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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
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エピソード102 負けずに叫べ

 久々に訪れた第八区は記憶にある中で一番混沌と化していた。街中に転がる腐乱死体と異臭が漂う通りを歩く者など誰一人無く、どこまでも白い空と太陽の光が大地をあまねくてらしているのにダウンタウンは暗く沈む絶望の闇に包まれているかのようだ。

 蠅が集り蛆虫が蠢き腐肉を喰らう。

 肉が熱で溶ける音さえも聞こえ、まるで地獄のような光景だった。

「すげえな、こりゃ」

 アポファシスのリーダーネロは大きな鼻を動かし、あまりの匂いに大きな手で覆うと堪らずに感想を漏らす。腐敗の匂いだけでなく垂れ流されたままの糞尿の匂いまでもが至る所から立ち昇っており、とてもじゃないが人の住める場所では無くなっていた。

「これでは病気が蔓延して、多くの人が命を落とすことになります」

 青い顔で女医の助手であるソキウスが危機感を募らせるが、彼は匂いに嫌悪感を抱いていないのか平然と死因はなんだったのかと虫が集る死体に近づくほどだ。

 流石に素手では触らずに角度を変えながら観察し、すでに性別も容姿も解らなくなり原型を留めていない遺体の頭部に蛆虫が重なり合うようにして潜り込んでいることから、銃で頭を撃ち抜かれたことであると結論づけ漸く戻って来た。

「基地や軍の施設の傍で病気が流行れば自分たちも無事では済まないだろうに……」

 それとも薬も食事も確保しているから勝手に自滅してくれと思っているのか。

 あまりにも無責任だが国と反乱軍クラルスが喧嘩をしているのだから、アジトのある第八区を金や労力を払ってまで清潔に保ってやるほど国は甘くは無い。

 国がしないのならば住民が動かなければならないが、飢え衰えている彼らにそれをしろとは言えないだろう。

「急がねば見つかる」

 そわそわと落ち着かないナギに急かされて、匂いが我慢できないネロが「違いねぇ」と同意して足早に先へと進む。

 第六区のアポファシスのリーダーネロと、女医者リラの助手ソキウス。そしてロータスのナギを伴ってダウンタウンへと戻って来たのには訳があった。


 彼らの支持を得て反乱軍クラルスの頭首の座を手に入れるためだ。


 ホタルとの再会後にどうやって統制地区の人間の気持ちをひとつにするか方法を考え、新たな組織を立ち上げようとも思ったのだがそれでは時間がかかり、タキが来ることを信じて動き出している友人の計画に間に合わなければ意味がない。

 ならば一番の近道は空席となっているクラルスの頭首の席を射止めることだと、相談したナギからも賛同を得た。

 アキラたちの思惑に乗ってしまうことになることが少々引っかかるが、簡単に思い通りに動いてやるつもりはない。逆に彼らがなにを望み、動いているのか見極めてやろうとさえ思っていた。

 最初から参加しているわけでもないタキが反乱軍クラルスの頭首になろうとするのだから、かなりの反発があると覚悟しなくてはならない。

 流石に単身で乗り込む自信も無くナギに同行を頼めば、第六区の人間も巻き込んでやろうというのでこうしてネロやソキウスを連れてアジトへと続く迷路のような道を歩んでいる。

 やがて見慣れた空き地へと出た。一段下がった場所にある枯れ果てた水場に集まる人間などおらず、建物の壁に囲まれたこの空間は足を踏み入れた者たちをまるで誰何するかのように黙して威圧的な空気を醸し出していた。

 物言わぬ視線だけを感じながらタキは苔のこびり付いた噴水の横を通り抜け、その先にある扉の前に立ちゆっくりと腕を持ち上げて叩く。

 空虚な空間に木霊するノックの音が扉越しに聞こえ、鳴りやむ前に厚い板が軋んで開いたが、中へと入ろうとするのを拒むようにハゼが目をぎらつかせて出てきてぴったりと閉められた。

「……今更なにしに来た」

 初めてここで対面した時と同じようにピリピリとした空気を纏って、唸るように低く訪問の理由を問う。

「おいおい、ご挨拶だな。中へ入れてもくれないつもりか?」

 第六区の二大勢力であるアポファシスのリーダーであるネロを適当にあしらえる程、今のクラルスには力などないはずだが、ハゼは鼻で笑い「クラルスを乗っ取りに来たような男とそいつを支持するような人間を中へと入れてやるつもりはない」と言い放った。

