第3章 天の都
続き投下します。
中央歴1940年9月 大天都皇国 帝都高天ヶ(たかまが)京郊外の山林地帯
天都皇国の帝都より少し離れた山林地帯。帝都の一角でありながらもまだあまり開発は進んでおらず、豊かな自然が残されている。古くからこの地は広大な山林地帯の中に存在するいくつかの集落が林業や石灰の採掘などで生計を立てて来た。
その山林地帯の一角に突如として長方形の光が出現した。それは徐々に扉のような形を形成していく。
「ここが私たちの新天地になる世界なのかしら」
山林地帯のど真ん中に突如現れた扉から一人の女が現れた。彼女は魔王の娘にして魔王軍の司令官であるヘルガである。彼女に続いて、扉から二人の女性が姿を現す。二人とも似たような甲冑を身に纏い、腰には長剣を装備している。
「どうやら、実験は成功のようですな。」
爬虫類のような尻尾を生やし、甲冑から露出した肌からは、緑色の鱗が見える一人の女性がヘルガに話しかける。
「付近に生命体の気配はありませぬ。」
もう一人の女性が口を開く。彼女はデュラハンであり、アンデッドの一種である。
「メリル、ローズ貴女達はここに残って門を監視して。私は付近を偵察してみるわ。」
「御意。ここは未開の地、どうかお気をつけて。」
「ありがとう。」
二人の女性は声をそろえて承諾の返答をする。ヘルガは自分の身を案ずるローズの言葉に礼を言うと背中の蝙蝠のような翼を魔法力で拡大し、ローズと呼ばれたデュラハンとメリルと呼ばれたリザードマンが見送る中ヘルガは飛び立った。
飛行中、彼女、ヘルガは違和感を覚えていた。彼女の側近がいうには緑なす大地が広がっていたはずである。しかし、あちらこちらに人工物が見える。
しばらく飛んだところで、道路らしきものを発見した。彼女はそこに降り立った。しかし彼女はすぐに怪訝な顔つきになった。
「何なの?この道路は・・・?」
おかしかった。ただの道路ではない。棒状の鉄が、枕木と思われる分厚い木材に敷かれておりそれが延々と続いているのだ。おまけに辺りにはヘルガ以外影も形もない。
何の為の道路なのか、彼女がいろいろと考えを巡らせていると、突如遠くから轟音が鳴り響いた。それは甲高い音と共にかなりの速度でこちらに近づいてくる。
「な、何よ・・・あれ」
鉄の上を走行していると思われる何列にもつながった黒い乗り物。先頭の乗り物には煙突が付いていてそこから黒煙を噴き上げている。ヘルガは翼を広げ上空に退避する。
黒い乗り物はヘルガの下を走行する。彼女は黒煙をモロに浴びてしまいせき込む。
「あれは一体・・・。」
どうやらこの世界はかなり文明の進んだ世界であるようだ。あのような乗り物は教国ですら保有していない。あれは軍用のモノではないようだが、あんなものがあるということは、軍事面でもかなり強大であるはずだ。
「もしかすると・・・。」
ヘルガに一つの考えがよぎった。
彼女は地上に降り立つと変幻の魔術を使い、人間の姿へと変貌した。
「どうやら、この世界でも魔術は使えるようね。」
彼女は元の姿に戻ると再び空へと飛び立った。
天都国皇国 玉藻地方の茶屋
一人の男が店の外の腰掛に腰をかけわらびもちをつまみながら緑茶をすすっている。男はカジュアルな洋服に身を包み、ハットをかぶっている。男の名は風野源之助。何を隠そう、彼は天都皇国陸軍の大佐である。彼の趣味は散歩で、休暇になるとこの地に足を運び、決まってこの茶屋で休憩をとる。帝都から汽車で2時間程度のところに位置するこの場所は余暇を過ごすには最適だ。
本来であれば稲荷であり妻でもある朧と共に来るのが日課であるのだが、ここ最近は予定が合わない。彼女は陸軍のお偉いさんの従卒をしているからである。彼女が秘書になると言ったとき彼は反対した。
しかし、そのお偉いさんも風野同様、妖怪を妻とする男だ。もし、朧に手を出せばどのような目に会うかは容易に想像がつく。彼女達は人間の女子以上に感がいい。匂いやら何やらで浮気がばれてしまうのである。それを知った風野は最終的にその話に賛成した。
「今日は奥さんと一緒じゃないんですか?」
笑顔で話しかけてくる着物を纏った河童はこの店の看板娘である。何度もこの店に通ううち、すっかり顔なじみになっていた。彼女はこの店を夫婦で経営している。この店の裏には井戸があり、そこからは地下水をくみ上げることができる。山が磨いた水は格別にうまい。
「女房は仕事が忙しくてね。」
笑顔で言葉を返す。
「今日はどちらまで?」
「ん~、まだわからないな。あ、お茶もう一杯もらえるか?」
「ハイ!」
河童は元気よく答えると店の奥に向かった。
風野はこれから何処へ行こうかと考えを巡らせた。
「流石に疲れた~」
ふと女性の声がして我に返ると、少し離れた腰掛にそっと腰を下ろす一人の女がいる。美しい女だった。その美しさは人間離れしているようにも思える。妖怪だろうか?だとすれば妖怪を受け入れているこの国で何故彼女は人間の姿になっているのか?
