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複雑なようで単純な結果

 女が人の気配に気付いてオレの方を見て、驚いたように目を見張った。と、顔をくしゃくしゃにして俺の方へ駆け寄ってきた。そして俺にしがみついて声を上げて泣き出した。俺達は何が何だかわからずにお互いに顔を見合わせ、同時にドアから出てきた警官に説明を求める視線を送った。警官は少し肩をすくめると、

「こちらへどうぞ」

 と、出てきたばかりのドアを示した。


「女性の方には先ほど説明させていただきましたが」

 俺達は折りたたみのテーブルを二つ並べて置いてある部屋で、三人並んで座った。元カノは当たり前のように俺の隣に座って、涙をハンカチで拭っている。俺達の前には警官が座って、目の前に書類を広げていた。

「犯人は前科こそありませんでしたが、常習犯でした」

 警官が少し呆れたように話してくれた真相は、こうだった。

 恋人から鍵を預かっている女性ばかりを狙って、自分に夢中にさせる。女性の持っている鍵を理由を付けて一旦預かってこっそりコピーを取ってから返す。女性に相手と別れ話をさせて鍵を返させて、コピーを取った鍵を使って相手の家へ泥棒に入る――という手口だったらしい。

 相手の鍵はちゃんと返されているから、まさか合鍵を使って侵入しているとは思わないし、相手とは面識がないから疑われる事も無い。一つの部屋には二・三回侵入して現金か高額で換金しやすい物を盗んで、その女性とはしばらくしてから後腐れないように別れる。それからまた別の女を引っかけて同じことをする――という事を繰り返していたらしい。2・3カ月ごとに女を換えていたというから、驚きだ。

「……つまり、こいつの元カレが犯人、てことですか」

「そうです」

 俺は元カノから一方的に別れ話をされるまで、男がいるなんて気付きもしなかったんだから相手の顔なんて知るはずがない。道理で見た事がない顔だったわけだ――意外と冷静に俺は思った。

「家宅捜索をしたら段ボール一杯の鍵が出てきました」

 書類をまとめながら警官が言った。

「段ボール一杯……! そりゃ凄い」

 そんなに引っ掛かった間抜けがいたんだ――俺もそのうちの一人だけど。どこか他人事のように純粋にその数に驚いていると、隣の元カノがワッとテーブルに突っ伏して泣き出した。

「あたし何もしてないのに、酷いわ、なんでこんな目に遭うの!? どうして……!」

 信じていた人に裏切られた、自分は可哀そうなヒロイン――そんな台詞が聞こえてきそうな芝居染みた泣き方だ。ふと視線を戻すと、警官がうんざりしたような顔をしていた。

「もしかしてずっとこうだったんですか?」

 内緒話でもするみたいに声を潜めて訊くと、溜息をつきながら小さく何度も頷いた。警官も大変だ。

 元カノの反対隣りを向くと、複雑な顔をした彼がこっちを見ていた。俺は軽く肩をすくめて見せた。元カノがわあわあ泣いてる様子を見ても、隣り同士に座っていても、透明な壁で隔てられたみたいでイマイチ存在感とか現実味がなかった。俺にとってこの女は本当に『元』なんだと実感した。  


 説明が終わった後警官に少し訊きたい事があって俺が遅れて部屋を出ると、二人は廊下で待っていた。元カノはぐずぐずと泣き続けていた。

「待たせたな。帰ろう」

 俺が彼に声をかけて歩き出そうとした時、元カノが俺を呼びとめた。

「待って!」

 足を止めて元カノの方を見ると、ハンカチを握りしめて俺をじっと見ていた。嫌な予感がした。案の定元カノは俺を上目使いに見て言った。

「あたし達、もう一度、やり直せない?」

 言葉は疑問形だったが、俺には押しつけているように聞こえた。俺が黙っているとどう思ったのか、

「今更こんなことを言っても信じられないかもしれないだろうけど、あたしあなたの事を本当に嫌いだったんじゃないの。警察の人も行ってたけど、あの(ひと)――あいつに言われたからその通りに言っただけで、あたしの本心じゃなかったの。人を見る目が無かったあたしが悪いのだけれど、あたしも騙されたわけだからあなたと同じ被害者なの。だからお願い、もう一度やり直すチャンスをちょうだい!」

「……」

 元カノは泣いて腫れた瞼に化粧が剥げかけた顔で、俺に訴えた。口では愁傷な事を言ってるように聞こえるが、絶対に否定の言葉が返ってくるとは思っていない、オレの気持ちがまだ自分の上にあると信じている、強気な顔だ。