「訪問の理由は既に承知している癖に用件を問うとは、随分意地の悪い」

「放っとけ」

 眦の上がった一重の青い瞳をぎらつかせて、揚げ足を取ったナギを睨みつけると薄い唇を歪ませて鋭い犬歯を覗かせた。

「噂じゃタスクを殺したのはお前だと聞いてるぜ?心優しいお前はタスクのやり方が気に食わず『もう戦いたくない』と泣き言を言ってクラルスを抜けようとした」

 ハゼのいうことは事実ではないが嘘でも無い。

 実際タスクに戦うのが辛いと零したこともあるし、そのすぐ後にあの事件は起きた。それを誰かが聞いており、もしかしたらクラルスを抜けようとしてタスクと口論になったのだと邪推されたとしてもおかしくは無い。

「戦いたくない奴が今更戻ってきて、タスクの残したクラルスを引き継ぎたいなんて言ったとして、誰がどうぞと譲ってやるもんか!」

 ハゼが声を張り上げた途端に細く開けられた沢山の窓から一斉に拒絶の声が鳴り響いた。

 殆どが孤児院出身で焼け出され仲間を殺されたハゼと同じ境遇の少年達のものだ。壁に反響し、子供の声で詰られることにタキは腹の底が冷えて行くのを感じて立ち尽くす。

「そうだ!そうだ!」

「戦うのが恐いのなら隠れてろ!」

「タスクの葬式にも参列せずになにしてたんだ!」

「臆病者の頭首などおれたちは認めない!」

「出て行け!」

「タスクの意思はおれたちが継ぐ!」

「成功をこの手に!」

「勇気をこの手に!」

「希望をこの手に!」

「平和と権利をこの手に!」

 最後の方はまるで歌うように何度も繰り返される。まるで降り注ぐかのように子供たちの声は空き地を震わせ、空気が振動し足元から覆されるようだった。

 タキの言い分すら聞く気の無い彼らにどうやって伝えればいいのか。

「うるせぇなぁ……」

 顔を顰めて呟くネロの声も子供らの大音声によって掻き消されてしまう。

 確かに彼らの熱く頑なな気持ちを前にすると、タキの決意などちっぽけなものかもしれない。タスクのように人々を引きつける魅力も、全ての人の願いを引き受けてやれる甲斐性も無いがこの国をより良い物へと変えたいと思う気持ちはみんなと同じだ。

 だからここで怯まずにタキも負けずに叫ばなければならない。

 声を上げなければ伝わらないのだから。

「聞いてくれ!今カルディアが変わろうとしている!」

 それはひとつの希望であり、新しい国が始まる兆しだった。

 現状がどんなに悪くても、いずれ訪れる将来は明るいのだと思えれば人は前を向いて生きていける。

 タキは必死で声を嗄らし甲高い声を切り裂くようにして語りかけた。周りを囲む壁にある全ての窓を見回して、顔は見えないが彼らひとりひとりの目を見るつもりで。

「総統の子息が父親の横暴に対して“それは間違っている”と明言した!そして北にあるマラキア国の力を借りて挙兵した!彼は現総統の退陣と軍国主義からの脱却を掲げている!」

 「黙れ!」「信じられるか!」声を荒げて数名が野次る。ハゼはニヤニヤと笑いながらタキの反論を見守っていた。

「難しいかもしれない、彼の反乱は成功しないかもしれない。それでも!今までカルディアで変化を望む動きを起こしたことがあったか!?」

 ゆっくりと見渡して「これはチャンスなんだ」と続ける。

「カルディアが変われば、確実に国は変わるだろう。だがそれを俺たちが黙って見ているだけでいいのか?なにもしなければ権利は奪われたまま、自分たちの意見や意思を伝える機会を失ってしまう。だから今、立ち上がり」


 みんなで協力してこの国の始まりに立ち会おう――。


「俺たちを導き護っていてくれたタスクはもういない」

 今まではタスクが与えてくれるのを待っていればよかったが、それでは変わらないのだ。

 努力し自分で掴みとらなければ意味がない。

「今こそひとつに纏まり、壁の無い世界を目指そう。共に手を取り合って生きていける国を作ろう、」


 あのカルディアが変わろうとしているのだ。

 それならば統制地区おれたちも変わらねば――。


 あんなに騒いでいた子供たちは息を潜め、広場はしんと静まり返っていた。

 タキの言葉は彼らに伝わっただろうか?

