グッバイいなかっぺ、フォーエバーいなかっぺ
※この物語はフィクションです
神奈川県横浜市、ここ某スタジアムでは野球のナイターゲームが開催されている・・・のだが熱のある応援団が数十人見える他は観客の姿は疎らでこの試合の注目度が高くない事を現すように人が入っていない
それもそのはず、ホームチームの神奈川シャインズは現在最下位独走の弱小チーム、今シーズンのAクラス入りもすでに叶わず消化試合の真っ只中なのだ
そんな9月も終盤、残暑は幾らか落ち着いて夜も過ごしやすくなった中、ヒリヒリと肌が痛いほど乾燥していき全身の水分が一気に無くなってしまったんじゃないか、と錯覚してしまうほどの緊張感を抱いて彼は一軍初打席に立つ
相手投手は西宮パンサーズのサウスポーエース、開幕に出遅れながらもこの試合に勝てば最多勝に並ぶとあって8回まで無失点、見事な投球を見せている
そんな中で彼は投手の打順に代打として右打席に送り出されたのだ
(これが自分にとって最後のチャンス)
決して身体は万全ではない、寧ろ満身創痍だ。それでも彼はプロで野球を続けたいと願う
(打つんだ、絶対にここで!)
ランナーも居らず、試合も6点差が付いてベンチは白け気味。だが、ここで結果を出さなければもう自分がこの舞台に立つことすら出来なくなるのだ
投手が、振りかぶる
思わず見とれてしまいそうなほどに綺麗な、無駄のないフォーム
しかしその指先から放り出されるボールには様々な感情が詰まっていた
絶対に勝つという、闘争心。お前なんかに打たれる訳がないという、矜持
彼はその一球を打ち返さなくてはならない
小さくバットを握り直し、構えて、そしてーーー
打てよー!いなかっぺー!
野次がよく耳に届くスタジアムで、彼の一軍初打席で最終打席は初球をファースト真正面、ボテボテのゴロだった
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10月某日、横浜のとある球団事務所の一室で小太りした風貌のGMは向かいのソファに座る、傍目に見ても相当な長身と分かる青年にはっきりと言葉を告げた
「残念ながら、君とは来期の契約は結ばない」
青年、伊奈勝平は今、死刑宣告を受けている
とはいえ、別に絞首台に登るわけでも感電死させられる訳でも無い
ただ7年の間世話になった球団から戦力外通告を受けたのだ
「そう、ですか。いえ、今までありがとうございました」
「トライアウトは受けないのかい?」
「身体の事は自分でも分かっているつもりですから。もう、これ以上は・・・」
「そうかい、まぁ君もまだ若いんだ。これから先も人生は続いていくからね。何かしらの形で野球に関わって貰えると私達も嬉しいよ」
GMの隣に座る編成担当の大して感情のこもっていない激励を聞き流しながら、自分のプロ野球人生を思い返す
(ドラ7の投手が3年で肩肘壊して野手転向、二軍でもずっとイマイチで先月の昇格は思い出一軍で終わり。ハッ、ショボい選手だったなぁ、自分)
死刑で当然じゃないか。と、そんな自嘲しか浮かばなかった
このチームのエースになろうと意気込んでいたかつての青年の姿は、もう無い
話も終わり、今までの感謝を伝え席を立ったところでGMから声をかけられた
「これからどうするんだい?」
青年は僅かに顔を歪め数瞬、沈黙した後
「取り敢えず実家に帰って、挨拶廻りをしながら考えます」
いつも無愛想極まりないと言われてしまう表情筋に鞭打って精一杯の愛想笑いを返しながら、球団事務所を後にした
Q.(横浜にあるチームが弱いと)いかんのか?
A.いかんでしょ(憤怒)