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尾花環妃③

 タクシーに乗り込んだ智紀と環妃は無言だった。運転手から見れば補導された娘か妹を迎えに来て、お互いに何を話して良いか分からない家族に見えたかもしれない。


 少しして智紀が環妃に話しかけた。


「なぜ先日の教師といい、こんな事をしたんだ」


 環妃は呆れた顔をした。


「こんな事ね。目の前で起きている事だけが物事の本質じゃないという事は考えないのかしら」


「貴女の存在を考えれば、彼らは貴女に貶められたとしか考えられない」


「鈿女さんと同じ匂い、それより強い力をお持ちの貴方でもやはり人間の悪意までは見抜けないのね」


「悪意?」


「ええ、彼らはああならなければいけない理由があるのよ。あるゆる事象には因果がある。貴方も神事に仕える者なら分かるわよね」


「それが今回の事とどう関係するというんだ」


「やはり、まだ本質は理解していないわね。人間世界の法に則っただけでも褒めて欲しいぐらいなのに」


「法に則る?」


「ええ、貴方はきっとある程度は私の存在を掴んでいるのでしょう。私なら彼らを呪い殺すぐらい容易いものよ」


 智紀は頭の中が整理出来なかった。確かに環妃であれば憑き殺すぐらいは容易いはずであった。しかしそれをしなかった事、そして環妃のいう本質という物が分からなかったのだ。




 気が付けばタクシーは神社の入り口に着いていた。

 2人はタクシーを降り社殿に向かった。


「なかなかの場所ね。私の力を抑えるには良いかもしれないわね」


 環妃の言葉には余裕があった。智紀はやはり予想していた相手だと確信をしていた。此処へ来ても余裕があるという事はそれだけ環妃の力が強いという事である。


「ひとつだけ先に聞いておきたいのだか」


「何かしら」


「何故、この地に現れたんだ」


「そうね、苦しみが鈿女さんを通して見えたかしら」


「鈿女が?」


「ええ、彼女が何かをした訳では無いわ。ただ彼女の強い気が私をここへ呼び寄せたのよ」


「それが今回の2人に繋がるというのか…」


「ええ、だから先に言うわ。私を仮に封殺出来たとしても、あの2人はあのままよ」


 智紀は愕然とした。羽鳥と安部は環妃に憑かれ、今回のような事になったのだと思っていた。

 しかし、先程も環妃は2人には因果があると言っていた。そして環妃を封じても2人は憑かれていないので、何かが変わる事もない。

 そして自分を封じようとしているにも関わらず同行するその余裕は、智紀が考える物の怪の範疇を越えていた。


 2人は本殿前に着いた。


「いい社ね。私を退治するには悪くない場所とは思うわ。中に入っていいかしら?」


 そもそも物の怪と対話が出来るということ自体も簡単な事ではない。更に神聖化された本殿内に自ら入るという行為も智紀の理解を越えていた。

 本殿内に入ると環妃は周囲を見回しながら、何度か頷いていた。


「本当に素晴らしいわね。何百年とこの世界を見て来たけれど、近頃の人間は神にしろ仏にしろ畏怖を忘れ過ぎている。ここには信仰の強さと神の力をちゃんと感じられるわね」


 環妃は関心していた。自らは物の怪の類いではあるが、物の怪もまた多くの伝記伝承に記され、それは人間の業が生んだ悪意や行ないの具象化にすぎない。

 昨今はそういった物への関心が薄れている事を環妃は嘆いていたのだ。


「やっぱり、貴女は厄介な人だ。ここまで連れて来た意味が無いな」


「そんな事は無いわ。貴方にとっては意味が無くとも私には意味があり、私が望んだ事でもある」


「ここまで来て何がしたいと云うんだ」


「まあ、そう焦ってもしかたないわ。鈿女さんがじきに此処へ来るまで待ちましょう」


「鈿女はここへは来ないはずだが」


 智紀は鈿女を此処へ来させない為に警察に先回りし、環妃を連れて此処へ来たのだから鈿女は今ごろ学校に居るはずだった。


「あら、貴方は甘いわね。彼女はまだまだ未熟だけれど、思慮深い面を持ち合わせているわ。貴方の血縁なのだから」


 そういうと環妃は笑った。


 智紀はここまで強い力を持つ物の怪を鈿女に会わせてはと思った。

 環妃とはこのまま対話を続けていけば、退いてくれるとは思えた。しかし、それをすれば鈿女が来てしまうかもしれない。


 智紀は持参した護符を3枚取り出す。


「なかなか良い物を持っているのね。比売神はここの祭神、でも護符程度では足留めにもならないわよ」


「そんな事は試してみなければ分からないだろう」


「止めておきなさい。2度と護符が使えなくなるわよ」


 智紀は護符を投げようとした手を止めた。


「賢い選択ね。祭神の力は強いけれど、無闇に使っては駄目よ。神事を司る貴方達が思慮深くなければ、八百万の神も嘆き悲しむわ」


「そんな事を貴方に言われるのは心外だな」


「浅いわよ。私がそちらの神々と何百年付き合って来てると思うの」


 智紀はこの知性の塊のような物の怪には、冷静に話し合わなければならないと諦めていた。

 やはり憑依でも具象化でも無いというのは、厄介であった。

 そんな風にこれからの対応を考えていると本殿の扉が開いた。

 智紀は鈿女が来てしまったと天井を見上げた。


「やはり九尾には苦戦してるようね智紀」


 聞こえて来た声は鈿女では無く、母の清音だった。


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