第二章 GATE OF HOPE
続きを投稿します。まだまだ戦闘シーンは始りません(笑)
今回はほとんど、世界観の説明といってもいいような文章になってしまいました・・・。
聖歴1582年 10月
魔王軍の総司令官である魔王が勇者によって倒されて早20年。魔物たちは窮地に立たされていた。彼女が倒された直後、指揮官を失った魔王軍の指揮系統は混乱した。後継者になるはずの長女は行方不明になっており指揮系統は簡単に回復しなかった。それに加え、反魔王国家側は団結が強かった。
クライス教国、カルコサ帝国をはじめとする反魔王国家は水面下で手を組んでいたのである。彼らは極秘裏に魔王軍の指揮系統が混乱する事態を引き起こし、指揮系統が回復しないうちに一挙に侵攻することを共謀していたのである。
それが勇者による魔王の討伐。指揮官である魔王を討伐してしまえば当分の間は指揮系統が混乱し、敵は烏合の衆になり果てる可能性がある。そこを見越してクライス教国教帝は勇者に魔王討伐を命じた。勇者と相討ちになってしまったものの作戦は成功。
その隙をこの世界で最大の反魔王国家であるクライス教国軍は見逃さなかった。教国軍とその周辺の属国の軍隊からなる連合軍は最大の親魔王国家であったセイレム共和国に数年前に魔王軍との間で締結された不可侵条約を一方的に破棄し進攻した。
常日頃から対魔物用の兵器の開発に余念のなかった教国軍に加え、教国と同盟関係のカルコサ帝国をはじめとする各反魔物国家までもが一斉に宣戦布告。
わずか一カ月余りでセイレム共和国の首都を陥落させてしまった。更にここぞとばかりに聖天使達で構成される天界軍も本格的に連合軍に加わり、これ以降指揮官を失った魔王軍と親魔王国家の軍隊は各地で敗走した。
魔王の長女が倒れた後、本来であれば指揮官の座には長女が就く筈であったが彼女はウルタール共和国で目撃されたのを最後に行方不明、そのため魔王軍の指揮官の座には次女が就き、指揮系統はある程度回復したものの、時すでに遅しであった。彼女が経験不足であったことに加えて新型の小銃や火砲などで武装した教国軍と騎士団は破竹の勢いで進撃し親魔物領を占領し、魔物、親魔物派の人間達を駆逐し始めたのだ。
これまでの戦争においては魔法や刀剣類、槍などが主流であった。しかし人間よりも遥かに身体能力が高い魔物は近接戦闘においては有利に戦闘を進めることが出来た。それは旧世代の魔物も、隕石によってもたらされた環境ホルモンのような物質で雌化した新世代の魔物も同じであった。
魔法戦においても魔物達は人間などよりも優れた魔法を使いこなした。これまで何度も人間と魔物、親魔王国家と反魔王国家間で交戦状態になったことがあった。しかしほとんどが親魔王国家の勝利に終わった。
しかし反魔王国家は銃火器の有効性に気付いたのである。彼らは連射速度の遅さから来る不利な部分を数で補うだけではなく、連射速度を向上させた後装式の小銃を開発するなどして補った。また、彼らは人間と魔物との埋めがたい身体能力の差を埋めるための兵器をも開発し、有視界での白兵戦でも有利に展開することを図った。幾度となく試作品を作成した結果それは完成し、実戦投入された。
一方魔王軍は、魅了の魔法などで相手を骨抜きにして戦意を喪失させ、そこに魔物達が雪崩れ込み傷つけることはあっても殺さないように相手を捕獲する。不要な殺生は行わない。それが魔王軍の戦法であった。それ故に旧時代と違い雌の個体しか存在しない魔物達にとって戦場とは格好の男漁りの場であったのだ。
新世代の魔物達は雌の個体しか存在せず、人間と生殖行為を行い、子孫を残さねばならないのだ。
しかし教国軍が魔法を使いつつも、火薬を本格的に運用し始めてからバランスは一気に崩れだしたのである。魅了の魔法にも射程距離があり、射程距離外からの銃撃や砲撃、妨害魔法、耐魔護符などを揃えた軍勢の前ではそれまでのやり方が通用しなくなってきた。もちろん高位の魔物が出撃すれば魅了の魔法は有効的に使える。しかし八大天使が率いる聖天使がそれを阻んでいた。
それに加え隕石落下後の魔物達は基本的に平和を愛し、争いを好まない。皮肉なことにそれ故に兵器などの開発も遅れていたのである。それがこの戦争では仇となってしまったのだ。