「いらっしゃい!何にします?」
先ほどの河童が注文を取りに女に近づく。女は少し驚いたような様子だ。驚いた理由はいきなり声をかけられたから・・・というわけではなさそうである。彼女が河童の姿を爪先から頭の皿まで一瞥したのを彼は見逃さなかった。
「取り合えず、お水下さらない?」
「ハイ!」
河童は再び店の奥へと姿を消した。風野はその何処から来たのかも分からない女に興味を持った。何故なら妖怪を見て驚いたからだ。この国では古来より妖怪と人間は共存してきた。しかし、妖怪が人里に姿を現し、人間と暮らすようになったのは約1400年前くらいである。それまでは彼女達は、神様のような存在として、人間達に語り継がれてきていただけの存在であった。
今時、妖怪を見て驚く人間は稀だ。否、皆無といってもいいだろう。そんな人間がいるとすれば妖怪が存在しない別世界から来た人間くらいだ。それに彼女はどこか人間離れしている。おそらく妖怪であろう。何故妖怪でありながら同じ妖怪に驚くのか。風野は理解できないままであった。それに異世界の存在は一部の学者たちがさまざまな説を唱えている。その中には妖怪は異世界から渡来し、人目を避けてこの世界に暮らしていたという説もある。
「こんにちは。どちらから?」
風野は意を決して女に話しかけた。こんなところを妻に見つかれば何をされるかわからないが好奇心には勝てなかった。
この世界にも魔物は存在する。それもジパングに生息する魔物と姿かたちが酷似している。この世界は本当に異世界なのであろうか?もしかすると未来か、それとも過去に来てしまったのではないか。もしそうだとすればここはおそらく未来だ。そうでなければ先ほどのおかしな乗り物の説明がつかない。ジパングは最終的に教国軍に勝利したということなのであろうか?そうでなければ魔物が堂々と茶店などやるはずがない。
「こんにちは。どちらから?」
いろいろと考えを巡らせ自分の中で討論していると、見知らぬ男に不意に話しかけられた。年齢は30代くらいであろうか。かすかに魔物の臭いがする。それも高位の魔物だ。
「え~と・・・西の方から。」
初めて来る世界でこの手の質問は返答に困る。彼女はこの世界の地理には当然疎い。とりあえず自分の最初の位置の方角を言っておくことにした。
「西の方から?」
男はどこか怪訝な顔つきだ。こんなことになるならもっとこの世界を空から調べておくべきだった。せめて町のひとつでも把握しておけばその町を答えることができた。
「さっき、妖怪を見て驚いた様子でしたが、まあ西の方は妖怪がいませんからね。当然でしょうね。」
そうなのか。この世界にも反魔王派は存在するということか?それにこの世界の住民は魔物を妖怪と呼ぶようである。
「ええ。びっくりしちゃったわ・・・。」
とりあえず話を合わせておこうか。しかし男は顔をしかめた。そして少し間をおいた後、笑顔でこう言ってきた。
「本当に何処から来られたので?西の方にも妖怪はいますよ?」
「!!」
カマをかけられたようだ。しかもこんな簡単な罠に・・・。やはりもっと下調べを隠密にしてから人里に出るべきであった。完全にミスであった。戦争にしても何にしても情報を集めてから挑まねば敗北は必須だ。そんなことも忘れてしまっていた。そんなに自分は焦っているのであろうか。
「貴女、この国の人間・・・いや、この世界の妖怪ではありませんね?」
完全に読まれている。この男は洞察力に秀でているようだ。しかも異世界から来たなどと誰も信じないような途方もない馬鹿げたことを言ってきた。だが、これはチャンスでもある。この世界は魔物と人間が共存する世界なのであろう。そしておそらくこの男はこの世界の重要な機関で何らかの地位に就いているに違いない。もしそうだとすれば・・・。ヘルガは全てをこの男に話すことにした。これは賭けであった。自分が考え付いた計画を実行に移すための。
突如女は立ち上がり指をパチンと鳴らした。すると彼女は本来の姿を現した。サキュバスだ。それもかなり高い魔力を秘めているようだ。天都国にはサキュバスは殆どいない。サキュバスは主に同盟国のラドム第三帝国に存在する魔物で、同国の総統もサキュバス種の魔物と結婚したという話だ。
「サキュバスとは珍しいな。で、この世界に何の用ですかな?」
