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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
113/178

エピソード112 今日の一歩は未来へと至る

 どうやら討伐隊は五人規模の班を作って主要な路地や小道を封鎖し、主動部隊がアジトを包囲して攻撃しているようだ。全ての道を知り得ているわけでは無い討伐隊の目を掻い潜って少年は孤児院へと救いを求めてやって来たと急ぐ道中で語る。

 アジトを知られた以上反乱軍クラルスは終わりだと悲観して碌に戦いも反撃もせずに少年のように地の利を生かして逃げ出した者が多いと嘆く。

 それでもアジトにはハゼと孤児たちが残り、最後まで戦うと奮戦している。孤児院を国によって焼き出された彼らにとってみればあの場所は心休まる家であり、そこに集まる子供たちはみな家族のような心持なのだ。

 他に行く所がないのだから残って戦うという選択しか考えられない。

「本隊を背後から襲うか……」

 第一区で壁側に追い詰められた仲間を助けた時のように、無防備な敵を後ろから襲撃した方がやりやすいだろう。

 だが今は夕暮れ時でまだ明るい。

 闇に乗じて気配を消して近づけるほど簡単では無い。

「人数は解るか?」

「えっと、おれがアジトを出た時には五十か六十くらい」

「実際はその倍くらいいると考えた方が良いだろうな……」

 討伐隊も五十か六十の人数でアジトを落とそうとは思っていないだろう。逃げ道を塞ぐためと増援を食い止めるために置かれた班以外にも別動隊が進軍しているはず。

 アジトの周辺に何百という兵が集まっている。

 確かに少年が絶望的に思うほど、アジトは危機的状態にあった。


 間違いなくハゼも孤児たちも皆殺しにされる――。


「急がなければ」

「でもどうやってハゼたちを?討伐隊と戦うには武器も無いし、おれとタキの二人じゃ」

 無我夢中で討伐隊の目を盗んでミヤマの孤児院まで辿り着き助けを求めたまでは良かったが、再び戦いの気配のする近くまで戻って来た所で恐怖を覚えたらしい。

 武器無くして戦うことはできないと困惑しながら、それでも仲間たちを助けたいと切望する間で迷っている。

 タキは歩みを止めて少年を正面から見据え、改めてその幼さに気付く。学は無くとも頭の回転が速く、機転も聞くことで年齢を忘れてしまいがちだが彼はまだ十を僅かに過ぎたくらいなのだ。

「……ここから先は俺ひとりで大丈夫だ。落ち着くまでどこかに隠れているか、ミヤマの所で待っていても良い」

「っ!そういう所がおれたちからの支持を得られない所なんだよ!タキは優しさのつもりだろうけど、そんなの求めちゃいない!おれたちは子供だけど、一緒に戦うだけの勇気も理由もあるんだ!」

「そういうつもりは、」

「ハゼがおれたちを子供扱いなんかしない。ひとりの人間として扱ってくれる!意思を尊重してくれる。話を聞いて『解る』って言ってくれるんだ!それがどんなに嬉しく誇らしいか、」

 だからおれたちはハゼについて行くんだ!と少年は言葉尻を強くして睨み上げてくる。

第八区ここでは子供が子供であることを望まれてない。勿論おれたちもだ。大体考えてもみろよ。ダウンタウンで人が生まれてから死ぬまで二十年と少しだぜ?よくて四十まで生きられるかどうかだ。短い人生の中で十一歳って言ったらもう大人も同じだろ」

 憤慨している少年の言う通り、ここでは二十代半ば程までに様々な理由で命を失うことが多い。飢え、病、暴力、酒や薬物、殺人、強盗、国の理不尽。この国の平均寿命が五十年というから、その半分ほどしか生きられないこの街で子供としていられる時間などほんの数年しかないのだろう。