 思いは通じたのだろうか。

 不安になる程の無音の空気を破ったのはハゼの低い笑い声だった。「演説は終わりか?」と尋ねる口調には嘲りが滲み、聞く者を不快にさせるだけの力がある。

「明確な答えが欲しいのなら勿論否だ。お前の力など借りなくともクラルスは革命を成功させる。そして必ず権利と平和を手にする。解ったならもう二度とここへ来るんじゃない」

 右腕を腰の後ろへと移動させいつかと同じように素早く銃を引き抜きタキの胸に押し付けた。

「脅しじゃないぜ?」

 カチリと音を立てて撃鉄を起こし、目に力を籠めてハゼが警告する。

「タスクの作り上げたものを横から掻っ攫おうなんて卑怯なことはせず、仲間が欲しかったらそいつらといちから立ち上げろよ」

「お前いい加減にしとけよ!!」

 声を怒りで震わせてネロが腕を伸ばす。ハゼを捕まえようと突き出された手をタキはそっと押えて止め首を振る。

「もういい。言いたいことは言った。これで駄目なら他の方法を考える。時間がかかろうとも」

「そうするこった」

 小馬鹿にしたような言い方にネロは舌打ちして空き地の真ん中へと大股で立つ。小さな気配が沢山感じられる建物内を睨みつけ「おれたち第六区のアポファシスとフォルティアはタキが次の頭首に相応しいと思っている。こんな小さな器の男について行っても勝利など手に入らん。それは肝に銘じて置け!」と怒鳴りつけるとさっさと路地へと歩いて行く。

「私は第六区の住民の代表として来ました。我々も彼を支持します。強さだけでは成り立たず、優しいだけでも国は立ち行かない。その両方を持つタキさんは新しい国へと辿り着く道標になると思いますよ。感情に流されて愚かな決断をしないように願っています」

 ソキウスも言うだけ言うとネロを「待ってくださいよ」と追って路地へと消える。

「真実を追う私たちロータスもタキを推す。彼のことは君らも良く知っているだろうから、多くは言わない。ただ、よく考えれば解ることだろう」

 後は個人の考えに任せると述べてナギはタキを促す。この場にいても埒が明かないのだから今日は引き下がるしかない。

 水場の段差を超えて路地への道へと歩を進めると背後で扉の閉まる重い音がした。激しい拒絶にあった気がしてタキの気持ちはは沈んでいく。


 だがこれで終わりでは無い。


 まだできることはあるはずだ。


「これからどうするんだ?」

 ナギが沈鬱な声で聞いて来るので、自分よりも彼の方の衝撃が大きかったようで思わず笑ってしまう。

「本当なら直ぐに次の手を打つべきなんだろう。だが、やらなきゃいけないことがある」

「やらなきゃいけないこと、ですか?」

 きょとんとした顔でソキウスが首を傾げる。

 人々を纏めあげ、導くこと以上に優先しなければならないことなど一体どんなことだと思っているのは優秀な医者の助手だけでは無かった。ネロもナギも怪訝そうな顔をしている。

「ダウンタウンの浄化だ」

 この街を取り巻いている死の匂いを少しでも和らげなければ。

 疫病が流行ってからでは遅い。

「成程なー……」

 鼻に皺を寄せてネロは首肯する。病気の蔓延を危惧するソキウスも理解してくれたが、ナギだけは「そんな悠長なことを言っていていいのか」と不機嫌そうだった。

 だがこの街はタキや弟妹が生まれ育った場所だ。その街がこんな風に病み衰えていくのを黙って見過ごすわけにはいかない。できることがあるのなら行動しなければ後で必ず後悔する。

 しかも今はミヤマの体調もよくない。

 そんな中で変な病気が広まれば、ミヤマの少ない寿命が更に縮まってしまう。

「俺は考え込むより身体を動かす方が性に合ってるんだ。無心で動いていればなにかいい案が思いつくかもしれない」

「…………一週間だ。それ以上は取り返しがつかなくなる」

「十分だ」

 結局はナギが折れ、タキは笑顔で感謝する。

 ソキウスがそれでは私もお手伝いしますからと明日再び来るいう約束をしてネロと帰って行った。ナギは少し自分でも方法を探ってみると頭を悩ませて帰るのを見送りタキはミヤマのいる孤児院へと足を向けた。


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