男は少し驚いたがすぐさま落ち着きを取り戻し、サキュバスに問うた。もしかするとラドム国の手の者かもしれない。同盟国とはいえ油断はできない。しかしそれは無いはずだ。ラドム第三帝国の人間も天都国が妖怪と共存する国家だということは知っている。それを知っていれば河童に驚くこともない。となるとやはり、信じがたい話ではあるが別次元から来たということになりうる。それに異世界については昔から存在すると言われている。その存在を考えさせられるようになったのは400年前に起きた動乱が原因である。
「私は別世界のジパングという国から来ました。私達の世界では魔物も、魔物と共存しようとする者も、とある組織によって滅ぼされようとしています。私は打開策を見出すためにこの世界に参りました。ちなみに私は「サキュバス」ではありません。正確には「リリス」という種族で魔王の娘のヘルガと申します。」
彼女の世界では高位のサキュバスや魔王の娘をリリスと呼んでいるようだ。
「やはりね。あ、俺は風野です。風野源之助。ここは天都皇国という島国です。見ての通り、妖怪と人間そしてもう一つの種族が共存しています。その魔王の娘さんとやらが直々に来られるとは・・・。」
風野のなかで魔王という言葉が引っ掛かる。この世界においては魔王という存在は架空のものであったからだ。
「貴女は何らかの組織で重要な地位についていますよね?失礼ですがご職業は?」
もう一つの種族という言葉にヘルガは興味を持ったがそこにはあえて触れないことにした。
風野は少し眉をしかめた。あまり外で自分の地位を言いたくは無い。しかし彼女も自分の正体を明らかにした。それに彼女からは敵意は感じられない。
「天都皇国陸軍大佐。第一歩兵連隊の連隊長だ。まあもっと上はいますがね。」
どう出るか、風野はヘルガの返答を待った。しかし、先ほどの彼女の発言の内容から何となくではあるが、彼女の回答は予測できた。
数時間後、帝都 高天ヶ(たかまが)京 風野家
「入りたまえ。」
「失礼します。」
風野大佐はヘルガと名乗るサキュバスの話をゆっくりそして詳しく聞くために彼女を自宅へと招いた。家の敷居をまたいだ時、家の奥から黄金色の長髪に7本の尻尾を生やし、軍服姿の稲荷が姿を見せる。
「おかえりなさい貴方。今日は栗原大将から半休を頂いたの・・・これから食事にでも・・・。」
そこまで言ったところで彼女の表情は硬直した。
「貴方・・・これは、どういうことなの・・・?」
彼女の表情は笑っているものの明らかに怒っている。彼女の手は腰の拳銃のホルスターへと延びている。
「待て、話せばわかる。」
風野は両手で彼女をなだめる仕草をする。一方彼女は拳銃を取り出し銃口を彼とヘルガに向けている。
「問答無用!・・・って言いたいところだけど、私は血気盛んな海軍さんの青年将校じゃない。話だけは聞いてあげる。」
風野はゆっくりと事情を話した。異世界のことや目の前のサキュバスのこと。
「そう。そういうことね。貴方を信じていいのね?」
「当然だ。それに彼女も人妻だ。おいそれと他の男に手を出したりはしないさ。」
事実、妖怪は一度夫を持ってしまうと夫以外の異性には興味を示さない。
「そうね。こちらへどうぞ。」
彼女は不機嫌な気持ちではあるが、笑顔を作りヘルガを応接間へと案内した。
一方ヘルガは先ほどの彼女の行動に引っ掛かっていた。ジパングの妖怪にしても大陸の魔物にしても相手が敵ならまだしも夫に剣や銃を向けるなどということはしない。浮気をしたということが分かれば彼女の居た世界の魔物達は、夫を「調教」するのだ。しかし目の前を歩く稲荷は夫に連発銃と思われる拳銃の銃口を向けた。どうやらこの世界の魔物は自分たちの世界の魔物とは異質な存在なのだと思われる。
「どうぞ、今お茶を淹れてきますね?」
風野の妻は台所があると思われる方へと消えていく。
「いえ、お気遣いなく・・・。」
ヘルガは遠慮した。招かれざる客であろう自分がもてなされてもよいものなのか。
「まあ、そう言わずに。ゆっくり話しましょう。」
風野はそう言いながら応接室の座布団に腰かけ、向かい側の席に着くようヘルガを促す。しばらくすると稲荷がお茶の入った湯のみが三つ乗っているお盆を持って戻ってくる。
「朧、君も同席してくれ。君にも関係のある話だ。」