 憐れむのは簡単だ。

 だが彼らはそれを望んではいない。

 おれたちも戦えると高らかに誇らしげに胸を張る。

 そんなつもりはなかったが、子供だからと侮っていると思われても仕方がないだろう。

 だがこの国の将来を担う大切な存在である子供たちを戦いの場へと引き込むことはやはりタキには受け入れがたい。

 それでも彼らが共に戦いたいと願うのならば、その手で未来を勝ち得たいと望むのならば、その意志や権利を奪うことはこの国の愚かな為政者たちと同じではないのか。

 耳を傾け、声を聞き、出来得る限りの望みを可能な形で実現していく。

 それができて初めて理想へと近づけるのかもしれない。

 ほっと溜息を洩らしてタキは空を仰ぐ。燃えるように赤く染まっている雲や空は太陽の最期の温もりを受けて静かに夜を連れてこようとしている。


 スイもきっとこの少年のように自分も戦えると金の瞳を燃やして訴えるだろう。


 今までもずっとそう思っていた節があったから、もう護って行くだけでは納得しないほどに成長しているのだ。

 その時にタキはスイの意思を曲げてまで己の気持ちを押し付けることができるだろうか。


 きっとできない。


 ならば彼らの思いを尊重するしかないのだ。そっと面を向けると少年はきゅっと唇を引き結んで身構える。なにを言われるかと緊張している様子に知らず寄っていた眉根を解いてみせた。

「その原理でいったら俺はもう老人の域だな」

 苦笑いすると少年がほっと息を抜いてちらりと歯を見せ「そうだよ」と頷く。軽く握った拳を細い肩にこつんとぶつけてやると不思議そうな顔をされた。

「一緒に行こう。だが、俺から離れるな」

「うん」

 右のこめかみから流れていた血はもう止まったようで赤黒く乾いていた。

 無傷で護れるかと問われれば否と答える。

 だが彼はそれを期待してはいないだろう。最低限命だけは護り抜くと決めて再びアジトへと向かおうと向けた視線の先に見知った顔がありタキは渋面になる。

「――――アキラ」

 相変わらずの青白さと不気味さを連れて男は微かに笑みを浮かべた。死の臭いを纏った不吉な存在であるアキラは、見る者に不愉快さとそわそわとした落ち着きのなさを感じさせる。

 決して安心感など抱かせる男では無いのに、これから決死の戦いを挑まなければならない状況では強力な助人になりうる人物だった。

「風は吹いたか?」

「……そのようだ」

 揶揄して問えば満足気にアキラは頷く。

 思い通りの風にしてやるつもりは毛頭ないが、頭首になれと唆した人間でもあるのだ。タキがクラルスに戻るための助力をしてくれるだけの情はあるだろう。

「仲間を救いに、行く」

 利用するためだけにクラルスにいるアキラを、こちらが利用した所でなんの問題も無い。お互いさまだろう。

 目的も手段も望みも相容れない相手と一刻とはいえ手を組むことに不安はある。だがアキラの能力があればこの危機を簡単に打破することができた。


 ならば共同戦線を行うことを拒む必要はない――。


「急ごう」

 歩き出して促せばついて来る二つの気配。

 今はあれこれと考え悩むよりは、できることをするしかない。

 乾いた音が空に吸い込まれるように何度も聞こえ、発砲を命じる声すら風に乗ってくる。少年が後ろから腕を引き「そっちの道じゃなくてこっち」と進もうとしていた路地ではなく逆側にある建物と建物の間の隙間を指差す。

「どこも討伐隊が道を塞いでる。ここならあいつらも知らない」

「……俺も通れるかどうか」

 子供がひとり通れるほどの隙間を普通よりがっしりとした体躯のタキが進むのは難しい。だが少年は大丈夫だと請け負って、狭いのは入り口だけで先は広いのだと説明した。

「クラルスの中でもこの道はおれたちくらいしか使わないから」

 するりと隙間を抜けて行く少年を信じてタキは身体を横向きにして壁の間に治まる。息を吐きながら慎重に横歩きをするが、今にも壁に挟まって動けなくなりそうで怖い。顔は進行方向へ向けてジリジリ進んでいる後ろでアキラが忍び笑いを洩らした。

