにそんな策を思いつくこともそれを行動に映せるだけの資金や能力があるとは残念だが思えなかった。

「運がなかったと片づけるには、少々都合がよすぎるような気もしますが」

 以前ちらりと見せたことのある物憂げな表情を再び見せて、ハモンはやはり語尾を濁す。あの時は未だ確信を得られぬほんの些細な不安材料だったようだが、今回の件ではっきりとそれが懸念すべきことであると断じるだけの根拠を得たのか。

「反乱軍に自然の力を左右できる力があるとでも言うのか?」

 もしそうだとしたら脅威である。

 だがそれならばどうして今まで使わずに隠していたのか。

 その秘策はアジトであったから可能であったのか、それともギリギリで漸く完成したのか。

 巨大な力を持った反乱軍は新しい国の形を模索する中でカルディアと協力していくことを拒んだりするかもしれない。

 優位を主張して今までの立場を逆転させ、新たな軍事国家を立ち上げかねなかった。


 それでは困る。


 新たな火種は無い方が望ましい。


 なにも無い所から手を携え始めるのと、危険を孕んで一方が力を持って始まるのでは大きな違いがある。

「全ての事柄にはそこまで至った経緯と原因があり、不可解で不可能なことにも理由や思惑があります。稀に奇妙な偶然が重なって思わぬ事態を引き起こすこともありますが、殆どが人為的作為的な意図を持って起こされていると言っても過言ではありません」

「……反乱軍にそれを起こすことが可能であると?」

「反乱軍に、とは言及しませんが」

 なにやら含みのある言い方にホタルは言いようのない不安を抱く。

「ハモン、なにか知っているのか?」

「目の前に見える敵のみが敵では無い、とだけ申し上げておきます」

「――それは国家的秘密情報か、それとも個人的に得た情報なのか?」

 くすりと口だけで笑んで「ご想像にお任せします」と呟いて入口から身を除けて道を譲る。

「手を組む相手を御間違いにならないように。親切心から忠告しておきましょう」

 雌雄は決した。

 先に動揺し焦ったホタルの負けだ。

 元より参謀であるハモンに勝とうなどとは思っていないので悔しくなどないが、情報をちらつかせて消化不良気味に終わらされると気分は悪い。

「気が済むまで動かれてみるのもまた勉強になるでしょうから」

 失礼しますと目礼して去って行くハモンの背中を見送り、ホタルは知り得た少しのことから推測するため交わした会話を思い返しながら本部へと入り、用意されている一番奥の机に移動して椅子に座った。

 確かに偶然と呼ぶには都合がよすぎるほどのタイミングで噴水から水が溢れだした。まるで誰かが水を操り戦況を引っくり返そうとしたと言われた方がしっくりくる。

 その方法が常人の出来得る手段からかなりかけ離れているが、なんらかの作為を感じるのは間違いない。

「できると仮定すれば、不可能は可能になる……」

 反乱軍にその技術があるのかと問うた際にハモンは“反乱軍とは言及しない”と答えた。つまり組織がその力を持っているか、技術と資金のある別の組織が関与しているか、個人がその能力を持っているか――。

 目の前に見える敵だけが敵ではないというのなら、別の組織が力を貸していると見た方が賢明だろう。


 だが、そんな組織がどこにいる?


 あるとすればそれは外側。

 他国が国の反乱組織に力を貸すなど有り得るのか?

 まずどうやって接触する?


 他の国の思惑が絡み始めればホタルやタキが動いても簡単にことが進まなくなる。それだけは避けたかったが、反乱軍の内部情報など得られるわけも無く、もう一度友人と連絡を取りたくても下手に動けば全てハモンに筒抜けになってしまう。


「……落ち着け」

 動揺は判断を誤らせる。

 今は不確かな情報に振り回されていい時期では無い。

 ここで誤れば道を見失う。


 暫くは様子を見よう。


 それが賢明だと言い聞かせ、ホタルは工場長から定期的に提出される就業内容の書類を手繰り寄せて開く。あの後すぐに二十名ほど雇い入れて、言われた通りに多くても週六勤務十時間という規定を守っている。

 ホタルが直接抜き打ちで査察に行くので、破りたくてもできないと言う方が正しいだろうが。

 人工栽培所プラントハウスから無料提供されている食材も、全てに行き渡る程ではないが配給が始まっている。


 まだ始まったばかりだ。

 それでも前へと進んでいるという確かな手応えにホタルは希望を抱く。

「次の一歩は、」

 急がねばならない。

 ハモンとてこのまま黙って反乱軍を見過ごすわけも無いのだから。


 次は戦いになる。

 十分に準備して、慎重に機を見なければ。


 大きく息を吸い、ホタルは書類に集中する。文字を追っているうちに不安も動揺も落ち着いていく。そのことに安堵しながら一日の業務をこなすべく集中力を動員した。


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