それに加え、教国から送り込まれた工作員が「反戦平和」だとか「武器はいらない」などと騒ぎ、仲間を増やし、その仲間を偽りだらけの「平和主義」で洗脳し、売国行為を推進した。工作員は「身を守ること」を「侵略行為」として喧伝したのである。そのことによって元々争いを好まない魔物達は軍備を縮小した。それに加えて反魔王国家との間に不可侵条約が結ばれた。そのこともあって、偽りの平和を信じた魔物と人間は兵器の新規開発も延々と進めなかった。
教国を始めとする反魔王側の思惑通りであった。工作員の行動も、不可侵条約締結も将来、魔物を滅ぼすための欺瞞工作であったのだ。
彼らは水面下で兵器を開発した。魔王軍ほど魔法に秀でていないのでそれを「火薬」に代表される「科学」で補ったのである。
もちろん魔王軍も、敵を大量に殺傷する魔法を使用することも可能であり、現に何度かこの大戦で使用され、戦果を出した。
しかし、それは教国や反魔王国家の人間達の憎しみの炎に油を注ぐと同時に、軍や政府にとっては格好のプロパガンダの材料となった。彼らは自軍の犠牲を「このような殺戮を平然と行う魔物は残忍で危険な生き物」というプロパガンダとして利用し、真実を知らぬ国民や兵たちの憎しみを煽り、それを利用してまた戦争へと駆り立てる。
そのようなことから、魔物を悪とみなし、滅ぼそうとしている教国とその周辺の属国には講和など無意味であった。西方の辺境の国家ウルタール王国へ密かに逃れた者もいたものの、ウルタール国のような辺境国家にすら教国は最大限の軍事力を行使し、陥落させた。しかしウルタール王国では現在も一部正規軍の部隊が降伏を拒み抵抗を続けている。
ウルタール国へと逃亡した者を除き、魔物たちは東へと追いやられていった。レムリア大陸の親魔王国家が次々と陥落する中で、彼女たちが行きついた先は極東の親魔王国家、ジパングであった。ここがウルタール国以外で魔物たちにとっては最後の砦であった。
聖歴1580年 ジパング中部 紫賀の国
亜槌城
ジパングではつい最近まで内乱が続いていた。各地の力のある大名たちが国家を統一するために至る所で戦を行っていた。
しかし、約20年前、魔王軍の元帥が倒されて以来、状況は一変した。国を追われた魔物たちはジパング各地に逃げ込み、大名たちに争いをやめるように説得した。最初は当然のことのようにそれは受け入れられなかった。彼らは簡単に野望をすてるようなことはしなかった。しかし、ジパングに隣接するレムリア大陸最東部の大国、閔国が陥落すると大名たちは漸く各地で停戦協定を結び始めた。ここにきて次はジパングが狙われるということを悟ったのである。そうして結成されたのがジパング魔王軍である。
聖歴1579年。クライス海軍に吸収された閔国の軍船約1600隻が大陸よりジパング海へ襲来した。彼らは途中で各地の島々を占領し、そこを補給基地としてジパング本土を目指した。当然、ジパング海側の大名たちは海の魔物を加えた連合水軍を結成しこれに対抗。
しかし、教国に併呑され進んだ武器を与えられ、加えて人海戦術で押し寄せてくるクライス軍・閔国連合海軍に苦戦を強いられた。しかし、海の魔物たちはあちらこちらでゲリラ戦を展開し、ジパング連合水軍を支援した。また台風が襲来するという偶然も重なり、これを撃退することに成功した。しかしながら誰もがこれで終わりではないということをわかっていた。
各地では大名たちが水軍の強化増強や海岸線沿いに石垣を築くなどして再来に備えていた。ジパングは四方を海に囲まれた島国である。それ故に海の魔物達を運用すれば艦隊を撃退することは容易である。
ジパング中々陥落しないのは海の魔物達のお陰ともいえる。しかし、教国軍は対空噴進弾や装甲艦、魔力で起爆するタイプの爆雷などを徐々に投入し始めた。それ故にこの先、どうなるかは分からないのだ。
この危機を最大の機会だといわんばかりに利用し、大名をまとめていた「極東の魔王」の異名を持つ織張信門は亡国の姫君である魔王の娘を正妻として迎え、まずは魔物たちを統率することに成功した。ジパング古来の魔物達は西方の魔王軍とは別の勢力であるものの、いずれはこの地にも教国軍が侵攻してくることを見越したうえで彼女達と統合したのである。更にクライス襲来を理由に大名たちに協定を結ぶように働きかけ、大名たちを統制、指揮した。先のクライス侵攻時にも先頭に立って指揮を執り、損害は出したものの撃退に成功した。