そう告げる風野の顔は夫ではなく軍人の顔になっている。
「そう。」
朧と呼ばれた稲荷の顔つきも変わる。彼女は風野の隣に腰掛ける。
「さて、まずは紹介しよう。彼女は風野朧。私の妻にして天都皇国陸軍の大尉だ。」
「改めて紹介にあずかります。風野朧です。」
丁寧にお辞儀をする彼女の顔つきは先ほどの不機嫌そうな表情ではない。風野大佐と同じく軍人の表情になっている。
「初めまして、ですね。私はヘルガ。種族はリリス。ジパングという異次元の国家から参りました。」
「リリス?サキュバスとは違うのですか?」
朧が不可解に思い質問する。
「はい。魔王の娘はサキュバスと区別するためにリリスと呼ばれます。魔王はサキュバス種でしたが強い力を持っていました。」
朧にとっては初耳である。
「因みに魔王というのは言ってみれば妖怪の親玉・・・ってところだ。察しはつくと思うがな。」
風野大佐が付け加える。
「魔王・・・サキュバス種・・・。奥が深いわね。」
この世界においてサキュバスはあくまでサキュバスでありそれ以上でもそれ以下でもない。おまけにサキュバスはこの世界では下位の妖怪であり、大した力は持たないと言われている。しかし彼女からは膨大な魔力が感じられる。この天都皇国の国家元首である皇龍にせまる程の。話が本当なのであれば彼女は異次元の国家から来訪したということにも辻褄があう。
「彼女のこれから話すことを明日で良いから栗原大将に伝えてくれないか?もしかすると今後のこの国の行き先を左右する話になるかもしれないんだ。」
「わかりました。して話とは・・・?」
ヘルガは先ほど風野に話した内容をそっくりそのままゆっくり語り出す。
数日後 大天都皇国 帝都間ヶ土 皇国軍大本営
「やはり・・・面倒なことになったな。」
各部署のトップが集まりあれやこれやと議論をしているこの会議室で独り腕を組んで考えているのは栗原忠頼陸軍大将である。栗原の席の背後には従卒の稲荷である風野朧大尉が神妙な顔つきで立っている。
その議論の内容であるが、発端は先日、西方の超大国、サラマンドル合衆国が老山大陸での紛争などを理由に天都国に対しての鉄鉱石、原油の輸出を禁止した。そればかりか、天都に対して不利な約定である「ビルノート」を押しつけて来たのである。
その主な内容とは、「老山大陸からの早期撤退」、「ラドム第三帝国との同盟の解消」、「老山大陸北部の天都国の属国である神州国の解散」などであり、天都国からすれば都合が悪い物ばかりであった。
石油やら鉄やら資源に乏しいこの国は、資源の確保を輸入に頼らざるしかないのだ。それを確保する手段がなくなってしまった今、軍部はサラマンドル合衆国に対する宣戦布告、南方に進軍し、石油や鉄、ゴム、アルミなどを調達すると騒ぎ出した。
天都皇国と同盟国のラドム第三帝国は数年前に国際同盟を脱退、おそらく戦争となればラドム国やその他の中立国を除いた全世界を相手に戦争をすることとなるだろう。この場に集まっている高官達は開戦か、それともサラマンドルの要求をのむかという議題で議論している。
しかし、明らかにサラマンドルは天都を煽っている。おそらく、戦争を仕掛けさせるつもりなのだ。天都国に自国の領土を攻撃させそして同盟国が植民地支配している南方に進軍させ、同盟を理由に参戦するといったシナリオだろう。もしそうなれば、天都に勝ち目がない。工業力、人口、軍事力、全てにおいてサラマンドルが上回っている。おまけに、老山大陸であれだけの資材と戦費を使ったのである。まともに戦争を始められるかどうかは怪しい。それに物量だけではなく、兵器の質についても同じことが言える。
数ヶ月前、神州国と北の大国ヒュードラ連邦の国境付近のヒュプノ平原での武力衝突では戦車やその他の火砲などの脆弱さが露呈した。新型の戦車でもヒュードラ連邦軍のBT7快速戦車には歯が立たなかったのである。
所詮は歩兵を支援することを目的とした戦車であったため、対戦車戦闘には向かなかったのだ。軍のトップはそれを隠ぺいしようとしたものの、何者か、おそらく魔物が真実を流したため、国内ではスキャンダル的に取り上げられ国民の反感を買った。取り急ぎ、現在の主力戦車である九七式中戦車に代わる秘匿名称「チヘ車」の開発をさせており、開発はほぼ完了し、来年度には生産が可能となる。しかし今開戦してしまえば部隊への配備が間に合わずに旧型の戦車で対応しなければならなくなってしまう。
