どうなっているんだ!?(3)
タイトルの(仮)を取りました。どうやらこのままで終わりそうです。
どのくらい経ったのか、目を開けると見慣れた天井が見えた。頭はまだぼんやりしているし、体は空中に浮いているようだ。
「気がついた!? 大丈夫? オレのことわかる?」
なぜだか真っ赤な目をした彼が、俺を覗きこんできた。
「お、気がついたか? どれどれ」
聞いたことの無い声が耳元でした。そちらを見ると白衣を着たいかにも医者という雰囲気の初老の男が、聴診器を出していた。
「ごめんね、勝手に入って来て。でも、さっき見たことの無い男の人が慌てて出ていったんで、どうしたのか気になって……。そしたらドアが開きっぱなしになってるし、不用心だなって思って、怒られるの覚悟で中に入ったらリビングで倒れてるからびっくりして……」
彼がしきりと言い訳をしていた。どうやら俺が怒鳴りつけた男が出ていった後、心配して様子を見に来て、倒れている俺を見つけてベッドまで運んでくれて、医者まで呼んでくれたらしい。
何だか迷惑をかけたらしいということは、熱に浮かされた頭でもわかった。しかし頭の中は霧がかかったみたいでうまく働いてくれず、どういう反応をすればいいのかわからなかった。
その後も、うとうとしていたのだと思う。記憶は切れ切れで、カーテンの向こう側の明るさは目を覚ます度違っていたように思う。ただ、彼の姿はいつ目を開けても側にあった。
◆◆◆ ◆◆◆
「――というわけで、今日一日休みます。はい、すみません」
俺は携帯を切って、ベッドサイドに置いた。病欠なんて何年振りだ? 高校のインフル以来か?
俺の熱は丸一日経ってようやく引いた。ただずっと寝ていて、何も口にしていなかったので立ち上がるとふらついてしまう。そこで会社に病欠の連絡を入れることになったのだ。不幸中の幸いというか、週末をはさんでいたので恐らく今日一日だけ休めば仕事に復帰できるだろう。
その間彼はずっと俺の看病をしていてくれた。意識がハッキリして一番最初にしたのは、そんな彼に対する謝罪だった。
「八つ当たりがかなり入っていたんだ。本当にすまなかった」
ベッドの上で頭を下げた俺に、彼は慌てたように首を振った。
「オレの方こそ、黙っててごめん。嫌がる人が多いからってお姐さん達に言われてたし、親に打ち明けた時は部屋の端まで飛ばされるほどの勢いで殴られて、『人間のクズだ』って言われたから。他の人には言っちゃいけない事だって思ってたし、蔑むような目で見られるのも嫌だったから……」
「確かに許容できるかどうかって言われれば、俺は無理だけど」
「うん、わかってる。それが普通だと思う。だからこんふうに謝ってくれるだけで、充分嬉しい」
彼はそう言ってくれた。まったく、さんざん世話になっておいてこんな事しか言えないのは心苦しいが、これ以上はどうしようもない。
「そういえば、お袋さんどうだった?」
仲直り(?)が済んで、俺は彼の作ってくれた雑炊を食べながら気になっていた事を訊いた。
「うん。オレが家を出た事で少しづつ心労が溜まっていたみたいで、心がぽっきり折れちゃったみたい。顔見た途端に泣かれて、一晩中泣きながら服の裾掴んで離してくれなくて、トイレにも行けないくらいだった。ようやく落ち着いてから父さんと話して、母さんとは連絡とってもいいって言うとこまで妥協してもらった。家へ帰ってもいいって許可は出なかったけど」
「ずいぶん前進したんじゃないか?」
俺が言うと、彼は嬉しそうに笑った。
俺が雑炊を食べ終わると、彼はそれを片付けに台所へ行き、戻ってくる時玄関の方を気にしながら言った。
「ところで、あれどうしようか?」