 ほっそりとしたアキラは横向きになれば簡単に入ってこられる。

 振り返って睨みつけたいが、そうすると壁に頬骨と鼻をぶつけて痛い目に合うのでぐっと我慢した。

「もうすぐだよ」

 少年の励ましの声に導かれ、程なくして広い空間へとでることができた。途中で身動き取れなくならずに済んで心底安堵する。

「二度と御免だな」

 素直な感想に少年が破顔し「タキが壁に挟まれるかもしれないって焦ってる姿が見られるなんて貴重だ」と茶化す。

「滅多に見られない面白い物が見られて個人的には満足だ」

 アキラまで喜んでいるのだからタキとしては不愉快である。だが無駄な戦闘を避けられるのならば感謝するしかなく、少年に道案内してもらいながらアジトへと向かった。

 この周辺の道は離れたり、行き止まりになりながら多くの道が複雑に絡み合っている。全ての道を覚えている者は少なく、二、三通りの道順をそれぞれが好き勝手に選んで使っているので正しいアジトへの道程はない。

 知らない道を使って迷子になることをみなが避けるからだ。だが子供というのは好奇心の塊で恐い物知らずであることが多い。一番道に精通しているのは彼らであり、アジトまで誰が一番に辿り着けるかと競争して新道を開拓もしている。

 現在地が最早どの辺りなのか解らないタキは、少年に着いて行けば間違いなくアジトへは辿り着けると信頼して任せた。

 少年が言った通りこの道は討伐隊の手が及んでおらず、アジトのすぐ傍まで遭遇せずに近づけた。見慣れているはずの建物も角度を変えればまるで見たことのない景色に見えたが、枯れた噴水のある広場に続く五つの路地の中で一番細い小道に合流する手前で少年は足を止める。

 大人が並んで歩くことは不可能な幅の道に討伐隊が銃を手にひしめいていた。彼らは周りへの警戒を緩めずにピリピリとした空気を放ちながら、アジトの小窓から断続的に放たれる小銃に応戦している。

 未だ正面突破はされていないようだが、アジトへの入り口は他に四つある。そこには見張りが常に立ち、重い鉄の扉が嵌められているが壁は石を積み上げた物なので、爆破されれば直ぐに突入され落とされるだろう。

 人員を配置する為に時間をかけている段階のようで、準備が済めば討伐隊は問答無用で壁を吹き飛ばして中へと侵入してくる。

 どうする?と視線だけでアキラが問う。

 こちらは丸腰だ。

 そのことを不安に思ってはいないが、少年がいることで能力を前面に押し出して戦うことはできない分不利か。

 この小道の兵を全員倒した所で戦況は変わらない。


 本隊を攻撃して混乱させねば。


 主力部隊は兵数と作戦からアジトの正面入り口が見える一番広い道を使っているだろう。その路地の右隣にあるこの小道を制した所で、本隊がいる路には繋がってはいない。ここに来るまでに戦闘が無かったことは喜ばしいが、たった三人でこの状況を好転させるには出てきた場所が悪かった。


 どうする――?


 考えた所でいい案などでない。

 元々策を講じて行動する方ではないのだ。


 どちらかというと慎重に考えすぎて機を逸する方の人種だ。


 ならば。

 動くしかない。

「なにか――」

 方法はないのかと苦し紛れに目をやった広場の中にぽつんと異質な存在を放つ噴水に気を引かれた。

 昔は人々が集まり、その水の恩恵を受けていたはずだが今は枯れ果てて苔や錆で朽ち果てている。寂しげな姿は人々に見向きもされずに賑やかだった昔を懐かしがっているように見えた。

