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C.C.P  作者: 151A
首領自治区 ~Primus~
101/178

エピソード100 友情と約束の日

 ミヤマからの伝言を運んでくれたのはダウンタウンに住む孤児で、クラルスのメンバーでもある少年だった。一階の受付から内線で呼び出されエレベーターで降りて行くと、少年ははしっこそうな顔でタキの元へと駆けてくる。

 工場を解放後孤児院へと戻った老女の様子を問えば「あまりよくは無いみたいだ」と首を左右に振った。

 会いたがっていたよと少年を介されて告げられたミヤマの思いに応えられない今の状況と心境に黙るしかない。

 医者も薬も意味を成さない程にミヤマの病は進行している。怪我ならばリラを頼って命を繋ぐこともできたが、死に至る病気では彼女の腕をもってしても救うことはできない。できることはその死を穏やかに迎えられるようにしてやることと、ミヤマの傍で励まし元気づけてやることだけだが第八区へと戻れば済し崩しにクラルスへと連れ戻されそうで怖いのだ。


 ただの臆病者――。


 だからこそここから動けず、だが今更知らぬままでもいられないからロータスに集まる情報に意味も無く耳を傾けているだけの毎日を送っているのだ。

「ホタルって人が第六区の“アミクス”って店で待ってるって」

「……ホタルが?」

 アゲハに別れを告げた時、もう二度と彼らに出会うことはないだろうと覚悟していた。だがホタルは挨拶も無く消えた隣人に数少ない伝手を使って再会を望んでいる旨を伝えてきたのだ。

 それも第六区という反乱軍の勢力が強い場所を選んで。

 ホタルのような品があり、見るからに知識人だと解る男が歓楽街をうろついていれば余計な騒動に巻き込まれる。

 自分を危険にさらしてまでタキに会いたいとは一体どういう用件だろうか。


 今更帰ってきてスイの傍に居てやれという類いの説教ではないだろう。


 時間の指定は無く、待ち合わせの日だけ告げられたホタルからの一方的な約束は“来るのを信じてずっと待っているから”というメッセージが込められていて胸の奥が疼いた。

「この国の未来のことを話したいって言ってたらしいけど……そのホタルって人、なに者なの?」

 少年には子供らしい純粋さは無く、まるで戦う小さな戦士のような警戒心で伝言を発信したホタルの素性を怪しむ。

「俺の友人だ。困難な夢を抱き、この国の全ての人のために水を浄化する方法を一生懸命探っている……優しい男だ」

「ふぅん。でも水を浄化なんて、できやしないさ」

 知識の無い子供にも解る不可能なことに正面から立ち向かい研究しているホタルの純粋さや真っ直ぐさを馬鹿にするのは簡単だ。

 だがその想いや考え方はとても尊い。

「俺はホタルの研究が上手く行くと信じている」

 なにもしないで不可能だということは無責任で、己の欲のためでは無く他者のために動けるホタルこそ本物の善人であるといえた。

 人を傷つけ血を流すことで国を変えようとしていたタキの行為よりも遥かに正しく、美しい善行だ。

 そんなホタルがタキと語りたがっているこの国の未来について興味が湧く。


 会うべきか、会わざるべきか――。


 人の命を奪う人間へと変わってしまった自分が果たしてホタルと会ってもいいのか。

 善良な友人の前に現れ、恥ずかしげも無く未来を口にする権利を有しているとはとても思えない。

「どっちでもいいけど……」

 じゃあねと手を上げて去って行く少年を見送って、タキはエレベーターの前へと移動した。


 まだ約束の日まである。


 それまでに決めればいいと波立つ心を鎮めて下りてきていたエレベーターへと乗り込んだ。






 その日を前に控えた夜から落ち着かず、ホタルは仮眠室から私服でそっと抜け出す瞬間でさえもこのまま心臓が止まるのではないかと動悸が激しくて辟易した。

 緊張で吐き気がして、まだ夜の名残のある街中を歩きながら胃の辺りを擦る。

 ゲートを通る際に門番に不審げに見られたが、制服を纏っていないホタルがどこの人間かなど彼らが知っているはずはない。

 中央参謀部副参謀であるナノリの息子だとしても、有名なのは父の名と顔だけで未だなにも成果を出せていない反乱軍討伐隊を率いるホタルの顔など多くの部署や軍人が集まる壁の中にあって正しく認識できる者などいないのだ。

