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薄暗い酒場の一角。
同業者の集まるそこで、五人は人目を避けるように一つのテーブルについている。
「やっと、人心地がついたな」
手にしたゴブレットのエールをあおり、その中の一人、ギルバートが口を開いた。飲み物が運ばれるまでむっつりと黙り込んでいた彼の名は、ギルバート・グレイブ――通称、『地獄のグレイブ』。
数々の戦いを経てきた、文字通り、百戦錬磨の戦士。実入りのよい戦場を闊歩し、負け戦でも必ず生還することから、その名が付いたという。
「同感だ。そして、出来は上々。
上に登る階段も見つかったことだしな」
その隣り。ギルバートと同じく余り口を開かないが、無言で世話を焼くことの多いゲルハルト。ギルバートと共に行動する、こちらも百戦錬磨の戦士。――通称、『黄泉歩きのゲルハルト』。ギルバートと二人で行動してきた期間が長いため、『愛想のあるほう』とも言われている。
常に酷薄な笑みを絶やさず、骨をも絶つ皮肉を言ってのける冷徹な戦士。だが、それが繊細な心の裏返しとも、照れ隠しともいえることを、この場の仲間たちは知っている。
「ま~た。なんっで深刻な顔してんだよ、二人とも。今日は前祝だろ?んな腐った顔してんじゃねぇよ。
って、それはそうと。
五階へ上ったヤツラがいるってウワサ、聞いたか?」
そんな二人に、横合いから声がかかる。
彼の名はアレース。音のしない革鎧に身を包んだ軽戦士。――通称、『軽歩のアレース』。
軽歩とは、いつも花を求め、蝶のように飛び回っているからか、はたまた迷宮の中でも軽やかに危険を回避するからか。ギルバートやゲルハルトより年は若いが、それなりの経験はつんでいる。ゲルハルトに、よく窘められるものの腕はいい。
ギルバートやゲルハルトより、少し年は若い。だがそれなりの経験をつんでいる、このパーティのムードメーカー。
「そのウワサ、ですか。
それはそれで、気にすることではないと思いますよ。彼らは彼ら。私達は私達で、できることをやるだけです」
アレースに答え、向かいに座っていた女が口を開いた。そのテーブルに集まっているほかの面々からすると、少々毛色違いの観がある、どことなく育ちのよい口調と上品な所作。
彼女の名はリーヴ=ラシェン。その細い体に似合わぬ強大な力を使う、女魔術師。――通称、『連弾のリーヴ』。
仲間内では『お嬢』と呼ばれるものの、その実力と頭の回転のよさは折り紙つき。もっとも、研究生活が長かったのか、世間ずれしていない素直さは、悪気がない分、時にゲルハルトの皮肉と勝るとも劣らない刃となって襲いかかる。
「まあ、ナンにせよ、他人を気にしてたって、始まらないのは確かネ」
リーヴにうなずき、隣りの美女が言葉を続けた。
一瞬酒場の酌婦と見まがう、派手な服装と華やかな造作。男に媚びる風が無いため、酌婦のたぐいでないことは容易に知れるのだが、人目を引く美貌であるのは変わらない。
彼女の名はアケミ。神からの啓示を受け、奇跡を行う僧侶。――通称、『幻惑のアケミ』。
よく他人をおちょくるのだが、それがまったく通用しないリーヴの姉貴格であることが不思議とされている。色々と口出しすることが多いが、その分腕は確かだ。
「で、どうするかだ」
早くも干してしまった杯に、手酌で酒を加えつつ、ギルバートが言った。
「そう・・・。だが、もう夕刻だ。今から行くのは危険を呼び込むようなもんだ。
だから、明日」
鋭い、その双眸でくっと宙を見据え、ゲルハルトは独白する。
「明日、ね。
お前らはどうする気だ?」
ぐるり、と皆を睥睨し、意志を確かめるようにギルバートは言い放つ。
「アタシは行くわよ。いつもの通り、ネ」
コケティッシュな笑みを浮かべ、アケミが答える。
「私も。
足手まといかも、知れませんが」
ふわりと春のような笑みと共に、リーヴも続く。
「アレース、あなたはどうなさるんですの?
来て・・・いただけないんですか?」
アレースが押し黙っているのを見て、リーヴの瞳が悲しそうに揺らいだ。その、潤んだ眸が、くっと上目遣いにアレースを捕らえる。
「オレ・・は――」
アレースは戸惑うように眼を泳がせた。できれば遠慮したい。完成したばかりの、出回っていない階の地図なぞは売り払い、危険な探索などはほかのパーティに任せたい。危険度の少ないそこそこの敵と戦って、安全を高めるべきだ。心の底からそう思う。
「大丈夫さ。アレースは行くよ。
なあ?」
ギルバートはがしっとアレースの肩をつかみ、言った。その声に含まれた危険な色が、アレースに決断を迫る。
「リーヴに言われちゃ、しゃあねぇしな。
行ってやるよ」
顔にかかった髪をすっとかきあげ、アレースは言った。若干返事が早かったのはご愛嬌というものか。
「なら、あとは明日だ。
明日、朝早く。ここを出るとしよう」
残った酒をあおり、ゲルハルトは言った。カツンとテーブルに杯が当たり、その合図に若干気の早い宴会はお開きになり、夜は更けていくこととなる。
さて・・・時は進み。
朝未だ来。地平線の彼方がうっすらと白みがかってくる以前。一番闇の濃いその時。
一つのパーティーが塔に上って行った事を、塔の番人は見ていた。