「今回は撃退できたものの、次はどうするかの・・・。」
流石の信門も今回は頭を抱えていた。今日行われていた首脳会談でも何一つ打開策は見いだせなかった。鉄砲ひとつとってもこちらの方が飛距離、連射性、速射性に劣っていた。今回の戦では投入されてはいなかったものの、聞いた話では「飛行船」や「気球」「ガンシップ」なる航空兵器も投入されているという話である。
おまけに敵は対空戦闘を覚え出した。おそらく配備が遅れているか、もしくは魔王軍にはすでに大した戦力は残されていないと算段したのであろうか、東方の戦線においては殆ど見られない。ドラゴンの亜種であるワイバーンを駆る竜騎兵が迎撃に当たれば問題は無いかもしれないが、もしも数を揃えられると対応しきれないかもしれないのだ。おまけに敗戦国の兵を取り込み、巨大化したクライス軍に比較して、各地の大名の軍を全てかき集めてもまだ少ないのだ。
魔物たちを裏切り、クライス側につくこともできる。しかしこの国は古くから魔物と共に歩んできた。農業、鉱業、その他の産業面においても魔物なしでは成り立たなくなっているのである。小競り合いも何度かあった。しかし、その都度人と魔物は手を取り合い、共存してきたのである。
気がつけばもう明け方になっている。信門の心境とは対照的に空は雲ひとつない快晴である。
「・・・。」
ふと後ろに気配を感じとり振り返ると、そこには最愛の妻にして魔王の長女、ヘルガが立っている。
「まだ起きていたの?」
不安そうな表情でヘルガは尋ねる。
「ああ。なかなか寝付けなくてな。」
信門は無理に笑みを浮かべながらそれにこたえる。
「あなた、今から大事なことを話すんだけど、聞いてくれる?」
彼女の顔は何処となく不安そうである。彼女が己の立場から来る不安に押しつぶされそうになったところを彼は幾度となく見てきていた。それ故にその表情を見れば彼女が不安だということは分かる。しかし、不安なのは彼女だけではない。自分もどさくさまぎれであったとはいえ、天下を統一し現在はこの国の当主である以上、立場上の不安は無くともこれから先のことで想いやられる。
「話せ。」
「このままでは私たちは教国軍に滅ぼされる。でも一つだけ、打開策があるかもしれない。」
「新型兵器か?」
何かを期待したかのように信門は尋ねるが、ヘルガはゆっくりと首を横に振りながら答える。
「これは最悪の場合にのみ使う手段だけど・・・もうここには私たちの居場所は無いかもしれない」
信門は耳を疑った。魔王軍の指揮官らしからぬ弱気な発言である。
「西方の魔王の娘たるお主が何を弱気なことを・・・。臆病風に吹かれたか?」
しかし信門は声を荒げたりはしない。彼女に何か考えがあると踏んだのである。
「このまま続ければ、更に犠牲者は増えるわ・・・それならいっそのこと新天地に旅立ち1からやり直した方がいいのかもしれない」
この戦争に何の意味があるのか。彼女は考えた。犠牲は増えるばかりである。無駄に資源を使うばかりである。少なくとも魔物達にとっては何の意味もないのだ。
「バカなことを言うな!この地は我らのモノだ!この地の人間も、物の怪も、代々この地を守ってきた!それを・・・」
そこまで言って信門は口を閉ざした。
「いや・・・待て。申してみよ。お前の計画を・・・。」
「古い文献を調べてみたら、気になるところがあったの。こことは別の次元に存在する異世界が存在する。高位の魔物を集めればそこへの扉は開かれる。」
「異世界?この世界とは別の場所にある世界・・・ということか?」
もちろん、その文献は何らかの確証を持って書かれたものではなく、真実か否かも分からない。しかし、異次元の研究は遥か昔から行われていた。その理由の一つとしてあげられるのは不可解な行方不明事件などがあげられる。戦前、魔物達は異世界の存在を実証する一歩手前にまで研究を進めたのだ。しかし、戦争が勃発し研究はとん挫してしまったが魔物達は研究の記録を持ち去り、一部の魔物達が研究を進めていたのだ。そして彼女達は転移魔法を応用すれば異世界への扉は開かれるという結論に至った。
「なるほどな。しかし、異世界というのは存在するのか?」
「異世界が存在は確定したも同然よ?少し前にね、私の部下が魂だけ異世界に移動したの。」