妖術戦部隊などの活躍もあってヒュプノ平原では結果的には敗北であったが敵にもかなりの損害を与えた。しかし、この戦闘で自軍の機甲部隊の脆弱さ、そして妖怪を受け入れていない国家も妖術に対応するための手段を持っていることが判明した。おそらくサラマンドルにも同じことが言えるであろう。彼らは妖術はそこまで発達していないがそれを補っても余る工業力を所有しているのだ。
今、長期戦になれば必ず、負けるであろうことは目に見えている。仮に、妖怪と人間の混成部隊をもったとしても敵の物量作戦の前には無力であるかもしれないのだ。会議室に居る者達は口々にサラマンドルとの開戦を!と叫んでいる。
その中でサラマンドルへ行ったことのある栗原は一人黙り込んでいる。彼は知っていた。サラマンドルの自動車の生産量が天都国の10倍以上であること。天都国も工業化が進んでいるもののまだまだ発展途上である。栗原は小さくため息をついた。今開戦したところで勝算はゼロなのだ。
あれやこれやと意見が飛び交うなか、栗原大将、風野大尉の二人は終始無言である。何故なら二人にはとある計画があったからである。
「失礼します。」
栗原が考えを巡らせていると、聞き覚えのある声と共に会議室のドアがノックされ二人の人影が入ってきた。
(来たか。)
目に飛び込んで来たものは、朧の夫である風野陸軍大佐と一人の女だ。しかし、明らかに人間の女ではない。山羊のような角、背中から生える蝙蝠のような羽、それに先端がハートマークのような形状をした尻尾。見るのは初めてであるがあれはサキュバスという妖怪であろう。
この天都国は魔物にたいして寛容で、竜族、稲荷、ウワバミ、夜叉、人狼、鳥人などといった様々な種族が暮らしており、一般市民として扱っているばかりか、軍や政府の上層部にも何人かの妖怪が暗躍しているのである。
だが目も前にいる魔物は、天都国では滅多に見ることのできない種族だ。一体どのような用件でわざわざこんなところに乗り込んできたのか、栗原は事前に風野大尉から話を聞いていた。
「大佐。一体何の用かね?」
誰かが風野に尋ねる。
「先日の休暇中に興味深い体験をいたしました。もしかすると今の現状を打破することが可能かもしれません。」
風野大佐は答える。
「それは興味深いな。ぜひとも聞きたいものだ。」
別のだれかが皮肉交じりに大佐に言い放つ。しかし大佐は自信満々に答えた。
「詳細は彼女が説明いたします。ご多忙中と思われますが是非とも傾聴いただけますか?ではヘルガ殿、お願いいたします。」
「どうか私の話を聞いてください。」
サキュバスが落ち着いた様子で口を開く。高官たちは顔を見合わせる。
「まず、簡単でいいから、自己紹介をしてくれないか?」
一番先にわざとらしく言葉を発したのは栗原であった。自身も女郎蜘蛛の妻を持ち、従卒兼秘書として稲荷を従えている。そのため、魔物にはある程度慣れていたし、それに目の前のサキュバスに敵意は感じられない。もしかすると、勝てもしない戦争を回避するための策を得られるかもしれない。藁にもすがる思いであった。
「私はヘルガ。種族はリリスというサキュバスの上位種。この国とは違う次元に存在する国から来ました。」
気になる語が出てきたが栗原はそれには触れずに質問した。
「ヘルガ殿か。このようなところに何の用件だ?」
「助けをお借りしたく参りました。」
「私の国は魔物をよく思わない国により窮地に立たされております。どうか援軍を・・・」
「申し訳ないがそれは出来ない。」
誰かが即答する。
「もちろんタダでとは申し上げません。私たちの国に隣接する大陸には貴方達が必要としている燃える水や鉄などが眠っています。もしも戦争に勝利した暁にはそれら全て進呈させていただきます。」
この国は石油が殆ど採れない。そればかりかその他の資源も殆ど産出されないという話は事前に風野夫妻から聞いている。
「燃える水とは石油のことか?」
誰かが「燃える水」という言葉に喰いつきリリムに問う。
「この世界ではそう呼ばれているようですね。その通りです。私どもの世界の大陸のとある地方には膨大な量の燃える水が眠っております。しかし私どもは別のエネルギーを使用していますので燃える水は無用の長物。」
