どうなっているんだ!? (1)
オカマさん達が出てきて、ちょっと混沌として来ています。でも、そっち系の話ではありません。
「おかけになった電話番号は、ただ今電波の届かないところにいるか――」
俺は舌打ちをすると、携帯をしまった。
彼と連絡が取れなくなって1週間が過ぎた。
その間何度も連絡を取ろうとした。その結果があの音声だ。本当に電波が届かないのか、わざと電源を切っているのかわからない。
昨日はコンビニへ行って、店長にそれとなく訊いてみた。そしたら、思ってもみなかった返事が返ってきた。
「実は加藤君、昨日辞めたいって連絡があったんですよ」
「ええっ、何でですか?」
「詳しいことは言えませんけど、長く休んで迷惑を掛けるのは悪いからって……」
「そう、ですか」
軽くショックを受けた。
コンビニには連絡を入れるのに俺の電話には出ない事もだが、仕事を辞めるつもりだという事もだ。それ以前に長く休むということは、母親の病状がよくないということだろう。なぜ俺に一言でも相談なり、連絡なりしてくれなかったのだろうか? それとも、俺には言えない何かがあるんだろうか?
そんな事を二日ほど考えて、それ以上考えるのを止めた。
グチャグチャ考えているのは、俺らしくない! どう考えたって俺はあいつじゃないから、あいつの考えがわかるはずはない。気になるなら行動すればいい、そっちの方がずっと俺らしい。
というわけで、俺はもう一つのバイト先を訊ねてみようと決心した。
俺が知ってる限り、あいつはいつも3~4つのバイトを掛け持ちしている。だが長期はコンビニと最初からの飲み屋で、それ以外は短期バイトだ。飲み屋の方は店の場所だけ教えてもらっているから、明日仕事が終わってから寄ってみようと思った。うまくいけば実家の場所ぐらいわかるかもしれないと、そのバイト先がどんな所かも知らずに楽観的に考えていた。
翌日の金曜日、仕事帰りにあいつのバイト先へ行った。飲み屋なら週末の夜の方が確実に開いているだろうと思ったのだが……。
俺は手元の紙に書いてある番地と、目の前の『店』の番地を何度も見比べた。
「あいつ、『飲み屋』って言ってたよな……」
目の前にあるのは『飲み屋』と言うより、『バー』とか『クラブ』と言った方がよさそうな雰囲気だ。店の名前は『カサンドラ』。金色の文字で書いてあるが、揃ってないところを見ると手書きらしい。『営業中』の看板が出ていなければ気がつかないほど、人の気配がないところを見ると流行ってないらしい。
なんでわざわざ飲み屋という言い方をしたのだろう? 確かにどっちでも酒は出るけど、あいつも大人なんだしクラブで働いていると言っても問題はないと思う。まあ、飲み屋とクラブじゃ、酒の値段が段違いだが……。ただ、店の前に立っている俺を見る通行人の視線がどこか普通じゃない、ような気がするのは気の所為か?
とにかく店の前で突っ立っていても埒が明かないので、俺は店のドアを開けた。もし法外な値段をふっかけられたら、あいつのツケにしてやる!
「いらっしゃいませ~」
一歩足を踏み入れ、従業員の歓迎の声を聞いた途端、俺の思考は停止した。
なんだここは? なんだここは? なんなんだ、ここは!?
薄暗い店の中から出てきたのは、素顔を想像する事が難しいほどの化粧をして、体の線がハッキリわかる派手な色のラメのドレスを着た、どう見ても女に見えないホステスもどきだった。それもでかいのから細いのまで、五人が裏声とシナを作って迫ってきた!
「ああ~ら、初めて見る顔ね」
「いや~ん、あたし好みぃ」
「誰かご指名とかあるぅ?」
「入って入って。サービスしちゃう~」
鼻が曲がるほどの強い香水の匂いと、不気味としか言いようのない五人に囲まれ、俺の意識は一瞬飛びかけた。倒れなかったのは奇跡だと思う。
……こいつら、男、だよな? て事は、ここはオカマバー!? 通行人の視線がおかしかったのは、だからかあああぁ!!!
「ほらあ、こっちに座ってぇ」
「なにお飲みになるぅ」
「いや、俺は、そうじゃなくて、ちょっと訊きたい事があって……待ってくれぇ!」
店の奥へ引きずり込まれようとしたところで、俺は我に返った。
「ここで働いているはずの、久住圭一の事で――」
「え? 圭ちゃんの知り合い?」
あいつの本名を出した途端、オカマ(ニューハーフという言葉は使いたくない面相の集団だ)ホステス達の雰囲気が一変した。
「なあに、あんた圭ちゃんの知り合い?」
「どういう関係?」
逆に、警戒心を剥き出しにして訊いてきた。
こんな奴らでもあいつは信頼していたんだと思って、俺はあいつとの事を話した。どうやら俺との同居は話してあったみたいで、いっぺんに警戒心は消えた。
「じゃあ、あなたが圭ちゃんが言ってた人?」
五人の中で一番体格のいいヤツが、俺を上から下まで舐めるように見て言った。その隣りの細身の奴が、流し眼をくれながら、
「ふうん、あなたが今の同棲相手?」
「へ? 同棲? 誰と、誰が?」
トンデモない単語を聞いた気がした。
「あなたと、圭ちゃん」
――頭の回路がブッ飛んだ!