「いつの間にそんな実験を!?して、どんな世界で会ったのだ?」
信門は驚きを隠せない。
「黙っていてごめんなさい・・・。彼女が見たものは緑あふれる大地だったそうよ?異世界との門が開かれれば・・・。」
「なるほどな。」
「そうよ。そこに移住して安息の地を得られるかもしれない」
「・・・。或いはそこに一時的に移り、体勢を立て直し・・・」
「それも可能ね・・・。」
そうは言うも、彼女はあまりいい顔をしない。多くの魔物がそうであるのと同じく魔物である彼女は争いを好まない。それが今回の大敗の一因ともなりえたのかもしれない。隕石の落下で漏れ出した物質の影響で誕生した新世代の魔物達は人間に歩み寄り、共に生きようと尽力してきた。しかし、それは中々実現しない。現実はあまりに厳しすぎた。掲げていた理想も唯の綺麗ごとに思えるくらいに。
「試してみる価値はありそうだな。」
信門の口元は緩んだ。まずはその地に移住すれば、さしもの教国軍も追っては来れない。もしくは、追うことすらしようとはしないであろう。その隙に、体勢を立て直し、再度この地に侵攻する。今度は、圧倒的な軍事力をもって。さすれば、自分はジパング全土だけではなく、この世界も難なく手中に収められるのだ。しかし問題もある。仮に異世界との門が開かれたとしてそこには何が待ち受けているかは分からないのだ。教国と同じく魔物を敵とみなす者がいれば門を逆利用され侵攻されかねない。しかし、背に腹は代えられないのだ。これは危険な賭けである。
だが逆にもしも異世界の征服に成功し、こちらの世界への門を異世界から開くことが出来れば、敵ののど元に一挙に侵攻することも可能であるその胸中には、野望、期待が入り混じっていた。
翌日、ヘルガのもとに、バフォメット、エキドナ、ドラゴン、九尾の狐といった高位の魔物達がジパング各地より招集された。異世界の研究のことは知っていたとはいえ、ヘルガからことの詳細を聞いた彼女達は困惑したが、藁にもすがる思いであったのか、計画に乗ることとなった。この異次元に新天地を探し求めるという途方もない計画は「希望の門計画」と命名された。
その日より「希望の門計画」は本格的に始動した。全国より、門を作るための資材が集められ、必要な人員も十分に動員された。
計画始動から約二週間後・・・、ついに門に魔力が注入され、開通する時が来た。門は高位の魔物達の魔力を注入することによって開かれる。一度門を開いてしまえば、それ以上魔力を注入し続ける必要はないが、門を開くには莫大な魔力が必要である。よって高位の魔物でなければ魔力をすぐに消耗しきってしまい最悪の場合命にかかわる。しかし、今回は偵察の為の小型の門のみ開通させる。それ故、そこまで大きな魔力は使用しない。
門の向こうの世界は何があり、何者がいるのかわからないのだ。それ故、ヘルガ自らとその側近数名が現地偵察の為、門の向こうに先行することとなった。
「しばらくお別れね・・・。」
ヘルガが不安げで、そしてどこか寂しそうな表情で信門を見つめる。
「無事に帰ってきてくれよ。お前はこの国の人間、魔物両方の希望なのだからな・・・。良い報告を期待しているぞ。」
信門の言葉に対して彼女は少し膨れた顔で答えた。
「もう!それ以前に言うことがあるんじゃないの?私は貴方の何なの?」
確かに自分は人間、魔物双方の国民にとって、大切な存在であることは事実だ。しかし、それだけでは当然、満たされることは無い。この地にまで追い詰められ何度も折れそうになったときに自分を奮い立たせてくれたのは彼なのだ。信門は彼女を抱きしめ耳元で囁く。
「最愛の・・・伴侶だ。無事に帰ってきてくれ。」
彼女はそれを聞くと安心したかのような笑みを浮かべる。
「さあ。行きましょう。」
二人は頷く。開かれた「希望の扉」の向こうには新しい何かが待ち受けている。部下のデュラハンであるローズとリザードマンのメリルを引き連れ、魔族の滅亡という見慣れた未来に別れを告げるために、目覚めていく未来の希望の為に、泣き出しそうな心を蹴って多くの人間や魔物達が見送る中、門の向こう側へと足を踏み入れた。
果たしてその先にあるのは希望か・・・それとも・・・
ここまで読んで下さった方ありがとうございます。
次回は異次元国家との接触編です。
書き溜めはしてありますが、改稿するのでもう少し後の投稿となります。