 門の近くにある地下鉄乗り場は二つある。西側の壁にある第五区を通って第六区、第四区へと向かい第二区第三区を経て終点第一区へと着く駅と、大学と学校のある第二区を縦断し第四区、第七区を通って第八区へと至る駅。

 今日は第六区へと向かうので、先日乗った駅とは違う西側へと向かう駅を目指す。

 直ぐに駅へと降りる階段が現れるが、その頃には白々と夜が明けてくる。屋敷から大学に通っていた頃はこの路線を使って研究所へと直行していたことを思いだし、その記憶が薄れかけていることに気付いて思わず歩を止めて振り返った。

 スィール国にあってこれより高い建造物は無い壁の向こうにあるカルディア地区はホタルにとって最早懐かしがるような場所でさえもないのだ。


 そこに妹たちがいたというのに。


 薄情な自分のことをそれでも兄と慕い、そして帰りを待っていてくれた彼女たちの思いを踏み躙ってきたことを今更ながら後悔する。


 キョウ、ヒビキ、そしてアゲハ。


 こうして反乱軍の一員であるタキと接触する自分を裏切り者だと責めるだろうか。

 それとも捕らわれ殺されるかもしれない地へと赴くホタルを愚かだと怒るだろうか。


「でもこれ以外方法が無いんだ」

 国が変わろうとしているこの瞬間に動かねばきっとなにも変えられない。

 総統に否を告げ反抗したアオイのように、ホタルも否をつきつける勇気を持たねば。いつまでも勇気無き者として偽善者を貫いてはいられない。

 立つべき時に立ち、動かねばならぬ時は動かねばならないのだ。


 逃げるのは終わりにすると誓った。


 あの日。

 理不尽と戦う友の姿を見て。


 迷いを振り切るように階段を駆け下りる。丁度停まっていた電車に乗り込み座席へと沈み込んだ。

 なにもせずただ流された上での後悔なら何度もしてきた。

 だから今度は自分が正しいと信じた道を行き、その先で後悔をすることがあったとしてもそれを恐れる必要はない。

「大丈夫……きっとタキは来てくれる」

 約束を違えるような男では無い。

 例えホタルから無理に押し付けられた約束だとしても。

 扉が閉まり電車が動き出す。

 同時にホタルの運命もゆっくりと進み始める。その先が破滅か、それとも成功かは解らない。


 未来は変えられるのだから。


 努力次第で。






 第六区にある“アミクス”という店は研究施設のある第五区寄りにある小さな食堂だった。歓楽街にありながら早朝から開けている数少ない店で、深夜遅くまで営業し多くの客が訪れ腹を満たす憩いの場でもある。

 アポファシスとフォルティアによって治安を保っているこの街には国が出した法などなんの効果もなく住民を束縛することはできない。活気のある街を人々は大手を振って歩き、立ち話に興じて楽しげだ。

「よう、タキ」

 親しげに声をかけてきたのは東側を拠点とするフォルティアのメンバーだった。討伐隊との戦いで勝利を治めた後、アポファシスもフォルティアもいがみ合うのを止めて共に手を取りこの街を護って行こうと協定を結んだ。

 タキはアポファシスの方に協力していたので、フォルティアのメンバーの顔と名前を憶えてなどいないが彼らにはタキの顔と名前を一致できるくらいには認知されているらしい。

「厄介な患者を連れてくる奴がいなくなってリラが寂しそうにしているぞ?」

「逆だろう。清々したと思われている、の間違いでは?」

「まあ、寂しがっているって言うよりは退屈してると言う方が正しいがな」

 晴やかな笑い声を響かせて男はタキの肩を叩き「折角来たならリラのとこ寄って行ってやれよ」と勧めて去って行った。

 それ以後もあちこちから声をかけられ、こちらとしては顔見知りですらない人々の歓迎を受けて戸惑うしかない。タスクの死を残念がられ、クラルスの現状を尋ねられ、これからどうなるんだという漠然とした不安すら訴えられて返す言葉も無く慌てて先を急ぐ。