「その言葉信ずる証拠は?」
また別の者がヘルガに問う。
「その証拠を持って来ることはかないませんでしたが、嘘偽りは申しておりませぬ。」
「それで信じろと?」
「無茶を言う女だ。」
「馬鹿げている!」
高官たちは口々に野次を飛ばす。
「・・・。」
ここでヘルガは一つのことを考え付く。それはここにいる男たちを魅了の魔法で惑わし、欲情させ、言うことを聞かせる・・・、と言ったことである。サキュバス種にして高い魔力を持つ魔王の娘であるヘルガにはそれは可能である。しかし、黙ったまま動かない妖怪と先ほど自分に自己紹介を要請した男の後ろにいる軍服姿の風野大佐の妻である稲荷、そして会議室の奥のすだれで姿は見えない者の強力な魔力をもつ魔物が気がかりである。おそらくこの国の国家元首たる魔物であろう。
しかしそんな中、栗原はヘルガに対して問う。
「私をその世界に連れて行くことは出来るか?まずは自分の目で確かめたい。」
「可能です。」
ヘルガは即答する。現に、先日風野夫妻をジパングに連れて行ったのである。風野は目に見たもの以外は信用しないという。それ故、実際に連れて行き、自分達の世界が存在することを証明した。そして簡単にであるが己の住む世界のことを説明した。その中で鉄やらボーキサイトやら燃える水即ち石油のことなど資源のことを話した時に風野の眼の色が変わったのを彼女は見逃さなかった。
「栗原大将!軽率な行動はやめたまえ!」
「今は夢物語を信じている場合ではないぞ!」
栗原に対してまた野次が飛ぶ
しかし、先ほどまで沈黙を保っていた人狼がその沈黙を破った。彼女の名は如月美帆。階級は大将。彼女は軍の中でも発言力がある。しかしその分、敵も多い。彼女は栗原大将より話しは聞いていた。そのうえでの発言であった。
「いや、行かせてやろう。資源の問題は我々にとって深刻だ。それに、その話が本当であればサラマンドルと今はことを構えなくても済む。」
一同は顔を見合わせるがとりあえず任せてみようと考えたのか、それともこの作戦が失敗したときの彼女の処遇について考えるところがあるのか全員賛同した。仮に成功し、資源を確保できたとすれば少なくとも南方への進出の必要はなくなる。
天都皇国陸軍名鎚駐屯地
帝都のほぼ中央に位置する陸軍の駐屯地。ここには陸軍の第一歩兵連隊、第一後方連隊、第一通信大隊が在駐している。
その中でも異彩を放つのが第一歩兵連隊隷下の八部衆中隊といわれる八個小隊で編成される特殊部隊だ。彼らは全て妖怪か、仏族である。
仏族というのは400年以上前に天都国に現れた新種族である。妖怪の身体的な特徴を一切持たず、人間の男の姿をしているものの、身体能力は妖怪並みで、好戦的な性格を持っている。そしてこの種族は妖怪とは反対に雄の個体しか存在しない。
また中には戦闘力を倍増させる「鬼神化」が可能な者もいる。先日のヒュプノ平原での武力衝突においても彼らと妖怪の混成部隊の活躍により、結果的には負け戦であったものの局地的には戦闘に勝利し、敵にも甚大な被害をもたらし、停戦まで持ち込むことができたのだ。彼らは生まれながらにして高い妖力を持つ魔人の変種かもしれないという説もあれば、妖怪と人間のバランスを保つために生まれて来た種族という説もある。
妖怪と仏族でなければ仏族を生み出すことは出来ない。つまり、仏族を産めるのは妖怪だけなのである。仮に仏族と人間の女性が子供を作ったとしても生まれてくるのは人間である。それ故か仏族は妖怪と共通するところが多い。例えば伴侶にする女性は一人のみで、その伴侶を決して裏切らないことが挙げられる。しかし仏族達は極端であった。裏切り者には死を与えるというのが彼らの信条であった。それ故、愛する者、忠誠を誓ったものを裏切ることはない。その忠誠心や戦闘能力を皇龍に買われ、彼らの多くは軍隊に入隊している。
歩兵連隊の隊舎の廊下を一人の男が歩いている。目的地は連隊長室だ。突如として連隊長に呼ばれたのだ。中隊長である阿倍野保憲陸軍少佐を通さずに。男は人間でもなければ妖怪でもない。仏族である。彼は八部衆中隊阿修羅小隊の小隊長である。
「巌本大尉。貴方も呼ばれたの?」
