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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
110/178

エピソード109 彼らの目的は

 疼痛が続いている右腕を手術の翌日から傷に触らぬ程度で動かす機能回復療法は、まず丁寧に腕全体を解すことから始まった。

 アウラがゆっくりと指の先から掌まで揉むと、じんわりと温かくなっていく。怪我の後から動かなくなったことで血流が悪くなったのか、スイの腕は汗が出るほど暑い昼間でも冷たかった。

 こうして優しく揉み解されて久しぶりに血が通ったように色づく手を見るとちょっと嬉しくなる。

「気持ちいいでしょ?できるだけ腕に触れて筋肉を刺激してあげてね」

「はい」

「動かさないままだと筋肉は衰えるし、循環も悪くなるから。早く治りたいのなら、できることは自分でやること」

「はい、アウラさん」

 返事をしながらアウラの手つきを覚えようと必死で追う。アウラは両掌で包み込むようにして圧したり、指の腹でぎゅっと圧したり場所によって圧し方を変えているようだ。

 感覚が鈍い分どれぐらいの力で圧されているのかも解り辛く、後で実際にやってみなければ要領を得ることは難しいだろう。

「スイが素直な患者で良かった。きっと治りも早いはずよ」

「本当に!?」

 喜びに声を上げたスイを横に立って見ていたゲンが舌打ちして低く唸る。

「……おいおい。ぬか喜びさせるようなこと言うんじゃねえよ。完治するかどうかも解んねえんだから」

 治療の手を止めぬまま片眉を上げてアウラは「あら」と反論を始める。

「どの点において完治とするかは人それぞれよ。私はスイの腕は動くようになると信じているし、少しも疑ってない。貴方は見た目や言動からは考えられないぐらい後ろ向きで、自分に自信がない人なのね」

「俺のことはどうでもいいだろうが!」

「あるわよ。治療をする医師が“動かないかもしれない”って言えば、患者はそれを鵜呑みにして諦めてしまう。それでは治るものも治らないでしょ」

 実際にスイもそう思ってたみたいだし、と半眼で睨むアウラから早々に顔を背けてゲンは逃げ出す。

 この二人は顔を合わせればこの調子だが、相性が悪いわけではないらしい。

 アウラはこの遣り取りを楽しんでいるようだし、触発されてゲンも足繁く街外れのテントへと足を向けて医療の知識や技術を学ぼうと頑張っている。

 こうしてスイが治療に行く時はゲンもついて来てくれるのだから、憎からず思っているに違いない。

「今はちゃんと治るって言ってもらえて嬉しい」

 確信を持てないうちは治るとゲンが言いたくないのは、なにも自分の診断ミスが恐いからでは無いだろう。期待させてしまったあとで、やはり駄目だったと気落ちする方が何倍も辛いと患者の気持ちを思いやっているからだ。

 むさ苦しい顔でいつも不機嫌そうにしているけれど、ゲンはとても気遣いで優しい。

「俺は言ってねえし」

「努力次第では治るってアウラさんは言ってくれてるし。それに最後まで面倒見てくれるんでしょ?」

「乗りかかった船だしね?」

「……くっ!」

 スイとアウラの二人でからかうと髪を掻き毟って不満と苛々をまぎらそうとするが、結局うまくいかずに下唇を突き出して剝れる。

「そういえばこの間死にかけの患者が担ぎ込まれて来たけど、まだここでは“異能の民”とやらの戦いが続いてるの?」

 通常ならば戦闘で傷ついた人間はゲンの元へと運ばれる。だが今回はたまたま三ヶ月に一度訪れる調査団がいたので、重症者はこのテントへと担ぎ込まれたらしい。

 他にも怪我人が多数いて、そっちの方でゲンが手一杯だったのもある。

 アゲハが自治区へとやって来たのと同時に起きた異能の民との戦いは長引いており、武器を流していた反乱軍頭首が死んで銃や弾が入ってこないことも苦戦している原因になっていた。

 まだアラタは戻ってこない。

 そのことをセリは心配し、家事の傍ら戦闘を行っている方向をじっと見つめていることも多々あった。

「今回はちょっときびしいな……」

 仏頂面を解いてゲンは物憂げな表情で嘆息する。

 いつもなら異能の民の方もそう粘らずに、ほどほどの所で引き上げるのだが今回ばかりは一定の場所から退かずに激しい抵抗をしているらしい。

 そのせいで怪我人が続出し、自治区へと運ばれる重症者が後を絶たないのだ。

「異能の民は一体なに者で、なにが目的で動いてるの?」

 スイは自治区プリムスの人たちが話しているのを洩れ聞いているだけなので詳しくは知らない。セリに聞こうとしたが、アラタのことを案じている彼女にそのことを思い出させるような内容の会話を振ることができずに何度も問いを飲み込んでいたのだ。