 来なければ良かった。


 今更後悔しても遅く、日常を取り戻した明るい第六区の姿を見れば他の街の現状の異常性がくっきりと明暗を分けて示されていく。

 そして自覚も無い場所でこうしてタキの顔や名前を知られているとう恐怖。

 共に戦った仲間から声をかけられる分には問題は無かったが、自分の知らない人間から手放しの信用を持って接されるというかつてない状況に逃げ出したくなる。

 ここでの戦いでタキが彼らに感謝されるような活躍をした覚えはない。ただ黙々と戦い、怪我人をリラの所へと運んだくらいだ。


 気味が悪い。


 そして居心地がすこぶる悪い。


 いっそのこと引き返して第三区へと逃げ帰ろうかとも思ったが、待ち合わせの店はもう目と鼻の先で、今日ここへ来るかどうかも散々迷った挙句にナギから「うじうじ迷うくらいなら行ってこい」と叩き出されたため会わずに帰って来たとは流石に情けなくて口に出来ない。

 早朝から開いている店へと辿り着いたのが夕方近くだと言うのだからどれ程長く悩んでいたか解ろうものだ。


 もういないかもしれない。


 きっとホタルは開店時からタキを待っていたはずだ。時間を指定しない約束をする以上そのつもりで友人は行動をする。

 半日近くここにいる計算になるが、普通ならそんな長い時間待つことはしないだろう。


 ホタルはいる――。

 ずっと待っていると秘かに伝えてきたのだから。


 爽やかな緑の扉を引き開けると食欲をそそる匂いが通りへと流れてくる。店内は噂通り狭く、そして多くの客が食事に舌鼓を打っていた。

 三つのテーブルと五つの椅子が並ぶカウンター全てが埋まり、新しい客であるタキの場所などどこも開いていない。

 そしてホタルの姿も無かった。

 そのことに拍子抜けしてタキは視線を彷徨わせる。待っていなかった時の対応など考えていなかったことに苦笑いして、半日も待たせておきながら姿の無いことを心でちらりと責めた身勝手さに呆れた。

「あ、あんたタキだね」

 カウンターの中で洗い物に専念していた若い女が顔を上げて確信めいた口調で話しかけてくる。客が食事の手を止めないままタキへと視線を集めるが、その全てが好意的な物で背中が冷えた。

 歓楽街では迂闊に名前を口にしないように注意せねばと改めて心に刻みつけながら小さく首肯する。

「遅いよ。待ってた人には悪いけど、混んできたから外に出てもらってるんだ」

「外?」

「そう。店の脇から裏に回って」

 泡のついた手を上げて丁度店の裏手にあたる方を指差した。礼を言って出て行こうとすると「よかったら後でご飯でも食べに寄ってよ」と誘われ、裏表のない女の明るい声につい頷いてしまう。

 商売上手な女だと扉を閉めて笑い、言われた通り店の脇道から裏へと回ると忙しそうに立ち働く厨房が開け放たれた窓から見え、従業員の休憩用なのかベンチが置かれそこに腹の上に両手を乗せて眠っているホタルがいた。

 ベンチは庇の下に置かれているので陽射しを遮ってはいるが、夕暮れ近くの太陽とはいえまだ強い光を注いでいる中でよく眠っていられる物だと感心しながらタキは起こさないように注意しながらそっと左隣りに腰を下ろす。

 ポケットから煙草を取り出して銜えオイルライターを使って火を着ける。

 ゆっくりと吸い込むと気管が震えて肺が歓喜するが、紫煙が風に流されて目に入り渋面になった。

 今日は微風があるから湿気が無く心地良いな、と煙草を燻らせ青色を薄くしていく空を眺める。穏やかな時間が流れ、こんな風にベンチに座って空を見上げるなど随分久しぶりなような気がした。