 きっとその吹き出し口から潤沢に水を溢れさせ、排水溝に流れ落ちる水にすら子供たちが戯れていたに違いない。

 元々は豊かな水源をもつ国として名を馳せていたのだ。

 枯れ果てたとはいえこの地へと流れていた水脈を辿れば、大きな水脈へと繋がっている可能性はある。

「……下がっていろ」

 警告をして少年とアキラを後ろへと下らせ、左膝を地面へと着けた。右膝は立てたままで胸に当て右手でざらつく地へと触れる。


 疾く、参れ――。


 これもまた初めて彼女が口にした言葉だ。

 掠れ震えた声で、だがはっきりと意思を持った言の葉だった。砂にまみれた白い手がこちらへと差し伸べた彼女が一糸纏わぬ姿であることに一瞬見惚れて、まるで海から生まれ落ちたばかりの赤ん坊のようだと感想を抱いたのを覚えている。

 その瞳は赤子のように無垢で、服を着ていないことを指摘すると「おかしいことなのか?」と不思議そうに聞き返して。

 完璧な美と容姿を持ち、神秘的な雰囲気を漂わせている大人の女性に子供のタキが服について教えるなど今思えば滑稽だったが、そんなことすら彼女はなにも知らなかったのだ。

 白い砂浜を打ち寄せる波が黒く染めて。

 波の音と潮風が巻き起こす音だけがあの場に満ちていた。


 そして初めて見た奇跡――。


 彼女は光の粒子を集めながら一枚の布に仕立て、その衣を身に着けた。黄金色に輝く薄いベールのような服は見たことも無い形状で、動くたびに光の粒を零しながら舞う。


 俺は彼女の名前も知らない。


 そしてその望みも――。


 心の裏に隠れている闇が動きだし、不安や疑問を飲み込みながら更に増幅していく。


 世界はあの時彼女の誕生を祝福して喜びに震えた。

 ならば彼女の望みはこの世界の望みでもあるのではないか――。


 世界の意思に逆らうことが正しいと言える者はいない。彼女に従うアキラたちの方こそが真に正しく、それに背く自分たちの方が間違っているのかという気になってくる。


 壁を取り払い、共に手を取ろう。

 タキが来てくれると僕は信じている。

 決してひとりでは戦わせたりしないから――。


 青い空を映しこんだ水の色を思い出すホタルのコバルトブルーの瞳が力強く輝く。


 弟や妹のために能力を使うことも、鬼にでも悪魔にでもなると決意したはず。

 だったら正義などくれてやれ。


 がんじがらめで身動きできなくなるのなら。

 友を信じられなくなるのなら、丸めて捨ててやれ。


「――――来いっ!」

 地に置いた掌からぐっとなにかに引っ張られる感覚が襲い思わず右膝も着く。左手で手首を掴み、地の底へと引きずり込もうとするかのような力に必死で抗いながら背中を反る。

 大地との綱引きを強いられ、果たして自分がなにと戦っているのか解らなくなり混乱した。


 水を呼んだはずでは無かったのか。


 みしみしと腕が、肩が悲鳴を上げる。骨が砕けると怖気づく引力でタキを押し潰そうとしてきた。

「全てを、」


 押し流し、再びこの地へ水を齎せ――。


「疾く、参れ!」

 ふわりと光の粒が空から降る。

 赤から藍へと変わり始めた最後の太陽の足掻き。

 頭の血管が切れそうな程力んで引き寄せたものは地響きと共に街全体を揺らした。


『タキ――』


 幼い頃に聞いただけのあの声が名を呼ぶ。

 光の帯を纏い、陽炎のように揺らめきながら唇を動かして『我が水を操りし愛し子』と優しく笑む。

「――何故」

 彼女がここに。

 タキは水脈を辿り、水を呼び込もうとしただけだ。その結果が彼女をこの場へと引き寄せてしまうことになるとは思ってもいなかった。