巌本と呼ばれた男が振り返るとそこには一人の女がいる。同じように軍服を身に纏い、腰には軍刀を差しているが彼女が人間でないことは明らかだ。頭から生えた角、背中の翼、露出した肌からところどころ見え隠れする紫色の鱗。半人半龍とでも形容すべき姿の彼女は最高位の妖怪といわれる竜族の西洋種にして八部衆中隊龍小隊の小隊長の霞静巴陸軍大尉である。彼女はこの男、巌本九蔵とは幼馴染であり、入隊も同期である。
彼らの小隊は、それぞれ10名の編成で阿修羅小隊が全員仏族、龍小隊は全員竜族である。
八部衆中隊の由来である「八部衆」とは天都国の神話で人類や妖怪が生まれる以前に、妖怪の祖たる者達と共に異教の神々と戦ったという神々の部隊のことである。
「ああ。何かやらかしたっけな?お前こそどうして?」
「何故か私も呼ばれたのよ。何なんだろうね。」
軽く会話をするうちに二人は連隊長室の前に来た。巌本はドアをノックし
「八部衆中隊巌本大尉他一名、入ります。」と告げた。
「入れ。」
二人は入室し、風野大佐に敬礼した。
「掛けたまえ。では早速本題に入ろうか。君達に重要な話があってな。」
「北方関連のことですか?」
「それとも覇国のことですか?」
「いや、そのことではない。知っての通り、我が国は面倒な事態に直面している。だが、それを解決することができるかもしれないのだ。成り行きから話そうか。」
風野大佐は二人に昨日までのことを話した。異世界のこと、ヘルガのこと。そして異世界を視察すること。
「つまり、護衛任務、ということですか?」
静巴が問う。
「そういうことだ。何せ、未開の地だ。何があるかわからん。彼女の言っていることが本当なのかもわからない。それにその視察には栗原大将が向かうこととなってな。もしも何かあればことだからな。」
「栗原大将ですか。それはまた偉い方が・・・。」
「そこで君達に命ずる任務は一つ。視察団の護衛だ。阿倍野少佐にはすでに話は通してある。早速であるが準備に取り掛かってもらいたい。」
2日後
「気をつけ!八部衆中隊、阿修羅小隊総員11名、集合完了!」
「気をつけ!八部衆中隊、龍小隊総員11名、集合完了!」
名鎚駐屯地の営庭に風野大佐以下八部衆中隊より抽出された二個小隊の護衛部隊が装備を整えた状態で整列していた。
「気をつけ!」
栗原大将とヘルガの二人が営庭に入場すると同時に号令がかかる。
「かしら~、中!」
風野大佐の号令で兵士たちは栗原大将とヘルガに頭を向ける。栗原大将は目の前の異端な部隊に敬礼し返礼する。
「おはよう。事前に風野君から説明がなされているであろうが、これより我らはヘルガ殿の故郷であるジパングへ視察に向かう。君達の任務は我らの護衛だ。しかし、護衛ではあるが君達も視察団の一員だということを忘れないでほしい。何が言いたいかわかるかね?霞中尉?」
「はい!霞中尉!我々もジパングをこの目で見てどのような国であるのかを、どのような地形であるのか等を把握しておけ、ということかと思います。」
「まあその通りだ。もしもジパングへの進軍が決まれば君達もここを離れ、各人に任務が与えられることとなるだろう。そうなったときには敵のことやジパングでの協力者のことを知らずして任務は遂行できない。よって君達もジパングのことや、その敵のことはしっかりと把握しておかなければならない。各員、努力奮闘せよ。以上。」
入れ替わり立ち替わり、護衛部隊の総指揮官を命ぜられた風野大佐が前に立ち各員に告ぐ。
「事後は総員トラックに乗り込み、奥葦螺へ向かう。別れ!」
指示を受けた兵員は慣れた動作で隊列を組み直し、車両の位置へと向かう。
ヘルガはそれを眺めた。その中に気になる人物がいる。先ほど栗原大将に声をかけられたドラゴンの霞中尉である。この世界にもドラゴンは竜族と呼ばれているが存在している。しかし自分達の世界と同じでほとんどが赤や緑の鱗で覆われている。
しかし天都軍のドラゴン部隊の指揮官と思しき彼女は違った。紫色の鱗だ。紫の鱗をもつドラゴンの存在は確認されていない。400年前に大天使によって討伐されたティアマトを除いて。
ティアマトは魔王をも凌ぐ実力の持ち主である。彼女もまた、紫の鱗の持ち主であったという。それに霞中尉からは凄まじい魔力が感じられる。おそらく彼女は己自身でその力を抑え込んでいるようである。信じがたいことではあるが、彼女はティアマトそのものかもしれない。しかし何故?一体どうして?