「う……ん。タキ?」

 微睡の中から浮上したのか無防備な声がタキを呼ぶ。火を消して携帯灰皿を取りだし吸殻を入れてからゆっくりとホタルへと顔を向けると、じっと真摯に見つめてくるコバルトブルーの瞳とタキの金の瞳がぶつかった。

「良かった。来てくれて……いや、絶対来てくれるとは思ってたけど、さすがにもう食べられないから正直助かったよ」

 胃を抑えながら座り直してホタルは力なく微笑む。

 どうやら待ち合わせ場所の食堂で、タキが来るまで時間をかけながら料理を食べ続けていたらしい。

 確かにあれだけ多くの客が集まる店ならば食事を注文して食べ終わった後に少しぐらい居座るくらいならば問題は無いだろうが、数時間に及んで人を待つならば腹が減っていなくても料理を頼まなければ居心地は悪かろう。

「……悪い」

 満腹を過ぎて苦しそうな友人に謝罪すれば「いいんだ。僕が勝手に待っていただけだから」と首を振られる。

「ああ……でも、安心した」

 元気そうで、と続けたホタルの顔は心底タキを案じていたのだと解るだけの思いやりにあふれた感情があった。なにも言わずに消えた隣人を心配する相変わらずのお人よしぶりに苦く笑う。

「研究は、進んでいるのか?」

 この状況で水質調査に出ることもできず、随分やきもきしているのではないかと思い尋ねると「今はちょっと……研究は休業中なんだ」困ったように視線を反らす。

「他にやらなきゃならないことができたから」

「……それはこの国の未来に関係あるのか?」

 呼び出された理由であるからまず間違いはないだろう。

 ホタルは目を丸くしてタキを数秒眺め、胃を擦りながら嘆息してからそうだと肯定する。

「タキはここでは人気者なんだね。僕の待ち人がタキだと明かしたら、店にいた人たちみんなが羨ましがってどういう関係だって聞くんだ」

 忍び笑いを洩らしながら語られることに尻がむずがゆくなる。どこまでが真実か解らないが、統制地区の人間にしては優雅さを持っているホタルがタキと知り合いだとは思えないと訝られたりはするだろう。

「信じてないな?でも彼らはみんなタキがこの前の戦いでなにをしたか率先して話してくれたよ。友人がまるで英雄のように語られる話を聞かされて、誇らしい気持ちになるなんて貴重な経験はそうそうないよね」

「なにを聞いたか解らないが俺は、」

 ホタルに反乱軍として活動していたことを知られて足元が揺らぐような感覚を味わう。店にいた者たちがどんな話をしたか解らないが、その行為に大儀と正義という意味を持たせなければ単なる人殺しに過ぎない。

 英雄のように扱われたとしても人を殺めたことの罪は消えず、また一生タキの中に残る暗い過去として引きずって行かなければならないのだ。

「君がしたことは正しいことだよ、タキ。なにも恥じることは無い」

「違う、俺が間違っていたんだ」

 激しく動揺するタキを優しく宥めるようにホタルは顎を小さく左右に振り、間違っていないよと呟いた。

「この国は変わろうとしている」

 視線を北へと向けて確たる自信を持って友人が口にする言葉は、荒れて乱れた街を知るタキには俄かには信じられないものだった。

 変わるとしたら悪い方に向かっているのだ。

 そうとしか思えない。

「総統の御子息であるアオイ様が現総統の退陣と脱軍国主義を求めて立ち上がったよ。そしてその軍の中にはシオもいるはず。マラキア国もアオイ様に力を貸している……だから必ずカルディアは変わるよ」

「シオが……」

 いるだろうか。

 北の戦地でその命を散らした可能性も大いにあるのに、ホタルの言葉に縋りたくなる。

 そっと胸で揺れる兄妹の絆を確かめて生きて会えるかもしれないと希望を抱く。

「カルディアが変わればこの国も変わる」

 その美しい瞳をキラキラと輝かせてこの国の未来を語るホタルは神の予言を告げる天使のようだ。

 跪き赦しを乞い、その予言を信じたくなる。

「でも黙って待っていては統制地区に暮らす人たちの苦しみは長引くばかりだ。国が変わる前に飢え、罪を重ね、心に傷を負ってしまう。国が変わろうとしている時に僕らができることはなんだと思う?」


 できること――?