『無から有を生み出すことはそなたには叶わぬ。枯れた道に遠く離れた水を呼ぶことはまだ難しかろう。ならば』

 力を貸そうと囁いて諸手を上げて陶然と『疾く参れ』と唱える。

 大地が身悶えそれに呼応した。地面に亀裂が走り、そこから水が湧き出す。裂け目は噴水へとあちこちから集まり、まるで蜘蛛の巣のように広がって行く。

「なにが起きているんだ!?」

 突然の変異に討伐隊が騒ぎ出し逃げるべきか、留まるべきかで判断が分かれ悲鳴と怒号が入り乱れた。

 錆びた噴水から二階部分に達するほどの勢いで突如水が吹き出す。一段下がっているはずの部分にあっという間に水が溜まり、排水溝が詰まっているのか溢れかえる。その水は道という路に流れ込み、足元を掬って兵の機動力を奪った。

『これぐらいでよかろう。心優しきそなたの意思を汲んで、荒ぶる力を揮うのは止めておこう』

「どうして……助けてくれるんだ」

 たった一度会っただけの男を。

 望みは真逆の立場であるのなら放っておけばいいのに。

『……解らぬ。アキラ、後はよしなに』

「御意。全てはメディア様のために」

 ハッと気づくと左隣にアキラが跪き、頭を垂れていた。

「メディア……?」

『ここではそう名乗っている』

 不本意そうな表情がゆらりと揺れて薄らいでいく。

 光の粒は更に小さい粒子になり、残滓となって風に消える。

 今まで目の前にいたのは本体では無く、彼女の形を映した光の集合体だったのだ。

「タキ、アキラ……さっきの人は?」

 少年の怯えた声にタキは立ち上がり振り返る。説明するだけの言葉も情報も持たない自分にはその質問には答えられない。

「これは、一体なんなんだ?二人は、何者なんだよ?」

 足元を流れて行く水を目で追い、恐怖に染まった瞳でタキとアキラを見つめる。

「死にたくなければ知らぬ方がいい。今見たことも全て忘れろ」

「そんな、だって」

 アキラの淡々とした脅しを聞き、少年は人ならざる力を前にすっかり震え上がっていた。

 可哀そうなくらいに。

「俺は革命を成し、統制地区とカルディアが共に手を取り合い協力して生きていける新しい国を作るためならば鬼にでも悪魔にでもなる」

 禍々しい言葉に少年が顔を引き攣らせて後退する。

 それが正しい反応だろう。

 目を疑いそうになるような現象を見て、恐がらない者などいない。

「何者かと問われたら俺はミヤマに育てられたダウンタウンの孤児だと答える。望みはみんなと同じ。大切な人を護り、平穏な生活を手に入れたい」

 多くを望んではいなかったが、戦っていく中で仲間や人々の願いや想いに触れて随分と欲深くなっている。

「みんなで幸せになりたいだけだ。それを信じられなければそれでもいい。今は討伐隊をどうにかする方が先だ」

 少年に背を向けてタキは拳を握って道へと出る。騒乱の中で迷いを振り切るように身体を動かす。

 飛んでくる弾も気にはならなかった。

 アキラが風を起こして当たらぬよう軌道を反らしてくれたのだろうと思う。

 なにも考えずに目についた黒い制服の兵を殴り倒し、蹴り飛ばし、壁に叩きつける。無我夢中で戦い、進みながら屍を越えて行く。

 夜が闇を連れてきた。

 耳は音を拾わず、頭の中には自分の荒い息遣いのみが鳴り響く。まるで水の中で戦っているかのように相手の動きが遅く、自分の手足も重かった。

 相対する討伐隊の口がなにやら動いているので言葉を発しているのだろうがなにも聞こえない。

 現実感の無い景色にタキは悲しくなって何故か笑う。

 撃ち出された弾さえもゆっくりで時間の感覚が狂いそうだ。


 いつまで戦えばいい?


 どこまで行けばいい?


