3 怖いおばさん
「それじゃしょうがないね」
ばいばい、と手を振って二人の女の子は去って行った。
おなかが満たされなくて残念で、それに少し寂しくて、私はまた哀しくなった。
それからおなかが減ってふらふらと歩いた。疲労も溜まっている。今どこをあるいているのかよくわからない。
少し休もうとうずくまっていたところ、目の前に皿が置かれた。何か食べ物が入っている、良い匂いだ。
無我夢中で私は皿の中にあったものを食べた。魚と茹でた芋だ、すごくおいしい。
皿が空になって落ち着くと、周りが見えてきた。どうやらここは古い一軒家の庭にあたるようだ。
縁側におばさんが座ってこっちを見ている。
げえっ、と今食べたご飯を吐き出しそうになった。その顔に見覚えがあった。
私が人間だった昨日までの記憶は相変わらず薄ぼんやりとしているのだが、おばさんを見ておばさんに関する記憶だけを少し思い出した。
おばさんは、お好み焼き屋の、とてもとても怖いおばさんだ。
私は幼い頃からおばさんには幾度となく怒られて、恐怖心がしっかり刻み込まれている。
道端で歌いながら歩いていたらもっとおしとやかにしなさいと説教されたうえげんこつをされ、ふいに転んではしっかりしなさいと横から怒鳴られ、お好み焼きを買いに行ってはちゃんと勉強しているのか・家事を手伝っているのかと説教をされる。
きっと人間の私はのん気者で、おばさんは何か言わずにはいられなかったのだろう。
そういうわけで、私はおばさんのこととおばさんへの恐怖心だけはしっかり覚えていた。覚えているというより、体に焼き付いている。
こわい怒られる、と思ったが私はおばさんに礼を言っていない。ご飯のお礼を言わなきゃ、と思ったが声がでない。どうしよう、礼儀がなっていないと怒られてしまう。私は自分が猫であることを忘れておろおろとした。同様で私は少し混乱していた。
私のもとにおばさんは近付いててきた。怒られる、と反射的に構えてしまう。
ああ、目の前におばさんがきた。どうしよう。目をぎゅっと瞑って、覚悟を決めた。
「おいしかったかい」
それは予想外の言葉だった。
おばさんは、私に優しい声でそう問いかけ、そして頭をなでた。
どうしたことだろう、おばさんが優しい。
猫好きなんだろうか、悪いものでも食べたのだろうか。
なんにしても、怒られることはないようだ。ものすごく、ほっとした。
おばさんにも穏やかな部分はあるのだ。もっといつもそうやっていればいいのに。
緊張が解けて、安心したら眠くなってきた。
うとうとしながら思い出す。
そういえば、噂を聞いたことがある。
旦那さんに先立たれた後、大事に育てた長男は家出同然で都会へ行き、全く連絡をよこさない。それから一人でお店を切り盛りしていくうちに、おばさんは段々気難しくなった。もう一人いた息子も、大人になってそんなおばさんの元を離れて遠くへ行ってしまった。おばさんは一人になった。
そんな話だ。
さっき女の子二人が去る時、私は寂しかった。
おばさんも、寂しいのだろうか。ずっと側にいた人間が一人もいなくなってしまったのだ。
それにしても、こんなに優しい面があるなんて知らなかった。四六時中怒ってばっかりと思っていたから。猫なんてほうきで叩いて追い出しそうなものなのに。
それとも猫だからだろうか。人間だったらこんな風に接してくれるとは思えない。人に見せられない一面を猫だから見せるということもあるのかもしれない。
そんなことを考えながら私は眠りについた。