「壁を取り払い、共に手を取りあうこと」

 カルディアも統制地区も壁を超えて共に生きていくことこそが理想の未来像だとホタルは力強く語る。

「そのためには統制地区にもまとまってもらわなければ困る」

「……できない。タスクが、反乱軍頭首のいない今、それは難しいだろう」

 せめてタスクが生きている頃にその話が出ていれば、絶対的な強さと魅力的な懐の深さで人心をひとつにすることができただろう。

 今それを実行できるだけの人間は統制地区には存在しない。

「カルディアと統制地区の両方で変わろうと立ち上がらなければこの革命はきっと上手く行かない。これが最後のチャンスなんだ、タキ」

 この国が軍国主義から抜け出し、国民が中心となる国へと変わる最後の機会。

 これを逃せばもう二度と立ち上がり声を上げることはできなくなる。スィール国は衰退の一途を辿り永遠に消えゆくことになるのだ。

「君が彼らをまとめるんだ」

「――――何故、」

 俺なのだと掠れた声で抗えばホタルは不思議そうに眉を寄せて「君の他にいないからだよ」と言った後で微笑んだ。

「僕は今まで戦うことを恐れて逃げてきた。でも理不尽に立ち向かって勇ましく戦うタキを見て僕も戦うと決めたんだ」

 今までに見たことの無い逞しい顔つきで瞳に力を宿して懇願する。

「お願いだ。持たざる者の代表として立ち、彼らを導いて平和をこの地にもたらして欲しい」

 深く頭まで下げられてタキは狼狽えた。

 自分の弟妹すら守れない男が人々を導くことなどできる訳がない。譫言のように「無理だ、できない」と繰り返すタキにホタルは大丈夫だと力づける。

「僕も違う場所で戦い、必ず君の力になると誓うから」

 決して独りで戦わせたりはしないからと約束して。

「やる前から諦めるなんてタキらしくないよ」

「俺は消極的な臆病者だ。ホタルが思っているような人間じゃない……」

「そんなことない。自分のことより他人のために動けるタキだからこそ、彼らのために立つ資格があるんだ。一番君が相応しいんだよ」


 自身を持って、頼むから――。


 ホタルの気持ちはありがたいが、あまりにも重責過ぎて潰されてしまいそうだ。

「なら、まずは僕から始めるよ。タキがきっと来てくれると信じて」

「おい、一体なにを始めるつもりだ?」

 腹がいっぱいで腰を上げる時に辛そうにしながら立つとホタルは「反抗だよ」と明るく口にした。

「父と国に対しての反乱だ」

 ふふっと笑い「じゃあまた」と再会を疑わない軽い挨拶の後で脇道へと向かう。

「ホタル!無茶はするな!」

「その約束はできない。僕はもう十分安全な場所で過ごしたから」

 呼び止めると立ち止まり肩越しにこちらを振り返るが、忠告を拒んだ後はもう前を見て進んで行った。


 迷うことなく。


「どうすればいい――」

 タキには決められない。

 そしてホタルの気持ちを裏切ることもできない。

 友人の決意は固く、なんらかの行動で反国の意思を示すだろう。


 友をひとりで戦わせるのか?


 ホタルはひとりでは戦わせないからと誓ってくれたのに。

 共に戦おうと言ってくれたのに。


「俺に、」


 できるのか?


 その問いを自分の心に投げかければ否と返る。

 だができないのかと問えばそれすら否と返る。


 できるとも、できないとも返す己の答えは矛盾を抱えたまま木霊のように胸の内に響き渡る。


 ならば友の言を信じてみてもいいはず。


 自分の中で答えが出ないのならば、信じられる友人の想いに応えてみよう。


 タキは赤く染まる空を見上げて深呼吸する。


「俺は、独りでは無い」

 そう思えば少しだけ勇気が湧いてくる。

 信じてみようという気力が出た。

 立ち上がり脇道を通って店の前を通り過ぎようとした時、店の女と交わした約束を思い出して再び緑の扉を開けて旨そうな匂いのする店内へと入った。


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