「――ホタル」

 教えてくれ。

 今どこで戦っているのか。

 どこで待っているのか教えてくれたらそこへと行くから。


 早く終わりにして欲しい――。


 ミヤマとシオとスイとタキの四人であの孤児院で暮らし、たまにはホタルやアゲハを呼んで食卓を囲みたい。


 料理は苦手だからホタルかアゲハに任せて。


 どうか、夢のままで終わらせないでくれ。


「タキ、討伐隊はもういない」

 拳の向け先を失って視線を彷徨わせていたタキの肩をアキラが強く引いて揺さぶる。その薄紫の瞳に正気を案じる色を見て唇を歪めた。

 アキラに心配されるようならば相当血迷った戦い方をしていたのだろう。

「もう、終わりか?」

 耳に音が戻り、時間の流れも正常になり漸く現実が帰ってきた。水の流れる路地に折り重なるようにして討伐隊の兵士が倒れている。確認しなくとも彼らがすでに事切れていることは解った。

「あんな無茶な戦い方をして身体が持つわけがない。明日は起き上がることも困難だろう」

 渋面で苦言を口にするアキラの言葉を裏付けるように身体は怠く、腕も肩も脚も疲労で固まっていてこれ以上は動かすことなどできないように感じた。

「ミヤマの所へ、帰らないと」

「悪いことは言わない。少し休め」

 タキを気遣うような口調はまったくもってアキラらしくない。

 首を振り「休むなら家に戻ってからにする」と拒み路地を孤児院の方へと向かう。水の中を歩くのは思った以上に体力を使うようだ。

途中で辛くなって壁に手を付き立ち止まる。

 一旦止まると足は動くのを嫌がり、その場から一歩も進めなくなった。

「おい、待て」

 乱暴な声が近づき壁に凭れて動けなくなっているタキの傍まで来ると「世話の焼ける奴だ」と舌打ちして腕を取られ、その間に身体を入れてハゼが肩を貸してくれた。

「……元気そうだな」

 無事な姿に安心して呟くとハゼは片頬を歪ませて「お前バカだろ」と毒づく。

「普通は助けになんか来ねえだろうが!あれだけやられた後で」

 何故かアジトの方へと向かうハゼに戸惑いながら「仲間だから」と答えれば更に「バカか!」と怒鳴られた。

「お前どんだけ人が良すぎるんだっ。こんなバカ見たことねえわ」

「……確かに利口では無いな」

 低く笑って同意すると再び舌打ちが響く。

「こんなバカに命預ける気になるなんて、おれらも相当なバカだよ!」

「……ハゼ?」

「仕方ねえから認めてやるよ」

 段差を下りて噴水の前へと行くと多くの子供たちが並んで待っていた。その中にあの少年の姿もあり、ぎゅっと奥歯を噛み締めた表情が全てを乗り越えた大人のように見える。

「持ってこい」

 ハゼが手招いて少年が手に血が染みこんだ木の面と、鞘に収まった曲刀を持って進み出た。

「落としたら承知しねえからな」

 どすの利いた声で一言釘を刺して、ハゼは少年からまず曲刀を片手で受けとりタキの右手に持たせる。力の入らない指を必死で曲げて堪えていると、次に上半分だけの面を左手に押し付けた。

「次の頭首はお前だ、タキ」

 しっかりと受け取れと渡されたのは頭首の座だけでは無く、彼らの想いも共に託されたのだ。

 じわりと目頭が熱くなり、涙が零れる。

「泣くな!見っとも無い」

「そうだよ。おれたちの頭首がそんなんじゃ格好悪いだろ」

「悪い……。必ず新しい国をみんなの力で作り上げよう」


 誰かひとりの力では無くみんなの力で――。


 広場に応じる声が響き渡り、新たな一歩を踏み出す。

 未だ道程は困難で戦いは続くが、今日の一歩は確実に未来へと至る。

 そう信じて。


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