気になるのは霞大尉だけではない。巌本大尉にしても同じことが言える。彼からは大した魔力が感じられない。しかしそれとは違う別の力を感じ取れる。他の仏族達からもそれは感じ取れるが彼の者は他の者達の比ではなかった。つまり、魔王クラスの、否それ以上の怪物が二人も居るということだ。ヘルガは彼らの存在について疑問を抱きつつも栗原大将と共に特別に用意された乗用車に乗り込んだ。
軍用トラックで前進し、山道を行軍すること数時間、栗原陸軍大将、その妻であり稲荷の風野朧、ヘルガ、途中で合流した海軍の将校数名、そして風野陸軍大佐以下、短機関銃や軍刀で武装した護衛に選ばれた第一歩兵連隊隷下の特殊部隊2個小隊は扉の前に立っていた。扉の前にはヘルガの側近と思われるこれまた見たことのない妖怪が立っている。二人は異次元の軍隊が到着しても警戒することは無かった。おそらくヘルガが何らかの手段で二人に彼らが来ることを伝えたのであろうか。
「これが例の扉か。もっと仰々しいと思っていたが、案外普通な見た目だな。」
そう漏らすのは栗原大将だ。
「これは試作型です。話が決まればすぐに大型の扉でこの世界とあちらの世界をつなげる準備は出来ております。」
ヘルガが答える。
「そうか。それではいざ君達のユートピアに案内してもらおうか。」
一行は「希望の門」をくぐった。
その先に見えたのは、400年前の天都国では各地に建てられていた城の天守閣であった。どうやらここは城内の庭か何かであろうか。かなり規模の大きい城であるようだ。天守閣には色とりどりの塗装がされ、青空と見事なコントラストを出している。
「ヘルガ様がお戻りだ!」
「何だあいつらは?」
「見ろ!ドラゴンがいるぞ!あんなに・・・。」
「変な服装だな・・・」
城内にいたと思われる兵士たちが口々に天都軍の兵士をみて警戒するとともに驚きの声を上げる。それをヘルガが片手で制する。
「少しお待ちいただけるかしら?将軍に報告してくるから。」
そういうとヘルガは翼を広げ、本丸の方へと飛びさる。
「なあしず、何かここって・・・こう・・・懐かしい匂いがしないか?」
不意に巌本が静巴に話しかける。
「貴方もそう思うの?不思議だね。初めて来るのに、数十年ぶりにここに帰って来たような気がする・・・。」
この世界に一歩踏み入れた瞬間、彼女は奇妙な感覚に囚われた。まるで自分が生まれ育った地に久しぶりに帰郷した、そんな感覚であった。
それは何故か巌本も同じことを感じていたようだ。静巴にしても九蔵にしても生まれは天都国の辺境の村であり、幼いころの記憶もある。一緒に遊んだこと、悪戯をして保護者である白蛇に二人して怒られたこと、つまらないことで喧嘩をしたこと。気がつけば九蔵に想いを抱いていたこと。二人して村を出て妖怪、仏族のみを対象とした士官学校へ入校したことなど枚挙にいとまがない。そんなことを考えているうちに一行の前にヘルガと、礼装に身を包んだ一人の男が姿を現した。
その男は側近と思われる二人の男とヘルガを引き連れて栗原の前に立ち、一行に一礼した。
「お初にお目にかかりまする。わが名は尾張信門。この城の当主にしてこの紫賀の国を治める者。ヘルガより話は伺いました。」
尾張信門と名乗った男は再び一礼する。その姿は礼儀は踏まえているものの、どこか威厳を感じさせる。おそらく、ジパングを統率し魔物を駆逐せんとする勢力に抵抗している者は彼であることは間違いない。
「初めまして。私は栗原天都皇国陸軍大将。この視察団の指揮官です。」
「栗原大将殿、ですか。早速ではありますが詳しくこの国の現状を知っていただきたい故、こちらへどうぞ。」
信門とヘルガ、視察団と護衛隊のうちの数名は本丸の入口へと歩みだす。
色々改稿しながら投下しているのでおかしなところがあるかもしれません。
何なりとご指摘ください。
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