 漸く詳しく聞くチャンスを得てゲンへと縋るような視線を向けた。

「元々は自治区の領土だった、西に突き出た岬の住民が十五年前突然首領には従わないと言い始めた。海から現れたという奇妙な女をマザー・メディアと呼んで崇め、この地をマザー・メディアの愛と慈悲で包み全てを満たすことが世界の望みであると謳っている。死者を蘇らせたとか、海を割って道を作ったとか眉唾もんの噂ばっかり流れているが、」

 ゲン自身も信じていないような顔つきで一旦言葉を切る。そして頬を指で掻きながら「実際に原理の不確かな力を使う奴もいるからな。まるっきり嘘とは言い切れん」と渋々ながらも異能力については肯定する。

「ふうん。興味あるね」

 科学と医療の進んだ先進国出身であるアウラが鼻息荒く喰い付いた。科学で説明のつかない不思議な力について興味津々であることが、なんだか意外でスイは苦笑いを浮かべる。

「なに?私がそんな夢物語な現象に興味があるのがおかしいの?」

「だって、アウラさんはどちらかといえば現実主義者だよね?」

「科学者も医療に関わる人間も現実主義者リアリストよりも夢想家ロマンチストの方が多いものよ。とくにコルム国の人間はみなかなりの空想家たちの集まりなんだから」

 クスクスと笑ってアウラは肘を左手で掴み、右手で手首を持ちゆっくりと曲げ伸ばしを始める。

「そんなものなの?」

 知れば知る程コルム国の人々は変わっている。

 大らかで、のびのびと人生を謳歌している人が多いように思えた。


 羨ましい。


 スィール国では考えられない生き方である。

「そんなものよ。所でその不思議な力ってどうやって手に入れているのかしらね?」

 余程気になるのか質問してくるアウラに閉口しながらも、ゲンは知っている情報を元に答えていく。

「マザー・メディアからの贈り物らしいが……能力持ちが少ないのは適応者が少ないからなのか、それとも譲渡する力にも限りがあるのか」

 さっぱりであると肩を竦める。

 異能力を持つ者が沢山いないから自治区の人間でも対抗できているが、もし異能の民全てが不可思議な力を手にしたらあっという間に彼らに占領されてしまうだろう。

 彼らの目的がマザー・メディアの愛と慈悲でこの地を包み込むことならば、全員に能力を授けてさっさと邪魔者を排除すればいい。だがそれをしないのはきっとできないのだろうと推測はできる。

 ゲンが言ったように適応者の問題か、力に限りがあるからなのか。

「どうやって目的を達成しようと考えてるんだろう?」

「意外と地道に行動しているみたいだな。あちこちに異能の民を送り込み、その場所で何食わぬ顔で生活させて基盤を作り仲間に引き入れたり、なんらかの作戦を実行する為に利用したりしているらしい」

「……時間も手間もかかるやり方だ。効率悪すぎ。不思議な力を譲り渡して戦わせたりするよりも、自分が先頭に立って戦った方が簡単だし確実だと思うけど」

 死者を生き返らせたり、海を割ってみせたりできる力があれば大抵のことは可能なはずだ。反抗の意思を持つ人間を従わせることも、一瞬で人の命を奪うこともできるかもしれない。

「きっとできない理由でもあるんだろう」

「どんな……」

 理由だろうか。

 彼女を信じて動き、戦いの中で倒れる異能の民も多いはずだ。信者がむざむざ殺されると解っていて黙って見ているだけならば、多くの人々が傅くわけもないだろう。

 噂通り死んだ民を生き返らせているのだろうか。

 それならばアラタたちは不死の人間と戦っていることになる。

「だって、人は死んだら終わりだ。生き返らない」

 首の後ろがぞわりと粟立つ。

 信じたくないことだけに、恐怖が増す。

「解らないぞ?なにがあってもおかしくは無い。あいつらは化け物みたいなもんだからな。異能の民もいたるところに潜り込んでいるらしいし。誰が異能の民でも異能力者でもおかしくないんだ」

「ゲンさんでも?」

 冗談めかして問いかけると神妙な顔でゲンは頷いた。

 そしてアウラを指差して「コルム国の人間でも違うとは言い切れない」と言うのでまさかと笑ったが、笑顔がぎこちなくなったのは解る。

「“異能の民”とはいえ、能力者以外は普通の人間だ。見つけ出すのは難しい。気は抜くなよ」

 注意を受けてスイは首肯する。

 それでも親しい人を信じたい気持ちは拭えず、その人たちに裏切られるのならばそれは仕方がないことなのかもしれないと思う己の心にひやりとしながら、アウラの治療をじっと眺めて気を反らした。


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