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 4 幸せになる

 私はそれから毎日一回はおばさんの家に行った。なんだか心配になって様子を見に行ってしまうのだ。そして、行ったついでにごはんを頂く。これはとても重大なついでだ。

 おばさんは縁側に座って私に話しかけるようになった。大半は愚痴か悪口だったが、時々ふいに「どうしてるのかねえ」と口にする。何かの拍子にそういうことを言うおばさんの心情を思うと、少し胸が痛んだ。

 何年もたっているが、息子のことを忘れることなんてできないのだろう。

 その度に私はいてもたってもいられずどうにかしたい気持ちでいっぱいになるのだが、実際私に出来ることは何もないのだ。

 考えた末、招き猫のポーズをして、福よ来い!と強く念じた。

「おかしなこだねえ」

 時々こうやってポーズをつける私を見て、おばさんは笑った。おばさんが笑うと少し安心する。

 このポーズは単なるおまじないのようなものだけど、私はとにかくおばさんに何か良いことがあってほしい幸せになってほしいと思っていて、祈って、願っている。割と強く。それを形にしたくて、表したポーズなのだった。

 それだけのはずだったのだが、それがなんと偶然にも。

 本当に、福は来たのだ。


 ある日おばさんの家に行くと、いつもがらんとして寂しい家の空気が一変していた。

 数人の大人と、走り回る子供達で大賑わいだった。

 庭先で戸惑っていると「あれ、猫だ。こっち見てる。母さん飼ってるの?」と大きな男が言う。「母さん」と男がおばさんを呼ぶ。

 息子だ、息子だ。

 私はそれでとても興奮してしまった。

「え、兄ちゃん、猫どこ。俺猫好き」などと言ってもう一人男が顔を出す。

 なんと、息子が二人とも揃って家にいる。

 良かったね、おばさん。

 私が感動でじいんとしていると、おばさんの怒鳴り声が聞こえてきた。

「ほら、ちょっとあんたたち!遊んだものはちゃんと片付けなさい!そんなとこに上ったら危ないじゃないの、降りなさい!」

 おばさんがぷりぷり怒っている。それもまた私がよく知るおばさんだ。

「いーっ」

 舌を出すやんちゃな男の子の声と、ケラケラ笑う別の子供の笑い声がする。のどかな雰囲気だった。

「全く、しょうがないねえ!親の顔を見てやりたいよ」

 といううっかり口にしたいつものおばさんの言葉に、すかさず先程の男が「おれおれ」などとおどけて出てくる。おばさんは何も言わず頭を軽く小突いて、嬉しそうに笑った。

 そんな賑やかで収拾のつかない様子に、私は安堵を覚えた。

「どら息子が二人まとめて帰ってきてね、うるさいったらありゃしないよ」

 そう愚痴を言うおばちゃんの顔は、笑っていた。


 息子さんは一時的な帰宅ということだったが、これからちょくちょくこちらに帰るらしい。「親孝行に目覚めた」と冗談めかしておばさんに話していた。いい加減なようだが、私は知っている。

「母さん嬉しそうだ。ほんとに、悪いことしたなあ。思い切って帰ってきてよかった」

 息子二人は縁側に座ってそう話していた。うっすら涙を浮かべている。おばさんはちゃんと息子に大切に思われていた。

 これでおばさんはもう寂しくない。良かった、すごく嬉しい。

 もし私が猫でなければ、おばさんの日常と関わることもなく、おばさんの寂しさや訪れた平和を知ることもなかっただろう。

 きっと私が知らないだけで、他の人も色々あるのだ。

 当たり前のことだけど、ここにきてそれを実感する。不思議だ。なにもかも。

「あ、ねこだあ」

 その声と同時に子供が走ってきて、たまらず私は逃げだした。


 ああ猫も人間も面白いなあ。しばらくは、猫でしか見れない世界を見て回ろう。

 私はまたいつか人間に戻るだろう。いつかは戻りたいと思う。

 人間になる努力はするけど、全く方法がわからない。そのうえ自分が誰だったのかもわからないのだ。でも悲観的になったって状況は変わらないから、いまは猫の世界を楽しむのも良いかもしれない。

 これから楽しいことがたくさんあるように。

 私は自分の為に招き猫のポーズを決めて、それからあてもなく歩き出した。


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