 以前なら絆されたかもしれない。でも今の俺にはテレビの中で繰り広げられている恋愛ドラマのワンシ-ンを見ているようで、現実感はなかった。こうなって見て初めてわかった事だが、こいつは見てくれと言葉に騙されるような薄っぺらな人間だった、ということだ。まぁ、俺もそれを見抜けなかったんだから、こいつを責める権利はないけどな。ただ元カノへの愛情は、俺の心の中のどこを探しても一欠片も残っていなかった。

 無視しようとした俺の横から、突然声が上がった。

「勝手すぎる!」

 彼が元カノを睨んでいた。

「この人がどんなに傷ついたのか、考えた事があるの? 本当に酷い人は、あなたみたいに自分の勝手で人を振り回す人だ!」

「……あんた、何よ。あたしとこの人との問題なの、関係無い人は引っ込んでてよ。大体、何であんたがここにいるのよ」

 いきなりは入った横槍に、元カノは不信感全開で彼を見た。ま、そりゃそうだ。元カノは彼の事を見た事ないし、今同居してることも知らないんだから。

 このまま彼についてなんの説明もせずに元カノの頼みを否定すればどういう反応を示すか、わかっていたが俺は説明する気にならなかった。その代り引導を渡すつもりで元カノに言った。

「お前、俺を振った時なんて言ったか覚えてるか? 『彼と違って』と何度も言ったんだぞ。簡単に人と比較するような奴、今は良くてもいつまた別の誰かと比較されるかわかったもんじゃない。その揚げ句に同じように一方的に振られる可能性だってあるだろう? おまえの言う事は信用できないんだよ」

「!」

 元カノの顔が真っ赤になって、ハンカチを握りしめた手がブルブルと震えた。それから無理矢理感情を抑え込むように大きく息を吸い込んで、俺達を交互に見て納得したように頷いた。

「……そう、そういうわけなの。あたしを信用できないんじゃなくて、自分が宗旨替えしたのを正当化しようとしてるだけじゃない――この、ホモ野郎!!! そんな奴、こっちから願い下げよ!!」

 般若みたいに目を吊り上げた元カノの怒鳴り声が、警察の廊下に響き渡った。思った通り、自分を正当化するために都合のいいように状況を誤解した言葉だった。

 言うだけいうと、元カノは靴音も荒くその場を立ち去った。

「ち、違う! この人は――」

 慌てて彼が否定しようとするのを、俺は止めた。自分に都合のいいことしか信じないから、何を言っても無駄だ。

「ごめん。オレ、やっぱり迷惑をかけた」

 彼が肩を落としながら言った。

「そうでもないぜ」

 俺はにやりと笑って、たった今警官から聞いてきた事を彼に話して聞かせた。


「一つ疑問があるんですが」

 俺が気になっていたのは、今までは女性が恋人と別れるとすぐに盗みを働いていたと言うことだった。なのに、俺の場合元カノが別れてから2カ月以上たってから行動を起こしている。何故なんだろうか?

 俺の質問に警官は、理由を教えてくれた。

 それは彼の存在だった。

 俺が元カノと別れてすぐに、犯人は部屋に侵入していたというのだ。ところが日中部屋で寝ている彼を不法侵入者だとは思わず、同居人だと勘違いしたのだ。それ先に次のターゲットを引っかけて、彼がいなくなるまで俺の部屋に侵入できなかったというわけだ。

「お宅の場合、その他にも6回侵入しているそうなんです。犯人に言わせると『これは異常な多さ』なのだそうです」

「なぜですか?」

 何となく答えはわかっていたが、俺は訊いてみた。案の定、警官は思った通りの答えを返した。

「一人で怪しまれずに持ち出せるめぼしいものが、まるでなかったそうなんです。こんなことは今まで無かった事で、意地になっていたとも言ってましたね」

 真相をわざわざ言いふらす必要は無いから、俺は笑うしかなかった。


「つまり、おまえが鍵を拾ってくれたから、俺は泥棒の被害に遭わなかった、と言うわけだ」

「じゃあ、オレ、少しは役に立っていたの?」

 彼が少しだけ嬉しそうに訊いた。俺は親指を立てて見せた。

「『少し』どころじゃない。風邪ひいた時も看病してくれたり、毎日の家事なんかすっげえ助かってた。おまえは、俺の恩人だよ。だから気にしないで堂々と居てもいいんだぜ」

 俺がそう言うと、彼は本当に嬉しそうに笑った。

終わりました。ちゃんと推理小説になっていたのかどうか、非常に気になります。ミステリー、読むのは大好きなんですけどね。いざ書こうとすると難しいです。

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