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どうなっているんだ!?(2)

 どんなに怒鳴っても返事なぞ返って来ない事くらいわかっていた。俺は大きな溜息をつくと、諦めて部屋を片付け始めた。こんなに散らかっているのに、そのままにして眠る訳にはいかないだろう。

「化け物相手に精神的に疲れて帰って来て、なんだってこんなことをしなくちゃいけないんだ?」

 ぶつぶつ文句を言いながら、ゴミ箱を起こし、開いてる扉を閉め、引き出しを元に戻し、散らかっている物を一纏めにした。あいつが実家に帰ってからでも、部屋の中がここまで散らかっていた事がないので、自分で掃除や片付けをしたのは約二か月ぶりだ。

 何とか人心地ついた俺は、猛烈に腹が減っている事に気付いた。時計を見ると12時を過ぎている。オカマバーでは座って話を聞かされただけで、何も口にしていない。仮に食べてもいいと言われても、とてもじゃないがあのメンツに囲まれて平気で食えるほどの神経は持っていない。昼飯を食ってから、半日何も食っていない事になる。そりゃ、腹も減るわ。

 何か食いものがあるかと冷蔵庫を開けた。あいつがいたころは充実していた庫内は、かなりスカスカになっている。

「お、チーズとビールがあるじゃないか」

 あんまり腹の足しにはならないが、今からコンビニ弁当を買いに行くよりましだ。取り敢えずアルコールで嫌な事を忘れて、今日はもう寝てしまうに限る。これからの事は明日また考えればいいさ。


 ビールで少し酔っ払ってソファで寝入った俺は、人の気配を感じて目を覚ました。いつもならそんなことはないのだが、部屋を荒らされたという事で自覚がなくても神経質になっていたのだろう。

 開かない目を無理やり開けて見ると、点けっぱなしの室内灯の中であいつが苦笑いしながら掃除をしていた。それを見た途端、俺はカッとなった。

「テメエ!」

 飛び起きざまにあいつの胸倉を掴むと、ガクガク揺すりながら俺は怒鳴った。

「いったいどういうつもりだ、この野郎! こっちの連絡一切無視して、今更ノコノコ何しに来やがった!!」

「ご、ごめん……。携帯の充電器を忘れて――」

「煩せえ! おまけになんだ、これは? 帰って来てるなら来てるで一言あっても良くないか!? テメエは俺をなんだと思ってる!?」

「れ、連絡してなかったから、怒ってるだろうなと、何となく怖くて……。でも店のお姐さん達が――」

「それだ! おまえはゲイか! なんでそれを隠してた! 俺の事もそんな目で見てたのか!? 冗談じゃないぞ、俺はまっぴらだからな! そんな奴と一緒に住めねえ、鍵置いて出ていきやがれ!!」

 あいつは感電したように体を揺らし、目を見開いて俺を見た。

「ち、違う! オレは――」

「黙れ! いいわけなんぞ聞きたくない!」

 俺は掌をあいつの前に差し出した。

「もうお前とは一緒にいたくない。さっさと鍵を出せ!」

 彼は泣きそうな顔をで俺を見ていたが、やがて諦めたようにのろのろとジーンズのポケットから鍵を出した。俺はそれを引っ手繰るように受け取ると、そのまま自分のズボンの尻ポケットに捻じ込んだ。それから無言で彼が使っていた部屋へ行って、そこにあった僅かな荷物を押しつけると、玄関ドアを押し開けた。

 彼はしばらくその場に立ち尽くしていたが、俺が無言のまま顎をしゃくるとぺこりと頭を下げてトボトボと歩いて出ていった。玄関を出たところでこちらを振り向いてもう一度頭を下げていたが、俺は乱暴にドアを閉めて、鍵を掛けた。

 いろいろと裏切られたのはこっちなのに、罪悪感を感じている自分に腹が立った。

「クソッ……!」

 リビングに入ると、テーブルの上にビールと缶チュウハイが十数本乗っていた。彼が持ってきたのだろう。

「詫びのつもりか? 一体何の詫びなんだよ、ありすぎてわかんねーや」

 ビールは冷えているようで、缶の周りには水滴がついていた。俺は缶を手に取るとプルタブを開けて、ヤケクソもあってそこにあった酒を全部飲みほした。


 問: すきっ腹に大量のアルコールを入れればどうなるか?

 答: 酔っ払いが登場する。そして翌日は二日酔いへと進化する。


 いつ眠ったのかも記憶がなく、目が覚めたら部屋の中が明るかった。

 俺はテーブルに突っ伏して眠りこんだらしい。目の前には空き缶が散乱していた。よく飲んだなあと、我ながら感心する。無理な体勢の所為か、体が重くて節々が痛いし目が回っている気がする。なんだか吐き気もするし、気持ちも悪い。

「二日酔いか……」

 今日は週末だし、丸一日寝てればアルコールも抜けるだろう。そう思って立ち上がった途端、目の前がぐらりと揺れた。慌ててテーブルに手をついて体を支えようとしたが、腕が支えきれない。足にも力が入らない。そのままテーブルの下に倒れこんでしまった。

 どうなっているんだ?

 わけがわからず、取り敢えず仰向けになってみた。床の冷たさが心地いい。

「?」

 何だか自分の呼吸が荒く感じる。しかも寝転んでいるのに、天井が回って見える。目を擦った。やっぱり回って見える。両手で目を覆った。あれ? なんか額が熱くないか? 改めて額に右手を載せてみる。熱い。……って事は、熱があるのか? じゃあ、体が重いのも、吐き気がするのも、目が回っているのも、体に力が入らないのも、全部熱のせい?

 ――マズイなぁ。こんなところに転がってる場合じゃない、さっさと薬でも飲んで布団の中で寝るべきだ。

 アルコール漬けでうまく働かない所へ持ってきて、熱の所為でぼんやりしている脳ミソが、それでも危険信号を発している。しかし、体が思うように動いてくれない。

 何とかしようと焦っていると、玄関の鍵が開く音が聞こえた。幻聴じゃない。コッソリ床を歩く足音が聞こえる。

 あの野郎、また来やがった! も一回、怒鳴りつけてやる!

 俺はなるべく腹に力が入るように深呼吸をして、リビングのドアが開くのを待った。

 そーっとドアが開く音がして、俺はすかさず目一杯の声で怒鳴った。

「この野郎、何度も何度も来やがって! いつまでも俺を馬鹿にするな、よ……?」

 怒鳴りながら何が引っ掛かりを感じて、語尾が疑問形になった。何かがおかしい。何が?

 この侵入者を俺は彼だと思っていたが、鍵を開けて入ってきたよな? 彼の持ってた鍵は、俺が取り上げてズボンのポケットに入れた。仰向けになってるこの状態で、鍵の存在は確認できる。てことは……?

 ドアの方を見ると、見たことの無い男がノブを握ったまま固まっていた。誰だ、こいつ?

「……お前……?」

 俺が体を起こそうとすると、

「う、わああああああ!」

 そいつはいきなりスイッチが入ったように叫んで、そのまま玄関から走り出て行ってしまった。

 後を追おうとしたが、体に力が入らず起き上がるこが出来ない。それどころか目眩が酷くなって、意識が朦朧としてきた。本格的にマズイなあ……。

 しかしあの男、誰だったんだ? 何でこの部屋の鍵を持っているんだ?

 消えていく意識の片隅で、俺はそんな事を考えていた。

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