「あなた、圭ちゃんの彼氏でしょ」
ちょっと待て、なんでそうなる!
「俺はただの同居人だ! ルームシェアしてるだけだ!!」
「ええ~っ、彼氏じゃないのォ」
頬を両手で挟んで、大げさなくらい驚いた。反対隣りの二人が内緒話でもするように、こっちを横目で見ながら、
「ほら、圭ちゃんってノンケばっかり好きになるから、言ってないのかもよ?」
「ああ、そうね」
……またわからない単語が出てきた。ノンケって、何だ? 俺の表情を呼んだのか、正面にいる体格のいいヤツが説明してくれた。
「ノンケって、異性愛者の事よ。女好き、わかる?」
……『異性愛者』ってわざわざ言うって事は、こいつらみんな『同性愛者』か!? でもって、話の流れからすると、あいつもゲイ!? もしかして、あいつも俺をそう言う目で見ていたのか!?
俺は完全に固まってしまった。
その後俺は蛇に睨まれた蛙よろしく、店のお姐さん達――物凄く嫌だが、そう呼ばないと頭から丸呑みしそうな目で睨んでくるのだ――に囲まれてお姐さん達の御高説やあいつの過去について聞かされた。
それによるとあいつが自分の性癖に気付いたのは中学生の頃で、同級生の女子の一言がきっかけだったそうだ。
「久住君と一緒にいると、女友達といるみたいで気が楽だわ」
その娘は何気なく言ったのだろうけれど、小さい頃から女の子が羨ましくて気になるのが男の子ばかりだった彼は、心の中を見透かされた気になった。
悩みに悩んで、高校生の時親に打ち明けた。そしたら父親が大激怒して勘当されて、家を出てきたそうだ。
「アタシの時もそうだったのよ。アタシの存在、全否定よ! 全否定!」
「親の気持ちもわかるけど、頭ごなしはねぇ……。こっちは相談も兼ねてるのに、一方的だもの」
「理解できないしたくない気持ちはわかるけど、他に言いようってものがあるでしょう?」
「親から汚物を見るような目で見られたのは、キツかったわぁ」
俺も理解できません。きっとあいつが目の前にいたら、同じような態度を取っていると思います――心の中で反論しながら、俺は黙ってお姐さん達の話を聞いていた。
実際のところ、今あいつが目の前にいたらどういう態度で接したらいいか、俺にはわからなかった。
「圭ちゃんて、どこか危なっかしいところがあるのよねぇ」
「そうそう。目を離したら、とんでもないことになっていそうなカンジ?」
「だからついつい世話焼いちゃう、とか」
それは俺も感じていた。あいつがホームレスになる心配をしていた時、公園の遊具の陰で蹲っているところを簡単に想像できた。だから同居の話を持ちかけた。
「あのコ、みんな捨ててきたって口では言ってても、心の中ではそうじゃなかったから」
「踏ん切りがついなかったんでしょ。だからお店に出るのも嫌がったし」
「目立ちたくない、何て言ってたけど、本当は戻れなくなるのが嫌だったのよね」
「あのォ」
俺はとうとう口を挟んだ。一斉にこっちを向かれた時はさすがに腰が引けたけど、いつまでも引いているわけにはいかない。
「あいつ、お……姐さん達のような事してたんじゃないんですか?」
「なによ、その微妙な間は!」
少し横目で睨んでから、
「圭ちゃんはね、裏方の方をやってたの。店に出た方が時給が良いって言ったんだけど、目立つ仕事は嫌だって言ってね」
「店に出てれば、バイトの掛け持ちなんてしなくていいのにって言ったんだけどさ」
「別にウリをするわけじゃないし、そりゃまあ時々は太股撫でられるぐらいはするけど、嫌がってたらアタシ達がフォローする……ちょっと! 何その顔!」
話を聞いていたら無意識に顔が歪んでしまい、お姐さんの肘鉄をくらってしまった。想像したくない事を想像しそうで、俺は頭を振った。
俺がオカマ連中の包囲網から解放されたのは、真夜中に近かった。お客が一人入って来て俺は解放されたわけだが、あんな化け物の巣窟に客があるというのはビックリだ。
酒も飲まずただ座って話を聞いていただけなのに、体中の精気を吸い取られたようでこれ以上ないほどグッタリした。
重い足を引きずりながら帰って来て、部屋には言ったとたん俺はその場に立ち竦んだ。
扉という扉が開いている。ゴミ箱も引っ繰り返っているし、引き出しのいくつかは床の上に落ちている。明らかに物色された後だ。
誰がというより、俺の他にここの鍵を持っているのは、あいつしかいないだろう! なんでこんな事をするんだろう? 何かを探していたんだろうか? それより、いつこっちへ帰って来たんだ?
俺は部屋の入り口で、今はもういないだろうあいつに向かって怒鳴った。
「一体全体どうなっているんだ!? 出てきて説明しろやがれ!!」
オカマさん達の会話は、聞くのは嫌ですが書くのは楽しいです。