荒井鈿女②
鈿女が智紀の家に立ち寄ったあの日から3日ほど過ぎた時に学校である事件が起きた。
「えっ!羽鳥先生が解雇?」
「そうなんだよ。でね、生徒に手を出しちゃったって噂なんだよね」
「確かに羽鳥先生若いけど、そんな事する感じじゃ無かったけどなあ」
鈿女が登校して来ると、クラスの友達が担任の懲戒解雇を知らせてくれた。
「でね、その相手が尾花さんらしいって話なんだよね」
「尾花さんが?確かに大人っぽいけど…」
鈿女が環妃の席を見ると、まだ環妃は登校していない様子だった。
それを見た友達は、
「さすがに学校には来れないよね」
と、噂を裏付けるような言い回しをした。鈿女は腑に落ちないように首を傾げた。
「でもさー、尾花さんてあんまりそういうの関心なさそうだと思うけど…」
「あの美貌だからね。羽鳥先生が言いよって断れなくて。とかありそうじゃない?」
「それなら尾花さんは被害者じゃん!だったら普通に登校するんじゃない」
鈿女は友達の詮索を否定しようとしていた。が、直後に環妃が現れたので周囲はざわめいた。
鈿女は彼女が登校して来たことで、彼女から先生を誘惑したような事は無いと思えた。
しかし、クラスの人間はざわめくばかりで環妃に話かけたりは出来なかった。
「もー、詮索ばっかりじゃ事実は見えて来ないじゃない!」
と言うと鈿女は環妃の席に向かおうとしていた。話をしていた友達は「やめなよ」と止めたが鈿女は「大丈夫」と言って友達を制した。
「おはよう環妃さん」
「あらおはよう鈿女さん」
「ねえ、羽鳥先生が辞めちゃったの知ってる?」
「私は今学校へ来たばかりだから初めて聞いたわ」
「でね、先生と環妃さんが男女の関係で、それが理由で辞めたって学校中の噂になってるんだよ」
友人達は、そこまでストレートに言える鈿女に驚きつつ、そんなのが出来るのはあんただけだと納得していた。
「あら、そうなの?それはあくまで噂なのでしょう。なら好きに噂をすればいいわ」
「そんな、誤解されてるのなんて嫌じゃない?」
「鈿女さん、貴女優しいのね。でも私は全然構わないわ。どう思われても。いつも私は私の容姿のせいで嫉妬の対象なのだから」
鈿女は環妃の言葉に嫌悪感を感じた。普通の人としての感覚とは程遠い。冷たい人間のそれとも違うと思えた。
「この程度の事で智兄に相談してもダメだよなあ」
と鈿女は心の中で思った。もう少し、この嫌な感じがハッキリと人じゃ無いって事に結びつかなければ智紀を頼っちゃいけないんだと考えていた。
環妃の態度を見ていると彼女から真実を聞き出すのは難しい。
1時限目が終わると鈿女は職員室に向かった。
「失礼します!」
「どうしたの荒井さん?」
鈿女が勢いよく職員室の扉を開けると、目の前にいた体育教師の南華苗が驚きながら鈿女に声をかけた。
「南先生、何で羽鳥先生は辞める事になっちゃったんですか」
直球すぎて、返答に困る。
鈿女の長所であり短所は、裏表が無く回りくどいのが苦手な事である。
「荒井さん、ごめんなさい。私も詳しい事は分からないの」
南はそう言って鈿女の言及を避けようとした。しかし鈿女はどこまでも直球な女である。
「じゃあ校長先生なら知ってますよね?聞いてきます」
「えっ、あっ、ちょっと荒井さん!」
鈿女は南の言葉など気にも止めず校長室に向かって歩きだす。そこへ学年主任の天野が止めに入った。
「荒井、そこまでだ。羽鳥先生の事に関しては、いずれ何かしらの発表がある。それまで待て。これ以上、勝手をするなら停学にでもするぞ」
「うー、横暴な。待ちたいのはやまやまですが、それじゃあクラスメイトの疑いが晴れないんです!」
「気持ちは分かるが、そういう事を含めて正式な発表があるまで待て。ほら二時限目が始まるぞ。教室に戻れ」
鈿女は納得しない表情で「失礼しました」と言って職員室を後にした。
「なんて事があったんだよー」
「それでこんな時間にここに居る理由にはならないけどな」
「だって、尾花さんも居るし授業受ける気分になれなかったんだもん」
「叔父として、姪っ子のサボりを容認はできないけどな」
結局鈿女は智紀に話を聞いて欲しくて仕方がなくなってしまった。
鈿女は職員室を出ると学校にいる気がせず、保健室に寄り、仮病を使って早退すると智紀の家に向かったのだ。
「で、智兄はどう思う?」
「どう思うも何も、学校の発表を待つか本人に聞くしかないし」
「でもね智兄、私は尾花さんが絡んでるから何か引っかかるんだよね」
「鈿女この前も話したけど、お前の推測は根拠が無いのと、見方によると普通の人でもする事だから、まだ俺にはその引っかかりが結び付かないんだよ」
「もう、やっぱり1回会ってみてよ尾花さんに」
「俺はそんなに暇じゃないぞ」
「今日も家に居るのに?」
「俺は家で仕事をしてるんだ。まあ機会があれば会ってやるから、今日は早く家に帰りなさい」
「うう、でも早く帰ったらお母さんに怒られちゃうよ」
まったく手のかかる姪っ子だなと智紀は電話を手に取ると実家に電話をかけた。
「智紀です。和希義姉さん?実は鈿女が学校で友達と喧嘩して、ばつが悪くて早退したらしく家に来てるんです。あ、はい、僕の方で良く叱っておきました。これから帰らせますので」
電話を切ると、
「ほれ、これで大丈夫だろう。早く家に帰れ」
「智兄、ありがとー。惚れちゃいそう」
鈿女は満面の笑みを浮かべる。
「現金な奴だな。じゃあ気をつけてな」
鈿女が家に帰ると、先ほどの電話のお陰で早退の事を和希に叱られ無かった。しかし、智紀に迷惑をかけた事には小言を言われた。
そんな小言を聞きながら、鈿女は学校から持ち帰った1枚のプリントが目に留まると、にやりと笑った。
「この手があったか。後は智兄をどう口説き落とすかだわ」