「う~ん……。やっぱり警察行って被害届、出さなきゃダメかなぁ……」
俺は顔を顰めながら、溜息をついた。
彼が里帰りしてから二度ほどこの部屋を荒らしていたのはどう考えても、あの見たことの無い顔の男だろう。あの男は俺に怒鳴りつけられて慌ててこの部屋を飛び出していった時、間抜けにもオレの履き古したサンダルを履いて出て行って、自分が履いてきた靴を残して行ったのだ。これは立派な『遺留品』だ。
彼が拾った鍵を使ってこの部屋へ無断で出入りしていた頃から、貴重品を持ち歩くようにしていたので実害はなかったが、あの男は鍵を持っているからまた知らないうちに入ってくる可能性がある。
とはいえ、家人に顔を見られているのに、たかだか靴の為だけにまた忍び込むとは思えない。被害届を出しても無駄になる可能性が大だ。手続きをするだけ面倒が増えるだけのような気がする。
警察へ届け出るべきか、鍵だけ換えて終わりにするか――俺はずっと悩んでいた。
◆◆◆ ◆◆◆
「えっ、捕まった!? 嘘だろ?」
翌日の昼過ぎ、俺は会社の電話の前で思わず叫んだ。その声に部屋の中にいた同僚達の視線が集中した。俺はそれも気にならないくらい、受話器を握りしめて呆然としていた。
電話の相手は最寄りの警察署からだった。
オレの部屋へ侵入した窃盗犯を捕まえたという知らせで、これから取り調べを行い、鍵の入手方法や余罪などを調べるそうで、仕事帰りに寄れば詳しい話をするという事だった。
「はあ……。わかりました」
俺は返事を返したが、到底信じられなかった。
あの後、俺は被害届を出した。
これだけ何度も失敗して、顔まで見られてまた来るとは思えなかったが、『遺留品』の靴が外国製のオーダーメイドのかなり良いものだと彼が言ったのだ。
「お店でお姐さん達が言ってた事があるんだ。このメーカーの靴ってン十万するって。そんな良いもの履いてる人が泥棒するっていうのが腑に落ちないし、これ新しそうじゃない? もしかすると取りに来るかも」
まさか――と思ったのだが、彼があまりに熱心に言うのと、オーダーメイドなら相手を特定しやすいだろうと思ったので、その日の夕方警察へ行ったのだ。
被害届を書きながら、俺は付き合ってくれた警官に愚痴ってみた。
「被害はないと思うんですけど、何度も入って来られるのって嫌じゃないですか」
「まあそうだけど、それは君が鍵を換えるのが一番早くて確実だね」
警官は苦笑しながら、答えてくれた。
「そうですよねぇ。でも、どこでうちの鍵を手に入れたのかすごく気になるんですよ」
「う~ん、何か特別なツテでもあるのかもしれないね。もしかすると常習犯かもしれない」
「じゃあ万が一、捕まったらそこのところを訊いてくださいよ」
「顔をみられているんじゃ、また来る可能性は低いと思うけどね」
「ですよねぇ」
俺と警官はお互いの顔を見合わせて、乾いた笑みをこぼしたのだった。
なのに、その『万が一』が起こったのだ。警官が張っているところへ、犯人はノコノコとやって来たというのだ。これじゃあギャグだろう!
それでも自分から知らせてほしいと言った手前、行かないわけにはいかない。仕事帰りに最寄りの警察へ向かった。彼も当事者の一人として知る権利があるだろうと思って、警察で落ち合うように会社を出る前に連絡を入れた。
警察へ着いて要件を言うと、俺達は奥の方へ案内された。どうやらそこに取り調べ室があるらしい。
その部屋の近くまで行った時、ドアが開いて別の警官に支えられるようにして一人の女が出てきた。ハンカチを顔にあてて泣いているようだった。その顔を見て俺は驚いて足を止めた。
なんで、元カノがこんなところにいるんだ?
あと一回で終わる予定です。